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ミルキーウェイ

1-1

 そらにゆきがさいているのがみえて、くさまおはからだをふるわせました。それとははんたいに、なずなはうれしそうに、あかいコートをはおりました。それはとてもまっかなコートで、ばらよりもあかいのです。なずなはくさまおをみつめて、そのきらきらとひかるりんごのようにあかるいめをめいっぱいにひらくと、そのままとびらをあけておにわにでていきました。そとはうすくくもがひろがっていました。そのくもからひらひらとゆきがおりてくるのです。くさまおは、やしきのなかからにわをかけまわるなずなをみつめていました。
 なずなはときおりそらをむいておおきくくちをひらくと、ひらひらとおちてくるゆきをたべました。そうして、つめたいのか、かおをかすかにゆがめますが、すぐにぱっとはながさいたようにあかるいえがおになります。なずなはにわからやしきのなかにいるくさまおにむかって、おいでおいでとてまねきしました。くさまおはくびをふります。そうすると、なずなはむっとしかめっつらです。そうして、ぷいっとかおをそむけると。そのままてつのもんをあけて、にわからつらなるはやしのなかへとかけていきました。くさまおはためいきをついて、そのままやしきのにかいにあがりました。
 やしきのにかいは、おきなのしょさいがありました。そのしょさいで、おきなはにんぎょうをつくっています。おきなは、ここはしょさいではなくて、アトリエだともいっていました。そうして、おきなにも、ほんとうにはべつのなまえがあるのです。おきなは、もじゃもじゃのかみのけをながくのばしています。ひげももじゃもじゃです。さむえをきていて、そうして、いつもアトリエでにんぎょうをつくったり、えをかいていたり、なにかをしらべています。それをおきなはけんきゅうだといっていました。くさまおはおきながなにをしらべているのか、くわしくきいてもわかりませんでした。ただ、おきながなにかをしらべたりしているときに、それをよこでみているのがとてもすきでした。そのひもおきなは、たくさんのえやしゃしんやにんぎょうにかこまれたアトリエで、けんびきょうをのぞきこんでいました。おきなは、そのけんびきょうのなかでうごくものをけんきゅうしているのだよと、むかしくさまおにそういっていました。
 おきなはくさまおがはいってきたことにきづくこともなく、ずっとけんびきょうをみつめつづけています。あいかわらず、おきなのへやにはたくさんのにんぎょうがあって、えがあって、それらのすべてのめがいっせいにくさまおにそそがれています。くさまおは、くちにだしませんけれども、ゆっくりとひとつひとつそれらのめをみつめてあいさつをします。えがわらって、にんぎょうはほほえんで、とうきでできたうつくしいおんなのひとが、そのみるくいろのはだをかがやかせながら、くさまおにほほえみかけると、くさまおはてれたようにあかくなります。くさまおに、このとうきのおんなのひとは、あこがれのひとでもありました。
 そうして、アトリエにいるかのじょたちにあいさつをすましていると、おきなのへやにおかれたストーブが、しゅんしゅんしゅんしゅんとおとをたてていました。だんだんと、くさまおはほほがあかくなって、みみもあかくなって、ねむたくなってきました。うつらうつらとふねをこぐようにしているうちに、まぶたがだんだんとおりてきます。そうすると、ストーブのおとがみみのなかでぐるぐるとまわっているかんかくがやってきます。ゆめのなかにいるかのように、ほおづえをつきながらおきなのせなかをみつめています。おきなはなにもいいません。そうして、くさまおのみみのなかにきよらかなみずおとがきこえてきました。ゆらゆらとみずくさがながれています。あっ、これはやしきのそとのはやしをとおるみぞだなと、くさまおは、じぶんのゆめがどこのおとをじぶんのみみにきかせているのかわかると、ほほをゆるめました。そうすると、はやしのなかを、あのあかいコートをきてかけまわるなずなのかおがうかびました。あかいコートよりもあかいのはなずなのほほいろです。ゆきがふりはじめていて、もうすぐみぞもこおるでしょう。みぞのひょうめんだけがこおるのです。そのこおりはとてもうすくて、いちねんまえのふゆに、なずなといっしょに、そのみぞをきのえだでたたいたことがありました。はじめはこんこんと、それからだんだんとつよく、そうしているうちに、うすいこおりにかすかにひびがはいりはじめました。そのひびは、だんだんとひろがっていって、うすいおとがふたりのみみにしのんできます。そうしているうちに、ぱりんとがらすがわれるよりもたかいたかいおとがひゅうっとみみをおおって、こおりがわれました。そうして、そのおとが、いまもくさまおのみみにとどきました。くさまおをめをあけました。まだしゅんしゅんしゅんしゅんおとがなっています。ストーブはしんしんとあかいいろをもやしつづけています。じんこうのひがもえていて、それがくさまおのめをあかくそめました。そうしているとおきながふりかえって、
