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【小説】生駒合歓殺人事件 誰が親友殺したの?

・未完です


【第一話 誰が親友殺したの?】

 地穣大学には美波止玲という有名人がいる。彼は眉目秀麗で明るい性格から友人も多い。
 そんな彼の親友であり、周りからは金魚の糞と呼ばれていた人物、生駒合歓が死んだ。
 頭部をつぶされ袋詰めされた状態で、アパートの部屋の前に放置されていたらしい。早朝、家主の友人が遊びに来た際に発見されたようだ。

 その知らせを聞いたとき、自分は動揺はしつつ、同時にやはりかとも思った。合歓さんとは一か月程度だが親交があり、その中で、彼に忍び寄る死の気配を感じていたからだ。
 周囲に流されて新歓に行ったとき、無理やり酒を飲まされそうになったところを助けられたのが合歓さんとの初対面。飲ませようとした人を叱り、玲さんに監督責任を問い、自分には土下座して、空気が最悪になった覚えがある。その後、また何かあったら頼ってほしいと連絡先を交換して、そのまま交流が続いた。
 チャット上で履修登録の相談をしたり、玲さんの愚痴を聞いたりしているうちにわかったのは、目元の濃いクマや対面での会話の拙さから嫌われているが、合歓さんはその実とても善良な人であるということ。小学生のころから不眠症を患っていることや、そのせいでひどく悲観的になってしまったことが嫌われる原因になってしまっていた。
 合歓さんは不眠症について、もう治らないと諦めていた。軽い口調で葬儀には招待すると笑っていた。自分はうまく返せず、口元を引き攣らせてしまったが。
「俺は生きてちゃいけないけど、玲たちが優しくしてくれたから、今まで未練がましく生にしがみついてたんだよ」
 死亡前夜、通話中。合歓さんは震える声で話していた。初めて聞いた弱音だった。
「自分みたいなゴミ虫にも優しくしてくださる合歓さんが生きちゃいけなかったら、自分はどうなるんですか」
「志門はいつか絶対人の役に立つ人間になれるから大丈夫だ」
 深刻さに何を言っていいのかわからず、へたくそなゴミの慰めをしたにもかかわらず、合歓さんは確信を持った声で自分を励ました。
 なぜあんなに善い人が殺されたのだろう。犯人は地獄行きだろうな。合歓さんの代わりに自分でも殺せば情状酌量があったかもしれないのに。

「ね、お前が合歓と直前まで話してたヒト?」
 前夜に通話していたことから事情聴取を受けた帰り。夕方の人気のない大学で、取り巻きを連れた玲さんが話しかけてきた。
「は、はい……何か御用でしょうか。というかなんでそのこと知って……」
「んなことどーでもいーじゃん。てかさ、通話越しになんか聞こえなかったん? オレ今犯人探ししてんだよね」
「と、とくになにも。あ、あの、そういうことは警察に任せた方が……」
「は?」
 ダン、と近くの壁に叩きつけられる。玲さんは背筋が凍るほど美しい顔で喚き散らした。
「オレさ~シンユーが殺害されて警察に任せたままなんて薄情なコトできねーの。優しいから」
「てかこいつ玲に口ごたえしたよな。髪もオレンジだしイキってんじゃねぇの? 何様?」
 取り巻きに長くなっていた前髪をつかまれ、頭から地面に倒される。硬い石に打ち付け、血が流れた。地毛だよ自由意志じゃねぇよ畜生と内心毒づきつつ痛む体を叱咤して逃げようとすると、足で踏みつけられる。
 異常な言動に血の気が失せた。ありえない。怖い。この人たちは合歓さんの死を振りかざして私刑でも行おうとしてるのか?
「ちょーだい?」
 玲さんが自分の目の前に手を差し出す。思わずいぶかしげな表情をすると、さらに背中が重くなる。
「察し悪いなぁ、合歓とのトーク画面と通話記録のこと言ってんの」
 心底呆れた表情で玲さんが詰め寄る。だんだん息が苦しくなる。

