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#小説 コンプライアンスの番人・・・社外取締役監査等委員の正義・・・4

第1部2019年度

《第四章:知らしめる 1》

【監査等委員会の調査報告 1】


「本日の調査報告は2部構成になっています。第1部は【日帝ベトナム会社、税務監査不正対応調査報告】で、第2部が【内部通報等に関する調査報告】です。報告内容に質問や異議もあるかと思いますが、いずれも全部の報告が資料に基づいて終了してからお願いします」
「始める前に、確認したいことがあります」
山本社長が出席者の顔ぶれを見回してから不審げに発言し始めた。
「何でしょうか」
「なぜ、取締役以外の人がこの報告会に出席しているのでしょうか」
「本日は取締役会ではありません。『べトナム会社税務監査不正対応調査』の報告会で関係者に集まってもらいました」今日の報告会には、取締役会メンバー九名の他、企画管理部、竹腰部長、田中課長、パスポート更新のために一時帰国していた、ベトナム会社、田村社長、そして、自宅待機させられていた雲井氏にも要請して出席をせていた。
「雲井さんもご自宅謹慎中のはずですが」
「監査等委員会から出席要請があり、本日、山本社長には日報でお知らせしました」
「山本社長、本日の報告会は主催は、監査等委員会です。列席者も監査等委員会で、選任させていただいています」
「佐藤監査等委員も了承されているのでしょうか」新井常務が聞いた。
「改めて、了承はしていません。出席要請するということでしたので……」
「逆に、取締役以外の出席で何か問題になることがありますか」両角が聞いた。
「情報統制です」
「情報統制。なぜ、情報統制の必要があるのでしょうか」
「私は、監査等委員会の調査でヒアリング等は受けていませんし、調査の内容も知りません。関係者と言われながら、本人に確認を取らずに調査結果報告されることは心外です。また、第三者調査委員会も調査中です。その調査に影響を及ぼすような不確実な情報の流布等のリスクは回避せねばなりません」新井常務は強く発言した。
「私も何もヒアリングなど受けていません」
椎名も発言した。
「私もそうです。東野さん、本人に確認するヒアリングもせずに調査結果を発表することに意義はないと思います」
「みなさんは『ご本人のヒアリング調査なしに事実確認はできない』というご意見でしょうか」
「東野さん、私が監査等委員会で意見したように取締役の方々のヒアリングを行ってやりましょう」
「佐藤さん、監査等委員会では最終的に同意しましたよね」
「決議は『棄権』しました」
「棄権はしましたが『反対』はしませんでした」東野は食い下がった。
「僕もヒアリングは受けていない。やり直してもらいたい」新井会長が言った。
「色々ご要望はあるようですが、本日、このまま調査結果を発表させていただきます。理由は3つあります。一つは、みなさんがヒアリングで事実を語らなかったら、ヒアリングの意味がない。実際、事実確認書を送付して、回答を求めましたが回答してきたのは、お二人だけです。ヒアリングを実施したとして、お聞きしたいのは【ベトナム不正に関する事実確認書】にある一一項目です。なぜ、文書では回答せずヒアリングの実施を求めるのかわかりません。二つ目は、ヒアリングを行わなくても状況証憑で、事実確認ができました。三つ目は、以上から、ヒアリングを行っても発表の事実確認内容は変わりません。逆にこの報告を聞いて、事実確認を行うこともできます」
「個別ではないのに事実確認はできないのでは」椎名が発言した。
「関係者の前の事実確認がより明確になるのではないでしょうか。自分ひとりで、内々に行った違法行為でなければ。また、もし監査等委員会の調査報告の事実確認に誤りがあったとした場合、第三者調査委員会の報告書と相違が発生してかえって明確になる場合もあります」
「では、本日の情報は、第三者調査委員会の報告があるまでこの場のみと情報統制してよろしいですね」新井常務が改めて要請した。
「それから第2部の報告は、取締役のみ限定でお願いします。取締役以外の方々は、第1部の関係者であり、第2部に皆さん関係している訳ではないと思います」
「わかりました。両角さん、佐藤さん、よろしいでしょうか」東野は了承して、二人に確認を取った。二人が了承し、場も収まったので、東野は45ページのパワーポイント資料を使って報告を始めた。

                     【日帝ベトナム会社、税務監査不正対応調査報告】
1・調査の端緒及び対象
1)調査の端緒:2019年11月20日の取締役会で椎名取締役からベトナム会社での贈賄不正疑義の報告が初めてあった。
2)内部通報制度に当該不正の会計処理に関して、一部の取締役が関与した隠蔽工作があった情報が告知された。
2・調査対象
1)贈賄事実の有無・経緯
2)取締役の指示・関与・黙認・認識の有無
3)各取締役が贈賄疑惑を認識した時期及び11月20日の取締役会までの行動(特に隠蔽工作の有無及び関与した取締役の有無等)
3・発生事象概要
・8月26日~30日:日帝ベトナム会社にナムディン省税務局の税務監査を受査
・8月30日:税務監査の結果、追徴金四億円を通知される
・8月30日:税務官リーダーから賄賂三〇億ドン(約一千五百万円)の要求と見返りとして追徴金減額と五年間の法人税優遇措置の申し出あった。
・8月31日:30億ドンの賄賂を現金で支払いを行った。
・10月9日~:山本社長、椎名取締役が、監 査等委員を除く取締役に前述の不正を役員情報共有会という形で報告。その後、一部の取締役らは、賄賂の会計処理を隠蔽するため、コンサルティング会社を介在させた支払いのエビデンス(領収証)入手方法を画策して、実行を指示した。
・11月20日:コンサルティング会社を介在させた領収証入手諸手続きを11月19日にストップさせて、当該日の臨時取締役会で不正発生疑義の正式報告と共に、第三者調査委員会の設置を決議した。
4・調査手続及び留意事項
1)調査手続
(1)贈賄に関与したベトナム会社、田村社長、企画関知部、竹腰部長、田中課長に対するヒアリング及び書類による質疑応答
(2)当該関与者及びその他関係者に対する資料等の提出依頼及び提出資料(メールその他の文書、録音データ・反訳文書等)の確認
(3)取締役等に対する書面による質疑応答やヒアリング
(4)内部通報者から提出を受けた「ハラスメント行為調査票」の内容確認
2)留意事項
(1)本日までに監査等委員に提出され、また監査等委員として入手できた資料、協力を得られた者からのヒアリングを、ベースとし、これらの資料等から認識される事実を調査結果として報告する。
