マンデラ小説「M.e」第7話「マンデラエフェクト➁」
冷や汗がどっとでた。
「…何だこれは」
声が震える。
身構える事も忘れた。
日差しが暖かく感じるマンションの前に突っ立っている。
昨日から続いた、信じられない修羅場の数々を軽く越える衝撃だ。
呆けて突っ立ている横を、彼女は通り抜けながら
「何してるの。行くわよ」
背中を軽く叩かれる。
駅前で買い物し、持っていた袋を俺から取り上げ笑って先に進んでいく。
慌てて追いかける。
昼下がりの日差しの暖かさが背中に感じられた。
■■
2人で電車に揺られていた。
向かい合わせで立って居るが会話はしなかった。
お互いに警戒は緩めてなかったからだ。
電車が減速を開始し彼女は切符をポケットから取り出す仕草を見せた。
目的の駅に着たようだ。
ホームに到着し2人素早く降りる。
割と大きな駅のようだ。
ホームで電車から降りると乗ってくる乗客が多いので見て取れる。
ここは高架ではなく路面になっているが改札は2階なのでホームから駆け足で上がる。
改札を出ると駅ビルなので往来も多く華やかだった。
ここに来て彼女から急に警戒の気配が消えた。
言動も変わっていた。
俺も直感で安全がわかる。
リラックスした。
遠くから差し込む日差しが気持ちよく感じられた。
ふー。思考が追いつかないな。
駅ビルから出てロータリーからタクシーを拾い、目的の事務所に付いた…
それで下車した時に声を上げたのだった。
赤茶色の古いマンション。
ここは因縁の場所だ。
何故ここに?
始まりの場所。
昨日訪れた時は、白いマンションでトシカズが居てポルシェの彼女ともすれ違った。
今日、改めて訪ねると赤茶色の古いマンションに変わって心底驚かされた。
交番に駆け込みパトカーに追突され発砲までされたキッカケの場所。
再び訪れるとは思わなかった。
それよりここは安全なのか?
「このマンションはね、貴方の叔父のシンジョウ先生の昔からある事務所なのよ」
平然と振る舞う彼女。それを聞いて何故か安堵する自分がいた。
マンションの外見は古いが、中はリフォームしてあり最新の設備だった。
彼女は、エントランスドアの暗証番号を打ち込みながら背中で話しを続けた。
「ここは安全地帯らしいから安心して。
アイツ等は、ここを感知できない設備を先生が内緒で設置してるそうよ。詳しく知らないけど、このマンションの中に居れば安心よ」
アイツ等とは?やはり組織的な集団があるようなのか。
エントランスドアを通り越し一階の一番奥の部屋。
そうして俺達は叔父の事務所に入ったのだった。
■■
珈琲を飲みながら、考えを纏めたが、やはり聞きたい事が多すぎて困った。
時系列を考えていた。
「マンデラエフェクトって知ってる?」
ハッとして前を見ると、いつの間にかテーブルを挟んで向かいに彼女が座っていた。
ポニーテールを解き髪をフンワリと降ろしている。
「知ってるような、知らないような…」
朝から自身の記憶が曖昧なのは伏せた。
「何でも記憶違いや思い違いを指す、陰謀論とか都市伝説的なネット上のサブカルの総称だって」
彼女は黒いタブレットを開いて検索結果を読み上げていた。
記憶違いに反応した自分がいる。
珈琲を取る手が止まる。
「貴方、パトカーにぶつけられた後の反応は本当に凄かったわね。
アクション映画真っ青の動きっぷりで感心したわ。感が完全に戻ってたわね。
でも、貴方…記憶が曖昧のままなんじゃないかしら?」
俺の顔色を読んだのか、驚く程の洞察力に彼女の目を見た。
そして、戻ってるとは?
