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本を読むのに8ヶ月かかった、俺の人生を変えちゃった小説。「恋する失恋バスツアー」森沢明夫

文字もまともに読めないのによく頑張った俺。
始まりはブックオフで、スイッチのゲームを眺めている時だった。
特に欲しいのがなかったので、試しに本のスペースに寄ってみた。
そういえば。
最近読んだ、森沢明夫とか言うやつが「小説を書き方」とか言うヤバい本を思い出した。

当時俺は、アートの才能があると信じてやまなかった。なのに絵も描けないし、ギターも埃を被るし、おまけに運動音痴でダンスも出来ない。

何にもできねー。

憂鬱な記憶を思い出しているうちに、小学生の時、国語の授業で小説を書いてみようという課題を課せられた記憶が蘇った。

渡されたのは2枚だけ、1枚400文字で、1枚で完成でもよかったらしい。
俺は妄想力を必死に働かせ、その時には自分の世界以外、何も見えていなかった。
授業中ポケーっとしている葡萄が、今日という日だけは机に齧り付いていた。
2枚はとっくに消費し、先生に追加の紙を貰って書き、貰って書き。
5枚目で、とうとうストップをかけられた。
まだ、終わってないのに。
俺は諦めて、ブツっと書いていた話を終わらせた。

主人公は猫。
猫は自己紹介をした後、自分の散歩のルートを自分語りをしながら歩いていく。空は薄暗く、何か不穏な空気が立ち込めていた。
「空はタイミングを知っている」
これはイカゲームの最後に観覧者から放たれたセリフだ。
その言葉通り、猫は散歩が終わった後、大雨に打たれながら、誰も知らぬうちに冷えていった。

約2000文字のショートショートにもふさわしい分量を、班に分かれて、鼻を鳴らしながら隣の人に渡した。
その流れで正面の人から自分で書いたのであろう1枚の紙ペラが渡された。
ふん、そんなものか。
内容も軽薄。俺の哲学には遠く及ばない。
すると隣から肩を叩かれ、
「猫の人生が書かれてて良かったと思いました」
と棒読みの感想を言い放たれた。
それはコイツが自分から捻り出した言葉ではない。先生がその前に「相手の小説は絶対に否定しないような感想を言ってあげてください」そう言われていたのだ。
つまり、この条件を取り除けば、
「読んだは読んだ。特に感想を持つようなものでもなかった」
という感想を言われたということになる。
俺はその言葉の裏をすぐに読み取り、胸裏で打ちひしがれた。脳みそでは膝を地面に打ちつけ、心の中では猫が食らっていたであろう大雨よりも酷い大災害が起こっていた。

それから、俺は小説からは離れた。

小学校、中学校、高校を卒業し、専門を辞めて進路に悩みながら、暖房で寝転んでいたある日、YouTubeであの森沢明夫を目にする。
しかもハンチングの似合う、このマッチョなおじさんは、「誰でも小説を書けるようになる」と破顔しながら言っていた。

山田礼司のヤングサンデーという最高に元気なおじさん達のYouTubeを、俺はたまたま見つけてしまったのだ。
すぐに本を買い、読んでみると、俺は生まれ変わったような感動を得た。いや、確実に生まれ変わった。
それから2作品を公募に応募したが、どちらも落ち、この冬の寒さに相応しい、凍えるような感情を抱えていた。
なんとなくブックオフに行き、ゲームを眺めるが何も響かない。
そして、またなんとなく本のコーナーに行き、あの忌々しい名前を思い出した。
森沢明夫。
俺はすぐにあの名前を探した。
見つけた。
そこにはたった一冊、「恋する失恋バスツアー」という、訳のわからぬ本を発見した。
なぜ俺が森沢明夫の名前を探したか。
それは、あんな本を世に出した男の小説を見てやろうじゃないかと、随分と年上の男を試そうと買ったのだ。
そして冒頭、急に8人の客と、2人の別れたツアーガイドとカウンセラー。そしてバスの運転手。
計11人が今から同じ現場を動き始める?!
素人の俺はそれだけでも驚愕した。

それから、俺の悪い癖で、読んだり読まなかったりを繰り返し、今日。
8ヶ月の時を経て、やっと俺は分厚い小説を読み終えた。
こいつはすごい。
よくこんなぐちゃぐちゃした人達をまとめられたな。何気ないシーンが伏線となり、主人公のキャラクターを輝かせる。
個人的にはバスの運転手、まどかさんが好きなのだが、俺を知っている人はその気持ちがわかると思う。
8ヶ月の間にも何作品も書き、いまだに佳作さえ貰えないが、俺は小説を書き続けている。
俺の人生を変えた森沢明夫の小説、是非読んでみてほしい。

失恋が案外と、悪い夢じゃないと思えるから。

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