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SW2.5 RPGビルディングBOX リプレイ小説『エリスの旅立ち』#9

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 アゼルの町に帰投した私たちは仮眠をとり、早朝に出立の準備を始めた。北方の遺跡へ急ぎ、本隊と合流する予定だ。
 私はギルドの二階に借りている部屋にいた。朝に弱いレイを揺り起こした。窓の外から子供たちが歌をうたうのが聞こえる。吟遊詩人が作った『美しき英雄エリス』とかいう曲で、町で流行してるらしい。私の頬は熱くなった。シャベルで穴を掘って隠れたい気分だ。
 レイが寝ぼけながら革鎧を着けるのを手伝いながら、私は言った。
「ハリエット様への伝令をお願いします」
「いいっすけど、子爵邸は南西にあるから決戦に間に合いませんよ」
「はい。レイさんはそこで小隊から離脱してください」
 紐を結ばせるため背を向けていたレイが振り返った。眉間に皺を寄せ、怪訝な顔つきをしている。
 私はクローゼットからずっしり重い金貨の袋を取り出した。
「報酬です。5万ガメルあります。これまでよく頑張ってくれました」
「そんな大金をどこで」
「クリスタルの首飾りを売りました」
「伯爵の形見でしょ。すごい大切にしてたのに」
「あなたの献身に報いたかったので。ご夫妻も理解してくださるはずです」
 レイの父親の借金は3万ガメルだった。返済義務から解放されたレイは、自分のための人生を始めることができる。
 いつも明るいレイの表情が険しくなった。私が本気で距離を置こうとしていると悟ったのだろう。
「あたしを追放する気ですか」
「はい」
「あたしの気持ちは」
「恨まれるのは覚悟の上です」
 私とて迷いはした。レイが傷つくのは解ってるし、彼女の機転に何度も助けられた私にとっても大きな戦力の喪失だ。
 でも戦場に出ればレイはおそらく死ぬ。それくらい不利な戦況だ。
 十九歳の娘を喪えば、彼女の両親はどれほど悲しむだろう。
 たとえば伯爵夫人はとても朗らかなお方だったが、毎年ご子息の命日になると朝から晩まで自室に閉じ籠もって故人を偲ばれた。その日は家中が沈鬱な空気に包まれたものだ。
 ムキになって唾を飛ばしながらレイが言った。
「あたしは相棒でしょう。ここに来て切り捨てるなんてあんまりだ」
「これは小隊長としての命令です」
「ひどい、ひどすぎる」
「早く出発しなさい」
「姉さんはやっぱりルーンフォークなんだ。人間の心がわかってない。理解し合えたと思ってたけど、それは幻想だった」
 私は目をつぶった。
 レイの言葉が胸に突き刺さった。
 でも彼女はその何百倍も傷ついている。
 レイは部屋を出ていった。大きな音を立ててドアを閉めた。


 私はアゼル独立小隊27名を率い、北東方向へ馬を走らせた。
 気分は重かった。それに同調するかのように空に黒い雲が広がっていった。遠くで落雷の音も聞こえる。
 蛮族軍の2000体は、遺跡の東の《昏き森》を通り抜けてくると予想された。すでに偵察部隊が交戦中だった。私たちはそれを掩護しにいく。
 短い丈のワンピースを着た黒髪の少女が、ひとり川辺で水遊びしているのが目に入った。5歳くらいだろうか。私は周囲を見回したが、保護者らしき人物の姿はない。
 さすがに捨て置けないので馬を寄せて言った。
「ここで何をしているのですか」
「水と戯れてるの」
「すぐお家に帰りなさい。戦闘に巻き込まれるかもしれません」
「あなたは軍人さん?」
「はい」
「《昏き森》へ向かってるのね。でもそれは敵の陽動よ。蛮族軍の主力は森を迂回してあなた方を包囲しようとしている」
 黒髪の少女はほほ笑んだ。幼い外見に似合わない、難しい言葉遣いをする不思議な娘だ。
 小隊のメンバーが川岸に近づいてきた。
 赤毛の盗賊のヨシュアが言った。
「姐御、喉でも渇きましたか」
「いえ。小さな女の子がひとりでいて危険だったので」
「女の子?」 
 ヨシュアはきょとんと目を見開いた。
 私が振り向くと、すでに川岸に黒髪の少女はいなかった。
 おかしい。この一瞬で身を隠せるはずがない。
 ひょっとして水の妖精ウンディーネ。
 不吉な予感に私の背筋が寒くなった。
 蛮族は陽動作戦でこちらを囮に引っ掛けようとしてるのか。奸智に長けるアルハイムが考えそうなことだ。敵の戦略眼を侮ってはいけない。
 私はヨシュアに言った。
「作戦はいったん中止とします」
「へ?」
「ヨシュア、今すぐ本隊のリルバーン子爵に報告してください。敵は《昏き森》を大きく迂回して、我々の背後を突こうとしていると」
「なんでまた唐突に」
「いいから急いで!」
「へいっ」
 ヨシュアは猛然と乗馬を駆り、北へ向かった。
 私は小隊を連れてそれを追った。できれば自分で直接報告したかったが、部隊を捨て置くわけにいかない。
 十四歳のわりに賢いヨシュアだが、子爵を説得するのは容易ではないだろう。でも他に適任者がいない。知恵袋のゲオルグは、ウンディーネとともに湖の底深くで眠っている。
 口の達者なレイがいてくれたら。
 私は首を横に振り、己の弱い心を戒めた。