(2)提出された資料等に
①虚偽、偽造等の事実が判明された場合
②調査対象に含まれていなかった新たな資料等が判明した場合等
には本報告内容の変更が必要となる場合がある
5・監査等委員が認定した重要事実
1 )2019年8月30日:賄賂を要求されていることを椎名取締役が事前認識していた事実【証憑等:2名の証言】
2 )2019年9月2日:賄賂支払いが実行されたことを椎名取締役、山本社長が認識した事実【証憑等:3名の証言】
3 )2019年9月17日:山本社長の依頼で、田村社長は(表)(裏)の税務監査報告書の作成し、山本社長へ提出した事実【証憑等:2名の証言及びメール及び (裏)税務監査報告書】
4 )2019年10月7日:ベトナム会社の田村社長が一時帰国して山本社長、新井常務、椎名取締役に税務監査の報告を行った事実
【証憑等:2名の証言及び〔日帝ベトナム通関及び税務監査費用取り纏め表(2017年関係含)】
5 )2019年10月9日:山本社長と椎名取締役の二人が役員情報共有会に東野監査等委員を招集しないことを決めた事実【証憑等:会話音声録音音源】
6 )2019年10月9日:同日、監査等委員を除く取締役に通知して賄賂支払いの報告(役員情報共有会)を行った事実【証憑等:3名の証言】
7 )2019年10月17日:新井常務、椎名取締役による金沢顧問弁護士への相談の事実【証憑等:顧問弁護士の証言】
8 )2019年10月22日:支払った賄賂の会計処理をコンサルティング費用として処理する方針を確定した事実【証憑等:1名の証言】
9 )2019年10月22日:同日、その後、椎名取締役と竹腰部長は、ベトナム会社田村社長へ賄賂の会計処理を消耗品費として処理を行っていたベトナム会社に対して当該処理を一旦止めさた。消耗品費では目立つ金額なのでコンサルティング費用として会計処理とするため、コンサルティング会社からの領収証入手方法について電話会議で指示した事実【証憑等:1名の証言及びメール】
10 )2019年11月11日:ベトナム、 コンサルティング会社であるTOM―VIET社との虚偽の契約作成、締結の稟議・ 決裁の事実【証憑等:4名の証言及び回付された稟議書】
11)2019年11月11日:同日、山本社長と椎名取締役は、第2四半期の決算に係わる『経営者確認書』をさくら有限監査法人に提出した事実【証憑等:監査法人の証言及び〔経営者確認書〕】
12 )2019年11月14~15日:TOM―VIET社に対する第一回目の振込及びキャッシュバックした事実【証憑等:2名の証言及びメール】
13 )2019年11月18~19日:TOM―VIET社に対する第二回目の振込及びキャッシュバックした事実【証憑等:2名の証言及びメール】
14)2019年11月19日:山本社長は、TOM―VIET社に対する契約履行等、税務対応に係わる一切の業務執行を停止させた事実【証憑等:2名の証言及びメール】
15)2019年11月20日:取締役会における正式なベトナムの不正発生の報告と第三者調査委員会設置の決議の事実【証憑等:取締役会議事録】
6・取締役の関与、認識状況(マトリックス)

7・問題の事実
1) 消耗品・コンサルティング費用としての会計処理の偽装:ベトナム税務官への賄賂の支払いを認識後、一部取締役が、最初は消耗品としての会計処理、その後変更させてコンサルティング費用としての処理に偽装するための指示、または黙認をした。
(1)ベトナム公務員への贈賄は、刑事罰の適用される法令違反(*)である。コンサルティング会社への支払いがベトナム公務員の形を変えた賄賂の提供であれば、取締役の指示によるコンサルティング会社への支払い事態が新たな贈賄を構成する恐れがある。(*)不正競争防止法一八条
(2)取締役が違法の疑義のある事実を認識後、コンサルティング会社への会計処理等を偽装しようとしたのは、贈賄等違法行為の隠蔽工作であり、犯人蔵匿罪(刑法一〇三条)・証拠隠滅罪(刑法一〇四条)に該当する
2)『税務監査報告書』の表と裏の報告書:一部の取締役が、『税務監査報告書』として賄賂支払いの記載がない(表)の報告書と賄賂支払いの事実を記載した(裏)の報告書の二つの作成を指示、または、黙認した。
3)第2四半期決算の『経営者確認書』への署名・提出:さくら有限監査法人から要求された『経営者確認書』に、法令違反を認識していたにも拘わらず『決算内容に法的不正の無いこと』を一部取締役が申告及び署名して提出した。
4)監査等委員、会計監査法人への報告の遅延および軽視:
(1)監査等委員が、ベトナムでの税務官への賄賂支払いの事実を知ったのは
11月20日の取締役会での報告が、初めてであった。この日まで、いずれの取締役からも報告は無かった。
(2)監査等委員が、10月22日椎名取締役からのコンサルティング会社を介在させた会計処理指示のメール、及び(裏)の税務監査報告書の存在を知ったのは11月25日竹腰部長のヒアリングの際に、証憑として提出された時点である。また、会計監査法人が、同メール及び同報告書を知ったのは、12月6日の監査等委員との打ち合わせ時の資料提出においてであった。
8・当社の問題の重要性(問題の事実纏め)
1)取締役の法令違反、法令違反の容認・隠蔽、法令遵守意識の欠如
2)取締役による内部統制システムの軽視、無効化
3)監査等委員、会計監査法人の監査機能の軽視、又は無視
9・当社の重大な経営問題
1)当社に贈賄等不正行為を行い、かつ不正を隠蔽する取締役が存在する。
2)投資家に対して【コーポレートガバナンスコード】で法令遵守等を宣言しながら、法令違反を行い、その不正を隠蔽した取締役が存在する。
3)社員に配布している【コンプライアンスマニュアル】経営者として「損得より善悪」と示達しながら法令違反を行い、その不正を隠蔽した取締役が存在する。
10・当社の重大な経営問題への対応
 前述した「8・当社の重大な経営問題」の1)・2)・3)は当社のステークホルダーに対する裏切り行為であり、大きな信頼を失墜した。法令違反に関与・黙認した取締役は、自分の法令違反行為を真摯に受け止め、猛省し、責任を取るべきである。監査等委員会としては、法令違反に関与・黙認した取締役らの責任を明確にしない限り、当社の【監査報告書】の正当性は、表明できない。
                                以上 
東野の説明が終わった。
「それで、本日、監査等委員の報告の事実確認を一つ一つ行っていくのでしょうか」
