見出し画像

泥んこ遊びしかできない


ベッドの上とはいったい何の下なんだろうか……。

男はそんなとりとめのないことを考えながらぼーっと天井を眺めていた。

天井には鏡が貼られていて、そこに果てた後の自分と、半分裸の女が映っていた。

女とはよくここで会った。

会社の重圧を振り切るようにいつも強く抱いた。

ふと、何年もやめていたタバコを内省的な吸い方で吸いたくなって体を起こした。

「タバコもらうよ」

向こうを向いて横になっている女の体を静かに撫でながら、会社の話を少しした。

軽くむせながら吸い終わると同時に女が言った。

「タバコの火をちゃんと消せない人って女の火も消せないらしいわよ」

「ちゃんと消せるさ」

自信があった。

ただ今夜に限って、

いくらやっても煙が燻った。真っ赤な灰皿。

女はその様子を目の隅で見ていた。

「遊びの恋なの?わたしとは」

「違うよ」

「じゃあなんで、わたしを抱いたあとにいつもそんな悲しい顔になるの?」

「とにかく俺には遊びの恋なんてできないよ」

「どうして?どうしてそう言えるの?」

女がシーツをぎゅっと持ち上げたままこちらを向いた。

大人になってから、“すごく遊んだ”なんて思えることはなかった。

遊びってもっと、無邪気なものなんじゃないだろうか。男はそんな子供じみた考えを捨てきれずにきた。

センシティブなノスタルジーとでも言うべきだろうか、時にそういったものが彼の社会進出を阻んだ。

「俺は泥んこ遊びしかできないからさ」

変にこの部屋にその声が響いた。

泥んこ遊びしか知らない……。

だからこの恋が遊びじゃないと言えるかといえば違うのかもしれない。ひどい言い訳だろう。

でも遡ったら遊びってそこにしかない気がした。

どんな遊びガイドにも載っていないそれに……。

それを聞いて女はまた向こうに体を向けた。その際にベッドがものすごく揺れた。

ん「わたし、誰か可愛い年下見つけようかなぁ」

女はバタ足して言った。またベッドが揺れる。

「君が年下に甘えられるのかい?」

「少なくとも泥んこ遊びする年上よりわね」

女はタバコに火をつけて吸い、きっちり消した。




                      終

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?