A4一枚の憧憬描写【憧憬のピース】3歳第四話『ククの詠唱に呪われて』
「ににんがし、にさんがろく、にしがはち……にくじゅうはち!」
壁掛け用のホワイトボードを白い絨毯の上に置いて、数字やバツを書きながら「クク」という名前の呪文を唱える遊びは、まんまるパパが教えてくれた。
九つの呪文を覚えるたびに、まんまるパパは「えらいな」と口うるさく褒めてくれた。
「幼稚園に入る前に、九九全部覚えちゃうなんて、ひょっとしたら天才なんじゃ」
ククの詠唱を一ヶ月ですべてマスターできたのは、ある一枚のCDのおかげだった。
そのCDは、おばあちゃんの家(うち)でよく掛かっていた。
『月の沙漠』『ふるさと』『赤い靴』『クックのうた』
おじいちゃんは童謡が大好きだ。
ボクとママが、おばあちゃんに会いに行くと、部屋中に妙な世界観が充満していることが多々あった。
「おおお」
ボクが玄関に立つと、おじいちゃんは重低音を漏らした。
しばらくして童謡メドレーは止まる。
リビングの奥にある窓をスライドして家庭菜園に去って行ったおじいちゃんの背にボクは「クックー」と大音量で『クックのうた』を流してあげた。
「いんいちがいち、いんにがに、いんさんがさん」
明るいメロディで満ちてくると、おばあちゃんは音に誘われて自室から出てくる。
「それ、スキだねぇ」
「うん、しちしちしじうく、しちは……ごじゅうろくか」
* * *
夕暮れの坂道を上っては、茜色の陽だまりに下りていく。
弟の春嵐(はらん)は黙ってボクの早足を追ってくれた。
靴屋さんの店頭に目を惹かれていると、春嵐はボクとの距離を縮めてくれた。
でも、最後の坂に差し掛かろうとしたタイミングで、ついに夕焼け空の電気が落ちた。
だから、ククの詠唱を口遊(ずさ)んで、夕闇の中、自分の内側を必死で照らした。
「じゅういんいちがじゅういち、じゅういんにがにじゅうに、じゅういんさんがさんじゅうさん……じゅういんくがくじゅうく」
九つの詠唱では飽き足らず、三才の誕生日祝いには電卓をおねだりした。
ロボットのカタチをしたソーラー式電卓で、ボクは九九の続きを作詞していた。
「じゅうさんいちがじゅうさん、じゅうさんにがにじゅうろく、じゅうさざんがさんじゅうく……じゅうさんくひゃくじゅうしち!」
三才の兄である飛躍(つばさ)は、十三の詠唱まで歌うことができた。
一才の弟である春嵐も『クックのうた』が大好きだ。
鋭い夜風が耳元に吹いて、背筋がそそり立った。
聴きたくないのに『赤い靴』が流れている。
引き返すと過去のボクが坂のふもとで座って動かずに待っていた。
名前を呼ぶまで、その少年は決して動くことはなかった。
※ぜひ、何度も読んで、隠されたメッセージを解読してみてください。
憧憬のピースには、必ず、メタファー(暗喩)があります。
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🔆【憧憬のピース】とは・・・?🔆
⇩
A4一枚に収まった超短編小説を
自身の過去(憧憬)を基にして、創作するプロジェクトのこと。
情景描写で憧憬を描く『憧憬描写』で、
いつか、過去の人生がすべて小説になる(ピースが埋まる)ことを
夢見て・・・
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