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少女ふたばよりかんばしくかなかなの唖し刺し殺す夏至物語 〜塚本邦雄の短歌からの聯想による〜

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二千二十年六月二十一日未明、京都府京都市北区在住の教職員、大村美加さん(三十九)が亡くなった。勤務先の学校への出勤がないことから不審に思った同僚が自宅を訪問、死亡しているのを発見した。死因は青酸中毒で、部屋には荒らされた形跡はなく、府警は自殺、殺人の両方の面を視野に入れ捜査している。事件前日、大村さんの自宅マンションの防犯カメラに配達員らしき男の姿が映っており、事件との関連を捜査中。

 
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 六月十一日(木) 曇り

 さくらドメイン、ムームードメイン、バリュードメイン、スタードメイン、ゴンべエド  メイン、エックスドメイン……。ドメインだけでこんなに種類があるの?。com,net,org,info,biz…。私の場合、非営利組織用?でも、組織じゃない、個人ならinfo?うーん。こういうの、得意な友達がいればなぁ。クレジットカード、おとうさんの使う?パスワードが、わかんないなぁ。多分、恐らく、いくつかの候補。前途多難。タイプしてても、正しいかどうか、わかんないなぁ。

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 自分がわからない。自分の心理が、わからない。心理カウンセラーの筈が、木乃伊取りが木乃伊になる。彼の身体、彼の精神、わからない。彼の頭の中。覗いてみたい。たくさんの女たち。素通りした?私はその中に残って、そのまま根を張れる?他の女たちと私は違う?教師。助手、メカニック、医者。頭の良さしか取り柄のない女たちを転がすのはお手のものなのね。ああ、むず痒い。身体が怒ってる。他の女のことも、識りたい。

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先生、何かを喋っている。きれいな脣。歯並び、いいのね。おとうさんは、大人の女の人とお話しするとき、ああいうきれいな歯並びを見て、どんな風に思うんだろう。あ、先生、心ここにあらず。ううん、多分、私が心がここにないんだ。そうだ、もう、おとうさんの複製人間をつくっちゃおう。そうすれば、きっと、おかあさんも、絶対に喜んでくれる。また、喋ってくれる。おとうさんの、複製人間。おとうさんが作らないなら、私が作る。そうしたら、どちらがオリジナル?先生の意見も、聞きたい。今、先生に聞いたら、どんな反応をするかな。そうだ、先生だって、おとうさんが好きなんでしょう?それなら、複製のおとうさんを、いくつか作る。そうすれば、二つに分けることなんてしないですむもの。おとうさんが三人、四人、五人、六人、ああ、そうすれば、やっぱり複製のおとうさんはおとうさんじゃない?オリジナルじゃない?考えが、心が、全部が違う。頭、痛い。もう、よくわかんない。

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晶くんは、この世で一番悪いことはなんだと思う?

さぁ。殺人じゃないか。

殺人。

うん。暴力、レイプ、いじめ、とかもひどいと思うけど。それから誘拐。こいつも許せない。

じゃあ、人のものを取ることは?

悪いことだけど、一番じゃないだろうな。

それで傷つく人がいても?

うん。殺人の方が悪い、ダンゼン。

なるほど。

なんで?

ううん、参考まで。世の中の一番の悪、識りたくなったの。

なに?今更中二病?

違う。ってか何、それ?

なぁ、詩杏。

ん?

その制服、かわいいよ。

制服かよw

いや、制服、だけじゃないけど。

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六月十三日(土) 曇り
 
セックス。性交。男と女の交わり。
ペニスをヴァギナに挿入する。
互いにししむらを貪り、そうして、女は潤んだ襞で男を包み、男はそれにより(或いはその他の外的要因乃至内的要因)絶頂に到達し、射精する。
そこから、愛らしい赤ん坊の誕生。愛の結晶。じゃあ、複製された命は?愛の結晶じゃあないの?

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ねぇ、先生。オリジナルと、複製の違いって、なあに?

それを私に聞く?いいけど……、でも、詩杏ちゃんのパパの方が詳しいでしょう。

うん。でも、おとうさん、お仕事で忙しいから。

そうだなぁ。オリジナルと複製か。オリジナルは、大本になるもの、つまり、唯一無二の存在。複製は、それをベースに、全く同じものを作る。ただ、オリジナルを模倣するわけだから、いくらでも同じものを作ることが出来る。うーん、難しいなぁ。でも、大まかに解釈すると、そんなところじゃない?

それはなんとなくわかるの。でも、今の先生の説明なら、オリジナルから作られた複製も、存在した時点で唯一無二になると思う。

あ、うーん。

そうしたら、その複製は、もうオリジナルじゃないのかなって。

そうね。ただ、例えばここに花瓶があって、その花瓶を複製したとしたら、どう?素材、色、形、大きさ、重さ、匂い、全部が全く同じだとすると、もう唯一無二じゃない。そうしたら、元々に存在していたオリジナルはあくまでもオリジナル、初めの元じゃない?でも、複製されたものは、同一の存在があるわけだから、複製になる。

それは物ならそうなると思う。

そうでしょう?

でも、人間なら?複製人間はどうなるの?

複製人間なら……。

人間なら心があるはずでしょう?心って、一つ一つ違う。だから、そうしたらもう唯一無二じゃない。オリジナルから、オリジナルが産まれるってこと?

