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簿記のわかりづらさ:出金=費用ではない

 日商簿記は海外在住であっても、国内でテストを受けるのであれば、誰でも受験することができるようになっている。これは結構すごいことだと思う。たいていの資格試験は、申込の段階で日本国内の住所を有していなければ受けられないからだ。申込みもネット経由ででき、しかもウェブテストであれば日程もかなり自由である。ということで、10月に日本に戻ってきた時に受験しようと思っている。

 私はもともと大学在学中に3級を取得していて、その後その因果で企業で経理を担当していたのだが、改めて勉強してみて思うのは、簿記の難点は家計と企業会計の考え方の違いにあるのではないかということだ。特にわかりにくいのは、①複式簿記という概念②経過勘定③出金=費用(経費:経費と費用は別概念だが、この記事ではほぼ同じ意味で用いる)ではないという点である。これは個人が現金を管理する「家計簿」にはない概念だからだ。

 ①②については別の記事で書く。今回は③出金=費用ではないについて書きたい。(用語についてはわかりやすさのために、わりとアバウトに使っている。説明も大雑把にしている)

 大前提として、簿記の目的は企業の経済活動を正確に記述するものだということがある。あらゆる経済活動を1行1行記録してい。よく聞く、損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)はこの集積である。
 PLは1年間の活動を表す。どれだけ売って、どれだけ経費を使ったかである。BSは期末の会社の資産と負債と純資産の状況を表している。
 個人の健康で例えると、PLは一年間の生活の記録であり、BSは健康診断の結果とでも言えるだろう。PLは単年の記録だが、BSはそれまでの蓄積を含めた結果である。

 さて、「③出金=費用ではない」についてである。
 例えば、8月から翌年7月の1年分の保険料12,000円を8月にまとめて支払うとする。この場合、現金を基準に考えれば、1年分の保険料を支払った時点ですべてが終わる。家計簿というものをつけたことは殆どないが、8月の出費として「保険 12,000円」と付けるのではないだろうか。しかし、これは1年分の支払いであるから、出金は8月の12,000円だが、8月の保険料の実質は1,000円(12,000円/12月)でしかない。
 12月決算(1月~12月が1活動期間)の企業の場合、1,000円×5カ月分(8月~12月)だけが期中の経費であり、残りは翌期(1月~7月)の経費となる。出金はしているのに、経費にはならないのだ。そして、この期中という考え方が厄介だ。

 個人の金銭管理は多くの場合、現金の管理であると思われる。もちろん、企業にしても現金の管理は大事なのだが、会計においては「いくら使ったのか」は「いくら現金を出し入れしたのか」とイコールではない。将来を見越して、現金の移動とは別に、今期「いくら使ったことになるのか」が重要になる。

 上記の保険料のように、出金が先、経費計上が後とは逆の場合もある。
 例えば、「修繕積立金」というのがある。ある建物が5年毎に定期的に修繕が必要な場合、1年毎に「修繕に必要な費用/5年」の費用を毎期計上しておくというものである。出金ベースでは、5年毎に一定の額が出金されるが、予め今年は「修繕に必要な費用/5年」を「使ったこと」にしておくのだ。個人でも、家の修繕費を積み立てたり、マンションの修繕費の積み立てに近いが、実際に現金が動くかどうかという点に違いがある(企業でも口座を分けて積み立てているところはあるかもしれないが)。

 これが必要な理由は、原因と結果にかかわる。5年に一度大きな経費がかかると、その年だけ経費が多くなってしまうが、これが正しくない。5年後の修繕は、現在建物を使用していることを原因として、結果生じるものである。修繕という出来事は過去の結果なのであり、原因は毎年発生しているのだから、原因が発生した時点でそれを経費としなければならない。
 また、例えば私がある会社の新しい社長に就任したとする。就任した年に、上記の5年分の修繕費を一括で計上されてしまった場合、売上がそれまでの年と変わらなければ、利益(売上-経費)は修繕費分大きく落ち込むことになり、事情を知らなければ私のせいになってしまう。
 修繕費を例にしたが、賞与や退職金も同様に原因が発生したタイミングで計上しないと、出金のタイミングで急に経費が膨れ上がってしまう。定期的な賞与は、それまでの成績に応じて支給されるもので、例えば6月賞与は前年10月から3月までの実績などから計算される。つまり、賞与の原因は賞与の支払月が原因なのではなく、過去が原因なのである。退職金も同様であり、在籍年数に応じて支払われる場合、在籍している期間に原因があるのだから、原因が発生した際に費用として記録していかなければならない。

 このように、出金のタイミングと経費計上のタイミングがずれるということが感覚的に分かりづらいのが恐らく簿記のとっつきづらさの原因の一つであるように思われる。ただ、逆に私生活においてあまり気にすることのない考え方なので、会計の面白いところでもある。

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