見出し画像

住みたかった海の近く

暮らすために生きている


部屋の片付けから見つけた当時の賃貸契約書をきっかけにせっかくだし、と暮らしについて書いたらなんだかつくづくただ、「暮らすために生きてるな」、とふと思って。ならばそのまま暮らしについてもうひとつ書こうと思う。

初めて暮らしたあの町も好きだけれど、いま住んでる町も好きなので今度はここを紹介したい。

海の近くの町に暮らしたい。いつかこの景色をみれるようになりたい。



そう思ったのは中2の秋、おそらく翌年の修学旅行のグループ行動の練習として遠足で鎌倉に着たとき。
あの八幡宮の階段の上からみる、つづく鳥居と遠くの海、水平線に、猛烈に惹かれたのだ。
なんだかわからないけれど、ああ海の近くにいつかくらしたい、と。記念に折鶴型のキーホルダーを買って帰った。

前のNOTEでも書いたのだが都下の山側育ちだった私は海と疎遠だった。
というか群馬の山育ちの母と福岡の山育ちの父にとっては山側エリアのほうがなんとなく落ち着くのだろう。
とはいっても山間部の住みにくさを知ってる2人だからか私自身が育ったのはTHE住宅街だったので、山がまわりにみえるとかはなかった。

ふつうにほんとうに住宅街。なので自分にとっての身近な場所は公園か学校の庭。
そんなとこくらいしか友だちと話す場所はなかった。駅は遠かった。店もいまはそうでもないのかもだけど当時はまあなんもなかった。

中学生くらいになって行動範囲が広がってから何人かで川にいくようになった。それでも自転車で30分は必死にこがないとたどり着けなかった。
その川へも小学校ではるばる歩かされて遠足にいった記憶がある。
川に行ってなにをする、ていってもしゃべる。石を投げる。
そんなもんだが、それでも公園よりは、ちょっと落ち着く感じがした。水はなにかを流してくれるのかな。

そんなかんじになんとなく水が恋しいまま育ち、高校生のある日、嫌なことが続いた自分は海がみたい、と思って路線図を調べ、生まれて初めて江の島にきた。まだネットなんか高校生の手元にない時代。
ガラケーすら持ってなく、ようやくPHSを先輩の何人かが持ってるような頃。
(ちなみにわたしはdocom○のポケベルだった)
アナログに家にある路線図で海に近そうなところ、というかんじに選んで、鎌倉のときにかったガイドブックかなんかでみた気がする。

小田急線の片瀬江ノ島駅駅。
おりてすぐ海があるらしい、と知ってきたけど駅についてすぐ、駅にビックリした。
竜宮城??オレンジ路線の電車の駅にはない世界観!!


97年当時の江ノ島

大きな建物もない、ポカーンとひらけてるロータリー。すぐそばの橋は海近くらしい広さの河口を跨いでいて、うきうきしながら地下道へむかった。ここをでると砂浜にでられるらしい。

そして砂浜に出たとき、
あー、、1人で海来れた、て思った。
山側のこどもからしたら海なんて親に車でつれてってもらう家族旅行でいった海水浴しか体験したことないんだもの。

ドキドキしながら乗り換えして、あってるかなあ?と不安も多かったから、まず行けたことに安堵して。

そして波音を聞きながら
ボーッとした。日向ぼっこしてる人、貝を拾ってる人。
いまほど人がたくさんいる感じはなかった気がする。平日だし?ウィンドサーフィンもいなかった。
ぼーっと階段に座って、波音聞いて、日向ぼっこがてら無になっていた気がする。

そして2時間ほどかけて帰り、そしてまた高校の日常にもどっていった。だけどその後は2月だ、5月だ、と頻繁に通うようになった。
高校のうちは電車でちょこちょこきたし、やがて運転する友だちにドライブいこう、と誘われるたび、なら、海行かない?と。

それから7年後。

一人暮らしを経て、海のある町出身の夫と出会い、結婚した。
2人で暮らすにはめちゃめちゃ手狭な部屋ではあったので、仕事や今後のことを考えていよいよ海の方に近づいていきたい、と漠然と感じていたのだ。そして運良く海までまっすぐ15分自転車でくだると出られる、川沿いのアパートが見つかった。
社会人デビューとともに暮らした商店街のある町から引っ越すことになり念願の海近くへ。それが2005年だった。

そしてその海のある町では上半身裸でコンビニに入る人、町ゆく人オールシーズンやたらビーサン、短パンに衝撃を受けたのも最初だけで自分もそうなった時期もあった 笑
そのごはこどもが産まれ、さらに西寄りの物件へ、そのまま川沿いのアパートから引っ越してそこでいま、家族で暮らしている。

念願かなって18年。ちゃんと海のそばで生きてたわ。


こどもが産まれてから遊び場としての砂いじり、波遊びにはここで暮らす育児仲間とよく遊ばせたりした。だがそれも3学年差のうえふたりを育ててたピークに限り、なかなか末っ子育児に入ってからは自転車を漕いでまで海には行ってない。

でもこのいつでもいけるし、日常の延長に海がある、だからわざわざいくものではない。
そんな感覚が海がある町の住人の気分なのかなー、とはおもう。いつのまにか。
忘れていたけれど。

個人的にはこうして書いてたらちゃんと念願叶えてたんじゃん、と14歳の自分に言いたいので今年はなるべく海まで出てみようかな、とおもう。2時間かかってきてた海より15分の自転車(ただし坂はある)、近いじゃないか。

暮らすため、だけで終わらないために。

ちなみに夫もわざわざ海にいってなかったが数年前サーフィンを始めてからはたまにいくようになった。
なにか海へいく目的が必要にないとでないものなのかな。暮らしと一緒で。

ただ、生きてる。ただ、暮らしてる。から一歩抜け出したいくらいにはこのまちがすき。


#この街がすき

この記事が参加している募集

この街がすき