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【カースドバリバリドライヘッド・フルコンボだドン】 #パルプアドベントカレンダー2022

 おんぼろトラックに揺られて高い山から下りてきて、麓の村に着いたのは今朝のことだった。
 季節は冬で少し肌寒い。
 バスターミナルとは名ばかりの、砂埃が吹き抜ける村外れの広場まで歩く。首都へ行く便に乗って、降りた先で諸般の野暮用を済ませた後空港へ向かう予定だ。順調にいけばクリスマス頃には帰国できると思う。首都での仕事が長引けば年末には帰りたい。
 バスの本数は確か昼前に一本、夕方に一本だった記憶がある。時間通りきちんと来るわけではないので、朝から一日周辺にいろと言われた。
 私もそこら辺はよく心得ている。村には、最終バスにあぶれた客向けの宿が一軒、飯にあぶれた客向けの出店が都合次第、土産物も置いている雑貨屋が一軒あったはずだ。
 それらがバスターミナル広場の周辺に軒を連ねているが、今は時間が早すぎて、早起きのじいさんがやっている雑貨屋と、朝食の支度をしているであろう宿以外は動いていない。
 雑貨屋の裏手から、ガリガリと雑音が混じった馬のいななきが聞こえる。スピーカーにしてはもうちょっと洒落た音を流せよと思ってそちらの様子を伺うと、馬のような馬ではないものが係留されていた。
 この辺に出没する武装馬賊が使っているという、電装装甲馬だ。
 三頭いる。
 荷役に使うタイプの頑丈な身体をしている。競走馬よりは遅いが、長距離も走る型だ。
 怪我をした馬を引き取ってきて手術を施し装甲外殻に搭載すると、この電装装甲馬になる。
 高価だと言われているが、横流しのルートがあってそこから機械馬ボディも流れてくる。性能にばらつきはあるし保証もされていないが、自分で整備できる者がいればそれなりの修理もできよう。そういうものだ。
 雑貨屋の親族か何かかなと勝手に納得しながら、私は、広場に申し訳程度にしつらえられたぼろい待合の椅子に腰掛けた。
 電子化されていないチケット売り場はまだ開いていない。
 腹が減ったので、昨晩村で貰ってきたゆで芋をもそもそ食べていると、ふと雑貨屋の店先から小さな気配を感じた。
 鳥の餌台のような何か載せる台に、小さな何かが載っている。
 アレルギーで人工眼球が入れられない、ド近眼のままの目をしかめて、私はそれを注視した。ピンクや黄色の何かがついた小さい塊だという以外は小さな芋にしか見えない。こうなると山で眼鏡を壊してしまったのが若干悔やまれる。
 食べ終わったら見に行こうと思っていたら、雑貨屋のじいさんが外を掃きに出てきた。
 ビニールカバーらしきものをつまんで、中に埃取りのやわらかブラシをゆっくり突っ込んでいるところをみると、売りものなのだろう。
 じいさんが引っ込む頃にのんびりもそもそと芋を食べ終わり、ごみはしまい、私は誰もいない店先に足を向けた。
 金属製の台に透明なビニールカバーがかけてある。
 飾ってあるのは、頭蓋骨から頭部の肉を丁寧に外し、薬草を詰めてよく乾燥させた、芋じみた塊。干し首だ。
 かわいい飾りで土産用を装っているが、これは戦士の首。本来市中に出回らない、儀式用の首である。
 私はこの干し首の研究をしており、特に最近発生したと思われる習慣、「干し首を食う」という習慣がここしばらくのテーマだ。
 以前からあった民間信仰に、「干し首を食うという民間療法」が加わったと風の噂できいて十数年経つ。枯れた議題の割に十数年も誰もその項目に触れなかったのが不思議だが、現地に来てひとつわかったことがある。干し首を食う集団と、食わない集団がおり、どちらかの集団を研究し始めると逆の集団から接触を断られるか、悪くすれば暗殺される。幸い今回は、諸般の事情でそこまで突っ込んだ調査をする時間はなかったので、どちらからも総スカンという事態は避けられた。
 干し首を食って得られるものは少ない。そもそも、戦いの末倒した相手の頭蓋骨の肉を剥いで、丸くなるよう縫い合わせ、戦いの護符として持つお守りを食って何が得られるというのか。私も、得てせいぜい腹痛だと思っている。
 最初からおくびに出して調査をするわけにはいかない。私は結局、今回の旅では「土産物専売以外の干し首が無許可食品として流通している」という事実と、有名なローカルのルートを確認して終わった。帰って作戦を練ってまた来る予定だ。
 目の前のこの戦士の首は、飾りの数と模様から、おそらくその有名なルートを辿ってきたものだ。欲しい。写真だけあれば最低限の用は足りるが、手に入るなら入れておきたい。私は土産物屋の老主人らしきさっきのじいさんを探して店に入った。
 
