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訪朝記 5(社会主義の神髄を見る)

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 公園での奇妙な昼食後、我々がやって来たのは主体思想塔である。金日成の70歳の誕生日を記念して作られ、それにちなんだ数の石が使われているという旨を、チョゴリを着た女性案内員が解説してくれる。

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スケールのわかりやすい写真を添えておく。アーチ状の開口部が入り口であり、内部にはエレベーターのほかに売店などが設えられている。

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ちなみに入り口付近に使われている石の中には、日本にゆかりのあるものも散見された。

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いくらかの料金を払ってエレベーターを上るとこのような景色が待っていた。大同江の両岸に平壌の街が広がっている。

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西側は特に発展した姿を見せている。奥に見えるのは柳京ホテル。

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東側は比較的低層の建物が並ぶ。それでも十分近代的だが、青々とした地平線に市街の狭さが見てとれるだろう。

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代わって南側を眺めた図。正面に中州があり、そこにそびえているのが我らが羊角島ホテルである。

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上ってきた客と入れ替わるようにしてエレベーターを下り、巨大な塔を根元から仰ぎ見る。澄み渡る青空がにくい。

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物見遊山はまだまだ終わらない。お次は朝鮮労働党創立50周年を記念して作られた党創立記念塔。市内一帯を用いたオブジェの乱立に「平壌国際芸術祭」でも開催されているかのような気分になってくる。

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背後には午前中に立ち寄った万景台の銅像と柳京ホテルが見える。計画都市・平壌のことだから、この位置関係も社会主義的執念で実現させたのだろう。
手前に見えるトラックであるが、なにやら市民がぎっしりと積載されている。これが約10台ほど断続的に通過したものだから、観光客は騒然となってカメラを向けたものだが、はたして何だったのだろう(後ほど手を振ったところ振り返してくれた)。

このあと「スーパーに行く」とのことで再び移動するが、実は観光客にとってこれは一大イベントである。
というのも、訪朝記 1で外国人は現地通貨のウォンを手にできないと述べたが、これから行く光復地区商業中心だけは例外なのである。ここでは観光客も市民に混ざって自由に買い物することができ、その際には店内の両替所で外貨をウォンに換えて使うことになっている(ただし持ち出しは禁止されているため、余った分は再両替するようにとガイドは言った)。

スーパーの中は撮影禁止ということで写真はないが、大ぶりの3階建ての建物は人で賑わっており、特に1階の食品売り場は5, 6台あるレジが行列していた。
品揃えを見ると、食品から家具から日用品から幅広く揃えているあたり、日本でいうイオンや西友のような大規模スーパーに相当するのかもしれない。3階にはフードコートがあり、ビールも飲めるようであった。(ちなみに日本関連ということだと、雑貨コーナーに100円ショップ「セリア」のかごが日本語表記そのままに売られていた。日本製はこれくらいであったが、制裁に抵触しそうなネスレのコーヒーなどは普通に置いてあった)

よく物価がわからないが、ひとまず10元(約150円)を両替所に突き出してみると、札が何枚か手渡され、数えてみると11,150ウォンほどあった。それを携えて菓子売り場に行ってみると、袋の菓子が2,000~6,000ウォンほどで売られている。150円で数袋の菓子が買えてしまうのだから、やはり物価はべらぼうに安い。

買える分だけいくつか持ってレジに並ぶ。前に並んでいるのは数人であったが、どういうことだかまったく列が進む気配がない。一人あたりが買う量が多いというのもあるが、明らかに支払いか何かに手間取っている様子である。
結局ガイドに言われていた集合時間が迫ってきてしまったため、大急ぎで商品を棚に戻しバスに戻る。もちろん11,150ウォンは財布の中である。

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バスの中でツアーメイトが盛り上がっているので何かと思ったら、どうもウォン札の交換会が行われているらしかった。「なんてきれいなお札なの!」などと言いながら、持っていない額面の紙幣を交換しあってコンプリートを試みている。再両替しはぐっただけで背徳感に襲われている自分が情けなく思えてきた。

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その後一行はビールハウスのような場所へと行き、ビールの飲み比べを楽しむ者は楽しんだ(自分はインスタントであろうカプチーノを頼んだ)。まだ明るい時間帯であったが、西日の差し込む店内には盛り上がる市民の姿が何組か見られた。

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間髪入れることなく夕食会場のレストランへ。回転テーブルに載った料理をつついたあと、名物の平壌冷麺が出てくるので堪能する。あっさりしていて特筆に値するようなものではないと感じたが、食べやすくておいしい。有名店である玉流館の冷麺はまた違った味わいなのかもしれない。

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そして夕食の後はいよいよ、この旅行のハイライトであるマスゲームの時間である。メーデースタジアムの駐車場には、マスゲームに照準を合わせてやって来たであろう外国人観光客のバスが集結している。

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我々は最も安い3等席(それでも100ユーロ)を選択。最も高いVIP席(700ユーロ)まで用意されているものの、ツアーメイト全員が3等席を選んだようであった。

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会場であるメーデースタジアムは、15万人を収容する巨大さを誇る。

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観客にとっての正面で繰り広げられるのが、かの有名な人文字である。学生が動員され、合図に合わせて一斉にスケッチブック状のカードをめくり、図柄を表示していくのだという。写真はアップ中の様子で、書かれているハングルは生徒が属している平壌市内の各地区の名前であるらしい。

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「やー」といったまだ幼さの残る掛け声とともに地団駄が踏み鳴らされカードがめくられていく。まだアップの段階だというのにすごい迫力に呑まれそうになる。気づけば手前のトラック内にも大勢の人が並びだした。

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開幕後の様子は写真から推し量っていただくほかない。題目は「人民の国」で、独立や朝鮮戦争など北朝鮮の歴史を追いつつ(指導者を称賛しつつ)、時おり科学や農業を主題とした場面が挟まれる。
無数の学生によって描き出される絵もすごいし、トラックいっぱいを使った踊りもすごい。途中には火の輪をくぐったりといったサーカスのパートや、官製アイドルユニットと思しき女性たちが何組も出てきてタップダンス等を披露するパートなどいろいろあり、それらが計1時間半ほど続く。

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掛け値なしにこれはすごい。昨今これだけのものを見せられるのは、北朝鮮という国をおいてほかにないだろう。1万円でも安いと思った。
しかしながら、このすごいことを成し遂げている無数の、観客よりもはるかに多い人民の方々は、好きでこの舞台に上っているのだろうか。好きで知の滲むような練習をこなしているのだろうか。そうでない限り、自分はこれを心の底から称賛し、感嘆することはできない。すごければすごいほど、圧倒的であればあるほど、自分はその不健全な完成度の高さに「社会主義的胸やけ」が起きるのを感じていた。

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極めつけはこれである(秋君撮影の動画からの切り出し)。上演中、指導者の肖像が出てきたとき(親子3代で計3回)、観客は立ち上がって拍手をしなければならない。奇しくも自分の隣にはガイドのY氏が座っており、計20数回マスゲームを観たという彼は肖像が現れるやいなや、待っていたとばかりに立ち上がって高々と拍手していた。自分はその洗練された俊敏な動作に、北朝鮮を見た。

かくして全体主義の権化のようなメインイベントは終了し、興奮冷めやらずハイテンションな欧米人とともにホテルへと戻るのであった。

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