見出し画像

短編小説その10「ブロッケン現象」

 まずは川原から大きめの石を二つほど拾い、それで柱を作った。そこに金網を乗せ、その下に燃えやすそうな枯れ木を10から15本ほど積み上げる。そのあと、木の枝と板で作った発火具で火をつける。……これが、一番苦労する作業だ。両の手の平の中で細い木の棒をを転がす。うまくいけば10分ほどで点くが、酷い時は時間単位でかかる。……まぁ、時間だけはたっぷりあるからそれほど悩む事でもないが。一人苦笑する。どうもこの変化がない毎日のためか、自嘲気味な笑みを浮かべることが多くなった。
 そんな事を考えていると、下の床木から煙が燻りだした。腕時計を覗くと、時間は20分ほど。最近は考え事をする事が多くなった為か、時間がどんどん加速していっている気がする。……20分。まぁ、上出来か。
 その板を慎重に枯れ木の山の中に差し入れる。このまままた1時間ほど待つ。一旦離れ、しばらく山の中を散策する。
 頃あいに戻ると、枯れ木からほどよい勢いの火が上がっていた。その上に乗せていた金網の上に、あらかじめ釣っておいたイワナを乗せていく。乗せた途端、油が弾ける音と香ばしい匂いが鼻をつく。自然に、唾を飲み込んでいた。
 またしばらく待ち、箸でつつき焼き加減を見てから、ひっくり返し、焼きあがるのを待つ。
 焼きあがったら一緒に暖めておいた日本酒の瓶の中に身を入れていき。完成だ。
 骨酒と呼ばれる、野趣溢れる美味だ。これだけがここで待つ間の楽しみだが、もう残りの日本酒はない。まったく、これから何を楽しみに”あれ”を待てばいいんだか。
 ぐっと酒と一緒に飲み、食らう。途端にイワナの油身と、染み込んだ酒が口いっぱいに広がる。若者向けではない、人生のわびさびを知った”通”好みの味である。
 そうして骨酒を食らいながら、考える。……山に籠もって今日で、もう2週間になる。持ってきた食料は1週間で底をつき、今はこのような自給自足な生活の毎日だ。この辺りは川原が多く、魚などを取るのには不自由しないが……こんな生活が、いつまで続くのか。ふと頬に指を当てると、ざらざらと砂を噛んだような感触がある。大量の無精髭が顔全体を覆ってしまっているのだ。……指が鼻近くに来たことにより、異臭が鼻をつく。風呂にも随分入ってない。やはり、水浴びだけだと身体の芯の匂いは取れない。そんな事を考え、顔を上げた時、
 
 山間に、淡い光のような物が見えた。

ここから先は

235字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?