 包囲殲滅は誰もが狙う戦術だと、かつてリドリー伯爵は仰っていた。一方でその完璧な実現は難しいとも。
 魔動機文明時代の遺跡がある平原で、教科書どおりの包囲殲滅戦が繰り広げられていた。2000の蛮族が全方位から1000の人族を囲んで鏖殺していた。それでも人族軍は果敢に抵抗している。蛮族に降伏したところで助かりはしないからだ。
 私は胸部に矢傷を負ったリルバーン子爵に包帯を巻いていた。言うまでもなくハリエットの父親だ。年齢は四十代半ばで、温厚そうな顔立ちをしている。レイがいればもっと有効な治療ができたのにと、ふたたび私は後悔の念に苛まれた。
 金属質の私の首に目を留め、子爵が言った。
「君があのエリスか。『美しき英雄エリス』」
「傷に障るのでしゃべらないでください」
「ハリエットの友人らしいな」
「友人とはおこがましいですが、親しくさせていただいております」
「あの子をよろしく頼む。躾が足りずおてんば娘に育ったが、根は優しい子なのだ」
「お気を強く持ってください。ハリエット様にはお父上が必要です」
 私は子爵を馬に乗せた。
 死屍累々たる戦場を見渡した。死中に活を求めるつもりで突破口を開き、子爵を安全な場所へ連れ出さねばならない。
 黒い翼を広げたアルハイムが上空を旋回している。操霊魔法【ポイズン・クラウド】で毒雲を作り出し、我が軍を混乱に陥れていた。
 私は小隊メンバーに、弓やガンや魔法で正面を攻撃するよう指示した。
「撃てッ!」
 集中射撃を食らった蛮族がバタバタと斃れた。私は《テラブレイカー》を振りかざして混沌の渦へ飛び込んだ。醜悪なケダモノや恐るべき巨人が襲いかかってきた。私はひたすら猛攻を耐えた。
 耐えるので精一杯だった。敵の包囲網は隙がない。アルハイムは上空から命令を下し、水も漏らさぬ陣形を維持していた。圧迫された私はじりじりと後ずさりした。
 ドーンッ!
 敵の後方で何かが爆発した。間を置きながら複数の爆発が起きた。蛮族たちは恐惶をきたして逃げ惑った。
 私は目を疑った。
 砲塔を備えた金属製の乗り物が、キャタピラを動かして平原を疾駆していた。《昏き森》を偵察した時に発見した魔動戦車だ。ハッチを開けて金髪の少女が顔を出した。私を見つけて手を振った。
 おてんば娘のハリエットだ。
 回収した戦車をハリエットが研究しているとは聞いていた。しかしもう乗りこなすとは。偉大な魔動機師の家系は伊達ではない。
 砲塔の上部ハッチが開いた。長い髪を編み込んでいる若い女が現れた。レイだった。車載機関銃を操作し、頭上を旋回するアルハイムへ向けて激しく連射した。未経験であろう弾幕射撃を受け、アルハイムは牙を剥き出しにして吠えた。

