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ギャラリー殺人事件 前編

*未完です

 拝啓、故郷大分の弟へ。
 自分の不徳の致すところより、ただいま殺人事件に巻き込まれています。そして兄は犯人だと疑われそうな縄を持っています。最悪です。冤罪をかけられたら自殺しますので後のことは頼みます。

 メールの下書きをしながら、悲鳴を上げる男を横目で見る。どうしてこんなことになったんだろう。心底よだきいと思う。
 午後から講義のない日を利用してやってきたのが此処、個人の家を利用した小さなギャラリーだった。気にかけてもらっている牡丹ヶ島教授が勧めてくれた場所だ。昭和生まれの鮎川勝男という男の作品や、先祖が集めたという骨董品を展示している。あいにくと審美眼は持っていないため月並みなことしか言えないが、作者の激情が伝わってくるようなすごい絵だったと思う。個人的には使用していた画材や技法の解説の方に興味が惹かれた。特にパンを使う技法は『魔女のパン』を思い出し、懐かしくなった。
 平日の昼間であったため、人は少なかった。自分も含めた大学生らしき年齢の人が7人、小学校低学年くらいの子どもが1人、中年男性が1人、腰の曲がった老年夫婦が1組。大学生はカップルが1組と友人らしき女性たちがいて、すこし騒がしかった記憶がある。そのせいか、耳を押さえていた人がいたし、怒っているのかずっと見つめていた人もいた。

 事態が急変したのは、14時。
 小さい館内に響き渡る汚い声の悲鳴。老年夫婦の妻がトイレで絞殺された。落ちそうなほど目が開かれていて、信じられないものを見て死んだ、というような形相だったらしい。以上が経緯だ。
 夫である老人は、呆然としたのち激怒して犯人探しを開始した。……とはいっても、錯乱老人の決めつけのようなものであったが。

「そこのお前! お前が殺したんだろう!」
「はぁ? ボクがこんなババア殺すメリットないんだけど? なんで未来有望な若人が人生棒に振るマネするわけ?」
「じゃあそこの女か?!」
「うーん、そちらのお兄さんと同じ論理で潔白ですね。少し落ち着かれてはどうでしょうか……」

 桜色の髪の男性、白色の髪の女性が詰められている。男性はいら立ちを隠さず、女性はなだめるような姿勢でいる。どこかで見たような気がする二人だ、と思っていると、老人の矛先がこちらを向いた。

「そこのさっきからこちらをじろじろ見ている男! お前か?!」
 しゃがれた恫喝の声が酔っ払った父を想起させる。ぎょろぎょろとした目がこちらを射抜く。明らかに正気ではない。のどが渇く。息が詰まる。
「あの、えと……あ……」
「はきはきと話さんか! その挙動不審、やはり貴様が犯人だな?! 証拠がその中にあるのだろう?! 出せ! 出せ! 出せ! 出せェ!」
 老人が持っていたリュックサックをひったくろうとした。老いたとは思えない力で、軽く引きずられる。痛い、痛い、痛い。カップルがカメラを向ける。女子の二人組はこの状況でも展示を見ている。
「だいたいこの前髪が鬱陶しい! 髪の色だってなんだ、蜜柑色? 染めているのか、これだから最近の若者は……」
 老人が前髪をきつくつかむ。うめき声が口からもれて、それすら気に入らないのか乱雑に倒された。地毛だよ畜生、そんなことを思いつつも、体は異常事態に固まって、動いてくれない。

「いーかげんにしなって! いじめっ子陰湿ジジイ!」
 老人の腕を桃色の男性がつかむ。少年のような体躯だったため、すぐに振り払われそうになった。そこに、白色の女性がやっていて告げた。
「警察を呼びました。落ち着いてください。暴れるなら椅子に括り付けますよ」
 老人は警察という言葉を聞いて、ようやく静かになる。括り付けるなんて暴力的な女だ、最近の若者は、などとぼそぼそ吐き捨てて、遠くのソファーに逃げるように座った。

