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うなぎを食べに三島へ〜黄色いアイツ

休日は新幹線に乗りたくなる。
どこかに行きたいのではなく新幹線に乗りたい。
でも乗るだけじゃあ勿体ないから理由をつけて乗る。

新幹線に乗る機会が少ないのかといえばそんなこともなくて、出張やライブ遠征で新幹線を利用するため、乗らない期間が2ヶ月と空くことはない。では何故そんなに乗りたいのかというと、新幹線に乗ることが目的か手段かでは、当然気持ちが違い、車内での過ごし方が違うから、純粋に新幹線に乗ることを楽しむために休日に乗るのである。

今回はとうらぶ好きの友人と、佐野美術館で開催中のとうらぶコラボ展示を観に、三島へ出掛けることにした。
私の新幹線好きを知っている友人である。

私は刀剣乱舞のことはほぼわからない。しかし歴史に詳しい友人(生業)の解説付きだし、職人の匠の技を鑑賞すると、いつなんどきも感動するし。なにより最たる目的の新幹線に乗れるのだから、趣味外のテーマであっても嬉しいお誘いだった。
それに三島は美味しいうなぎのお店が沢山ある。
紅葉も始まっているだろう。
素晴らしい休日になるに違いないと確信した。

三島に行くのを決めたのは4日前だった。勤労感謝の日だから混むことは十分わかっていたが、予め新幹線の乗車券購入などの準備はせずに行くことにした。
「お昼に三島着って感じで、新横浜駅集合ね」。休日に新幹線に乗る時は、いつもこんな調子だ。そして彼女は、こんな調子で出かけることができる数少ない友人である。

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11時30分を過ぎた頃、新横浜駅についた。友人も10分前に到着していた。
切符売り場に行くと「本日午前中は満席」と張り紙があった。でもグリーン車は空いている可能性がある。それに午後ならどれかに乗れるよ、きっと、と話しながら券売機の画面をタッチ。12時少し過ぎのこだまのグリーン車が空いていたので、迷わず購入。ほら、なんとかなった。
ちなみに新横浜ー三島間の料金は、自由席¥3,450、指定席¥4,180、グリーン¥4,950で、自由席とグリーンの差額は¥1,500、指定席とグリーンの差額は¥770である。この差をどう感じるかは人それぞれだが、私の場合、ライブに行った際の飲酒を1、2杯控えればいいだけである。
難しいことではない。次回行った時に控えることにしよう。

三島までの乗車時間は30分、乗車待ち時間を入れても1時間弱だったので、クッキー1枚と小さなペットボトルのお茶を買ってホームへ向かった。

ホームに着いて、乗車する新幹線がどこに到着するのか確認するのに掲示板に目をやった時、私たちが乗る列車の前が回送だということを知った。
【回送983】。えっ?983?ちょっと待って。それって、それって…えー!アイツ?!
新幹線好きならこの【回送983】がなんなのかわかる筈だ。
そう、回送983のアイツの名は、ドクターイエローだ。

これまで私は、随分離れたところから模型サイズのドクターイエローを2度見かけたことがあった。しかしホームからの近距離は1度もなく、実態をしっかり掴めていなかった。

昔から全く思いもしないタイミングで幸運が訪れることが多かった。そのため直感にまかせた行動は楽しいと思えるようになり、何事も決め過ぎないことを意識してきた。そしてこの日もそのジンクスを肯定する出来事が起きたのだ。
幸運の始まりだ。
「ドクターイエローが来るよ」小声で友人に伝えた。

まもなく回送列車が駅に入ってくるというアナウンスがあった。友人も私もメガネ拭きで携帯のレンズを磨き、列車が進入してくる方向を見つめて、アイツの到着を待つ。
「通り過ぎる時にお願いごとをすると叶うんでしょ?」と友人が尋ねてきたので、「お願いごとの前に、いつも私たちの安全を守ってくださってありがとうございますを言うの。そのあと通過してしまうまでにお願いごとをする。言いきることができたら、その願いは叶うってよ。」と、これまで聞いたことある幾つかのお願いの作法を組み合わせて早口で答えた。
早口だったのは、遠くに日頃見かけない鮮やかな黄色を見つけたからだ。
「あ、来た」誰に伝えるでもなくつぶやき、携帯を構える。角度が決まったら視線を線路に戻した。

黄色いアイツは徐々に速度を落とし近づいてきた。私たちがいた所にはガラス張りの待合室があって、列車の進入方向の様子がわかり辛かったため、周りのほとんどが黄色いアイツの接近に気がついていなかった。

停車前のゆっくりとした速度で私たちの目の前にアイツがやって来たその時、後ろにいた海外からの観光客が「Wow!Doctoryellow!」と叫んだ。

一斉に小さい悲鳴のような歓声が上がり、携帯を掲げながら、わさわさとホーム柵に人が集まっていった。祝日だったので、小さなお子さん連れの家族が多く、ピョンピョン跳ねて喜ぶ子どもの手引くお父さんの姿もあった。
ホームは騒然となりながらも、温かい雰囲気に包まれた。先程叫んだ海外からの観光客も、私たちの後ろで真剣に動画を撮影している。

黄色いアイツは、5分ほど停車した後、西へゆっくりと進んだ。
こちらのホームだけでなく、反対側のホームからも「バイバーイ!」と、きらきらした笑顔に見送られるアイツは真のヒーローの姿だった。

黄色いアイツの黄色は、ひまわりの花びらの色。
やっと感覚の中におさめることができた。

直感を大事にするジンクスは、これからも私のゆく道を面白くしてくれるに違いない。



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