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 私の目は潤み、視界がぼやけた。
 レイは助けに来てくれたのだ。あんな酷い態度をとった私を。
 アルハイムが叫んだ。「鬱陶しい虫けらめが!」
 急降下しながらアルハイムは湾曲した長刀を車体へ突き立てた。《魔力撃》の威力は装甲を貫通した。マナチャージクリスタルを積んだタンクのある戦車後部で暴発が起きた。レイは砲塔内部に転落した。
 地面に下りたアルハイムは操縦席へ近づいた。装甲ごとハリエットを斬り殺すつもりだろう。阻止すべく私は駆け寄った。
 赤毛の少年が目覚ましいスピードで私を追い抜き、アルハイムに肉薄した。14歳の盗賊ヨシュアだ。
 《必殺攻撃Ⅰ》。
 ヨシュアはアルハイムの背中にダガーを刺した。刃は漆黒の鎧を貫いた。渾身の力で垂直に斬り上げた。
 アルハイムの肩越しにヨシュアが言った。
「お前はボクの師匠に盗みを依頼した。なのに報酬を払うのが嫌で師匠を殺した。なにが虫けらだ。お前は盗賊にも劣るゴミクズだ」
 背中を縦に裂かれたアルハイムは苦悶の叫びをあげた。


 もがき苦しむアルハイムは、研ぎ澄まされた刃みたいな鱗に包まれた竜の体貌となった。怒号とともに光のブレスを吐いた。私はヨシュアを突き倒して覆い被さった。
 すべての骨が砕けるほどの衝撃だった。背中を灼かれ、肉と鎧が燃える臭いがした。私は地べたを這い、黒煙を上げる魔動戦車の陰に隠れた。
 ハリエットがレイを車内から引き摺り出し、地面に寝かせた。意識がない。ハリエットはレイの体をまさぐって負傷部位を探った。
 膝立ちになった私は言った。
「具合はどうですか」
「あなたもひどい怪我を」
「それよりレイさんは」
「たぶん首の骨が……でもなんとかなる。私の銃で回復できる」
「お任せします」
 ハリエットはホルスターから銃を抜いた。魔動機術によって攻撃以外の特殊効果を弾丸に与えられる。
 最初の冒険に出る前に、私とレイは約束した。どちらかが死んでも蘇生は行わないと。蘇生魔法は人間の魂を穢し、ルーンフォークの一年分の記憶を喪失させる。禁忌を犯してまで現世に執着したくはない。この約束は神聖なものだ。
 だから絶対レイを死なせてはならない。
 人間形態に戻ったアルハイムが、戦車を飛び越えて現れた。禍々しく黒光りする妖刀《ケルベロスの牙》を持っている。
 私はメイスを杖代わりにして立ち上がった。10メートルの距離をおいてアルハイムと対峙した。すでに体力気力ともに限界だ。私は死ぬ。アルハイムを道連れに。でもレイとハリエットを救えるなら幸せだ。
 ズンッ!
 背中に何かが衝突し、私はよろけた。卑怯なアルハイムが手下に狙撃させたのかと思った。でも違った。やさしく温かい波が背中から全身へ広がっていった。
 私は振り返った。
 座った姿勢のハリエットが銃口をこちらに向け、青褪めた顔で呆然としていた。横たわるレイがハリエットの腕を掴んでいる。レイは強引に狙いを私に変更させた。【ヒーリング・バレット】で私を治療するために。
 声を震わせながら私は言った。
「なんてことを」
 レイが言った。「あたしみたく非力なのに治癒魔法使ってもしょうがないんすよ。姉さんが攻撃と防御の中心なんですから」
「そういう問題じゃ」
「ほんと姉さんは計算できないっすよね。初めて一緒に遺跡に潜ったときからずっと、あたしは困らされっぱなしで……」
 いつもは滑らかなレイの口が固まった。心肺停止したレイに対し、ハリエットが胸骨圧迫を試みた。
 私の右の頬に鋭い痛みが走った。
 アルハイムが《ケルベロスの牙》で私の顔を斬った。私は頬を触った。切傷は深く、出血は止まりそうにない。傷跡が残ればふたたびメイドとして雇用されるのは無理かもしれない。
 あの世にもメイド職の需要があったとしての話だが。
「忘れるな」アルハイムが言った。「貴様が相手しているのはこの俺だ」
「…………」
「滑稽な田舎芝居だったな。虫けらどもの鳴き声はうるさくてかなわん。貴様ら人族は単なる栄養分なのだ。おとなしく食われればよい」
「好きなだけ独り言をつぶやいてなさい。それがあなたの最期の言葉になるのだから」
「言うわ、女」
「今から《テラブレイカー》があなたの肉体を破壊します。細胞の一片すら、この世界には残さない」
 暗雲が垂れ込める天頂へ向かい、私は《テラブレイカー》を突き上げた。聖鎚は細かく振動し、刻まれた魔法文字がぼんやり発光していた。
 戦場に雷が幾度も落ちた。私たちの傍にも落ちて草木を炎上させた。嵐が吹き荒れ、横殴りの雨粒が顔に当たった。
 母なる大地が震えていた。
 神々の怒りを目の当たりにし、さしものアルハイムも頬を引き攣らせた。
 復讐の女神と化した私は、獅子のごとく咆哮した。


