そろそろ本気だす
考えてみたらぼくは何モードでもなかった。
まだ小学生なのに、とうとうなにもすることがなくって、
でもごはんとかは食べたくなかった。
それはケイイチもおなじみたいだった。
だから引き続きいっしょにあそぶことになった。
「チャー・シュー・メ~ン」
ぼくらはその掛け声で木の枝を持って素振りを繰り返した。
「チャー・シュー・メ~ン」
150回目くらいからはけっこう本気出した。まだまだ遊べてないと思った。
この街のモンスターのこととかはすでに耳にしてた。各メディアも騒いでいた。
「捨て身で生きたい」ってケイイチがぼくに言った。
“ぼくもそうだ”ってぼくはこたえた。
モンスターを退治したらこの街はぼくたちを受け入れてくれるかもしれない。
帰る場所がなくて遊んでるぼくらを。
子供食堂は休みだった。
ぼくたちはどうして子供から始めなきゃいけないんだろう。
ガードレールの白いところを全部全力でかじった。これは全然遊べてないやって思った。歯が全部なくなるかと思った。
「これはもうこのくらいでやめよう」ってケイイチがいわなかったら、もっとやってた。
本気出す前でよかった。
だいぶ陽が傾いてきた。早く明日を壊したい。
この街のモンスターのことはちょっと忘れてた。
いつもの川は浅くて飛び込めそうもなかった。大きな鯉を手づかみでつかまえようとした。
実際にかなり浅い川でがっかりした。
橋の下で暮らしてる人がお湯を沸かしていた。
“今日はナマズが釣れた”と言っていた。
いつも同じテレビを観ている。テレビなんていつも同じだけど。
ハックルベリーフィンの冒険がポンとぼくらの頭に湧いた。
ケイイチが急に川に流されたふりをして、機転を利かせたので、ぼくも流されたふりをしながら二人で川を下った。浅すぎるのでほとんどは歩いた。
同級生の子が何人か住んでる社宅の横のあたりまで流されて、そこのちっちゃな滝になってるところあたりはちょっと興奮した。
滝の上からぼくはケイイチの腕を掴んでケイイチはほとんど宙ぶらりんだった。
手を離したら大変なことになるっていうよくある展開のごっこ遊びだ。けっこう気に入ってる。
「俺のことはいい」ってケイイチはぼくにいった。手を離せってことだと思う。
「俺のこともいい」って言ってぼくも一緒に下の川に落ちた。
川底に腰をうって、二人でもだえた。本気で痛かった。遊べてるかはわからなかった。
この街のモンスターが今攻めてきたらちょっとやばいかもしれなかった。
すこし濡れた服は公園で乾かした。
アイス屋のおじさんがアイスを一個だけくれた。
「死ぬ気で遊んできた」って言ったらくれた。けっこう笑ってた。
「モンスターに気をつけろよ」
大人はみんなそう言って家に帰そうとした。
まるで本当はモンスターなんていないみたいな口ぶりで。
ぼくらはアイスを半分ずつ食べた。でも途中でやめた。この街モンスターをおびき出す餌にすることにした。
でもやっぱりもうちょっと食べようかって相談してたとき……、
公園内のどこかで誰かが叫んだ。
「アナコンダみたいなのいるー!」
ぼくらは顔を見合わせて頷いた。
そろそろ本気出す。
ぼくらは声のほうへ走った。アスレチック広場のほうだった。
緊張した。子供じゃなかったらこんなに走れなかった。
公園エンカウント。
「で、でかい」ケイイチが思わず声を上げた。
ぼくは言葉がでなかった。
そこには竜みたいな蛇がいた。各メディアは今日に限って沈黙していた。この街はもう終わりだと思った。体長10メートルくらいはあるかもしれなかった。
「とにかくオレが先に丸呑みにされてみるから」ってケイイチがぼくに言った。
「ぼくも先に丸呑みにされたい」ってぼくがこたえて、
ぼくらが相談している間、アナコンダみたいなのは暇すぎて公園の掃除をしていた。
たしかにこの1カ月、モンスターのおかげで公園はきれいだった。モンスターはゴミと言うゴミを全部のみこんだ。いいやつだった。
結局意見がまとまらなくて、
ぼくらは二人同時に丸呑みにされて、神に祈った。
祈りの言葉を聞いたらすぐにモンスターはぼくらを吐き出した。
「もー、本気出してよー」ってケイイチが膨れっ面でモンスターに注文をつけた。
ぼくも舌打ちしたい気分だった。
モンスターはめんどくさくなってどこかに行こうとしたので、
ぼくらはその尻尾を捕まえて離さなかった。
モンスターはちょっとだけぼくらを振り回したりしてくれたけどすぐにやめてしまった。
もっとドラマティックな展開が欲しい。
「つまんないの」ぼくらは言った。服はまだぼろぼろになってなかった。そんなんじゃ英雄になれない。
するとモンスターは「今日は家族サービスの日なんだ、悪いね」とぼそっと言った。ケツカッチンらしい。
とぼとぼ帰っていく。
モンスターは帰るときには10人くらいの大人の人に分裂した。誰かと誰かの父親みたい見えた。
「かえるとこあっていいね」ってケイイチはその背中を見ながらぼくに言った。
「うん、そうだね」ってぼくはこたえた。
この街のモンスターはまだほかにもいたけど、今日はみんな家族サービスだからだめだった。
ぼくらには帰る場所がなかった。遊び続けることでしかどこかに帰れなかった。
「そろそろ本気出す」
ぼくはそうつぶやいた。本気で寂しくなるはずだった。
ケイイチはもう何も言わなかった。
何も言わなくなった。
各メディアも終わりを告げた。
あたりは暗くなって
公園の街灯に虫が帰ってきた。
終