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スケッチ〜聞きたくないひと〜

駅の改札から続く通路を行く背広の集団は、健康体のサラサラ血液のように足早に流れていく。その速度が世の中でのなにかしらの証明であるといわんばかりに。

その黒っぽい背広の群れの中に白いコートを着た人がいた。そのひとが小さな歩幅で膝から下だけ動かして歩いている姿は黒い流れのなかでは小さな島のようにも見えた。

その島がだんだんわたしに近づいてきた。白髪頭でおじいさんと呼ばれても不思議はない感じの男性だが、なんとなく変な感じがする。

よくよく見てみると指で耳を塞いでいるのだ。鞄を肩から斜めにかけて、脇をしめて手のひらを頬に当てて、人差し指の指先で耳のふたを押さえたまま歩いている。

たしかにこの駅の雑踏はうるさい。構内のここかしこが耳から締め出したい音でみちていて、神経に障るのかもしれない。

しかし、その年齢ではだんだんに聴力は落ちてくるのではないのか、という気もする。

ふっと、自分だけに聞こえてくる声がうるさいのかもしれないという思いが湧いてきた。

もしそうなら、それは理不尽で筋の通らない言葉なのだろうか。一方的に何かを命じてくるのだろうか。自分を貶したり貶めたりするのだろうか。

その指が押さえているのはこっちとそっちの境界線なのかもしれない、という失礼で勝手な妄想を抱いたりする。

通り過ぎてから二度振り返ってみた。小さな白いコートが前かがみになってゆっくりと進んでいた。その背の丸みを見つめた。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️