彼女は、こちらの眼差しを気にせずに続ける
「やっぱりね。…身体がスライドしても意識は安定しない場合があるって先生がよく言われてたし。
でも、心配は要らないわ。段々と安定して戻って来るみたいだから…」
彼女の話を遮った
「聞きたい事がたくさんあるんだが、いいかな?」
落ち着いた声で言うつもりが、早口になってしまった。
彼女はちょっと待って、と言いながら席を立ち、俺の珈琲を入れ直し、彼女自身の珈琲も入れて座った。
両手でカップを持ち珈琲を一口飲んでから「どうぞ」と真面目な目を向けた。
俺は珈琲に手を付けず彼女を真っ直ぐ見据えて聞いた。
「まず…昨日、君は赤いポルシェで黄色いマスタングに追いかけられたか」
「ええ」
即答に面食らった。
ビックリしたが顔に出さないように努めた。
「その時に、この場所のマンション居たタムラトシカズは知っている?」
「ええ」
どういう事だ。
思考が追いつかない。昨日パーキングで会った時は「知らない」と答えたのに。
「俺とここですれ違った事は覚えてる?」
「ごめんなさい。それは覚えてないわね。スライドしたから記憶が曖昧だけど…」
「スライドとは?」
脚付きソファから身を乗り出している事に気がついたが、気にはしなかった。
彼女はデスクから持ってきたチェアに座っていた。
背もたれに身体を預けて天井を見上げ思案しながら
「うーん、難しい話はシンジョウ先生に聞くほうが早いわ。私が知っているのは掻い摘んで話せる適当な言葉しかないわね。電話して直接聞いてみる?」
悪戯っ子のような笑顔を向けてきた。
俺も我に返る。
叔父の話はしつこく長い。
トイレも行かせてもらえない。人の反応はお構いなしだ。成る可くなら叔父との不思議な現象の類やオカルトの話はしたくない。面倒くさい。
そして結果的に、何も理解出来ない話で終わるのだ。
勘弁して欲しい。
この子も同じくやられた口だな。
ニヤつく。
俺も落ち着き笑顔を返した。
「どういう原理か現象かは、全く分からないのだけれど、世界が変わっちゃうのよ。人だけが入れ替わるって感じかな、勿論、身に着けてるモノや車や建物も微妙に変化するわね。
白いマンションの時の記憶は持っているし、この赤茶色のマンションも並行して同じ時間の記憶はあるの。
でも記憶違いや勘違いではなくって現実に起こってるから驚くわ」
荒唐無稽な与太話だ。
俺自身が体験していなければ笑い飛ばす所だ。
不思議な現象に巻き込まれている。
「だからマンデラエフェクトって聞いたのか…」
「そうよ。現代の当てはまる言葉で表現されてるのはソレだけなのよね」
入れ直してくれた珈琲を一口飲みながら
「何故、マスタングに襲われたんだ?その時の状況は覚えてる?」
彼女は顎に人差し指を差し天井を眺めなた。
「うーん、トシカズ君と、この事務所に居て…確か、先生からの指示で八王子の拠点に大事な届け物を頼まれたのよね。
その届け物は、向うの人間に見つからない様にダミーと本物をトシカズ君と手分けして運ぶんだけど、荷物のダミーは電車で、荷物の本物はポルシェって決めたのよ。
私、その時に何故か電車が嫌だったから本物を持って先にポルシェに乗っちゃったのよ。トシカズ君もポルシェに乗りたくて慌てて追いかけてきたわ」
クスクスと笑いいたずらっぽい笑顔で話した。
「その後は?」
彼女は真面目な顔に戻って
「えーっと、交差点で信号待ちをしてる時に大通りからアイツ等の車が見えて…
そうね、以前にも絡まれた黄色の車だったわ。
前を塞がれたら終わりだから…ま、信号をちょっと早めに出て逃げたわ。
でも、周りがアレになってたから、たぶん誰にも迷惑をかけてないからね」
道徳観念を気にしてるのか?今更なのに顔を赤らめていた。
と言う事は、俺が彼女のポルシェの窓を叩いて事は無かった事になるのか。
そういえばポルシェの彼女は、此方より交差点の方をを凝視してたな。
アレと言うのは、靄がかかったような空間で頭痛を伴う事だろう。
たぶん、スライドする空間に入る前の合図のようなものなのか。
「その黄色いマスタングに交差点でぶつけられたよな?