 店先で表の首が欲しいと伝えると、それは老主人の愛想笑いと共にやってきた。
 値段は土産物の首と同じくらい。現金払い。カウンターに載ったそれがたいへんかわいらしく見える。そろそろ私もおかしくなってきたとまれに思う事がある。
「じゃ、これで……」
 なけなしの札を引っ張り出して主人に渡した私を、ぐっと押しのけて横入りしてきた小さい人がいる。小さい人というか、チビだ。175㎝の私に対し、頭の位置が鎖骨より低い。150㎝ない。そのくせ、私の腕にかけた手は結構な大きさだ。
 そしてヒヤッと冷たい。射撃用の義腕にこういうバランスのパーツがあると聞いたことがある。プルバップ式で擲弾の撃てるショットガンを背負っている所をみると、そういう手だろう。地元警察のジャケットを着ている。
 警察のスタッフが女性なのは珍しくもないが、こう小さいと本当に身体基準をクリアしているのかなと仰天してしまう。私は仰天しながら何とか口を開いた。
「あなたね、横入りは」
「ごめんね、警察です。ねえ店主、その首なんだけど、作るのに旅行者なり誘拐なりの行方不明者を使った容疑があるんだわ。それだけじゃなくてあるだけ買い取りたいんだけど、出して貰えるかね。お代は倍出すから」
 ええ、と愛想笑いを崩さず、老主人はそんなに恐ろしいものは無いと答えた。
 アンタ首食う人かい、と訊かれた警官は、露骨に不機嫌な態度で、どんとカウンターを叩き、声を上げた。
「戦士の首を! 安く売ってどうしようッて言うんだい! 倍で嫌なら今すぐ全てを吹っ飛ばすよ! 呪われよ!」  
 背中から見ているとよくわからないのだが、店主の顔つきからして、「食わない方の」「本当に全てを吹っ飛ばす奴」なのが察せられた。
「ちょっと、すみません、あのね」
 私は彼女の肩に手をかけたが、うるさいと振り払われただけだった。
「それ私が買おうと思ってたんですが、外国人が研究目的で買うのもダメなんですかね」
 警官は首をこちらに巡らせて応えた。
「普通に戦士の首なら誰も何も言わないんですよ。食ったところで腹でも壊せと思うだけです。ただ、素材に行方不明者を使ってるルートがありましてね。特に安く売ってる所は回収調査してるんです。あんた何ですか」
「大学の講師」
 ハァ、と気のない返事が返ってきた。
 老主人が出してきた結構な数の在庫に、こんなにかと呟きながら、彼女は持っていた縦長のワイヤーケージにそれらを詰め込んだ。かわいそうなくらい詰まっている芋の山を、ひとつ欲しいなと見ていると、警官は、私が買おうとしていた首の下に、自分のメモ帳から破り取った何も書いていないメモ紙を敷いて、バランスよくケージの中に入れた。「ご協力ありがとうございます」
 図々しい態度を崩さず、警官は振り向きもせず出て行った。私は彼女が指先でちょいちょいと外を指したのに気がつき、だがさっと店の奥に引っ込んだ店主が気になって、その場に少しだけ留まった。
 店の奥から、複数の誰かと話す声がする。老主人はわからないと思って少数民族の言語を使っているようだが、大学の先生を舐めてはいけない。全て丸聞こえだ。
 ――××巡査長。あのアバズレめ、今度こそタダじゃおかん。
 ――わかった、わかったから。じいさん、脳の血管切れる。
 ――そろそろ俺らじゃなくて師匠に頼めよ。
 ――そうだよ、ケチるところじゃないと思う。ああ行く、行くから……
 追っ手を用意しているらしい。どのようなものかは、裏の電装装甲馬を使っている装甲馬賊でなければ察せられない。ただ親族か何かだろうか、よほどやる気がないが仕方なく請け負っているようだ。
 すぐスタートしてくる。私は慌てて外に出た。
 名は聞けなかったが巡査長某は、サイドカーのイグニッションキーが動かず苦慮している。
 わからなくはない。旧いバイクのキーは、汚れを噛んだりして回らないことがあるのだ。
「失礼、ちょっと貸して。そっちに乗っててください」
 私は警官を側車側に追い払うと、熟練(?)の手つきでキーを一気に回した。エンジンが息を吹き返す。
 馬のいななきのスピーカー音が三つする。重い足音と、木製の何かを破壊するばりばりという音、やばいこわしたという笑い声がしてきた。
 物音が近づいてくるタイミングをはかっていると、馬の鼻先が見えてきた。御者の姿が見えたとき、警官は、店の前から引っこ抜いてきた首の台座を私に投げてよこした。
「あっち! 投げて!」
 いきなり何を。しかし趣旨は理解した。私は台座の底になけなしのフェイスタオルをあてがい、とても綺麗な槍投げフォームで投擲した。
 重い音がして、馬の上の御者に台座が直撃し、馬だけが数歩進んで止まった。
 その後ろで口々に状況を罵る声がする。
 側車に小さい身体を滑り込ませた警官は、私にバイク側に乗れと指示した。
「私、バス乗って首都に行きたいんだけど! どこの警察の人!」
「途中だよ! 何なら送ったげるから。撒ける自信がないんだよ」
「クリスマスまでには帰らせてくれ! くっそ、あんまりだ」
 装甲馬賊も街に入れば速度規制には(人数と設備的に)勝てないのか。
 我々はバスが経由するはずの途中の街に向かって走り出した。
 