 腰が抜けたままでいる自分に女性が話しかけてきた。
「大丈夫ですか? ひどい人でしたね」
「あ、ありがとうございます。錯乱していたのでしょうがないかと……」
「そうでしょうか? あの人は異常事態に乗じて鬱憤を晴らしていた節があった気がするんです」
「そーそー!」
 男性が話しかけてくる。イライラを隠せていない。
「最初のどーこくは別だけど、その後のアイツにババアの死は頭になかったって! 絶対! 少なくともボクには真実そー見えた!」
 大変だったね、周りの奴ら薄情過ぎない? そんな愚痴を言い合っている中で考える。 やはり、どこかで見たことがある二人だ。どこだろう、どちらも会ったら忘れないタイプの美形なのに。
 女性は白く長い髪、一房あるカナリア色の毛束を三つ編みにしていて、瞳は同じくカナリア色。白椿のような容姿だった。
 男性は桜色の髪に深緑の瞳。身長が低く、男女問わず可愛がられるような雰囲気がある。一人称や服装から自分をプロデュースしているように思えた。

「どうしたの、ボクに見とれちゃった?」
 会話を眺めているだけの自分に話しかけてくる。そうかも、と返すと、ふふん、と得意げな顔をした。
「そーいえばグチばっかでなーんにも自己紹介してないね? ボクは荊アマネ、ケーサツのお話が終わったら、気分転換で遊びに行かない?」
「自分の名前は豊梅志門です……自分なんかといいのでしょうか。空気が汚れると思いますよ」
「勝手な卑下とかいらないから。ボクが遊びたいから誘ってるんだよ? あ、そこのお嬢さんも行こ! オナマエは?」
「椿海リアと申します。どこに行きますか?」
「そーだね……」
 グイグイと引っ張られるような声で言う。スマホを取り出して話し出す二人を呆けながら見ていると、ズボンが引っ張られる感覚があった。

「お兄さんたち、大丈夫だった?」
 気を引いてきたのは、心配そうな顔をした少年だった。
「ちょっと痛いけど大丈夫。心配してくれてありがとう」
「よかった〜」
 ほっとして顔をほころばせる。弟の小さな頃を思い出す。ぎこちない笑顔になっていないだろうか。
「きみ、親はいないのかな?」
「えっと、いないよ。1人で来たの」
「学校は? サボり?」
「ううん、創立記念日でお休み。近所だから遊びに来た!」
 すごいでしょ、という雰囲気を漂わせて、腕を組んで話す少年。都会の子だから、低学年でも美術品を見にくるのか? すごいな。そんな子が殺人事件に巻き込まれて可哀想だ。

「警察が来るから大丈夫だよ。あんまり動かないでね」
「あと何分くらいで来るかなー? ねえリア、何時に呼んだっけ?」
「14時10分ですね。ただ、遅れると思います」
「コーツージュータイ? あったっけ?」
「うーん」
 はぐらかすような空気で返事をする。リアさんはチラリと少年を見た。
「私、魔法使いで」
「え?」
「アマネさんは魔術師で、シモンさんは超能力者だと、先生から情報を得ているから言うのですが」
「まってまってまって」
「この殺人事件って多分それらが関わっているんですよね。だから、有明さんっていう理解がある警察さん経由で通報したので、普通の通報経由より大分遅れるかと」
 リアさんがトンチキなことを言い出した。少年も目を白黒させている。
「は? 何言ってんの?」
 アマネさんがドスの効いた声で言う。
「警察が来るのは遅れます、と」
 リアさんはコテン、と首を傾げる。論点が違う。
「え、嘘ですよね。自分は超能力者とかいうたいそうで特別な存在どころか、酸素を消費するだけの無価値人間ですよ?」
「そこ?! 魔法とか信じられんの?!」
「そういうのもある可能性はゼロじゃないので……」
 それに、自分は小さい頃に親戚の兄さんに非現実的な現象を見せられたことがある。いまだに仕組みが分からないから、あれが理解できるまで、自分の中で科学外の現象はあるのだと思い続けるのだろう。

「魔法使い……?」
「そうだよ。犯人は可哀想。科学的に証明できなかったらバレない算段だったろうにね」
 リアさんは少年に語りかけた。リアさんの雰囲気が異質だったからか、固まっている。
「犯人はシモンくんが見つけるから、きみは落ち着いてていーよ」
「は」
「黙って聞いていれば調子に乗ってんじゃん?!」
「事実だし、適材適所だよ」
 ぷいっ、とそっぽを向くリアさん。
 可愛い顔を歪ませて怒るアマネさん。
 ほんと? という目で見てくる少年。
 いきなり解決役に指名された自分は、気が遠くなる感覚がした。

【第2話以降リンク】


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