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ブースト

男はアナリティクスを見つめていた。

「クソ、今日も登録者0人かぁ・・」

ここ半年以上、動画を出し続けていたが、
そのチャンネルを登録する者は
一人として現れなかった。

「一体、俺の動画の何が悪いんだ。
編集も時間かけてやってるし、
テーマも絞ってる。登録者を増やす
攻略動画も何本も見たし、
そのとうりにやってるのに・・・」

男は何かが足りないのだと思った。



夕方、駅のホームにて。
二人の女学生がベンチに腰掛けて、
動画を見ている。

「ねぇ、この動画、凄くない?」

「どうやってやってるのこれ?」

「誰、有名な人?」

「全然。登録者0なんだけど」

「いつからやってるの?」

「フッ・・ウケる。
投稿開始一年前だって」

「再生回数、まあまあなんだけど」

「本当だ」

「何で誰も登録しないの?」

「誰も登録しないから・・じゃない?」

「ねえ、登録しなさいよ!」

「ヤダ! あんたが登録しなよ!」

「ムリムリムリ!
一対一はさすがに無いわー」

爆笑する二人。
駅のホームに列車が到着する。



男の自宅にて。

依然、登録者は現れなかった。
男は足を投げ出し、寝転がり呟く。

「もう辞めようかな・・」

そこで閃いた。
最後に試すべきことが一つだけある。
男はバタバタと支度を始めると、
外出した。

それから、自宅からすぐ近くの
漫画喫茶に入った。
個室を借り、PCを起動すると、
10個のアカウントを新たに作った。
そして、自分のチャンネルを開いた。

「ダメだったら辞める」

10個のアカウントを使って、
男は自分のチャンネルを登録し続けた。

数日後。

仕事から戻った男は、いつものように
アナリティクスを開くと、登録者が
11人になっていた。

「やった!登録者が増えた!」

この後、男は一週間かけて、
同じことを9回行った。つまり、
100のアカウントを作り、
セルフチャンネル登録をし続けたのだ。

途中から、漫画喫茶には行かず、
自宅でその作業を行うようになった。

ここ半年以上登録者0人だった
チャンネルは、この一週間で急成長し、
実質、20人のチャンネル登録者を獲得。
彼の偽装アカウントを合わせると
合計120人になった。

また、この頃から彼の動画は
インプレッションが徐々に上がり、
再生回数、再生時間がともに上昇
しはじめた。

好調なアナリティクスの結果を
見つめながら、彼自身驚いていた。

「マジか・・・アルゴリズムって、
こんなバカだったんだ・・・」

彼はこの手法を " ブースト " と呼んだ。
また、他のチャンネルを観察し、
ブーストを使っているのか、
使っていないのかを判別できるように
なった。

動画が大して面白くもないのに、
開始段階で多数の登録者がいる場合は
大抵、該当した。

やがて、彼のチャンネルは一か月で
実質登録者は千人となっていた。
その頃、彼は偽装アカウントを
作ることを少しずつ減らしていき、
最終的には登録解除を行った。

登録者が三人増えれば、一つの偽装
アカウントを解除するといった具合で。

一年後。

彼のチャンネル登録者は
一万人に達していた。その頃には
偽装アカウントは全て解除され、
クリーンな状態になっていた。

彼に唯一不足していたのは、
" 不誠実さ " だった。

記念すべきその夜、彼は、
チャンネル運営に悩んでいた頃に、
よく見ていた登録者を増やすための
攻略動画チャンネルを訪問していた。

そこには、今だに綺麗事だけの
見せかけ攻略法を教えるサムネイルが
ずらっと並んでいた。

彼は、登録を解除した。






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