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特別インタビュー|ダルデンヌ兄弟(映画監督)

『ロゼッタ』(1999年)と『ある子供』(2005年)で2度のカンヌ映画祭パルムドール大賞に輝いたダルデンヌ兄弟。『ロゼッタ』以降の9作品すべてがカンヌのコンペに出品され世界中で100以上の賞を受けてきた、現代世界で最高峰の映画監督です。
 このたび、カンヌ国際映画祭75周年記念大賞を受賞した最新作『トリとロキタ』の日本公開に先がけて6年ぶりに来日しました。BUNBOUの東晋平ひがししんぺいによるインタビューです。

Jean-Pierre & Luc Dardenne
 兄のジャン=ピエールは1951年、弟のリュックは1954年にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。原子力発電所で働いて得た資金で機材を買い、労働者階級の団地に住み込み、74年から土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を製作しはじめ、75年にドキュメンタリー製作会社「Derives」を設立する。
 パルムドール大賞と主演女優賞をダブル受賞した『ロゼッタ』以降、全作品がカンヌのコンペに出品され、世界中で100賞以上獲得。『ある子供』で2度目のカンヌ映画祭パルムドール大賞。
 第12作『トリとロキタ』で第75周年記念大賞を受賞。9作品連続でのカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品の快挙を成し遂げた。
 近年では共同プロデューサー作品も多く、『君と歩く世界』『ゴールデン・リバー』『プラネタリウム』『エリザのために』などを手掛けている。他の追随をまったく許さない、21世紀を代表する世界の名匠である。

〈ストーリー〉
 地中海を渡りヨーロッパへやってきた人々が大勢ベルギーに暮らしている。トリとロキタも同様にベルギーのリエージュへやってきた。少年トリはまだ子供だがしっかり者。十代後半の少女ロキタは祖国にいる家族のため、ドラッグの運び屋をして金を稼いでいる。偽りの姉弟としてこの街で生きるふたりは、どんなときも一緒だ。
 年上のロキタは社会からトリを守り、トリはときに不安定になるロキタを支える。偽造ビザを手に入れ、正規の仕事に就くために、ロキタはさらに危険な闇組織の仕事を始める……。他に頼るもののないふたりの温かく強固な絆と、それを断ち切らんとする冷たい世界。彼らを追い詰めるのは麻薬や闇組織なのか、それとも……。

インタビューは2023年3月1日
東京・千代田区内で

東晋平 ようこそ久しぶりの日本へ。お会いするのは今回で7回目になりますね。またお目にかかることができて光栄です。ご多忙のところ機会を作っていただいて感謝しています。

リュック(以下、L) おお、7回目ですか!

ジャン=ピエール(以下、JP) じゃあ「Nice to see you again」と言わないとね(笑)。

  最新作『トリとロキタ』を拝見しました。大変な衝撃作でした。おふたりの作品は常に〝人が人と出会って蘇生していく〟可能性を描いてきたように思いますが、この『トリとロキタ』のテーマは「友情」の本質に迫るものだったと感じています。
 血縁や共同体の関係に比べて友情の最大の特徴は、「義務」ではなく自分の主体的な「選択」によって関係が成り立つことです。今回、あえて友情についての映画を作ろうと考えたのはどういう思いからでしょうか。

兄のジャン=ピエール

JP まず、こうした友情がないと彼らが経験する劣悪な環境を耐えることができないからです。友情があるからこそ、こういう障害も乗り越え、生き残っていくことができます。今回の(映画のストーリーの)場合はロキタがビザを取ることができないという問題があるわけです。彼らはただ単に渡ってきたその土地で普通に職業訓練学校に行って職業を身につけたい。ただ学校に通い続けたい。もしビザが取れたらふたりで一緒に生活ができる。そうしたいと望んでいる。ただそれだけなんです。
 そしてまた友情が必要というのは現実にも即していて、移民の人たちは決してひとりでは生きていけません。同国、同じ言葉を話す人、友人、知り合い、家族……そういうつながりがないと、移民はひとりでは暮らしていけないのです。そのためにも友情を描きました。

 今作は全編「次に何が起きるのだろう」という緊張感の続く作品でした。近作の『午後8時の訪問者』、『その手に触れるまで』も連続してサスペンス的であり、移民が重要な意味を持っています。移民の置かれている状況をサスペンス的に描こうと決めた理由はどういうものでしょうか。

弟のリュック

 この物語を語ろうと思ったきっかけは、新聞である記事を読んだことでした。その記事は、保護者のいない未成年者の移民の子供たちがヨーロッパに渡ってきて、18歳になる前に消息を絶っているという話でした。そうした子供たちの一部は最後には殺されてしまっている。ベルギーだけでなくフランスやイタリアでも同じようなことが起こっているということでした。この事実に私たちは憤りを覚えました。この状況を告発したいというふうに思いました。
 先ほどジャン=ピエールが、トリとロキタのあいだの友情の話をしましたが、映画の中ではこの友情があったおかげで、友情がふたりにとっての安住の地だった。友情があったからふたりは生き延びることができるわけです。彼らはとくにヨーロッパにやってきて他の人の仕事を奪おうとか住居を奪おうとか、そういうことはまったくなく、ただそこで〝より良い暮らし〟をしたいというふうに考えているだけなんです。
 だから私たちは、一般の人たちの中にある移民のイメージ――移民は危険だとか、恐怖心を持つべきだとか――に対して、この映画を通して、そのイメージと戦いたいと思いました。決して私たちの映画は、移民の子供たちの「あるひとつのケース」を描いたものではありません。あくまでもトリとロキタという唯一無二の存在のふたりの子供たちを描いたのです。ひとりは小さな男の子で、もうひとりは思春期の女の子ですけれども、その個人、このふたりの話なんです。映画を見る観客の方々には、トリとロキタという〝個人〟が映画の中にいるということを感じてほしいと思います。
 彼らはまずなによりも子供であるということで、既に弱い立場にあります。それプラス彼らは移民なんです。本当に弱者の中の弱者なんです。

