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二人でお酒を〜気難しい作家先生・外伝【4】〈改定版〉|#短篇小説


短篇小説の続きを投稿いたします😌🥀


《これまでの話》

お読み頂きますれば幸甚です。

↓ ↓ ↓

《主な登場人物》

深谷ふかや浩介…文壇で注目されている小説家。気難しいところがある。

高階たかしな千鶴…浩介の担当編集者。着付け講師の資格あり。
深谷にホテルの一室で押し倒されたが逃げ帰った。

白石…文芸誌「揺《たゆたふ》」の文芸部課長。千鶴の上司。

岸田龍雄たつお…文壇の重鎮。時代小説やエッセイを書く。大きな文学賞を獲ったことがある。




【4】




千鶴は歌い終わったあと、席には戻らなかった。白石と浩介の間に立って、

「慌ただしくて申し訳ございませんが、今日はこれで失礼いたします」

と、やや眉をひそめながら謝った。

そして白石に向き直り、

「―――岸田先生の原稿を、預かって頂いて宜しいでしょうか?」

と尋ねると、白石は、

「ああ。良いよ」と、鞄から千鶴が出してきたファイルケースを両手で受け取った。


―――


「それでは、ひと足お先に失礼いたします。御免下さいませ・・・」


千鶴は浩介と白石だけでなく、マスターにも丁寧に挨拶してそそくさと店を去ったのだが、浩介と目を合わすことは無かった。


・・・そのあと。


浩介は、自分が存在せず、抜け殻になったような違和感を覚えた。


いつも執筆以外で心の動かない康介にとって、そんなふうに気持ちが粟立つのは珍しいことだった。不愉快極まりなくて、たもとに入れた煙草をごそごそと出し、1本くわえてみた。


白石が笑いを含ませて言った。

「―――深谷先生、彼奴あいつは中々面白いでしょう」

(・・・彼奴あいつ?)

常に礼儀正しい様子を見せる白石が、千鶴を馴れ馴れしく『彼奴あいつ』呼ばわりするのさえ苛立ってくる。これは益々自分らしくない、と浩介は思った。

「家族で旅行に行ったときに、よく宴会をして歌わされたらしいですよ。

・・・この間なんか、岸田先生を此処にお連れしたときに、デュエット曲を歌ってました。岸田先生、ご満悦でしたよ・・・」


浩介が聞きたくもない話を白石は続けた。また、陰陰滅滅の気分が蘇ってくる。


(・・・引き上げ時だな)


浩介は煙草に火を点けず、指に挟んで席を立った。



大島の和服姿だと、妙に威圧感がある。

「白石君。―――帰るよ」



千鶴の話をなおも続けようとしていた白石は、少し驚いたようだった。スツールで前のめりになり、


「・・・先生、社の車ではお送り出来ませんが、タクシーを呼びます」

と言った。

飲んだため、社用車は代行サービスを使うのだろう。

「―――いや、構わない。流れているのを停めるから」

白石が携帯を内ポケットから出すのを手で制して、浩介は次第に酔いが覚めてきた頭で扉へ向かった。


「―――有難うございました」


チーク材のがっしりした扉が閉まる前、カラン、という音とともに、白石とマスターが一礼しながら挨拶する声と気配がしていた。




しんと静まった住宅街の暗闇。

タクシーのヘッドライトが滑るように進んで、浩介の家の前で停まった。


浩介は運転手にタクシー代を支払いながら一言礼を言い、ドアから出て、春の朧月おぼろづきの光と、ところどころ外灯の明かりで仄明るい道端に立った。


何処からか、ジー、と鳴く虫の声が聴こえている。やはり、このような静かな場所が、浩介の心身によく馴染むのだった。



垣根の間の、門被もんかぶりの松がある古い扉を開けようとしたとき。


「―――先生」

何処からか掛けてきた声は、千鶴のように聴こえた。


声のする右側へ顔を向けると、やはり外灯の明かりに幻のように白く浮かんだ千鶴の姿があった。彼女は力なく、俯向うつむいていた。


「どうしたんだ・・・」

浩介は虚を突かれた。自分の声がかすれているのを感じ、軽く咳払いした。



千鶴は電柱からよろよろと浩介に近付き、間近まで来て、浩介を強い眼差しで見上げた。


「先生、私、担当が変わるかもしれません・・・」

千鶴は涙目になっていた。浩介は黙って、千鶴を見下ろした。千鶴は両手を胸の前で組んでいた。



「私、―――岸田先生の担当になったり、他にも担当の先生が増えたんです。
それで編集担当の枠を変える話になって・・・。4月から、異動もあるので・・・」



そこまで一気に言って、千鶴は組んだ手で胸を押さえ、俯向いた。

「僕の担当が、君ではなくなるということか・・・」

浩介の言葉に、千鶴はまた仰向いて目を合わせ、


「―――まだ、はっきり決まった訳ではないんです。
それで・・・」


訴えかけたあと、彼女の目から涙がはらはらとこぼれた。


玉なす涙、とはこのことか、と浩介は思った。その顔から目が離せず、大丈夫だ、と言う代わりに、千鶴の肩に触れた。


ドミノの最初のピースを倒したように、千鶴が浩介の身体にもたれ掛かってきた。


「・・・・・」


自分の身体にすっぽりと納まった千鶴は、子供の如くしゃくり上げて泣いた。

(―――大丈夫だ、文芸部の上の人間に言うから・・・)

その言葉を口に出そうとするが、何故かうまく言えない。彼女の背中をそっと叩くと、千鶴は浩介の背中に手を回してぎゅっとしがみついた。小さな手だ、と思った。浩介の心がまた粟立った。


「深谷先生・・・」
千鶴が泣いた顔で何かを更に訴えかけようとしたとき、口元の黒子ほくろが目に入った。




昔愛し合った女性の記憶。浩介が振り回され、愛していたのに別れてしまった柔らかい髪の女性。―――彼女にも、似た黒子があった・・・



浩介は、逃げていく思い出を掴むように、千鶴に口づけた。千鶴の身体が驚いて固くなるのが分かった。浩介の舌は千鶴の口の中で、何かを探すように彷徨さまよい続けた。


そのうちに・・・千鶴の力が抜け、膝が崩れそうになったのを、浩介は支えるように強く抱き締めた。


(これは・・・戻れないな。チェック・メイト※だ)


そのときの浩介は、15年前恋愛した若い頃の心に戻っていた。それは、ある意味彼の再生rebornでもあった・・・。









“月に叢雲むらくも、 花に風”

・・・・



※チェック・メイト…おまけサイト参照。



✠ Finis(完) ✠


▶Que Song

GLIM SPANKY/Slow Na Boogie Ni Shitekure (I Want You)





🌹おまけ🌹

▶『チェック・メイトの意味とは?』




✢✢✢


はい、今回で深谷浩介と高階千鶴の恋物語は一旦おしまいです😊


拙さゆえか長くなりました。お読み頂いたnoter様、長々とお付き合い頂き有難うございました!!


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それ以上に、慣れない小説にご意見ご感想等コメント頂けましたら、泣いて喜びます!!(リライトも辞さない所存です)


機会があれば、浩介の過去の恋愛や、千鶴の過去のエピソードも書いてみようかな・・・と存じます😌🥀


また、次の記事でお会いしましょう!!


🌟Iam a little noter.🌟



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