祈りを

貴方に儚い灯火を渡そう。
僕は持っていた蝋燭を吹き消して、真っ暗な中、誰にも気づかれぬように笑った。

足元には大量の液体が足底を舐めるように散乱し、自らの軀を侵食するように犯していく。
何か、何かが軀から抜けていく。それはいくつかの光となって、自らの軀に視線を落とすのだ。

僕はというと、大粒の涙を持って貴方の名前を呼ぶ。
必死にすがって、執着してきたが、結局僕は貴方とは異なる末路を歩むことになった。貴方への想いを抱えたまま。

思えば後悔の連続だった。
何度も何度も貴方への自らの感情をぶつけようと悩んできたが、その気持ちを何度も押し殺し、貴方の隣にいることを選んだ。
感情を殺すことを代償に、仮初めの僕を貴方に渡してきたけど、それを、ここにきて後悔するなんて思ってもなかったことだった。

既に動くことのない細胞が叫んでいる。
貴方とともに、未来を観たかった。
貴方とともに、死を望みたかった。
貴方と、同じものを共有したかった。

その願望は、叶わない翹望へと色彩を変えていた。
糸が切れたように止んだ心音と隣接する液体は酷く生暖かく、それでいて塩っぱい。それに、少しだけ鉄っぽい。
あぁ、きっとこれは、僕の涙なのだろう。悲しき感情を溜めていたダムが決壊して、全ての激情が溢れてしまった結果なのだ。

僕はそう思いながら、ひっそりとこの片隅から消えていく。
感覚が壊れ果ててしまったのか、見えている映像が驚くほど不安定なのだ。体がふわりと浮かび上がるように、視界はぐらぐらと揺れていて、ジェットコースターに設置されたカメラの如く見えている光景は縦横無尽に錯乱する。

たどり着く場所は、けたたましく泣き叫ぶ貴方の傍だった。
貴方は何度も、僕の名前を呼んだ。何度も、何度も、嗚咽に歪んだ声で叫ぶのだ。

「悠......悠......!!」
「俺の......1番の親友でいるんじゃなかったのかよ......」
「帰ってきてくれよ......悠......悠!」

その声を聞いて過ぎった感情は、彼が必死に涙を流していることへの疑問だった。どうして、貴方は僕の名前を呼んで泣いているの? 貴方が最も大切にしている人は別にいるというのに。

それなのに、どうして僕の声を呼ぶんだ。
どうして、僕を求めるんだ。

君に求められる度、心がひしゃげる。
その心を正そうとして、僕は実体のない手のひらで貴方を包む。
感覚はない。だから貴方の皮膚を感じることはできない。視界も、聴覚も、徐々に消えていく。
それでも僕は求めた。手探りで貴方の唇を、何度も何度も探した。

そして、ようやくたどり着いた貴方の唇に、自らの唇を重ねた瞬間、僕という存在は完全に失われる。
残留する感情は、貴方への愛しさと、貴方を残して自ら死を受け入れてしまった自分への後悔だけだった。

後悔してももう僕はない。
貴方に触れるほどの体温も、貴方を理解するほどの肉体も、貴方を感じられるほどの網膜も存在しない。
だけど貴方への想いはそこに在る。

だから僕はただ祈る。
僕が作った貴方への傷が癒えるように、ただひたすらに祈る。

#BL小説 #死にネタ #自殺 #後悔

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