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5円玉

 僕がするんでいる町には、小さなデパートが一つある。デパートといっても伊勢丹とか東急百貨店みたいなのではなくて、ダイエーとかそういうのの、さらにローカル版みたいなやつだ。

 そこにゲーセンがあって、ツタヤがあって、ちょっと行ったところにカラオケがある。あとは娯楽になりそうなものはない。そんな町に僕は生まれてからずっと住んでいる。

 中学の時、友達と都会に行った。いつもは親と行っていたけれど、自分の足で行くのは初めてだった。電車になんか普段乗らないから、いくらだろうねと駄弁りながら、適当に切符を買って都会の駅で降りた。一時間くらいかかったけれど、普段は行かないからこれといって不満は抱かなかった。

 女の人がいて、ピタッとした服におっぱいがぶるんぶるん揺れていた。それをみて、友達と「来てよかったね」と笑った。

 それから、友達とテレビで紹介されていたスポットに回ったりして「これがあれなのか」「高いね、ぼったくりだ!」と騒いだりした。

 帰りの電車で友達が急に好きな子を打ち明けてきた。あんまり可愛くないけど、スタイルがいい女の子だった。

「お前、どんだけおっぱい好きなんだよ」
「うるせえ、お前もだろ」
「あいつ、エロそうだなあ。童貞仲間減っちまうかもな」
「付き合ったら、ヤラせてくれるのかな」
ヤる、ヤラない。最近覚えた大人の言葉を余すことなく使いたかった。

 その次の月曜から、僕達はその子がいるグループとより仲良くなった。最初からそこそこ話してはいたけれど、好きって聞いちゃうとちょっと助けてやりたくなった。雑に「2人お似合いだね」なんて言った。雑だったからすぐボロが出て、そんなんじゃないと否定されたりしたけれど、結構2人とも嬉しそうだった。

 ある日、2人が一緒に帰ることになって「お、お!」と腹から声を出していじった。昔ジョークで買ったコンドームを友達にあげて、「頑張れよ」と肩を叩いた。

 その日、友達は本当に頑張ったみたいで、翌日には晴れてカップルになっていた。

 俺達の世界の解像度はそれくらいだった。それくらいで良かったのに、なんてよく思う。だけど俺は東京大学に今は居て、友達はもうこの世にいない。あの女の子は顔がいくらか不自然になって水着の写真を売っている。これが大人ってことなのか?反語なんか使うようになったらもう終わりだ、と呟いた。

 俺は来月から霞ヶ関で国を守る。国を守る過程でおっぱいを250体分ほど揉んだが、必要な犠牲だった。こんな時ですら俺は女の子のことを考えてしまう。昨今は自分の事を嫌いになりつつある。はやく、あいつの追悼を考えなくてはいけないのに。
 

 事の発端

 俺は東京大学に通っている。その前は、いわゆる進学校にいた。学年で20人は東大がでるような、そんな学校だ。

 中学の時、お袋が離婚した。気持ちの悪いことに、お袋は美人だった。あまり想像力は働かせたくないが、俺の父親は唐突に上場企業の社長になった。下品な田舎の中学生でしかなかった俺は、急に社長の息子然とした環境を与えられた。欲しかったゲーム機も、食べたかった料理も手に入るようになったけれど、俺が欲しかったのは地元の友人におごる金だったのだと気付いた。

 反抗するにしては、新しい父親は他人過ぎた。いくら田舎の子供といえど名前を聞いたことのある会社の、しかも社長。俺の教育費が馬鹿にならない値段をすることを、幼い俺は悟っていた。その頃から、俺の中ではお袋は母親ではなく「社長の妻」になった。

 急に甘えられる場所が消えた。俺は不自然に社会性ばかり身に着けていった。金をかけて貰って申し訳ないから、真面目に勉強をした。それなりの地頭は持ち合わせていたようで、俺の成績は両親の期待通りに上がっていった。

 何となくだけど、自分自身が歪になっていっていることは分かっていた。

 地元の仲間には色んな奴がいた。人にはそれぞれの病理があって、各々が苦しんでいる。身の回りを見渡すと、家庭内であまりにも「作ってる」奴は他の誰かに暴力的になるみたいだった。そして、俺はそれになるんだろうなと、正直感じていた。

 高校から、俺はいわゆる進学校に通い始めた。俺の地元からそんな所に行ける奴なんて、何かしらのミラクルが起きない限りいなかった。そして、俺にはそのミラクルが起きてしまった。

 いよいよ俺は一人になってしまった。高校でそれなりの会話はしたけれど、それが板についていないことは気づいていた。馬鹿にされないために、金持ちのルールを必死に観察して身に着けた。父親から失望されたくないから、寝る間も惜しんで勉強した。ストレスでハゲそうになると、寄ってくる女の子を消耗するように抱いた。

 それがルーティン化してきた頃、東京大学に合格した。その頃には、ストレスを抱えながらも努力すること、相手のご機嫌を取ること、イケてる人間に見られること、そんな技能がほぼ完璧に近いほど身についた。

 父親からもらった小遣いで、ブランド品で揃えた服を着た。お袋ゆずりの整った顔をもって、それなりに体を鍛えて、それなりに身なりを整えると、俺は相当「イケてる」男になった。

 俺は東京の強者として、不自由なく遊びまくった。適当に努力し、盛大に遊び終わった頃、大学生活は締めに近づいていた。父親の会社にいずれ勤めることは決まっていたが、国の関係者との人脈を作るために、俺は霞ヶ関に行くことにした。ある程度恵まれている者からしたら、ごく有り触れたルートだった。

 地元の友人の顔を殆ど忘れかけていた時のことだった。

 俺はクラブのVIP席にいた。その日は酒が異様にまずく感じられて、ミスコンに出るような女の子にさすられるのも、妙に気持ちが悪かった。誘ってくれた友人の顔を潰さないように気を付けて、俺はクラブを後にした。

 帰り道、赤く光る提灯がいやに恋しくて、小汚い居酒屋に入った。その時のことだった。

「淳平じゃねえか!めっちゃ久々じゃん」

 顔を赤くした下品な男に声をかけられた。しかし、男が呼んだ名は確かに俺の名前だった。

「ん?お前、成哉か!イワサキセイヤ!中学で一緒だったよな!」
思い出した。男の名は岩崎成哉。○○中学校の同級生だ。

 久しぶり、と言いながら岩崎は俺に駆け寄った。

 その瞬間、俺の視界の殆どをあり得ないぐらいの質量と速度をを持った存在が通過した。夢を見ているように、現実と空想が交差する。心臓の鼓動が大きくなっているのを知覚する。肩から頭頂部にかけてドーパミンが湧きあがる。これはいったいどういう事だ?

 俺の目の前で、岩崎成哉が死んだ。


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