 その時、カシャリという音がした。
「あら、怖いですね」
「なーんかヤバいことやってんね!」
 白薔薇白椿といった容姿の女性と、桜や桃といった雰囲気の男性が、スマホを構えてこちらを見ていた。
 玲さんが舌打ちをしたのを皮切りに取り巻きが襲い掛かる。女性が華麗な動作で回避し、表情で挑発して取り巻きの視線を集め、男性が小柄な身体を利用して走り抜けこちらに迫る。
「弱い者いじめは、メッだからね!」
 そうして取り巻きの中でもいじめっ子として悪名高い四境鳶人の股間を叩いてひるませ、驚く玲さんを無視して自分を抱えて駆け出した。
「ばっちい手で触ってゴメンね~」
「い、いえ、助かりました。ありがとうございます」
「では逃げましょうか」
 女性が涼しい顔で合流する。死屍累々の人の山が小さくなっていった。

「うわ……リア手加減しなかったの?」
「想像の何倍も弱い方が悪いと思いまーす」
「だ、だいじょうぶですか。騒動になったらどうしましょう……」
「大学も他大生と諍い起こしたくないでしょヘーキヘーキ」
「大丈夫ですよ。細工してきたので」
「さいく……? というか、ここの生徒じゃなかったんですか?!」
「そーだよっ☆ ボクは天錠大学理工学部二年の荊アマネ! 気軽にアマネって呼んでね!」
「私も単位互換制度でお邪魔していました。海条大学経済学部二年、椿海リアです。よろしくお願いしますね」
 大分走り、カフェテリアの前で二人は止まる。自分を抱えて走っていたアマネさん、ちぎっては投げた後に猛ダッシュしていたリアさん、どちらも息切れをしていない。自分なんかが助けてもらってもよい方々なのだろうか。
「先程は助けていただきありがとうございます。本学の文学部一年の豊梅志門です……なにかあったらすべて自分の責任にしてください」
「私とアマネは自ら首を突っ込んだので自分できちんと責任は取るよ」
「え~? 踏み倒せる義務は踏み倒した~い」
「まーた債務踏み倒したのアマネ。いつかバラされるよ?」
「何度も刺されてるリアには言われたくな~い!」
 あっはっは、と笑いあいながら何とも言えない会話をするお二方。
「んでんで~なんでリンチされてたの? キミも借金しちゃった?」
「志門くんはアマネじゃないんですよ……生駒さんという方の死亡に関することで追及を受けていたのでは?」
 リアさんが問いかける。頷くとアマネさんがリアさんになぜ知っている、と視線を向けた。
「お昼を共にした女の子たちが話してくれたの。美波止さんという偶像さんの親友だったそうで」
 ふーん、と拍子抜けといった声でアマネさんは返す。補足するように経緯を話そうと口を開くと、全員のお腹が鳴った。
「ちょうどいいし、ここのカフェで休憩しながら続きを話してもらえないかな?」
「は、はい。話させていただきます。その、お礼として代金は自分が持たせていただければ……」
「え! アリガト! 今月金欠だったんだ~」
「お礼なんていいよ。私が志門くんのお話に興味があってわざわざ聞き出してるんから」
 互いの足を踏み始めたのをなだめてカフェに入る。喧嘩はアマネさんの頼んだ一品の代金を持つことで決着した。

