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チラシ配りのうた 5

大きな通りから横道へ入り、なおも細い路地から路地へと歩いていくと、だんだん家が小ぶりになっていく。足元の土の上には導くように飛び石が敷かれている。夏の名残の雑草がはびこる。

長く曲がりくねった路地には崩れ落ちそうな木造の家がこっそり建っていたりする。

剥がれかけた板塀が細い長方形に切り落とされている。そこが郵便受けだ。裏側はどうなっているのかわからないが、そこにチラシを入れる。煤けたガラス戸の向こうにどんなひとが住んでいるのだろう。

板塀の中から植木が伸びる。手入れの行き届かない枝は路地に伸び、日を遮る。路地には湿気じみた土の匂いがする。壊れた傘が捨て置かれていたりする。

なおも路地を進んでいくと、その突き当たりに思いがけなく空がひらけていた。

長雨が上がった庭にコスモスが咲き、その前に立つ物干し竿に白いシーツが何枚も揺れている。

家の引き戸が開いている。家の中に風が吹気抜けていくのがわかる。磨きこまれた玄関から室内が見える。

きっと、ここは、もののありかがたちどころにわかる家だ。高価なものというより大切に扱われてきたものがあるにちがいない。

玄関横に雨戸入れがある。雨戸のある暮らしはわたしにとっては遠い。昼から夜への幕引きのように毎日雨戸を閉めた。夜がきちんと夜であったころ。日々は今よりゆったりと明け暮れた。

ここは昭和の香りがする。使い勝手はどうだかわからないが、住人と思い出を分かちあい、変わらず慈しまれている家だ。

老婦人が家の前で腰を曲げて引き出しを干している。衣替えの準備か。藤色のエプロンと働き者の手が見えた。

こちらをむいたそのひとは、しっかりした声で「なにか」と聞いた。

一瞬口ごもる。わたしの持っているのは売り家募集のチラシだ。「古家が建っていても大丈夫」とも書いてある。

目の前の、年を経たこの家にそのチラシを運ぶことがいいことなのかどうか、わたしにはわからない。

それでも「こんにちは、チラシ配りなんですけど、ご迷惑だったら持ち帰ります」と答えた。

そのひとは「いいですよ。もらいますよ」と言った。

老婦人は受け取ったそのチラシを読んだだろうか。そんなことが気にかかっている。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️