東京恋愛環状 #16「君とのキスのはじめかた」
桜木町駅で待ち合わせた。
みなとみらい地区は輝いていた。
まるで夜空の星が人恋しくなって地上に降りてきたみたいに……とか考えたりしてた。
そして君を待っている間に僕は思い至った。
夜ってだからけっこう暗めにできてるんだってね。
夜景は恋へのインターフェース。
架け橋のようなロープウェイ。
その先から君が歩いてくるのが見えた。
遠くからでも目立つ君。昼間もそうだけど。
昼間の会社内で会うときはいつも“君リテラシー”のない僕だ。
今夜はシームレスなデートを楽しめたらなって思う。
◇ ◇ ◇ ◇
「初めまして、で、いいのよね、あたしたち」
「そういうことでいくべきだろうね、僕らは」
今夜、僕らには、そういう始まりかたが似合った。
「あたしは寒い夜に街角でマッチを売ってた」
「僕はかいじゅうたちの住む島に流れ着いた」
「「そして二人は出会った」」
僕らは声をそろえてそう言ったあとで、お互いに今できうる最大限まじめな顔をしてみた。
秘密の恋にありがちな何かは会社に置いてきた。
「演じきれるかしら、あたし」
「世界は舞台だ、誰もが何か役割を演じなければならない。 ──シェイクスピア」
「あなたの役割は?」
「男さ、君の」
「じゃあ、あたしは……」
「女さ、僕の」
「大役ね」
「損な役ではないだろ」
「フフそうね。そうかもしれない。だってまだわからないもの。それにあなたはあたしのオーディションに2回落ちた」
「僕には初めてのときから分かってたさ」
「それって本当の初めてのときのこと?」
「そうさ。君は悲しい目をしてなかった。だから僕には悲しい目に見えた」
「コンタクトずれたのかも、ちょうどそのとき」
「誠の恋をするものは、みな一目で恋をする。 ──シェイクスピア」
「だって、でも……、あなたはそのときそうは言わなかったから」
「あとからもっと好きになったからさ、君のこと」
「何て答えていいかわからくなるようなことばっか言わないで」
「わざとそうしてるんだ」
「どうして?」
「あらゆる答えは夜空で好きなだけ光らせておけばいい。そうすればあとはキスしかできなくる」
「もー、それもシェイクスピア?」
「さあ、どうだったかな」
「はじめて会ったときよりもあなたのことずっと好きよ」
「キスしようぜ」
「フフ」
「目を閉じてくれよ」
「フフ」
「さあ」
「うん……」
終
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