もっと

もっと素敵な文章が書けたらと思うけどどうしようもない。夜中にベランダに出て手摺りに寄りかかるとひんやりしていた。

震えるくらい光る星は多分これよりもっと冷たい。溢れるくらい光を抱えた星が震動してるのをこの手で実際に触れて感じてみたい。星から溢れる光の粒を一番近くで見てみたい。

あの人にはそれができているのかな。


星を見たかったのに満月だったから空は明るすぎた。僕は月を撃ち落として、そうしたら星は怖がって散ってしまった。

月はまた生えてくるだろう。
満月だったからはしゃぎまくっていた命たちが落ちつきを取り戻して、それぞれ布団の中に潜り込んで眠りについていった。

僕にも眠気がやってきて、瞼を閉じるといつもの猿三匹がリボンで繫がれてあの宮殿の広間の前に繫がれていた。

大切なものを汚してしまったのは、台無しにしてしまったのは、途中で枯らしてしまったのは君たちのせいじゃないんだからね。

リボンを金色のハサミで切れば猿達は解放されるのに、僕の持っているハサミはいつも銀色だった。

だから、僕は誰か金色のハサミを持っているヒトがやってきてあの繫がれた猿達を解放してくれるのを待っている。

リボンは綺麗で長くて、猿達は長い間繫がれ過ぎていて、繫がれていない時のことはすっかり忘れてしまっているみたいなのに、いつも涙目をして背中を丸めていた。

時々、桃をあげると猿達は喜ぶ。
世界の喜びが桃しかない猿達は、本当は雲を吐き出せるし音楽で出来ているし誰よりも暗闇の中で求めるヒトに火を付けるのが巧みなのに

今日は駄目だ。もう眠る。
おやすみなさい。
猿達は動ける範囲で歌を歌って道行く人を眺めている。
脚の綺麗な人、足取りの軽やかな人、、、見ていると眠くなる。みんな何処かへ向かっている。その先が明るくて清潔であたたかな人達がいる所であればいいな。

必ず、金色のハサミを手に入れてそのリボンを切ってあげるから、それまでは元気であたたかくして、おやすみ。僕の中の猿達。

今は本当にごめん。


と、思っているのは僕だけだったみたいだ。
僕が眠ってしまうと、猿達はリボンをスルスル解いて、僕の家のキッチンに入ってくると一番いいワイングラスに空からとった冷たい星を入れて白ワインを注いだ。猿達はいちじくとチーズと白魚のムニエルを用意して、牛肉とドライトマトのパスタを作って、キャンドルを灯した。それから、三匹の猿達は静かなジャズの流れる中、食事を楽しんだ。僕が朝ごはん用に買って置いたフランスパンも塩とオリーブオイルで猿達のお腹に収まった。

僕だけが知らなかった。みんな知っていた。猿達は、あまりにも綺麗にグラスを拭き上げるから僕は全く気がつかなかった。

それは、恋人が教えてくれた。
「全くあなたって、とろくさいわよね? 私が『全て』食べていたと思っていたなんて冗談じゃないわ」彼女はプリプリして、アサリを洗っていた。「今ね、いちじくも魚も高いんですからね? オリーブオイルなんて、いくらになってるか知っているの?」高級品よ?

猿達はデザートにチョコレートアイスを3リットル食べていた。先月はクルミが一晩で1キロ無くなっていた。友人に貰ったシュークリームが8つ消えていたこともあった。1リットル入りの牛乳が朝起きたら2本消えていて唖然としたこともあった。それはちょっとあんまりなんじゃないかと彼女に聞いてみて判明した。

なんでも、聞いてみるものだな。
そうか、猿達の仕業だったのか。

(そうか。猿達、なかなか楽しくやっているようでよかった)

けれど、恋人はプリプリ怒っていた。

「あなたから、ちゃんと言って頂戴ね? こんなことは許されないことよ?」恋人はまだプリプリ怒っていた。

でも、いいじゃないか。繫がれて涙ぐんだ猿を見ているのは凄く辛かったんだよ。大体、ワインだって箱入りの安物だし、クルミだって量販店で買ったやつだし。そりゃ、オリーブオイルやなんかはね、本当に高いから大事に使うようにして欲しいけど、ああいうものって鮮度ってものがあるしね。

「泣き真似よ。泣き落としよ。騙されてるのよ、あなた」恋人はキっとなって言い切った。

でも、いいじゃないか。騙すより騙される方がいいに決まってるってよく言うじゃないか。僕は本当にその通りだと思っている。

「今度、夕飯に誘ってみようよ」僕は言った。

恋人は首を振って向こうへ行ってしまった。僕は彼女の後を引き受けて、ニンニクを刻んでアサリをパスタにするか、酒蒸しにするか寝室に閉じこもった彼女に聞いた。

返事はなかったけど、食事が出来上がればやってくる。

僕はアサリは味噌汁にすることにして、鼻歌を歌いながら冷蔵庫の扉を開けた。

金曜日に買い込んできた食材はほぼ無くなっていた。そりゃ、彼女も怒るよね。

やはり、アサリはパスタに使うことにして、僕は野菜室を開けて、玉ねぎとブロッコリーを取り出した。

僕は物の見方が薄暗いところがあるのだけれど(後で気恥ずかしくなるくらい)、変なところが大らかで楽観的すぎるらしく、それは、今日みたいに恋人の気持ちを大いにささくれ立せるらしい。

だけど、仕方なくないか? 猿は自由で楽しんでいた。金色のハサミなんて見つけなくて良くなった。僕は動物が好きな質だし、それに恋人はかなりの小食だった(から、僕に隠れて食べているのかと心配していた)。

明日は祝日だし、外は晴れているし。
洗濯は午前中に済ませてあったし、大人2人が食べられる位の食料はあることだし。

乾物を入れている引き出しを開けて、パスタの大袋が殆ど空になっているのを見て、僕は財布を手にして外へ出た。9月になっても、日差しはきつくて湿度があった。涼しいスーパーへ入ってすぐの所にバナナがつまれて置いてあった。バナナもすごく高くなった。でも、僕は3房のバナナを籠に入れて、それから、恋人の好きな「しらす」がないか鮮魚コーナーへ足を向けた。

家に帰ると賑やかな笑い声がした。猿達はもう来ていて、恋人とソファに座ってコメディ映画を見ていた。彼らは既に白ワインを開けていて、ご飯前だというのにポテトチップスをつまんでいた。

ガスコンロには大鍋が置かれて、湯が沸き立つ寸前だった。

恋人が振り返って「パスタでいいんでしょ?」と聞いてきた。

僕は手を洗って、「そのつもり」と答えた。三匹の猿が振り返って、なんともいえない顔で僕を見ていた。

いらっしゃい、と僕は言った。

元気そうで嬉しいよ。
本当にそれだけだよ。

泣いたフリなんかしなくても、
桃なんていくらでもあげたんだよ。
これからは、もっと一緒に美味しいものを食べよう。まずは、バナナをどうぞ。

猿達はするすると近くにやってきて、バナナを受け取るとまた僕の恋人の側へぴたりと寄って、何年も前から一緒に暮らしているみたいに寛いで、白くて若々しい歯を見せて笑っていた。

その白さは僕がよく見る夢に出てくる大理石か何かで出来た宮殿の柱よりずっと白くて健康的で、なぜだか僕は安心した。今夜から僕はもっとずっとよく眠れるようになる気がした。


実際に、その夜は夢も見ずに朝までぐっすり眠った。






















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