見出し画像

ある日の夢「発熱中の夢は秀逸」

熱にうなされてみる夢は秀逸だと思う。
この前も発熱と神経痛でうなされながら見た夢は、夢とも意識の混濁ともとれるもので、これまでの人生で出会った人たちが現れては、その「現在」を見せてくれた。この意識が混濁した状態のものを「正しい」とみるなら、それは遠くのものを見るような千里眼といえるだろう。けれど私はそれをいちいち確認などしないから、夢だといった方が「正しい」と思うし、面白いとも思っている。

ちなみに、上に書いたような千里眼もどきの夢では無いものも見ている。

それは右足の甲がなんとなく「冷たい」と感じている所から始まった。右足が布団からはみ出ているのかと何度も確認するが、出ていない。仕方ないので、右足に登山用の厚手の靴下を履いてみるが、やはり「冷たい」と感じている。だけれど私はこれ以上ないほど厚手をしている。寒いはずがない。

という事で、右足の甲にある「冷たい」は私の肉体的な感覚が受け取っているものでは無いのだと理解したので、その「冷たい」に向かって「君は私ではない。出て行ってくれないか?」と伝えてみた。すると「冷たい」は黒い女性のようなシルエットを浮かべて消えていった。後は特になにも感じなくなった。

これは、どこまでが夢として見たのかは自分でも定かでは無いのだが、もうろうとした中での会話だったので、まあ夢として処理してもいいだろう。占星術師的に言えば、海王星の話なのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?