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食事

「はい、いいですか」小夏さんが私ら一人一人の目を見て仰々しく言う。
「今目の前にあるご飯ですけど、みんなの手元に料理として届けられるまでに、どれくらいの人が関わってきたのか、想像をして食べてくださいね」合掌とともに目を閉じる小夏さん。
「あ、はい」
 私も合掌。
「いただきます」
 声をそろえて「いただきます」。
「いやー、どれから食べればいいか迷うねこれ」吉田さんはそう言いながら、箸の先をふらふらとさせた。
「箸、やめて」と吉田さんの奥さんの美久さん。
 たしかに。何から手をつけようか迷う。どの料理もとっても美味しそうだ。
 レンコンと昆布の煮付けは、砂糖醤油がテカテカと光っていて、ぽつぽつとまぶされた白胡麻が香ばしさを連想させる。けんちん汁はどうだろう。目に見える山盛りの根菜はまさに氷山の一角。どれだけの具が入っているのか想像もできない。表面に浮かぶ金の輪っかを見ると、後を引く美味しさについつい舌が唾液で溺れそうになる。そして何より白ごはん。一粒一粒がくっきりふっくらとしていて、うっすらと浮かぶ湯気がよりいっそうの食欲を掻き立てる。筑前煮は苦手、以上。
「あれ、後輩くん。何から食べるべきかわからないのかな?」汁物をズルズルとすする小夏さん。目を細めて食べる姿がなんとも愛らしい。だからこの人はみんなから好かれているのか。
「べき。もしかしてマナー、の話ですか」
「そう、マナー。こういう食事のときはね、汁物、ご飯、おかず、の順で食べるんだよ」
 なるほど、どこかで聞いたことがある。と私はふんふん鼻を鳴らして頷いた。
「社会人としてしっかり覚えとけよな、社会人として」吉田さんがわざと語尾を強調しながら、カチャカチャと音を立ててご飯を口へと運ぶ。頬が忙しなくもごもごと膨らむ。
「あ、はいすみません。覚えときますね」私はそう言ってけんちん汁を手に取った。吉田さんは苦手だ。
 口をお椀につけた途端、味噌と胡麻、そして根菜から香る土の匂いに驚いた。あぁ、今からこれを味わうのかと思うと胸がどうにもこうにも高鳴ってしまう。舌に流れ込む芳醇な味わいは、私を満足させるのに十分過ぎるほどだった。すかさず箸を持ち、まずは牛蒡を掴んだ。噛んだ途端、牛蒡のたくましい繊維とその隙間から溢れる汁の感触に思わず口角をあげてしまう。アンサンブル。憎らしいほどに、牛蒡から感じる土の香りが合う。目を閉じれば山形(なんで?)の畑が目に浮かぶようだ。
 耳元でくすくすと笑い声が聞こえた。美久さんだ。
「佐久間くん、一生それやってんの?」美久さんはついには大口を空けて笑い出してしまった。それに釣られてか、吉田さんや小夏さんも笑い出した。
「え、どういうことですか」
 あ、しまった。言って私は気づいた。
 今日は超能力者の食事会。みんな私の頭の中を覗いているに違いない。と、思ったことも悟られているのか。
「皆さん、いじわるですね!いいじゃないですか、美味しいんだからじっくり味わいたいじゃないですか」
「いやー、お前と飯食べるとどんな飯も美味しくなるんだよなぁ」吉田さんはそう言い、「ほんと最高」と膝をパンパンと叩いた。
 私は恥ずかしくなって「もう」とこぼしたが、何だか照れくさかった。
「後輩くんの、ご飯食べてるときの脳みそと顔、好きだな」
 小夏さんが目を細めてそう言ったので、私は勢いよくコップの水を飲み込んだ。
 今だけは頭の中を見られたくない。
「可愛いなぁ後輩くんは」
 小夏さんも、苦手だ。
 くすくすと聞こえる笑い声の中で、私は顔を下げ、ご飯からたつ湯気が登るのをただ見つめていた。小夏さんはまだ、細い目で私のことを見ているのだろうか。

はぁーけんちん汁食べたい。
6:42けんちん汁食べたい。今日も1日がんばりましょう。

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