見出し画像

夢のあとさき〜猫と僕の日々|#短篇小説

#創作大賞2024


Chapter8.

夢のあとさき




モンの身体には力が無くなっていた。どのくらいの時間、雨で濡れて冷え切ってしまったのだろうか。



マンションに入ったら、傘を閉じてモンを背負った。エレベーターのボタンを押すにもカギを出すにも苦労しながら、何とか家まで辿たどり着いた。




出来るだけ雨を拭き取って、モンの身体をベッドに横たえ、暖かくなるように衣服を重ねて着せた。羽根布団も、何枚もそっと上に掛けた。


「モン・・・」



まぶたを閉じたモンの額に手を当て、そのまま頬まで撫でて手のひらで包んだ。血の気が引いていて、冷たかった。細い小さな鼻は、透き通りそうなくらい青白かった。



(可哀相に・・・きっと、水分も摂れてないな)



ミルクにするか迷ったが、結局白湯さゆをマグカップに入れてベッドサイドに持って来た。そして、自分の口に含んでから、モンに口移しで少しずつ飲ませた。



目をつぶっているモンの喉が鳴って、飲んでいるのが分かった。


出来ることなら、苦しんでいるモンと代わってやりたいと思った。頭の中が爆発しそうだった。





モンの寝ているベッドの脇に座ってうとうとしていたら、微かなうめき声が聞こえてはっと目覚めた。真夜中の時刻だった。


「うう・・・」


「―――モン、モン!どうした、大丈夫か」


僕は半分モンに覆いかぶさるようにして訊いた。


「喉が・・・乾いたわ・・・あと、お手洗いにいきたい・・・」


「よし、わかった。じゃあまず、トイレへ行こう。

起き上がれるか?・・・僕が支えるから。

肩につかまって・・・」


モンは、細い腕を弱々しく伸ばして、僕にしがみついてきた。モンがベッドから出られるように脇の下を持ち上げて、肩を支えながらトイレまで連れて行った。



そしてまたベッドへ戻った。ベッドに着くと、モンは倒れ込むようにして横になった。



「―――待ってて。また飲むものを持ってくるから。

白湯さゆか、温かいミルクかどっちがいい?」


「ミルク・・・」


「分かった」


再びモンの額に触れた。モンを抱えたときに、ちょっと熱気があるかもしれないと感じたからだ。やはり、顔全体が熱くなってきていた。


「氷枕も、持って来るよ・・・」



結局僕は、朝までモンにずっと付き添った。水分を摂ってしっかり睡眠すれば、少しは良くなるはず、と願った。




果たして・・・朝になったら、重ね着した服の中に潜りながら、モンは猫に戻っていた。


―――僕はまだ、モンが猫に戻る変わりめを見ていない・・・





猫になったモンは、まだやはり弱っていた。体毛がぺったりして力が無く、険しい顔つきをしていた。呼吸も少し乱れているようだった。


僕はパソコンから会社へ欠勤の申請をした。今まで敢えて行かなかったが、モンを動物病院へ連れて行こうと思った。





モンは動物病院で蒸気吸入器の処置をされることになった。弱っている身体を、さらに縮めて怖がっていた。


吸入している間、眼鏡を掛けている獣医がチェアをこちらに回して


「―――肺炎ですね」無表情で言った。



「抗生物質を出しますから、1日3回飲ませて下さい。えさに砕いて混ぜるなどして」


看護士の女性は彼からカルテを受け取り、受付に回した。





吸入のあと、モンは身体を濡れた古布みたいにぐったりとさせていた。僕はそうっとモンを抱き上げてケージに入れた。出来ることなら家まで抱いてやりたかったが、タクシーではそういう訳にはいかなかった。



肺炎は、想像以上にモンの身体を痛めつけた。何日も、目を閉じた顔で横になっている姿のままだった。



治るまでは、会社を休んで様子を看るつもりだった。薬が効くのを祈りながら。


―――



1週間ほどして・・・モンは少し起き上がった。ふらふらしながら座って皿のミルクを飲んで、えさの匂いを嗅ぎ始めた。


「モン・・・。大丈夫か?」


餌をかじりかけているモンに話しかける。モンは僕を見上げて、ほんの小さな声でにゃあ、と鳴いた。


モンが「大丈夫、」と話したような気がした。






―――この頃からだと思う。


僕は悪夢を見るようになっていた。


モンが少し大人の女性になり、純白のウェディングドレスを着てブーケを手にしている。


僕は教会の祭壇の近くで、振り返りながら美しいモンを見ている。


モンは微笑みながら僕に近付いて来るが、途中で突然姿を消してしまう。


えっ、と動揺したとき、周囲が雨の公園に変わる。すると、公園の遊歩道で、濡れ尽くした猫のモンが、横たわって死んでいる・・・


―――あまりにリアルで、思わず声を上げて飛び起きることがあった。動悸もひどかった。


(そうだよ・・・モンは、どうしても僕と「本当に結ばれる」ことは無いんだ。

仮にもし、幸せに思えたとしても・・・それはいっときでしかないんだ)


このことを噛み締めると、ベッドで顔を押さえながら涙が出てくるのだった。


僕がそんなふうに打ちのめされているとき、いつもモンは静かに近付いて来て、シーツの上に飛び乗った。そして、僕の手の甲を、にゃあ、と鳴いて小さな舌で舐めるのだった。



【 continue 】






この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?