その後に、君は高速に逃げ後を追ったマスタングが事故ってたんだが…君は平気だったのか?何処に消えた?」
また身を乗り出し早口になる。
彼女はビックリしたような顔を向ける。
「貴方…見てたの?現場にいたのね」
身を乗り出したまま頷く。
「そう、なら難しい話よね。
理屈が分からないのだけれども干渉ができないらしいから…詳しくは先生に聞くしか…」
と2人共に目が合い大笑いした。
彼女は涙目になりがら
「そうね、そのままサービスエリアに向う前にアレが来て、赤茶色のマンションの初めからの記憶が重なって、追いかけっこが無かった側にスライドしたみたいなの。
こう、重なる?て、感じで説明が難しいのだけれども」
彼女は掌を合わせながら説明した。
俺は
「叔父に電話しなくていいからね」
2人爆笑した。
お互いに修羅場の真っ最中なのに肝が据わっている。
それから少し話を聞いて、遅い昼飯を食べ続きは後になった。
事務所と言っても住居用マンションなのでダイニングがある。
これも小洒落たアメリカ風で格好がいい。
彼女は買物袋から駅前で買った食材を取り出していた。
「簡単なものだけどいいわよね」
又、髪をポニーテールにしてダイニングに向かって行った。
その間に話の内容を纏めた。まだ聞きたい事が多い。
彼女の話はある意味衝撃だった。とても信じられない内容ばかりで実際に体験していなければ鼻で笑う所だ。
高速でのバトルは、ポルシェは結局追いつかれリアにアタックをされるのを寸前で避けた。
行き場を失ったマスタングは、そのまま山側に突っ込んだのをミラーで確認した所まで記憶があり、その後は霧に包まれた感じで終わっていた。
その日の同じ時刻にはタイムワープしたかのように、事務所マンションからポルシェを走らせ高速のサービスエリアで、シンジョウ先生、つまり、俺の叔父のバイクとライダースーツを着た俺に遭遇したようだった。
不思議な事に俺との会話は覚えていなかった。
辻褄は合う…か。
その後に、彼女はその日の夜に俺からの電話で話終わった後に、急にマスタングとのバトルの記憶が流れてきたそうだ。
これは俺と同じ感覚なので物凄く理解できた。
それと親戚の遺産話ではなく、通帳の振込名も変質したのは同じ作用が起きたのか。
別の平行世界のような場所に移動したような感じなのか?
彼女が言うスライドとは、叔父がよく使う単語だそうで、このような状態を指すらしい。
俺もスライドしたと言う事か。
このスライドは意図的に起こせられるモノだとも聞かされていたようだ。
意味がわからない。
そんなテクノロジーは聞いた事もない。
俺の場合は記憶が定かではなく、別の生活をしていた2人の俺の記憶が交差している感じだった。
何かの副作用か?俺だけ異常が起こっているのか?