 アマネさんはプリンアラモードを、リアさんはオペラを、自分はチキンサラダを購入して着席する。
 舌鼓を打ちつつ、これまでの経緯と背景をかくかくしかじか話した。思っていたより参っていたようで、説明中に涙が零れ落ち、言葉が詰まる。お二方は傷の処置をしたり、スイーツを分けたり、言葉で慰めたりして辛抱強く自分の話を聞いてくれた。気分転換として前髪を編み込みされたときは驚いたが。分不相応な優しさにいずれ揺り戻しがくるのだろうな、と考えつつ、話し切ることができた。
「なにそれ……いつか死にそうな親友の状態を放置して死んだら大義名分にして暴れてるクソの話に聞こえたんだけど……」
「玲さんって人の挙動、聞いてる分にはすごく面白いね」
 最後まで聞き終えたとき、アマネさんはドン引き、リアさんは好奇心が抑えきれないといった表情だった。
「というか、ネムさんを殺したヤツ猟奇犯だったのかな、人んちの前に前に死体置いていくなんてサイテーじゃない? トラウマモンでしょ」
「ん~」
 リアさんがスマホを取り出し、誰かと連絡を取る。
「ちがうかも? アーリーに聞いたんだけど、妙な事件特有の感覚があるらしいよ」
「クスノキさんが? こっち案件ってこと?」
「確証はないって」
 アマネさんが前のめりになり、自分は頭上に疑問符を浮かべる。
「あ、あの、何か知っているんですか?」
 意を決して、お二方に問いかけた。つばを飲み込む。聞いてくるんだ、という雰囲気に嫌な汗が出てくるが、視線を逸らさないように腹に力を込めた。

「……ねぇアマネ。アマネの視界に志門くんはいるんだよね?」
「そーじゃないとここまで付き合ってないよ」
「だったら引き込んじゃおうよ、こっち側」
「……いーのかなぁ。知らない方が幸せでいられるでしょ」
「志門くんの卑下思考が無自覚に発動していた魔法のせいである可能性もあるでしょう?」
 こそこそ話し合うリアさんとアマネさんを固唾をのんで見守る。
 意を決したアマネさんが努めて明るく切り出した。
「ね! シモンはどんな目にあってもネムさんを殺した犯人を知りたいの?」
 深緑の、深淵のような瞳でアマネさんが見つめる。
 どんな目にあってもいいのか。目を伏せて考える。
 ……別に、肉親全員に見限られたカスな自分がわざわざ人の死の原因を暴こうとする行為は罰を受けて当然のことだ。だから、それはかまわない。合歓さんの死の原因を正しく知りたい、合歓さんの心中を理解したい、このまま合歓さんが安眠できるのかを、判明させたい。
「……はい、知りたいです。迷惑千万かもしれませんが、アマネさんとリアさんが何か情報を持っているなら、教えていただけませんか」
 お二方……二人としっかり向き合う。
 張りつめていた空気を緩ませ、光のような瞳を柔らかくしてリアさんは頷いた。
「うん、もちろん教えるよ。そして、教えたからには私たちは一蓮托生ってやつだ」
「そーそー! 沈むときは全員一緒ってヤツ! あ、今更拒否は受け付けてないからね!」
 この人たちも巻き込むのか……と口元が引きつっていたためか、アマネさんは自分の唇に指を押し付ける。
「リーア! 消音お願い!」
 リアさんはアマネさんにウィンクして応え、指を鳴らす。
 次の瞬間、指を起点に花の嵐が巻き起こり、花びらでドームが形成される。幻想的で非現実的な光景に自分だけが見惚れている。
「……見ての通り」
「私たちは魔法使いなんだ」
「もち、シモンも魔法使いだよっ!」
「ボクは魔法に関わりのない一般人の輪郭や声がわからない体質なんだけど、そのボクがシモンのコト、はっきり見える聞こえるし、ね!」
 凛々しくリアさんが告げ、可愛くアマネさんが絡めとる。
 期待か不安か、心拍数が上昇する。
 自分が魔法使いだと断定されたことに、違和感はなかった。己の不完全さ・息苦しさが、ようやくマシになった気すらしていた。
 ふと、幼少期に父親から化け物と罵られた経験を思い出し、ひどく愉快な気持ちになった。ああ、おかしい。

【第二話】


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