「いえ、違います。山本社長。この事実に『相違』が、ありますか、ということです」
「一緒じゃないの、全部が全部正しい報告ではないのだから、一つ一つ確認していくということでしょ」
「失礼しました。聞き方が悪かったですね。【4・監査等委員が認定した重要事実】に基づく【5・取締役の関与、認識状況】の該当状況に相違があれば、相違を説明できる証憑等を提示してください」
「あなた達は【重要事項】といっているけど、監査等委員が勝手に決めたことでしょ」
新井会長がクレームをつけた。
「大体、本当に賄賂として払ったのかどうかも証明できていないでしょ」
「新井会長、裏の税務監査報告書とナムディン省税務局の税務監査結果報告書は、読まれましたか。賄賂を受け取った税務官リーダーの申し出と追徴額は同額ですし、5年間の優遇措置も同様内容で記載されています。この状況証拠で賄賂の支払いは実施されたと判断しました」
「素人判断でしょう。法的根拠は何もない」
「会長のいう『素人』とは誰のことでしょうか」
「東野君、君のことですよ」
「それでは、どのような方が、賄賂の判断をができる『玄人』ですか」
「例えば、弁護士の方とか、会計士の方とかを言うんだよ」
「わかりました。百歩譲って私は『素人』としましょう。しかしながら、この調査報告の結果は、例え会長の言う『素人』でも賄賂の支払い事実であり、法令違反に取締役が関与または、黙認した事実があると判断できる内容になってます。もし、会長が判断できなければ『素人』以下であり、関与した取締役の保身のため事実の隠蔽判断のとも言えます」
「失礼なことを言うなよ」
「さくら有限監査法人にベトナム会社の財務諸表状況、現金出納状況等証憑に基づき不正監査を改めて実施してもらっており、同じ意見です。私に賄賂支払いの事実を聞くのではなく山本社長、新井常務、椎名取締役に『賄賂支払いの事実』を法的に確認せず『コンサルティング会社を介在させる隠蔽工作をしたのか』と確認されてはいかがですか」
「何をいっているんだ、君は。コンサルティング会社の件は金沢弁護士のアドバイスに基づいた合法的処理としてやったんだよ」
「監査等委員会として金沢顧問弁護士のヒアリングも行っています。新井会長もご存知でしょう、新井会長と新井常務、椎名取締役が、国内の工場長、総務課長を呼び出して『嘆願書』の署名行為に対する詰問を行った日ですよ。あたかも私の外出日を選んだように行った、12月9日です」
「今は、嘆願書の話をしているんじゃない」
「金沢顧問弁護士にお会いしてヒアリングしましたが、新井常務と椎名取締役は、金沢弁護士との話を自分たちの都合の良いように切り取って『コンサルティング会社介在で合法化』話を作り上げたようです。新井会長もご自身の耳で確認されたらいかがでしょうか」
「私は、金沢顧問弁護士のアドバイスに準じてコンサルティング会社介在を検討しました」
「本日、金沢弁護士もお呼びすれば、良かったですね。椎名さん。本人の前でも同じことを言い切れますか」両角が、間髪入れず発言した。椎名は黙った。
「東野さんは『重要事実に相違があれば』とおっしゃいますが、日にち何ですよね。8月31日に賄賂を払ったとか、9月2日に私に報告したとか言われても、タイに出張中の報告だったりして、時差もあるし、明確でないんですよ」
「日にちは後でいくらでも確認することができます。日にちのみにこだわって、事実確認事項を見過ごさないでください」
「あなたは『重要事項』って何度もいいますが、会長が言うようにそちらが決めたことでしょう」
「それでは、山本社長には、今回の不正に関して何が『重要事項』ですか」
「お金の行く先でしょう。会社にとって、組織にとって、誰が関与した、黙認しただの、大きなことではありませんよ。多額のお金がどうして『ベトナム会社から支出した』のかが問題ですよ」
「それでは、10月9日に役員情報共有会で不正を黙認したのは何故ですか。今の発言と相違がありますが」
「それは、あの前夜、名誉会長が『大事にするな』と言われたから……」
「名誉会長はそんなことは言っていない」明神専務が反論した。
「直接、賄賂の件についておっしゃったわけではないが竹腰部長のどうのこうのと話されたから、名誉会長の意を慮ったところはあります」
「山本社長『竹腰部長のどうのこうの……』と曖昧な発言でなく、名誉会長が何と発言されたのでしょうか」
「憶えていませんよ。明確には。昨年の10月のことですから」
「この調査報告書の我々の『重要事項』について、何時頃からの件は憶えていらっしゃいますか」
「東野さん、直近の事項から聞いたら良いと思います」
「そうですね。では、11月19日に山本社長は、添付の田村社長宛メール、c.c.新井常務、椎名取締役、竹腰部長で、コンサルティング会社との契約履行の停止を業務命令していますが憶えていますか、昨年11月の事項ですが」
「もう一度言うが、個別ヒアリングはせずにここで、一つ一つ事実確認をするの、そんな時間は僕にはないよ」
「山本社長が『昨年の10月のことは憶えていない』と話されたので『自分で出されたメールのことは憶えているのでは』と聞いたまで、です」
「結局、監査等委員会はどうしたいのですか。この報告後。我々は、まだ、内容の詳細な検証ができていませんが」
「要請事項は、三つです。第一は、早い段階での適時開示、つまり公表です。12月6日の開示では『当社海外子会社の社員による不正行為の疑い……』としか開示していません。不正行為に対する経営者の立場である取締役の関与や隠蔽・黙認行為は開示すべき重大事項です。ステークホルダーに早く通知すべきです。市場にも影響するかもしれません。第二は、地検への自主申告です。このままでは、内部統制システムの崩壊とみなされます。不正行為が発覚されたわけですから、その是正措置として、自浄作用を発揮せねばなりません。刑事罰の罪を犯した場合は、自首すべきです。第三は、不正に関与・黙認した事実のある取締役として責任を取ってもらいたい」
「責任、責任と言われても、そのためには検証が必要です。監査等委員に指摘されている我々の」
「新井常務や皆さんのいう『検証』とは何の『検証』が必要なのかがわかりません。【6・取締役の関与、認識状況】の重要事項の一四事項には証憑や供述等も添付しており、そのほとんどが、重要事項に関与した本人の作成したメールや指示された内容物ですし、ここには、関係者全員がいます。【検証】し合ったらいかがですか。検証の必要な方は。但し、地位的ハラスメントには気を付けてください」
「今、第三者調査委員会も調査されています。その調査結果と相違があるかもしれません。その場合、監査等委員会は責任を取ることになりますよ」