☆★☆

 一頭屠ったところであと二頭残っている。我々は、無いわけではないがよく見えない道路を、街に向かってひた走っていた。
 方向は合っている。時々標識が立っているので道も間違いは無い。だがひとつだけ致命的な間違いがあった。
 
 だいぶガソリンが無い。
 
 行く手にスタンドが無くはないのだ。だがだいぶ街寄りで、「よく考えたら街から出てすぐ給油してきた」と警官は舌を出しててへぺろと笑う、その程度には遠かった。
 敵は馬賊の他に、ガス欠もいた。
 かくなる上は、時々背後に機影が見える装甲馬賊を倒して馬を分捕り曳航するか、はたまた段ボールに「ガソリン分けて☆」とでも書いてセクシーポーズでもしとこうか。
 警官のその適当な提案に、私も適当に応えた。
「……両方だなあ」
「先生案外自由だね」
 往来する車が居ないので、ガソリンは分けて貰いづらい。やってきた車が軽油車だったら詰んでしまう。
 馬も、やってせいぜい馬を一頭分捕りそれで曳航くらいが関の山(もう一頭は泣かせば2ケツで帰りそう)が現実的だとは思っている。
「最悪の場合こいつでズドンもやれなくはないけど、さっきの見たとおり、御者が若すぎてちょっと気が引けるんですよねえ……」
 私も、ガソリンの減りを気にしながらゆっくり頷いた。この減りペースだとだいぶ走れはするが、何度か標識で見た距離だと街の手前でエンストしそうだ。
「あいつら、追ってくるかね」
「誇り高き戦士ならこちらをブチ殺しにきます。雇われだったら、追ってくるでしょう。店主が親戚の年寄りとかでもまあ、アリバイのためにちんたら走ります。赤の他人だったら、来ないですね」
 連中が誇り高き戦士ではなくすぐそこまでやってくることを内心願いつつ、私はもう少しサイドカーを走らせた。
 日は高く、そろそろ昼だ。馬の機影はやはり一定の間をおいている。
 あれは本当に装甲馬連中かという若干の不安を胸に抱いていた私は、警官にそれを訴えた。
 と、何も無い背後からぽかんと音がして、何かがこちらに飛んできた。
 
