「おいしいごはんが食べられますように」個人用まとめ

高瀬順子「おいしいごはんが食べられますように」について、2022/08/14に読書会を行いました。下記はその際に作成したメモに加筆・修正を行ったものです。
読書会のアーカイブはこちら。31:35まで痛恨の設定ミスで私の声が入っていませんがそれ以降はラジオ代わりとかにまあまあ良いと思います。

情報

  • 高瀬隼子

  • 第167回(2022下半期)芥川賞受賞作(2回目のノミネート)

  • 全文掲載の文藝春秋だと選評や他の記事も読めてお得です


  • コレクション目的の方は単行本をどうぞ(素敵な装丁ですね)

要約

  • 二谷、芦川、押尾の3人はある包装資材メーカーの社員で、同じ埼玉の支店で働いている。

  • 押尾は、体調不良を理由として仕事を放棄しても許されてしまう芦川を嫌い、二谷に「わたしと一緒に、芦川さんにいじわるをしませんか」と持ちかける。その時、すでに二谷は芦川と交際していた。

  • 芦川は二谷の部屋で食事を作り、2人はそれを食べた後セックスをする。芦川が眠ったあと、二谷はこっそりとカップ麺を食べる。

  • 芦川が仕事を早退した日、そのために残業した押尾は二谷を誘い酒を飲む。押尾は二谷が芦川と交際していることを知っていたがそれを隠し、二谷の部屋へ行く。二谷は「やっぱりする?」と押尾を誘うが、セックスはしない。

  • 芦川は早退のお詫びにとマフィンを職場に持参する。これ以来芦川はしばしば職場に手作りのお菓子を持ち込むようになる。

  • 芦川がホールケーキを持参した日、芦川と二谷の交際は職場全体に知られていることが判明する。二谷はケーキを食べなければならなくなり、おいしいと感じている演技をしながら食べる。

  • 仕事が忙しくなり、二谷の食事はさらに簡素なものになる。芦川は周りが残業しているなか体調を理由に帰り、その度にお菓子を作って持参する。

  • 二谷は手作りのお菓子を食べることが不快で、可能な限り食べずに、潰して捨てるようになる。

  • 押尾はゴミ箱に捨てられた芦川のお菓子を拾い、ビニール袋に入れて芦川の机に置く。そしてそうしていることを二谷に告げる。押尾は二谷が捨てたお菓子を自分が芦川の机に置いているという、共犯関係にあると思っていたが、そうではなかった。

  • 芦川は月に何度か二谷の家に来て、夕食を作り、食べるのを見届けてから帰るようになる。二谷は芦川が帰ったあとにカップ麺を食べる。

  • 押尾が芦川の机に捨てられたお菓子の袋を置いていたのが支店長補佐の藤にバレる。押尾は退職することになる。

  • 仕事が落ち着き始めたころ、芦川は二谷の家で週末を過ごすようになり、お菓子を持参する頻度は下がった。二人は結婚を意識するようになっていった。

  • 二谷は来年度から千葉に転勤することになり、二谷と押尾は二人で飲みに行く。押尾は「力強く生きていくために、みんなで食べるごはんがおいしいって感じる能力は必要でない」気がすると話す。

  • 押尾と二谷の送別会に、押尾は欠席した。送別会に芦川はホールケーキを作って持ってくる。二谷はケーキで口の中をいっぱいにしながら「おれたち結婚すんのかなあ」と言うと、芦川は「わたし、毎日、おいしいごはん作りますね」と甘い声でささやく。

分析

  • 二谷、芦川、押尾の3人は均等に醜悪に(=悪意を持った人間として)描かれている。ただ視点が彼らに近づいたり、彼らから遠ざかったりするだけである。

  • 芦川の内心は最後まで描かれない。二谷・押尾の2人には中立的語りから逸脱したモノローグがある。

  • 二谷・押尾の場合、彼らの視点の語りが彼らを「あざとく」感じさせないようにしている。物語の中でそうした「あざとさ」の化身として描かれるのは芦川だが、それは別に二谷・押尾が全くあざとくないということを意味しない。彼らに近すぎる語りが彼らを場当たり的に合理化し、彼らの欲望を隠蔽しているだけである。

    • 二谷は芦川が自分の妻としての役割を完全に果たさないことに不満を覚えているだけ

      • 手作りの出し巻きたまごへの憧れ

      • 居酒屋で必ず味噌汁を頼む異常性 → 「ちゃんとした食事」を欲望している

      • 味はまったく描写されない → 形式的な「おいしい」

      • お菓子は「ちゃんとした食事」でもなければ生きるための糧でもない → 家に来て自分の食事を作るのではなく、職場に持参するお菓子を作っていることへのフラストレーション

      • 二谷の幼稚さの本質は、自分は毎食「ちゃんとした食事」がしたくてたまらないのに、現実的にできないからいじけてわざと体に悪いカップ麺を食うところ = 欲望の否認

    • 押尾は自分が芦川よりすぐれた人間であるということを全面的に確認したいだけ

      • 二谷の部屋へ行ってセックスに誘われ、寸前でやめる → 二谷の浮気 = 芦川に対する勝利が確定したので、有利を広げるために性行為そのものは「ここまでくらいがちょうどいいかもしれない」とお預けする

      • 自分が倫理的にも能力的にも芦川に勝っていることを仕切りに二谷に話す

      • 性的魅力における勝利は確定済みなので、他でどうなったとしても押尾はケロっとしている

  • 押尾は二谷のために芦川を否定して「おいしいもの」を食べる必要はないと言うが、二谷の欲望は毎食お母さんが作ってくれた心のこもった完璧な食事が食べたいなので、表層的にしか共感しない。

  • 語り手は一貫して芦川の内心には立ち入らないし、芦川に共感させないことを選択する。このことは芦川の存在を不透明にし、作中人物が芦川に脅威を感じていることの説得力を生んでいる。(『坊ちゃん』のマドンナ的効果、と師匠だったら言ったはず)

  • 何かのふりをする/演技する場面の多さ → 露骨にふりをしている芦川/ふりをしていないかもしれない芦川の二律背反性(アンビヴァレンス)

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