「何の『相違』が発生するのでしょう。どのような場合に『事実確認に相違』が発生するのでしょうか。みなさんが、偽証等しなかった場合は『相違』は発生しません。調査報告書にも【3・調査手続及び留意事項】の2)留意事項(2)項目めに『提出された資料等に①虚偽、偽造等の事実が判明された場合②調査対象に含まれていなかった新たな資料等が判明した場合等には本報告内容の変更が、必要となる場合がある』と断っている通りです。『検証』の」前に『違った事実』を証憑と共に提示ください。ありますか」
「あるか、ないかも『検証』の一つです」
「何を賜っているの。ここにきてまで。自分たちのやったこと、行為を人に指摘されるまで、いや、証憑まで提示されて指摘されてもなお『自分で、自分の行為を検証する必要がある』と逃げるんですか。椎名取締役、あなたは経理財務の責任者として企業会計上の違反行為を行ったことをまだ、認めないのですか」両角が攻めた。
「私は、金沢弁護士のアドバイスに従っただけです」椎名が細々と答えた。
「金沢弁護士は追加の費用を払ってまで、コンサルティング会社から領収証を得る方法をご教授されたのでしょうか」
「コンサルティング会社に税務官リーダーから、支払ったお金が戻ってくることを前提に、話を進めていました」
「今の椎名取締役の説明をもし、正しい事実とした場合、椎名取締役は『税務官リーダーから返金の事実を確認』して、コンサルティング会社との振込・キャッシュバックの対応を行ったのでしょうか。ベトナム会社の田村社長いかがでした」
「税務官リーダーからの返金確認等については指示は何もなく、コンサルティング会社との契約内容の指示のみでした」
「新井常務、個々にご自身で『検証』されても、今のような保身を考えた作り話や責任転嫁では正しい、事実の確認はできないと考えます」東野が両角から引き取って発言した。
「作り話とは、失礼な言い方だ。その頃の話を思い出しながら話しただけで、意思はあったと思う。人の頭の中で考えたことを君に解るわけがない」新井会長が椎名をフォローするように発言した。
「私が言いたいことは今まで自分の行為を隠蔽してきた本人が、自己検証することは誰もが認める証憑等がない限り、時間の無駄かもしれないということです」
「誰も認める証憑がないとは断言できないわけでしょう。監査等委員のみなさんも。佐藤さん、そうですよね」新井常務が、佐藤に同意を求めるように振った。
「私もそう思います。確かに記憶というものは定かでないので時間をかけて思い出したり、今日提示された証憑を基に、新たな事実を思い出したり、発見したりすることもあります。やはり、個々人に『自己検証』の時間を与えるべきと思います」
「個々人の時間が必要という意見ですが、佐藤さん、11月20日の取締役会のこと憶えていますか。私が第三者委員会設置して、調査する前に監査等委員会で調査をさせてもらいたい旨、申し出た際に新井常務からは『時間がない』新井会長からは『責任取れるのか』と性急さと怒号を浴びせられました。不正行為に関与された取締役の方々は、今まで何をしていたのですか。今までにやるべきこと、つまり『自己検証』をする時間は充分にあったということです」
「時間があってもできなかった。つまりこの発表した重要事項以外の事実は無く、無いものは証明できないということが真実でしょう」両角が纏めた。
「この調査報告書に関して、監査等委員会として責任とれるんですね」新井会長が改めて聞いてきた。
「責任取らない取締役の方々から、責任追及されるのは気に入りませんが、責任を持って調査を行いました」東野が回答した。
「私も責任とります」両角が続いた。
「私は責任取れるほど調査に関わっていません」佐藤が反論した。
「佐藤さん、11月22日に上野で三人で、今後の調査について話し合った時『常勤監査等委員の東野さんにお願いしたい』と両角さんが推薦した後、佐藤さんも『よろしくお願いします』と賛同され、また、2月17日の監査等委員会で、私がこの調査報告書を説明して監査等委員会決議しましたよね」
「私は、決議では棄権しました」
「内輪揉めは、ここではやめてください」山本が、息を吹き返したように言ってきた。
「東野監査等委員、両角監査等委員の要請はわかりました。が、我々としても疑義をかけられている身としては少しでも我々としての正しい判断であったこと、または、例え間違った判断があったとしても、自らの利益を追求した判断ではなく、環境によって判断に……何と言いますか、ブレが発生した事項もあるかもしれないので『検証』は必要です。加えて監査等委員会の内部でも責任問題で揺れてらっしゃるし、第三者調査委員会の調査も進んでおります。もし、仮に、本日の調査報告に基づいて公表等外部に情報を開示した後、第三者調査委員会報告で、監査等委員会の調査と相違が発生した事実があった場合は、ステークホルダーに謝った、情報を開示することになりますから第三者調査委員会の調査報告を待ちたいと思います。みなさん、いかがでしょうか」山本が取締役らに聞いた。
「山本社長、あなたは非常に大事なことを忘れている。なぜ監査等委員会が調査して重要事実をあぶり出し、公表すべき、自首すべきと要請したか、その本意を理解していない」甲斐常務が強い意思で発言した。
「山本社長、あなたには、今の発言で、上場会社である日帝工業株式会社を、自浄作用は働かない会社にしてしまっています」
「第三者調査委員会を設置したことは、自浄作用の一つです」
「監査等委員会設置会社のわが社の監査等委員会の調査を蔑ろにするわけです」
「監査等委員の調査内容が正しいか、どうかわかないだろ」新井会長が言った
「正しい報告であることは山本社長、新井会長、明神専務、新井常務、椎名取締役そして私を含めて我々が理解しているはず、いや理解、納得すべきでしょ。これだけ証憑等も準備された報告であるのに」
「認める方は、認めてくださいよ。私は第三者調査委員会の報告を待ちます」山本は言い切った。
「費用をかけて第三者に指摘されたら『認める』ということですか。それとも監査等委員会には、無くて、第三者調査委員会に期待できるものでもあるのでしょうか」明神専務が確認した。
「何もありませんよ。期待していることとなんて。ただ言えることは、偏った見方をしていなということですよ」
「監査等委員会の調査結果で、偏った調査結果がありますでしょうか」
「我々には、ヒアリングせず明神専務と甲斐常務は、ヒアリングを行っている」新井常務が言った。