 何も無い道路の端っこが爆発した。
 
 我々は慌てたが、二発、三発と爆発したところで特に何も起こらなくなった。
 これは(どういうつもりだ)と警官を見て言いかけた私の顔を見、彼女は私に走れと急かした。
 連中は一応やる気だが、理由はさておき馬が追いつけないのだ。
 この先にサイドカーを隠せる岩がある。そこに隠れて、やり過ごすか馬を分捕ろう。
 その提案に、私は不安しかなかったが、今相手がやる気なら乗らざるを得ない。
 私はスピードを上げて、かなり頑張って走った。街の手前のスタンドが地図上近づきガソリンもいよいよやばくなる頃、その大きな岩は見えてきた。
 警官が岩と地面の隙間にサイドカーを隠し、茶色と黒のシートをかける。
 聞くと、サイドカーの耐えられない捕り物の時など、たまにここに隠して後で取りに来るという。
 何ともなればここで応援を呼んでもいいが、それはそれで待たなければならない。万が一夜明かしになったら、夜は危険だ。馬を分捕って早く帰ろう。
 私と警官は岩の上、元来た側から見えない所に隠れた。銃を持っていない私は、御者を落とした馬に飛び乗るか、馬を奪えなければ彼女が撃ち落とせない馬賊を上から襲うという提案を呑まざるを得なかった。他にできることもない。
 できるのか、と問われれば、その手のことはわりとしょっちゅうしたと答える。生育歴職歴の問題で、今委細を話す時ではない。私は背負っていた荷物を警官の側に置き、身軽になって岩に伏し待った。
 しばらく待つと、やはり二頭の装甲馬賊が追いついてきた。馬はへばらないが人間がだいぶへばっている。と、伏し待っていた警官の顔の側で銃声がした。
 擲弾だ。片方の馬賊の腕が爆音とともに吹き飛び、驚いて棒立ちになった馬から落ちた。
 私は岩の上から馬に飛び乗りしがみついた。
 もう片方の馬賊は馬から何とか落ちるのだけは耐えていたが、もう一発外して撃たれて、馬の向きを何とか変えて振り向き走り出した。
 私も何とか落ちずに耐え、馬が落ち着いた頃には鞍にまたがることができていた。
「いいよ、早く出ましょう」
「先生すごいね。助かった」
 馬を岩に寄せ、上からおろした荷物を受け取り彼女を後ろに乗せる。追われてさえいなければまあ、良い感じのシチュエーションだが、最後のひとりがまだ馬ごと存命だ。
 落馬した方は気絶しているらしく動かない。吹っ飛んだ腕は委細わからないが義腕だという。
 救援と応援を呼び、我々は街に向かって走り出した。やはり、背後から立ち直った馬が追ってくるようだ。

 電装装甲馬によくある所有者登録はされていなかった。されていると機能にロックがかかり、高速走行ができないか、指定の場所に戻ってしまうのだ。
 奪られることを考えていなかったのだろう。
 私は高速走行は下手なのと、後ろに人を乗せているのであまりやりたくなかったが、後ろから相当な速度で追ってくるもの、せざるを得なかった。
 ついている速度計から察するに、相手は少なくともこちらの倍出ている。こちらは、標準的な馬の高速走行速度だというのに。
 背後で応援を呼んでいた警官は、街の外れにある分署で自分を下ろしてくれと言い出した。そこから車を借りて応援に出るが、身軽になって空港に向かってくれればよし。必ず追いつく。
 それどころではなさそうだが、後ろの彼女を下ろせば少し速くできる。
 相手が速度を上げたり下げたりとむらのあるペースで追跡を行い、なかなか追いついてこないのが幸いして、分署までは何とか到達することができた。
 大事そうに持ってきたワイヤーケージを開けて、彼女は私に干し首を一個渡してくれた。欲しかった、あのメモ帳をお尻に敷いた首だ。
「どうやって持ち帰るのか知らないけど、この土産飾り以外の飾りはきちんとした戦士の首だからこれはあげます。元々先生が買ったやつだからね。無事を祈ります」 
 私は、握り拳サイズの干し首を受け取った。図らずも、倒した(倒してない)戦士の首をお守りに持つ事になった。乾燥剤と一緒に荷物の底にある賞味期限切れチョコの入っていた容器に詰めれば、チョコ入りクリスマスオーナメント顔で持ち運べる。
 馬上で首を容器に収めると、測ったようにぴったり収まった。あとは空港に向かうだけだ。
 
