チラシ配りのうた 2
おばさんはどんな恰好でチラシ配りの面接にいけばいいのだろう。
まさかスーツではいけないしな。まだまだ暑いしな。汗かくしな。でもちょっとは決めとかんとな。落ちたらカッコ悪いしな。
こういうところが我ながら困るところである。思案し始めるときりがない。白と黒でいこう。髪はきっちり縛って。ちょっときりりとした顔で。チラシ配りの面接に行こう。
面接を受けるのは、こわい松浦教授に泣かされ、ハンカチを貸してくれた加藤先生が「あなたのほかにそういう学生をわたしはしりません」と年賀状に書いてきた、あの卒論の口頭試問以来かと思っていたが、いやいやと思い出したことがあった。
精神対話師という講座をうけたことがある。そういう資格を取っても、メンタル協会というところに採用されなければお仕事はできない。が、その講座を終えた直後、わたしは病気になり手術した。
退院して一年たつか、たたないかのころ、その協会の面接試験を受けたのだった。履歴書も書いたし、ふとったおばさんが問うことにあれこれ答えたのだった。
結果は不採用だった。一緒に講座を受けた友人は採用だった。へこんだ。挙句、自分の外観の変化もその要因なのではないかと、ひとりで決め込んだ。もう、2度と面接なんて受けたくないなと思った。
そうして、その面接を受けたことも忘れていた。そうやって平衡を保ってきたのかもしれない。
我が家から15分。駅のちょっとむこうのビルの4階。エレベーターが開くといきなり商談机と椅子が並んでいる。そこに座っている中堅どころという感じの社員に「いらっしゃいませ」といわれる。
一瞬、うわ!という感じになる。ひといきのみこんで、落ち着いて用件と伝えると、また担当者の名前を聞かれる。「山崎さんです」
山崎さんを待つ間、きょろきょろする。机のそばに、白っぽい室内で、お愛想を言うように背の高い観葉植物の鉢が3,4個並んでいる。後ろはついたてになっていて、そのむこうにデスクがあり、何人かのひとが仕事をしている気配がする。
ちょっとくずれた背広姿の二十代後半という感じの長めの髪の男性が出てきた。そういえば昔堀江淳というひとがいたが、そのひとのイトコみたいな顔つきだ。
なんだ、若造だ、とか思いたいところだが、緊張してしまう。
履歴書を出す。さーと一瞥して終わり。やっぱり関係ないんだ。
山崎さんはいきなり「では」とチラシの説明を始める。えっ、わたしでいいんですかい?と思っているうちに話はどんどん進んでいくのだった。
「チラシは宅急便でご自宅に送ります。戸建てのポストにチラシの上を向けて、はみ出さないで、まるまる入れてください。
チラシ1枚につき5円です。一日に配る枚数の上限は400枚で、配った日には毎回、配った町名と枚数を電話で報告してください」
毎回報告かあ。忘れんようにせんとな、とメモを取る。
「毎月20日で〆て計算して、電話代、郵送代も入れて、25日必着で送ってください」
計算ですかあ。電卓出しておこう。
「料金は銀行振り込みにいたしますので、通帳をコピーさしてください」
おずおずと差し出す。中身は見ないでね。
「地道に配っていれば、3ヶ月でなにかしらのリアクションがあるはずですが、3ヶ月なんのリアクションもない場合はやめていただく場合もあります」
リアクションと言われても、景気の問題もあるだろうになあ。他の会社だってあるんだし。
「チラシを配っていただくということは、僕たちのチームの一員ですから、その責任を果たしてもらいたいと思います」
うーん、たかがチラシされど、なのかな。その責任、と言われるとどきどきもするけど、ちょっと背筋が伸びるような気がする。引っ越してきて一年あまりなかった思いだ。
「無理しないで自分のペースで頑張ってください」
はい。頑張ります。
肩透かしのように面接は終わった。近くのジューススタンドでメロンジュースを飲んだ。ふいーと息をついた。
読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️