「明神専務と甲斐常務は、監査等委員会に自主申告してきました。また【6・取締役の関与、認識状況】のマトリックスに、明神専務と甲斐常務、しっかり見てくださいよ。新井会長もそうですが、関連性のあった重要事項が一つなのは、メール、証言等の証憑で、他の重要事項の関連性が見いだせなかったからです。他に何か偏った調査結果と思われるものがありますか」
「社内ではなく、第三者調査委員会の調査報告を待ちましょう」椎名が突如的に言った。
「わかりました。他に何かありますか。なければ、監査等委員会のベトナム税務に関する調査結果は以上です。今日の調査結果内容及び報告会の記録も含めて、第三者調査委員会及び会計監査法人に報告します」山本、新井会長が、顔を見合わせていた。
東野はこれ以上、自浄作用を求めても、時間の無駄な相手と判断して、第1部をクローズさせた。雲井を始め取締役以外は退室した。

【監査等委員会の調査報告 2】


                               【内部通報等に関する調査報告】
第1:調査手続等
1・調査の端緒:2019年11月20日以降、通報制度の窓口である監査等委員に対して20名弱の社員から山本社長、新井会長、新井常務、椎名取締役に関する内部通報が寄せられた。
2・調査対象
内部通報制度で取締役の違法行為として通報された事実の有無、法的評価他
1)山本社長による通報者に対するパワーハラスメントの有無
2)内部通報者・嘆願者に対する取締役による抑圧行為の有無
3)ベトナム不正行為に対する取締役の法令違反的隠蔽行為の指示の有無
4)雲井執行役員に対する不適切な人事措置の有無
3・調査手続等
1)内部通報者から提出された「問題行為調査票」の内容確認
2)通報者に対するヒアリング及び書面による質疑応答
3)被通報者の内、山本社長に対するヒアリング
4)新井会長、新井常務、椎名取締役に対するヒアリングは録音音源とその反訳で事実確認ができたため実施しなかった。
5)内部通報者等から受けた録音データ、反訳等の内容確認
4・留意事項
1)本日までに監査等委員に提出され、また監査等委員として入手できた資料、協力を得られた者からのヒアリングをベースとし、これらの資料等から認識される事実を調査結果として報告する。
2)提出された資料等に虚偽、偽造等の事実が判明された場合、調査対象に含まれていなかった新たな資料等が判明した場合等には本報告内容の変更が必要となる場合がある。
第2:通報制度調査票内容
1・山本社長のパワハラに関する通報
1) 情報監視・強制転送:名誉会長、会長との会話、メールを全て山本社長に報告させる業務命令
2)備品不正購入:最新のスマホを海外拠点で購入させ現使用機種と交換させる。
3) 創業家ファースト:新井常務の誕生日パーティーを海外出張先で、費用も負担せず開催させる。
4)顧客ファースト無視:海外出張時、会食のない顧客訪問等は行わない。
5)組織を無視した行動:海外の人事異動を部門長経由でなく自ら、事前に通達する。
6)海外駐在者への福利厚生抑制:家族帯同を承認されていない海外駐在員がいる。
2・『嘆願書』について
創業者であり、大株主の明神名誉会長、新井会長宛であり、通報窓口に対する内部通報ではない。しかし記載内容は、山本社長からの情報統制やパワーハラスメント被害を訴えによるもので当社内部における法令違反の疑いのある事実等、内部通報に類似するため内部通報に準じて調査を行った。
3・雲井氏総務部長解任に関する通報
12月9日、新井会長、山本社長、新井常務は執行役員総務部長(当時)の雲井氏に対し、取締役会決議を経ることなく
1)総務部長の解職及び社長付きの人事
2)出勤停止ないし謹慎、自宅待機
を言い渡した。なお当該解職については、12月25日開催の臨時取締役会で決議、追認された。
4・嘆願書署名者への抑圧に関する内部通報
1)12月3日以降:山本社長による『嘆願書』署名複数者に対する圧迫行為(直接電話によるクレーム・恫喝等)を行った。
2)12月9日:新井会長、新井常務、椎名取締役による嘆願書提出者(国内工場長、及び総務課長)への犯人捜しの抑圧
5・ベトナム不正行為の隠蔽工作を指示
1)10月22日:山本社長、新井常務、椎名取締役が違法行為である賄賂支払いの隠蔽工作として、領収証等を得るためコンサルティング会社を介在させた隠蔽工作を指示した。
2) 11月11日:賄賂支払い隠蔽工作のコンサルティングとの契約は経営会議決裁事項であり、稟議対象のため、実際の内容とは違う、偽った内容の稟議書及び契約書を作成させて関係者の承認を得させた。
第3:通報事実についての調査結果
1・パワーハラスメントについて
1)パワーハラスメントとは、以下を満たす不法行為と定義される
①優越的な関係を背景とした言動である
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
③①、②によって、労働者の就業環境が害されるもの
2)通報内容がパワーハラスメントに該当するかの認定方法
①通報内容に「パワハラがあった」等の記載があっても社長としての姿勢・資質を問うものは、省いた。
②通報された個々の行為のうち、山本社長がヒアリングの回答で認めた事実は事実が存在するとした。
③山本社長が否認する通報事実は、これに足り得る客観的証拠の有無により判断した
④右に示した①~③の各要件の具体的要素は、厚生労働省のパワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)を参考にした
3)認定結果
(1)山本社長のパワハラ行為疑義の通報
①優越的な言動で労働者の就業環境が害されるものは、存在したが「業務上の必要かつ相当の範囲を超えたもの」と認定できる事実は認められなかった。
②但し、2)の備品不正購入は会社規程を逸脱した行為である。直ちに是正措置を求める。
(2) 「嘆願書」について
 優越的な言動で労働者の就業環境が害されるものは、存在したが「業務上の必要かつ相当の範囲を超えたもの」と認定できる事実は、認められなかった。
(3)雲井氏総務部長解職に関する通報
不法行為を構成するパワーハラスメントないし違法な人事権行使とまで判断できる確証は得られなかった。
(4)嘆願書署名者への抑圧行為の通報
①経営者による通報者、嘆願書署名者への不利益取り扱いや報復すら示唆した威圧行為と認定した。
②被通報者の行為は、いずれも優越的な関係を背景とした言動で、業務上の必要かつ相当な範囲を超え、労働者の就業環境が害されるものであり、不法行為を構成し得るパワーハラスメントに該当すると認定した。
(5) ベトナム不正行為の隠蔽工作を指示