 戦闘が終わった。将帥を失った蛮族たちは四散した。子爵家の騎士団が中心となり軍勢を立て直し、潰走する敵を追討した。民衆も武器をとって残党を狩った。
 第二次アゼル防衛戦は終結した。
 一週間後、私は一命を取りとめたレイを連れてリルバーン子爵邸を訪れた。謁見に使われる広間で、軍服風の濃紺のジャケットを着たハリエットと再会した。
 ハリエットが言った。「ふたりとも体調はどう?」
「私は頑丈さだけが取り柄ですので。レイさんもだいぶ良くなりました。子爵閣下はその後いかがですか」
「あなたのおかげで無事よ。でも政務に復帰するのは難しいかもしれないわね。しばらくは私が代行することになる」
「多事多難なことですね」
「まったく。それで話があるの」
 ハリエットは広間に騎士団を呼び入れた。団長を務めるルーンフォークのルーク・カイエンもいる。ルークが巻物をハリエットに手渡した。
 巻物を開いて文面を見せながら、ハリエットが言った。
「リルバーン子爵家はあなたたち二人を騎士に叙任したいと考えています」
「えっ」
「騎士団全員が賛成してる。もちろん父上も」
「身分不相応でございます」
「謙遜だわ。あなたのような英雄を迎え入れるには、こちらが伏して懇願せねばならないところよ」
「もったいない」
「この戦争で領民は傷つき、領地は荒れ果てた。再建するのは未熟な私には荷が重い。でもあなたがいてくれたら」
 私は隣のレイの表情を見た。目を細め、いらずらっぽい笑みを浮かべている。
 言葉を交わさなくてもレイの気持ちは解った。
 あたしは騎士なんて堅苦しい仕事は御免です。大陸中を自由に旅して、世にも珍しい宝物を見つけてやるんです。
 その相棒は姉さんしか考えられないっすね。
 私は最大限の丁重さで、ハリエットの申し出を断った。加えて、もしまた蛮族が蠢動すれば、すぐさま助太刀に参上すると約束した。


 私とレイは馬を並べ、街道をゆっくり進んでいた。
 旅の目的地は決まってない。とりあえず伯爵ご夫妻が眠る墓地を訪れ、こう報告するつもりだ。
 伯爵が亡くなったとき、私は生きる意味を見失いました。ご心配をお掛けして申し訳ございません。
 でも今は大丈夫です。
 真に忠誠を誓うべき対象は親友なのだと知ったので。
 手綱を操りつつ、私は言った。
「お父様は負債を返済できましたか。お手紙が届いたようですが」
「姉さんから貰った5万ガメルはマナチャージクリスタルを買うのに使っちゃったんですよ。魔動戦車を動かすのに必要だったんで」
「でも子爵家から十分な報酬をいただいたでしょう」
「いやあ、それが。手紙に書いてあんですけど、親父の借金が30万ガメルに膨れ上がったらしくて」
「前の10倍!?」
「どうしようもないダメ親父っすよね」
 馬上で私は仰け反った。
 私たちの冒険は、当分のあいだ終わらなそうだ。

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