それより大事な何かを忘れている気がしている。
それにしても不思議な現象だ。
記憶ではなく実体験であり、それが消滅し別の形で出現しているなんて、タイムワープかオカルトか?陰謀論?やはり、サブカルの総称のマンデラエフェクトと言うモノなのか。
「はい、どうぞ」
不意に、目の前に「天然水」と書かれたペットボトルが置かれた。
見上げると彼女は、笑顔を残してポニーテールを揺らしながらダイニングに消えた。
片肘を腿の上に立て、口元で拳を握り眉間にシワを寄せてたのに気付いて額を擦った。
本当に怪しい話になってきたが実体験なので理解できる。
アイツ等と言うワード。
勿論、パトカーをぶつけ発砲した能面の警察官、そして彼女達を以前から狙っていたマスタングの能面達。
何の組織かと思案していたら…とんでも無かったようだ。
ペットボトルを口に含む。観葉植物のある窓から外の日差しを見つめ、先程の彼女との問答を思い返した。
「私達を狙っているのは日本政府の裏のトップであり、その親分は世界の裏のトップ。
日本も世界も支配しているグループらしいのよ。
勿論、日本の総理も閣僚もメディアも全てコントロールされてるそうよ。
要所の役職のトップは向う側の人間ばかりらしいわ。
工作員のように各部署に沢山隠れているらしいの。
勿論、それらの政府の組織やら全部では無くって、知らない人達の方が多いの。
貴方を襲った警官達は、組織の構成員だと思うわ」
真顔で此方を見て彼女は言う。
先程、襲われた情景が蘇り興奮気味になる俺が言い返す。
「いや、しかし上から言われたからって一般人を襲うなんて。
ぶつけて、発砲する事にもアイツ等、全く躊躇なかった…
マスタングの奴等も能面みたいで感情が無いようで…」
と言ってずっと感じていた違和感を吐き出す
「そもそも、アイツ等は人間なのか?」
彼女はニヤッと口元を崩し
「うーん、何と言うか、あれは人形と呼ばれる人達だそうよ。
先生が言うには洗脳と言うのかしら、大きな宗教組織を世界中に名前を変えて多数持っていて選ばれた人達が人形に選ばれるの。
育成を宗教団体がやっているので、人材の供給は果てしなくて豊富だそうよ。
何でも日本人の特性で簡単に操られるそうなの。これもメディアや流行何かで幼い頃から思考を操られていているからだって。
人形には実行犯と言うのかしら、武闘派も居て女性から子供までいるらしいわ。
役割が多岐にあって、タレントや芸能人から文化人からいろいろ居るわね。テレビのニュースで演技をする役者もいるし。ちょうどテレビに出てた国民から好かれてる文化人も先生から教えて貰ってビックリしたわ。自分で調べてみたら本当にヤバイ人だったし。
今日や昨日のように武力を用いる訓練を受けた人形が一番危険だわよね。自分の命は命令より下だから…。
と、偉そうに言ってもコレ全部、先生の受け売りだけどもね」
ペロッと舌を出して茶化す。
信じられない話だが、理解している自分と否定している自分が交差する。
「その前に…俺達が狙われて襲われてる事態がわからない。
いったい誰の何が狙われてるんだ?」
彼女は待ってたかのように即答する
「先生よ」
俺はアホみたいな顔になってるはず。
口が開いた。
不覚にもニヤついてしまった。
腑に落ちた。
緊張する話の最中、何故か笑いが止まらなかった。
叔父ならありえる話。
殺伐とした話と浮世離れして偏屈で愛嬌のある叔父。
相反する話に可笑しくって、声を上げないように笑ったのが変だったようで
「大丈夫?」
と心配されたが、下を向いてた俺が笑ってるのに気付き、一緒になって笑ってしまった。
やりとりを思い出し、ニヤつきながらペットボトルをもう一口含む。
ダイニングからいい匂いが漂ってきた。
叔父が持っている技術や知識が狙われてるらしい。
然もありなん。
叔父ならあり得る。
詳しい話は面倒だから聞かないが様々な知識と得体のしれない実験を彼方此方でやってるようだし。
何より考古学を専門に超古代の技術を掘り起こしたり復活させたり、変な呪文も何でも知っている。
愛嬌があり誰にでも好かれる変なおじさん。
スライドを起こす技術は簡単なモノらしく他にもとんでも無い価値のある技術や装置や知識を叔父は持っているそうだ。
なるほどな。それは支配者層には目をつけられるか。
しかし命を狙われたりするのはやり過ぎだよな。
お金で解決…は叔父には通用しないし無理だな。
叔父は融通が利かない性格だし…ニヤついてしまう。
「どうぞ」
ダイニングから彼女に呼ばれた。
事務所はダイニングだけが別部屋のように仕切られ、キッチンテーブルが鎮座してあった。
2人分のパスタが用意してあり、彼女は既に座っていた。
「いただきます」
丁寧に座ってパスタを頬張る。
これは美味い。
ツナ缶にオニオンのパスタだけど凄く好きな味付けに感動した。
先程のペットボトルの残りを一気に飲み干しながら聞く
「トシカズは何処に居るのか?俺の従兄弟のタムラトシカズは?
そして、どうしてバイクで俺を助けに来られたのか?」
■■■■■■next
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?