コンサルティング会社を介在させた領収証の取得及び社内稟議書偽証は、明らかなコンプライス違反の指示である。(詳細は【日帝ベトナム会社、税務監査不正対応調査報告】で報告済み)
第4:組織経営上の課題
 本調査過程において、以下の問題が認められた。
1・多数の社員による実名での通報・嘆願書
1)自らの人事権を有する社長に関し、不正・不信を抱かせる事実を指摘する内部通報・嘆願書が提出された。いずれも特命ではなく実名での通報である。これは以下を意味するのであって、社員が当社組織経営に対して不信を抱いていると考えられる。
(1)同社員の社長に対する不満・不信が非常に強い。
(2)「他の取締役では、社長に対する不満・不信を解決できる能力がない」と同社員が認識している。
(3)創業者大株主へ嘆願書を送付しているのは社長の不正等について「当社、社内の制度、内部統制システムや内部通報制度等での解決に期待ができない」との認識を同社員が抱いている。
2・社長の認識
 厚生労働省のパワハラ防止指針等に
「パワハラ防止は、事業主の責務であり、その対応の一つとして、事業主によるパワハラ禁止の周知・啓発、特に企業トップのメッセージが重要である」とある。当社コンプライアンスマニュアルでも社長がトップメッセージとして「法令・社会慣例・社内規程等ルールを守ることが会社発展の大前提」と宣言し、パワハラ禁止における社長の重要性が取り上げられている。ところが実際は、宣言と逆に、山本社長は、2017年には、ベトナム税関監査員に対する賄賂支払を直接指示する法令違反を犯し、本年度のベトナム税務官への賄賂支払いの不正には、黙認及び、会計処理等の隠蔽工作を指示した。嘆願書に関しては、署名提出者に直接、圧迫電話して、署名提出の理由や誰にそそのかされたとか2次被害を及ぼしかねない行為を行った。海外出張の酒席時の話の節々に「当社はコンプライアンスゼロ、ガバナンス超ゼロ」発言や「社長としてコンプライアンス教育やガバナンス教育を受けたことはない。当然だ、当社にはそんな教育はない」という発言があった。
 会社が定めた理念・ルールを否定する社長の態度に接した社員は社長に対する信頼を喪失させるのは、当然の結果である。
3・通報制度の重要性に対する認識不足
 監査等委員への通報制度は、内部統制システムの一部を構成し監査に必須の制度として、取締役会がその整備を決定するよう会社法で義務付けられている。コーポレート画板ナンス・コードでも内部通報にかかる適切な体制整備を実現することが取締役会の責務とされ、その運用状況も監督すべきと定めている。そのため取締役会は、監査等委員会へ報告した者が、当該報告したことを理由として不利な取り扱いをうけないことを確保するための体制を整備しなければならない。これは通報者・情報提供者が不利益の懸念なく、情報や真摯な疑念を伝えるようにするためである。(コーポレートガバナンス・コード原則2―5内部通報)
 本嘆願書は、監査等委員会への報告ではないが嘆願書の記載内容は、山本社長の不正・不信に関する実名での社員の通報であり、会社法等が定める、前述の内部通報と実質的には同様のものと言える内容である。ところが、
・嘆願書で名指しされた社長が、署名提出者に直接、嘆願書の内容について問い詰めた。
・新井会長は提出先が通報制度の窓口である監査等委員会ではないので、内部通報とは異なるとみなして、署名者の中でスケープゴートのごとく、嘆願書に署名した国内工場長と総務課長を呼び出し、提出した意図について問い詰め「指揮命令系統違反にあたる」等、圧迫面接を新井常務、椎名取締役と共に行った。
・上場会社の代表権を持つ、社長・会長がこのような対応に接した社員は「社長の不正・不信等を通報すると、不利益な処分を受けることになる。内部通報でも同様の扱いを受ける」との強迫観念にかられた可能性がある。
・内部通報制度の崩壊を実質的に招きかねない行為である。
4・雲井執行役員の内部通報事実
 雲井執行役員は、リスク管理規程により、内部通報に対応するリスク管理委員会の事務局であった。加えて当社の危機管理規程では「労務トラブル」「法令違反」にかかる危機の主管部を総務部としており「緊急事態が発生した場合、総務部の管掌役員は直ちに現地に赴き、または代理者を派遣して状況を迅速にかつ正確に把握する」また、危機の発生が事前に予見される場合、主管部管掌役員は、必要に応じて危機管理対応組織をあらかじめ設ける等、事前措置を指示しなければならない」と規程に定められている。
・2019年11月18日、当社大株主の明神名誉会長から雲井氏に「執行役員や海外拠点の幹部社員の多くがコンプライアンスに関する重大な問題で悩み苦しんでいるので、総務部長として相談にのって欲しい」旨の依頼があった。また、山本社長のパワハラ、ベトナムでの賄賂支払いや事後の不適切な会社対応などの事前情報も寄せられていた。
・そのような事由で、11月20日に社外での会議へ出席するため外出する旨を雲井氏が上司である新井常務へ伝えたのに対し「当該会議への出席は控えるように」と新井常務から指示があったが、雲井氏はリスク管理規程及び危機管理規程準じたリスク管理の目的で出席した。すると十二月九日、山本社長から「上司からの指示に反して当該会議に出席したことは業務命令に反する」ことを理由に総務部長を解職された。
・それまでの経緯を鑑み、総務部長解職の人事は、新井常務のベトナム賄賂支払いに関与を指摘して調査を行おうとしたことへの報復人事の疑義を雲井氏は抱き、同解職人事の事実を内部通報した。
・同解職を知った、内部通報者や嘆願者提出者にも「報復人事」という疑念を抱かせた可能性は高い。
・社長の不正、不信等の通報について調査、その他関与すると
①不利益処分を受けることになる。
②内部通報でも同様の扱い受ける
との印象を雲井氏や他の社員に抱かせた可能性がある。
・内部通報制度の崩壊を実質的に招きかねない行為である。
5・ベトナム賄賂支出の関係当事者からの内部通報の意味
・日帝工業ベトナム会社の田村社長、本社企画管理部の執行役員竹腰部長はベトナムでの賄賂支払い後、隠蔽工作について、内部通報制度で監査等委員に通報した。
・同氏らに指示していた取締役の指示が不相当であれば、本来社長に是正を訴えるのが組織上の通常の在り方である。ところが内部通報を行ったのは、社長が同取締役の指示に賛同していたので、訴えても効果がないとの認識を両名は抱いたからと考えられる。
・これは当社幹部社員が、社長を始めとする現取締役をコンプライアンスの面で信用していないことを意味しており「コンプライアンスについて、正常な組織運営となっていない」と評価せざるを得ない。
参考法令
