中村屋の思い出 5
浅草、浅草寺裏の平成中村座で、「法界坊」を見たおりのこと。
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平成中村座は歌舞伎座とはずいぶん違う。遠い日の芝居小屋はこんなふうであったのだろうなと思うようなしつらえだった。
靴を脱ぎ、それを手にして小屋にあがると、右に筋書き売り場、左手がお手洗いがある。
ここの女子トイレは、個室が5つづつあるルームが4つ並んでいる。それを一列に並んで待つ。
それぞれのルームには番号が振ってあり、2,3人のおねえさんが、観光地でタクシーを振り分けるひとのように、空きの出た番号をへ客を誘導する。
その声の威勢のいいこと、手際のいいこと!市場にいるような感じで、待ち時間も長く感じない。なるほどこの手があったかという感じだ。
この小屋では舞台の上に座席がある。右に5,6席。左に2席。晴れがましくも、鳴り物の前に座って、役者たちに超接近して芝居が観られる。それもありなんだあ、と感心する。
鳴り物の上にも左右両方に2階席がある。それは幕の内側である。幕が引かれて花道で芝居があると、まったく見えないことになるが、それこそ芝居の内幕が見えるんだろうなあ。
そして、お大尽席というのがある。
舞台の正面2階中央に畳がひかれ、ふかふかのお座布団に脇息が4人分、置かれている。
わたしの席はその右側だったので、好奇心からついついそちらをのぞきこんだ。
おねえさんがうやうやしくお茶やお料理を運んでいた。塗りの引き出しのような入れものから、手の込んだ和食が出てくる。おいしいんだろうなあ。お酒も飲んでるみたいだった。いいなあ。
芝居の途中で勘三郎がこの席を見上げて
「金持ちだねえ。きっと悪いことしてるんだよ」
などとアドリブ(たぶん)を入れていた。
売店は小屋の外にある。備え付けの下駄を借りられる。お茶お弁当、役者の写真に記念のグッズが並ぶ。「福が来る」手ぬぐいをひとつ、購入。
芝居は、まさに勘三郎ワールド。わらってわらって前半が終わり、後半は凄みを帯びて華やかに散る。
勘太郎くんも七之助くんもうまくなりましたねえ。なんて半可通が通ぶっていってみたりする。
片岡亀蔵さんはまことにコミカルで達者な役者さんだが、今回の番頭役も印象的だった。
主の娘であるお組さんに横恋慕して迫る場面がある。その粘着質の爬虫類じみたポーズが決まりすぎてて、大笑いしながらも、ゾゾッとした。かなりの身体能力がなければ出来ないポーズだった。
笹野さんも勘三郎さんも軽やかな動きだった。サービス精神のかたまりが転がっていく。
そして常に当意即妙。アドリブが満載。生き生きとした勘三郎に元気をもらう。遠い日の観客たちもそんなふうだったんだろうなあ。
帰り道、浅草寺はライトアップされていて、寒空に美しく浮かび上がっていた。
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こんな息苦しい日々に、あのひとがいてくれたら、と思い出すたびに、惜しい人を……と思う。才能のかたまり、そして精進のひと。
読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️