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稚児桜⑥


其の六『日新館童子訓』

 
 御早う御座います。皆、私が今から言うことを、静かに、真面目に、聞くように。いいね。

 毎朝早く起きましょう。それから手を洗い口をすすぎましょう。それから髪を梳り、衣服を正して、御父上様、御母上様のご機嫌を伺います。そうして、年齢の順に座敷の中を掃除して、御客様をお迎えできるようにきれいにするのです。
 それから、御父上様、御母上様および、目上の方へ朝夕の食事、お茶、煙草の給仕をするのです。御父上様と御母上様とご一緒にお食事を取るときは、お二人が箸を取る前に食べることはなりませんよ。理由があって、どうしても食べたいときは、その事を初めにお伝えして、素早く食べるのがいいでしょう。
 御父上様、御母上様、それから兄様や姉様、先生や大人の方、目上の方々のお見送りやお出迎えは必ずしなくてはなりません。
 屋敷から出るときには、きちんと暇をもらって、行き先を告げるようにね。それは、帰るときも同じです。何事にも御父上様、御母上様にお伺いを立てること。
 御父上様、御母上様、それから目上の方々の前で、立ちながら喋るのや、立ちながら聞くことはいけませんよ。寒くても、手を懐には入れずに、暑くても扇で仰いだり、衣の裾をかかげたりもいけません。他にも、汚いものは、お二人の目に触れるところにおいてはなりませんよ。
 御父上様、御母上様や目上の方に役割を仰せつかることがあるでしょう?そうしたら、謹んでお受けするのです。そうして、受けたからには、その事を調えて、怠ってはなりません。呼ばれたら、すぐに駆けつけるのです。
 お二方から衣を重ね着するように言われたのならば、それはどんなに寒くても従うのです。新しい衣服をもし戴いたのならば、どんなに気に入らなくても、その気持は内緒にして、受け取るようにしましょう。
 御父上様、御母上様がおられる畳に上がってはなりません。そこは、貴い御方の場所ですから、もし通ることがあっても、真ん中は通らずに端を通るのです。縁の部分は踏んではなりませんよ。
 先生や御父上様、それから兄様と同様の貴い方と道で会う時があるでしょう?そういうときは、道の端に控えて、御辞儀をするのです。その時に、行き先は聞いてはなりません。共に行くことになっても、少し後れて行くようにね。
 人を誹ったり、人を笑ったり、或いは、嘲ることはいけません。それから、自分を大きく見せることいけないよ。
 学ぶときも同様で、顔は正しくして、謙虚な思いを抱き、先生を敬うのです。そうして、学びなさい。
 贈り物を誰かから戴くことがあるでしょう。そのようなときは、きちんと受け取って、御父上様や御母上様が大層喜んでいたと、その御方にお伝えするようになさい。
 御父上様、御母上様の助けとなるようなことはね、どのように大変なことでも、嫌がらずにやるようになさい。
 貴い御方が来られる時や、御出になられる時、君たちに上立つ人が来る時は、座を立って、送迎を必ずするようにね。そのような人がいるときには、はしたのないことや、犬や猫などを怒ることもいけない。貴い御方の前では、欠伸もいけないし、退屈の様子も見せてはいけません。
 そうして、何か聞きたいことがあるときは、必ず、今なら私だが、その一座にいる年長者に問いなさい。自分を先立てて答えることはしてはいけませんよ。
 そうして、お酒や宴を我慢しなさい。特に、異性に関しては我慢しなくてはならない。そこに囚われてね、一生を台無しにすることもあるかもしれないからね。男女は別物です。ですから、男子は我慢をすること。どんなにきれいな女子がいても、慎むことが肝要です。
 
 つらつらと、話しすぎてしまったかもしれないね。ああ、もう半分は聞いていない。うん。そうだね。少し堅苦しいかもしれないね。でもね、大切なことを話しています。君たちが、このような男子になってくれたのならば、私はもう何も言いません。
 そうだね、一つお話をしましょうか。盲人の孝行息子のお話です。会津馬場町に一人の盲人がおりました。彼は、とても孝行息子でね、家から出るときには必ず御父上様や御母上様に行き先を伝え、帰ってきてからは、そこでああいうことがあった、こういうことがあったんだよと、逐一聞かせる。御父上様が病に倒れたのならば、片時も離れない。御母上様の尿瓶を取り、身体を清めて、手に触れていたわることを厭わない。そうして、御父上様がお亡くなりになってからも、餅を売って生計を立てていました。朝には早く起きて、盲目の身体を持って働いて、御母上様が御喜びになるように勤めておりました。そうしてある日、彼らの隣家の人々の耳に、楽しげな笑い声が聞こえてきて、人が多く集まったのかしらと様子を見に行くと、母親と、彼と、二人で楽しく話していただけだったそうです。

 これは、品性の話です。品性をこそを、学んでほしいのです。ああ、もう遊びに行きたいのだね。それならば、明日、また。
 
 君たちがこの教えを守りますように。

キャラクターイラストレーション しんいし 智歩

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