【職場環境配慮義務】
会社は、従業員との間で交わした雇用契約に付随して職場環境を整える義務を負う。社員等にパワハラやセクハラの被害が発生した場合、職場環境整備義務違反(債務不履行責任<民法第415条>)として、会社はその損害を賠償しなければならない。                                                                        以上

「内部通報等に関する説明を終わります。質問等ありましたらどうぞ」24ページにわたる東野のパワーポイント資料に基づく説明が終わった。
「結局、私に関する通報は、パワハラにならない判定でよろしいですね」山本社長が、満を持したように質問した。
「厚生労働省の基準に基づき判断して、パワハラとは認定しませんでした。ただ、山本社長には数多く不満が通報されたこと、通報制度が、内部統制システムの重要な構成要素の一つであることを再認識していただき、コンプライアンスの意識を高めてもらうことを約束いただきたい」
「通報制度に訴えられた時から襟を正していますよ。第三者調査委員会の設置がその一つの現れです」
「ベトナムの調査報告書について、関与や隠蔽は認めていませんよ」甲斐常務が聞いた。
「あれは、監査等委員会の調査報告書の表現が私の意識と合致していなかった」
「どういう意味ですか」両角が確認した。
「なんやら重要事項のどうのこうのっていうところでした。〇×、×はなかったかな。マトリックスになっていた表ですよ。まあいいや、今は内部通報の件ですから」
「ちょっといいでしょうか。『嘆願書』については我々は、一種の『怪文書』扱いの意識ですが」
「嘆願書を『怪文書』の扱いとは、具体的にどういう扱いのことですか」
「何の目的で書かれて大株主に提出したのかがわからない文書ということです」
「私は、『署名された方々』の目的は『大株主に対する山本社長の社長解任要求』と理解しましたが」東野は回答した。
「ところが、国内工場長に『何のために』とか『どういう目的で』とか『署名前に嘆願書の内容を読んだのか』と聞いても何も回答がありませんでした」
「彼らは『圧迫質問を受け脅威で答えられなかった』ということです」
「東野監査等委員は現場にも居なかったのに良く彼らの心情がわかりますよね。そう言えば国内工場長の方々は、新井会長の質問には、答えず『監査等委員に委任します』との回答でした」椎名が、東野が嘆願書作成に関与しているような言い方で聞いてきた。
「よく新井会長には取締役会や本日もそうですが、怒鳴られていますから。大株主様で代表権をお持ちの新井会長が怖くて仕方ありません」
「ふざけるんじゃないよ」新井会長が誘導されたように怒鳴った。
「まあ、まあ『嘆願書』の宛名である新井会長が『本音を聞きたい』と思うのは当然であり、『嘆願書』が来たからといって『社長解任』なんてできるわけはありません」
「新井常務がおっしゃる通りで、通報制度で相談された内容は『切り取り』です。確かあの時、会長は『嘆願書』等は組織を無視した行為で、指揮命令系統に反する行為だから直接、話を、本音を聞きたい』と皆さんに話されたと思います」椎名が当該事情を説明した。
「そうだよ『俺の家にこういう内容の文書が届いたよ。郵送で。会社では、みなさんから何もなかった。電話やメールでの相談もないのに、突然、社長を解任しろと文書で。どういうこと』と聞いただけだよ」
「新井会長『聞いただけ』ではないですよ。『組織を無視した行為』や『指揮命令系統違反』と言っているじゃないですか。既にこの単語が、優越地位にある会長の圧迫行為、ハラスメントにあたりますよ」両角が指摘して続けた。
「彼らの『監査等委員に預けます』と回答に対して『どうしてですか』とか『監査等委員は関係していないでしょう』という発言もですよ。椎名取締役。そもそも椎名さんもあの場で調査に加担できる立場ではないでしょう。彼らは、会長や新井常務が『指揮命令系統違反や会社秩序を乱す行為』と彼らにとって、審議するようなクローズな環境で詰問されたから『サポート:監査等委員や全取締役、名誉会長等のいるオープンの場』を要求したんですよ」
「詰問なんかしていないよ。ヒアリングしただけ」懲りない新井会長は言い訳した。
「雲井執行役員の場合もそうです。新井会長、社長、新井常務の三人で解職・懲戒とした」
「直属の上司と代表取締役で、何が悪いの。取締役会でも追認の議案を審議して、決議されたでしょう」
「優越的地位のみなさんが、通常人事でないこと等を行う際に留意すべきことが、欠けているから通報制度等に相談が来たりするわけです。慎重さが足らない」
「東野監査等委員、雲井執行役員の場合は、緊急度が高い職位ですからやむを得なかったことです。総務部長というのは、会社全体の統括管理をするポジションです。その職責の部長が業務命令違反の行為ですから、早急に対処する必要があったためです」
「新井常務、今の発言は内部通報の調査の中の【4・雲井執行役員の内部通報事実】で述べた内容を無視された発言内容です。雲井氏も総務部長としての職責を果たすために、社外での会合に出席をしたわけです」
「詭弁です。名誉会長の主催する『社長降ろし』の会議に出席したかっただけです」
「新井常務の言う『社長降ろし』の会合は違法ではありません」両角が口を挟んだ。
「そうですね。両角さんも、会社の秩序を乱す非公式会合にご出席されていたんですよね」
「新井常務、もう一度いいますよ。違法ではありません」
「いや、会社の規程違反です。広い意味のコンプライアンス違反です」
「私のいう違法とは、法令違反のことを指摘しています。会社の規程違反と言いますが、どの規程に違反していますか」
「会社の組織の根本をなす指揮命令系統違反にあたり、会社秩序を乱します」
「何か会社に損失は、発生していますか」
「損害発生防止策の一つで、雲井執行役員の人事異動を行ったわけです」
「一部で発表した、ベトナム不正については、損害発生防止のための人事異動は行わないのでしょうか」
「その件は、第三者調査委員会の調査結果を待つことにしたでしょ」新井会長が吠えるように言った。
