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第59回 悟るのに、信仰心は必要か?

 「悟り」や「悟る」は、仏道修行の最終完成形を表わす仏教用語です。しかし、最近は、日常の色々な場面で安易・安直に使われ過ぎていて、仏教本来の深遠な意味が失われています。

 といっても、「悟り」「悟る」という言葉に対して、現在の仏教界で明確な定義付け意味付けが合意されているかというと、甚だ疑問です。

 というのは、釈尊が「悟り」を開いて仏教が始まったことははっきりしているのですが、肝心の「悟り」「悟る」とは一体どんなことなのか、未だに謎のままなのです。

 当然、どんな修行をすれば釈尊が獲得した「悟り」の境地に到達するのかも、明確なことは分かっていません。

 意外なことですが、仏教は、肝心の「悟り」の真実・真相がはっきりしないまま様々な部派・宗派に分裂し、それぞれが異なる教義を掲げて布教展開し、伝播した先々の国で異質な発展(?)を遂げてきたのです。

 なぜ、このような奇妙なことが、起きているのか?

 私は、その原因は、「悟る」ための修行法が完全に実践・成就されないまま、伝承された釈尊の説法に基づき、弟子達が各自の解釈を交えた「弟子達の仏教」を次々に創り出し、それを布教してしまったことにあるのではないかと思っています。

 そんな仏教発展の歴史と現状を考えた時、表題の「悟るのに、信仰心は必要か?」を考察するには、まず、「悟り」「悟る」とはどういうことなのか、釈尊の「開悟」体験にさかのぼって明らかにする必要があります。

 「悟り」「悟る」とはどういうことなのか明確には定義されていないと上述しましたが、厳密に言えば、仏教界で定義されていないだけで、般若心経のサンスクリット原文である「法隆寺貝葉写本」には、定義がはっきりと書かれているのです。
 それが、修行法の断絶や経典の誤訳・誤解釈のために、正しく認識されていなかっただけなのです。

 「法隆寺貝葉写本」のサンスクリット原文には、「悟り」とは意識(心・魂)が肉体から分離・離脱しニルヴァーナ(涅槃)に到達すること、だということが明記されています。

 そして、サンスクリット語で「プラジュニャーパーラミタ」(漢訳で般若波羅蜜多)と命名されている言葉が、「悟り」に至るための修行法であることが列挙されています。

 サンスクリット原文には、「プラジュニャーパーラミタ」の具体的な修行方法は記されていませんが、瞑想修行であることは明示されています。

 この瞑想修行を実践・成就して「悟り」を開くためには、「信仰心が必要か否か」、が今回のテーマです。

 結果を先に書くと、「悟るのに、信仰心は必要ない。」、というのが私が最終的に辿り着いた結論です。

 何故か?

 意識(心・魂)の肉体からの分離・離脱(=体外離脱)が「悟り」の本質だとすると、LSDのような薬物や物理的な音響効果、さらには、退行催眠や脳の特定部位への電気刺激等によっても同様の効果が得られることが現在知られており、宗教的瞑想行に特有の現象ではないからです。

 宗教で信仰心が必要とされるのは、特殊な修行を実践して「悟り」(成道・成仏)を目指す求道者ではなく、極楽浄土やキリスト教の天国のような、今生よりグレードアップした素晴らしい来世への死後往生(輪廻転生)を目指す在家信者ではないかと思います。

 阿弥陀如来が法蔵菩薩の時に打ち立てた48誓願の中に、「ただ五逆と誹謗正法とを除く。」(第18願)という、極楽浄土への受け入れを拒絶する除外規定があります。

 これは、まさに、自力では成道・成仏できない在家信者を救済するにあたり、信仰心の必要性を明確にした付則ではないかと思います。

 一方、修行により「悟り」の境地に到達するために、信仰心は必ずしも必要ないことを示唆する記述が、真言宗の常用経典「理趣経」にあります。

 それが、本シリーズ第56回で紹介した、「妙適清浄句是菩薩位」を初句とする17清浄句です。

 妙適(性愛による恍惚境)に代表される男女間の諸関係が、全て清浄(=菩薩の境地)であることを説く句ですが、ここには、信仰心の必要性など一言も出てきません。

 この17清浄句には続きがあり、その中に、「必不墮於 地獄等趣 設作重罪 消滅不難 」の句があります。

 現代日本語訳すると、(悟りを目指す修行の過程で17清浄句を聞くことがあれば)、「地獄のような悪い境涯(悪趣)に落ちることはない。重大な悪事をなしていたとしても、それを消滅させることは難しいことではない。」、という意味になります。

 多少悪いことをした人間でも、(妙適を極めて)悟ってしまえば、罪障は消滅して結果オーライだと言っているようにも思えます。

 宗教と信仰心は切り離せないものだと思われていますが、原点の「悟る」という段階に限って言えば、必ずしも信仰心は必要条件ではないという事実は、心に留めておくべきだと思います。

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