 馬を進めると、やはりというかなんというか通りの向こうから轟音をたてて電装装甲馬が一頭走ってきた。幸い飛び道具は無いようだが、制限速度を守る気もないらしい。
 私は慌てて馬を走らせ、標識を見て矢印のある裏通りへ飛び込んだ。
 悪いが一方通行は知らん。ごめんなさい。
 猛烈な勢いで追いすがってきた馬賊は、口汚く罵りながら私の後ろにぴったりつけてきた。ちらりと背後を見ると、街の中で槍のような長い棒を抜き放っている。
 殴って刺すか叩き落とすかする気だろう。そうは――されたら困る。
 通りに面したいくつかの店の向こうに、外に筐体を置いているらしい古びたゲーセンが見えてきた。日本のそれの古式ゆかしきスタイルをしているところをみると、そういうのが好きな店らしい。
 外の筐体で遊んでいた人影がこっちを見もせずふたつの棒で筐体を殴り(だいたい何をしているか見当はついた)、筐体を通り過ぎるタイミングで背後から射出の圧がした。私は荷物と一緒に鞍に伏せ、棒はその上を通過してプレイヤーの肩越しに筐体のふたつの丸いものに当たった。 
 ドン。
 甲高い音声が何か言っている。大体何を言っているかわかるが、今それに構っているどころではない。追いついてきたのだ。私は下手なのでこれ以上速度が上げられない。誰か助けて。
 幸いさっき、馬賊は槍だか棒を失ったらしい。馬上でつかみ合いさえしなければ大丈夫だが、相手はなんとかして飛び移れる距離に近づくだろう。
 なかなか近づいてこない。これは警官の言っていた下手な奴か。
 ちらりと背後を見ると、やはり私の速度に合わせるのに手一杯の様子が看て取れた。
 首都行きバスの出るバスターミナルが行く先表示に入るようになってきた。目的地はもうすぐだ。
 だがなかなか諦めてくれない。仲間がやられては、どんな赤の他人でもそりゃ、そうか。
 と、パトカーのサイレン音がひとつして、さらに後ろから一台追いすがってきた。警察だ。
 私はバスターミナル行きにだけ集中することにした。後は警察に任せておけば、暴虐だけは何とかしてくれる。馬を下りれば時間をロスする。
 パトカーは私の横を走りはじめた。
『先生ぇ! 速度超過! そこの、角で減速!』
 片言の日本語で喋りだす彼女の声を聞いて、私はパトカーを見た。身分がだいぶバレたらしい。運転席から女性警官がサムズアップしてくる。
 それに返して、車が馬賊と私の間に入るのを確認し、そこの角で馬の速度を落とし、私はバスターミナルに向かった。
 
 バスターミナルに着くと、馬の係留場所があった。バイクと自転車の横だったので、律儀にそこにくくっておけば警察か周辺住民がどうにかすることを少し祈って、馬を撫でながら下り、係留場所につないだ。
 腹も減ったし、何か食おうと歩き始めると、リュックの中の端末がてれれんてれれんと音を立てる。慌てて取り出すと、誰だか判らない人から着信していた。鳴り続けるので出ると女性の声がした。
 警官だ。名前も聞かなかった。
『ハロー先生ぇ、色々ありがとうございます。無事にバスターミナルに着けました?』
「着きました。おかげさまで、ありがとう。あのね、馬、馬の駐車場につないでるから」
『ああわかります。こっちもひとり捕まえて、あの落馬した方も回収したんで、これから馬は人をやって、私も側車取りに行きます。もうお会いできないけど、道中残りご無事でね。あと、あの』
 彼女が若干言いよどむのがわかる。促すと、いいのかなあ、と言いながら続けた。
『先生なんかSNSしてる? アカウントちょうだい』
 何だそんなことか。私はショートメールでひとつ、割と誰でもフォロー/フォローバックするアカウントを送った。
 
 首都行きバスまでまだたっぷり時間がある。丁度良いから飯屋でも探そう。私は取り出した端末で検索を始めた。
 山にいてはいまいち判らなかったが、街はクリスマス色になっていた。
 
 
【了】

パルプアドベントカレンダー、明日もあるよ!
よろしくね!

https://note.com/mh_fk/n/n23c1123d9276

https://note.com/mh_fk/n/n3cfb5074ca60



(軽い気持ちで投げ銭をお勧めします。おいしいコーヒーをありがとう)