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キスがうまいだけの男。〜助走〜


【前回のあらすじ】
ある日曜の午前中、同棲していた彼女から“キスがうまいだけの男”というレッテルを貼られた上に、フラれてアパートを追い出された僕は、行くあてなく公園で考え事をしていたところ、突然、パトカーが来て『キスがうまいだけの男』という理由で署に連行されてしまったのだった……

署での取り調べはお昼過ぎまでかかった。

「キスがうまいだけということ以外に絶対なにかあるだろう」と、取り調べ官に根掘り葉掘り聞かれた。

腕貫を装着した取り調べ官はなんかそれっぽすぎてやだった。

それにしても、取り調べ室ってこんなにオシャレなカフェみたいな作りにしなくていいじゃないだろうか。この署だけだろうか。逆に落ち着いてしまいすぎて落ち着かない。

僕が、「他に何もないから彼女にフラれたのだ」と説明したら、そこからは恋バナになった。暇なんだろうか。  

しばらくの間、机の上に半身で座って腕組みで顰めっ面な取り調べ官にスタンドライトで照らされながら恋バナをした。全然楽しくない。

僕が全て話し終えると、

相手は、「そりゃフラれるわー。ほんっとにおまえはキスがうまいだけなんだなーってことがわかったからさ」と呆れ顔になり、「もう帰っていいよ」とやっと言ってくれた。

キスがうまいだけという理由でしょっぴいといて、調べたらキスがうまいだけだとわかったから釈放……って、なんか釈然としないのは僕だけだろうか。

そもそも僕のことを取り調べるよりもっと大事な事件がいっぱいあるんじゃないだろうか。

べつにカツ丼とかは食べさせてはくれなかった。キス天の載った天丼が出たとしても笑えなかったけど……。

署を出るところまでは、ここへ僕を連行したあのチョビ髭のお巡りさんが見送ってくれた。

「これからはちゃんとやるんだぞ」

「はい……」

振り返って、改めて、拘束されていたその署を仰ぎ見た。

こんなにも外観がラブホみたいな造りの警察署ってあるんだな……。警察署にも居抜きとかってあるんだろうか……。

「お世話になりました」辞去した僕は再び歩き出した。

さて、天気の良い日曜日の続きだ。

大きい交差点のところで信号待ちをしていたら、その周辺にたくさんの不動産屋さんがあることに気づいた。

今まで不動産屋さんなんて興味なかったから、そういう意味でも僕は切羽詰まってきてるのかもしれない。

とにもかくにも、まずは住むところを見つけなきゃだな。

不動産屋が日曜休みじゃなくて本当によかった。

何店舗かのなかで一番大手な感じのところへ。

『おまかせください!当社のスタッフ全員がランニングホームランの経験者です』と入り口の上に大きく書かれている。それって利用する側にどんな利点があるんだろう。

気になりつつ、窓ガラスにいっぱい貼られた物件情報を目で追っていく。

単身向け、ファミリー向け、オフィス事業用などさまざまある。

彼女と暮らしていた部屋に似たような間取りのものもいくつかある。広さ何平方メートルとか言われてもピンとこない。

駅徒歩とかもべつにな。働いてないし。

敷金礼金……やっぱ高いなー。

なぜかペット可かどうかを特に気にしている自分に気づいた。飼わないし、飼えないくせに……。たぶん寂しすぎたんだろう。

お店の人が入り口から顔を出した。爽やかな青年だ。確かにランニングホームランできそうな体つきだ。

「お部屋をお探しですか?」

「あ、まあ、はい」

こちらは堂々と探していると言える立場ではない。

「どうぞは入りください、他にもたくさん物件を取り揃えておりますので」

僕はとりあえず入ることにした。



                    つづく

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