「ひとりか?」
くさまおはうなづきました。おきなのこえはどこかとおくからきこえてくるように、くさまおにはかんじられました。それはゆめのなかでよびかけられるようです。
「なずなはどうした?」
「はやしにいったんだ。ゆきをたべながら、はやしにあそびにいっちゃった。」
「ゆきをたべながら?」
おきなはくさまおをふりかえらずに、せなかだけでわらいました。くさおまはそのわらいごえをききながら、おおきくあくびをしました。すると、きゅうにおきなのわらいがとまって、ゆっくりとふりむきました。
「はやしにいったのか?」
「ゆきがすきなんだ。なずなはいつもゆきがふるとはやしにいくんだよ。」
くさまおはまだねむたいめつきで、おきなをみつめました。おきなはアトリエのにんぎょうたたちにかこまれていて、そのなかでいちばんおおきなにんぎょうのようにくさまおのめにうつりました。おきなはなにかをかんがえるようにいっすんかおをしかめると、すぐさまにいすにかけてあるコートをはおり、そのままいちもくさんにへやをでていきました。へやをでるさなか、いっしゅん、くさまおのめにとまったおきなのかおは、こうこうやめいたいつものやわらかいかおつきとはちがう、おにかなにかのようなぎょうそうでした。そうしてくさまおは、とつぜんゆめからさめたようにいすからとびあがると、そのまままどからにわをみおろしました。げんかんからおきながいちもくさんにかけていくすがたがみえます。くさまおはなにかさきほどのゆめでみたおとがまたみみにもどってきて、きゅうにゆびさきがふるえだしました。なにかいやなよかんがかれのなかでぐるぐるとまわりました。そうして、くさまおはいそいでおきなのあとをおいました。へやからでるときに、こおりがくだけるおとにみずおとがかさなって、そうしてそれはにんぎょうたちのわらいごえにかきけされていきます。
 はやしはもうまっしろで、きはすべてがほしいろにそめられています。すべてがつよいひかりのなかにつつまれているようで、そうしておとのすべてがうばわれています。いいえ、かぜのおとだけはひゅんひゅんひゅんひゅんとくさまおのみみをかすめます。かぜはほほをきるかのようにつよくふきつづけて、ときおりそのかぜにはこばれたゆきが、くさまおのめにはいりました。くさまおはそのたびにたちどまり、てのこうでぬぐいました。そうして、しばらくのあいだあるいていると、かぜおとがやんで、あの、ゆめのなかできいたみずのせせらぎがくさまおのみみにながれました。もうみぞがちかいのです。しかし、げんちょうのようでもあります。そのねいろに、またぱりんぱりんとこおりがくだけるおとがかさなって、やっぱりこれはまぼろしのおとなんだと、くさまおはおもいました。そのとき、みみをつんざくような、けもののさけびごえがきこえました。おおかみかなにかだとくさまおはおもいましたが、しかしかなしいかなしいけもののなきごえです。それはあいおんでした。くさまおはまたゆびさきがふるえるのをかんじていました。ゆっくりと、ゆきをふみしめていくと、おきなのおおきなあしあとがえんえんとめのまえにたいれつをつくっています。
 そうして、そのあしおとをおっていくと、えんじいろのさむえがまっしろなこうけいのなかにあらわれて、せせらぎがじったいをともなってやってきました。あかいあかいいろが、えんじいろにだかれています。しかし、そのだかれたからだは、コートだけがただあかく、はだはゆきよりもしろいのです。そうしてくちびるはこおりよりもつめたくあおいひです。そのくちびるのあおさは、こちらをかすかにみつめるつめたいみずであらわれたくろいまつげのなかにうかぶすいしょうたいのように、しのいろです。なんども、なんども、こおりがわれるしゅんかんが、そのしゅんかんが、くさまおのめのなかにうかびました。なんどもなんども、なずながみぞのなかにおちていきます。みずくさがゆれています。つめたいつめたいみずくさがゆれています。そうして、なずなはなにかをにぎっていました。くさまおはおきなのうしろからそっとちかづいて、そのてがにぎるものをじっとみつめました。それは、なずなよりもとうめいながらすのこびんで、そのなかにはなにかいしがいくつもはいっていました。うつくしいいしがきらきらとこびんのなかにありました。なずなはみなそこからうつくしいほしをひろってこのこびんにつめたのでしょうか。くさまおはゆっくりとなずなのてからそれをとると、りょうてににぎりました。くさまおははっとしました。それは、そのときにふれたなずなのてが、いまじぶんがふれているこびんよりも、もっとずっとつめたかったことです。そうして、こびんをなずなのてのなかからとるそのしゅんかん、なずなのめがアトリエのにんぎょうのようにとうめいでつめたいことにです。
 せせらぎにかぜがかさなって、そうしておおかみがなくように、おきなのけもののようななきごえだけが、くさまおのみみになんどもなんどもこだましました。

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