©Christine Plenus

 たしかに映画の中でトリとロキタという〝個人〟が生きていました。今回、トリとロキタの役に抜擢されたパブロ・シルズとジョエリー・ムブンドゥは素晴らしい演技を見せてくれました。オーディションの中で、彼らを選んだ決め手は何だったのでしょう。演技の経験がなかった当時12歳のパブロを、どうやってあれほどの名演技に導いたのでしょうか。

JP トリ役のパブロ・シルズと、ロキタ役のジョエリー・ムブンドゥですが、オーディションではトリ役とロキタ役それぞれ100人くらいの少年少女に会いました。なぜ選んだかは、もちろん彼らが一番だったからです。演技するところを見たりしながら何度か会っていくうちに、自分たちのインスピレーションが間違いないと確信して決めました。
 私たちが脚本上で最初から決めていることがあって、トリは小さくて痩せていてエネルギーに溢れていること。ロキタ役の決め手となったのは、ジョエリーは当時まだ17歳だったのですが子供のようなあどけない笑顔を残していたんですね。その子供のような笑顔というのは、このロキタという人物に必要なポイントだったので彼女を選びました。実際ふたりとも素晴らしい俳優でしたし、歌も上手でした。

JP パブロとジョエリーでは、リハーサルをする上でも扱いに若干の違いがありました。というのも、パブロはまだ小さい子供だったので。私たちが子供に対してやってはいけないと思っているのは「こういうふうにするんだよ」と演技をしてみせることなんですね。子供は大人がやることに対してすぐ真似をしてしまうので、それを見せないこと。ただ私たちは彼が演技をする上で目印になるような、たとえば動きやリズムについては指示を出しました。彼はすぐにそれを理解してくれました。そしてリハーサルを重ねることによって、その演技が自然になりました。
 ただ子供の場合は、そのリハーサルのやりすぎもまたよくないんです。ですから適度にリハーサルを重ねました。私たちの国にこういう表現があるんですが「混ぜていくうちに自然にマヨネーズになる」と。それと同じように自然に映画が出来上がってきました。パブロはトリに、ジョエリーはロキタになったという感じです。

 「家族」から血のつながり、性的な関係性や生活の共同性といった要素を取り除いたときに残るもの。あるいは地域共同体や職場の関係性、あらゆる利害関係がなくなっても、なおそこに親密な何かが残るとしたなら、それが「友情」だろうと私は思います。その意味で、友情とは私たちの社会の基盤かもしれません。おふたりは兄弟ではありますが、お互いの関係に「友情」に近いものを感じていらっしゃいますか。

 たしかにおっしゃるように、友情というのは社会の基本を成すものだと思います。例えばその友情があるからこそ、他の人と意見が違っても戦い合うことなく議論をすることができます。
 私たち兄弟の関係が友情かどうかと問われると、私自身はそう意識したことはありません。ただ長いあいだ私たちは一緒に仕事をしています。もしかしたら、そういう友情の側面もあるのかもしれませんね。子供の頃の兄弟としてのライバル意識とか、両親の前での互いの嫉妬心とか、そういうものが昔はありました。今ふたりのあいだには、もしかしたら無意識だけども友情があるのかもしれません。

 この映画の中のトリとロキタの場合は、ロキタがビザを取るために姉弟である必要があるので、ふたりはウソを考えつくわけです。ですから本当の姉弟ではありませんが、むしろ本当に血のつながった姉弟よりも、さらに強い絆で結ばれています。とても希望のある家族のようです。この友情は決して裏切られることがありません。お互い常に助け合い、お互いを守っています。最後の最後までその友情を貫いています。

 ひとつ、ご兄弟にお知らせです。この2月に日本で封切られた松永大司まつながだいし監督の『エゴイスト』という映画があります。血のつながりや性別を越えて人と人とが親密な関係を築こうとする自伝的小説を、ドキュメンタリーのように撮った非常に優れた作品でした。じつは観た瞬間に私は「まるでダルデンヌ兄弟の映画を彷彿とさせる」と思い、ツイッターにそう投稿しました。
 あとからインタビューを読むと、松永監督はダルデンヌ兄弟の『息子のまなざし』を参考にしていて、スタッフ全員にも「観てほしい」と伝えていたそうです。おふたりの映画のDNAが国境を越えて受け継がれ、日本でも素晴らしい花を咲かせはじめていることを、ぜひお伝えしておきたいと思いました。本日はありがとうございました。

JP・L (通訳の言葉を聞きながら兄弟で微笑みを交わして)うれしい知らせですね。きょうは、ありがとうございました。次もまたお会いしましょう。

通訳/永友優子


『トリとロキタ』予告編


『トリとロキタ』公式サイト
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2023年3月31日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ 
出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガほか
配給:ビターズ・エンド
2022年/ベルギー=フランス/カラー/89分/Tori et Lokita
©LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM - FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv – PROXIMUS - RTBF(Télévision belge)

取材・構成/東晋平(ひがし・しんぺい)
文筆家・編集者。1963年神戸生まれ。現代美術家・ 宮島達男の著書『芸術論』(アートダイバー)、編著書『アーティストになれる人、なれない人』(マガジ ンハウス)などを編集。著書に『蓮の暗号』(アートダイバー)。

インタビュー写真/YOKO MIZUSHIMA


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