うーん。分身?

心の中まで全く同じ人間なんていないもの。例えば、先生の複製人間が作られたとして、そうしたら、先生と同じ人を好きになるのかな?先生と同じ生活をしていたらそうなるのかもしれないけど、でも、そんなことありえない。好みは似ていても、先生の好きな人とはきっと別の人を好きになると思う。

……。

そうしたら。それはもうオリジナルなんじゃないのかな。

心はね。心は違う。けれど……。

先生は心のお医者さんでしょう。それなら、心が違うなら、違う患者さんじゃないの?先生の複製人間がいたとして、同じ人を好きになって、一人はその男の人と結ばれて、もう一人はひとりぼっち。そうしたら、また別の人を好きになる。それで、枝分かれみたいに心が変わっていったら、もう違う人じゃない。

生物学的に同一のDNAよ。

生物学的には。でも、実際は違う。オリジナルと複製と、どっちが素晴らしいかは知らないけど。じゃあ、例えば先生と、先生の複製と、殺し合いをしたとする。それで、複製の方が生き残ったら、複製がこの世界に唯一無二の先生になる。私のことをカウンセリングできるのも、好きな人と抱き合えるも、複製された先生だけ。そうなると、もう複製された先生が、オリジナルの先生ってことでしょう?

面白い考えね。

先生はどう思う?定義、とかじゃなくて。先生を殺しに来る、もう一人の先生がいるとしたら。

そんな空想にはつきあえない。

空想じゃない。おとうさん、今毎日そのことばかり考えている。

今は帰ってくるの?

ううん。でも、なんとなく、わかるの。

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髪、切ったのか。

男に見える?

見えない。色白すぎ。

これなら(サングラスをかけて)?

ああ、それなら。見えないことも、ない。

よかったぁ。

変なやつだな。

変?

変だよ。てか久しぶりなのに、ビックリした。髪切って、制服着てなくて、誰かわかんなかった。

まだ、唱ってる?

のど仏。

ああ、すごい。

俺の声は歌に向いてない。

そうかな。向いているよ。とても。あ、はい。

なんだこれ。

ウィスキー・ボンボン。

ウィスキー・ボンボン。

識ってるでしょ?

バレンタイン?本命。

もう夏。

うん。食べてもいいか?

どうぞ。

うん。甘い。

美味しいでしょ。

ほんもののウィスキー?

どうかな。

どうかなって、なんだよ。

たぶん、ほんもの。

ありがと。うまいよ。

 
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さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

雨が降っている。カーテンを閉める。疲れた。机の上の、ウィスキー・ボンボン。もう一度手に取り、掌の上で、転がす。包み紙を外す。脈拍が一つ、二つ、上がる。ヴァイオリンに似た色をしたチョコレートを、指先で包んだ。匂いを嗅ぐ。ウィスキーの香り。アルコールの香り。私はそっと、初めての口づけのように、それに脣を触れさせた。何か起きるかと、震えながら。何も起きなかった。少しがっかりとして、私はその一粒を明かりに透かしてみた。幽かに、内容物が揺れた、ように思えた。どうしてか、私はそれをそのまま口に放り、優しく噛んだ。甘い。その刹那、私は死を口に食んでいる。

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どうしたの?
 
ううん。どうもしてない。

私の質問、上の空?

ううん。どうもしてないよ。本当に。

いいのよ。悩みもあるでしょう。それとも、私と話すの、退屈?

退屈じゃないよ。先生の話。

本当かなぁ。まぁ、そういう日もあるよね。

先生、疑ってる。

そんなことない。そんなことなーい。

 
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五月二十一日(木)

学校。雌豚どもの巣。売女どもの庭。

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 詩杏は女に成る。十五才なのに(だから?)、セックスを恐れている。ときおり、カウンセリングでも、言葉をえっちに変えて、その話題を忍ばせる。セックスを恐れている。セックスに惹かれている。彼女、でも、両性具有みたいに思える。中性の少女。少年?矛盾してる?少女でもあって、少年でもある。シュレディンガーの少女。

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六月十六日(火) 曇り時々雨、どきどき、雷。神鳴り?

 
未来世界の端末。映画の世界の話。先生が教えてくれた、SF映画の傑作。レプリカントの男の人が、エマネーターを起動する。そうすると、ウォレス社製のAI女性をどこまでも持ち運べる。素敵な機械。それは電脳世界と直結していて、様々な情報も、情緒も、その中にはある。あの素敵な小さな筒状の機械に、おとうさんを入れて持ち運べたらと夢想する。若しくは、先生。ううん、やっぱり、おとうさんがいいな。あの起動音も素敵。『ピーターと狼』。調べたら、ロシアの作曲家。ロシア。行ったことない。もしエマネーターやjoiが実現したら、私も絶対、あの起動音にする。私のjoiはおとうさ
ん。私の悦びは、おとうさん。


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世紀末ってもう来ないのかな?

あと八十年でもう一度世紀末だよ。

九十五才かぁ。

俺は九十六才。

じゃあ、一度は経験できるかも。

令和の後はなんだと思う?

明治、昭和、平成、令和、平和?

平和だ。

毎日毎日。

世紀末は、平和?

いや、カオス。

混沌としてますかねぇ。

多分、ねぇ。

キャラクターイラストレーション ©しんいし 智歩

 

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