「新井会長、両角さんが指摘されているのは、人の行動は、チェックして予防策も講じるのに、自分の行動は、第三者に指摘されないと是正できない取締役、いや、逆の言い方のほう、がハッキリします。自分の行動が法令違反か判断できない取締役が、社員の行動をチェックして、コンプライアンスを指摘して、解職等行うことは、理不尽なことで社員が納得しないということです。そのような不誠実な対応の数々が、通報制度や嘆願書の署名等に社員の意思が表れているんです。それも、この監査等委員会の調査報告があったにも関わらず『本当に賄賂は払ったのか、素人の判断、調査方法に疑義がある。ヒアリングが無かった……日時に相違がある』等の言葉尻や揚げ足をとるような意見、加えて『第三者調査委員会、第三者調査委員会の調査結果』と賜って、逆に『事実確認』の意見ははぐらかす。椎名取締役、会計処理で、意図的に企業会計原則に違反した行為は本当に行っていませんか。山本社長、我々は、監査等委員会の調査結果を審議できる立場ではありませんよ。逆にここまで、調査して明確に事実確認と法令・規程に沿った判断をする機関が当社に存在することに感謝せねばならない立場です。また、パワハラと結果的に認定されなくても社員が嫌がる行為を事実、行ったわけでしょう。再度、言います。自分が行った違法行為はわかるはずです。ここまでの調査で指摘されてわからないとは言えません。我々は、法令違反を犯しました。責任を取りましょう。自浄作用を働かせて、健全な日帝工業株式会社を再構築してもらわなければなりません。取締役が、間違った経営判断をしたときに、一般常識で判断出来得る責任を取って、その背中を社員の皆さんに見せないと日帝工業の将来はありませんよ」甲斐常務が、意を決して山本ら執行取締役を制した。さすがに出席者は、しばらく沈黙を保った。反論考察のための時間だったかもしれない。
「責任を取らないとは言っていませんよ。甲斐さん。法令違反があるのであれば、第三者調査委員会に確認して明確にした方がより正確に解明できる。情状酌量の幅もあるでしょうし、依怙贔屓なしに、第三者の目で査定して貰うことが公平だと考えている訳です。何度もここに戻りますがいい加減にしてもらいたいものです。この内部通報制度の報告だって、どのように纏めるつもりですか」山本社長は他人事のように話した。
「纏めるにしても、我々は、内容に納得している訳ではありません。特にパワハラと認定された【(4)嘆願書署名者への抑圧行為の通報】について抑圧行為を行ったつもりはありません」新井常務が力説した。
「山本社長『どう纏めるの』と投げやりな発言はやめてください。山本社長、貴方が、行為者であり、経営責任者ですよ。自分が行為者当事者になった場合の、経営者としての代替案等は誠実に示す責任があります。当社のリスク管理規程では、リスク管理委員会に調査結果を議案提議して、そこでの決議になりますが、監査等委員会設置会社として、監査等委員会が取締役の監視・監督の職責があり、その職責の下での調査結果の報告を行いました。ですから取締役会で懲戒の有無等を決議すべきと考えます。新井常務のいう『行為者の納得』は、懲罰の条件、決議には必要ありません。事実か否かですから」
「抑圧や圧迫行為ではなくヒアリングを行ったと何度も言っている」新井会長は、最後まで争う雰囲気で発言を行った。
「懲戒、懲戒って処罰をするほどの行為なのかな。対象社員に何か損害等が発生しているの」
「懲戒の程度を行為者が、決めることではありません」
「一般的な話をしている訳ですよ。それに決議するのなら決議する前だから、行為者呼ばわりは止めてもらいたいね」
「決議前でも通報制度では、相談者・行為者の名で調査、報告を行うのが常識です」
「なぜ、リスク委員会で協議しないの」
「リスク委員会では協議することができないからです。当社のリスク管理規程では、リスク委員会の議長は『社長』となっています。行為者に議長は務められません。今回の場合、社長も行為者の一人ですし、取締役限定の行為ですので取締役会で審議します」
「誰が、議案提議するのですか。監査等委員会の調査も手段であり、結果と決まったわけではありません」
「私が本日の監査等委員会の調査結果を基に提議します」甲斐常務が即座に言った。
「取締役開催要求も必要ですから、手順踏んでお願いします」
「また、一般的な質問しますが、法的処罰ってあるのでしょうか」
「パワーハラスメントには基本的には、ありません。しかし、調査報告の最後に示した通り、社員から雇用契約に基づき『職場環境整備義務違反』で損害賠償を求められる場合があります。刑事罰があれば、私から内部告発しています」
「嫌味ですか……もうよろしいですか。内部通報の報告会も、何も決議等は行わないのであればそろそろ閉会してもらいたいです。長時間の報告会でしたから」山本はクロージングの提案をした。既に、午後6時を過ぎており、確かに全員疲労を感じており、山本の提案通り閉会となった。
 報告会終了後、東野は直ぐには帰宅せず、調査報告資料をさくら有限監査法人の竹田氏と第三者調査委員会へ送付した。『本日の報告会の議事録は明日作成予定』とも追記することを忘れなかった。また、リーガルアドバイザーとして契約した、林・吉田杉山法律事務所の当社担当弁護士である大木、林谷にも送付した。作業中、両角からのメール「本日は、大変お疲れさまでした。赤羽東口駅前:忍屋におります。東野さんの慰労会させてください:両角」居酒屋の住所と共に送信されてきた。東野は金曜日でもあり、ひとつのハードルを越えた気持もあり「赤羽には、19時頃になりますがそれでもよろしければ向かいます」と返事をするとすぐ了解メールがきた。両角は、自宅が上野のため、普通、東十条か王子で飲むことが多い。帰路より離れて赤羽に居ることを不思議に思いながらPCの電源を落とし、机を片づけて赤羽に向かった。
〔忍屋〕赤羽駅前店は、赤羽駅東口を出るとすぐのところにあった。個室居酒屋で、両角の名を言って、案内してもらうと何やら、にぎやかな声が聞こえてきた。廊下側の引き戸を開けて
「済みません、遅くなりました……あれ」そこには、両角を始め、明神専務、甲斐常務そして雲井が一緒にいた。
「東野監査等委員、本日は、大変、大変お疲れ様でした。さあ、どうぞ、どうぞ、中へ」明神が、東野を奥に導いた。赤羽駅の居酒屋にした理由がわかった。甲斐は、高崎、雲井は、大宮に自宅があることを考慮してのことだろう。
「いやあ、皆さんお揃いで。両角さんを始め、みなさんこそお疲れ様と共に、ご支援ありがとうございました。残念ながら事実確認は、明確にできませんでしたがおかげさまで『ベトナム不正』と『通報制度』の証憑提示や認定内容を通告することができました。本当にありがとうございました」
「あれだけの資料作成は大変だったでしょう」甲斐常務が、ねぎらいの言葉をかけた。
「資料作成の合間、合間に、両角さんに相談して、ご意見をいただいたり、GOサイン出してもらったり、励ましてもらったりしたおかげです」
「いやあ、好き勝手に意見を言っただけでした。逆に、東野さんの纏めの障害になったかもしれません」両角は照れを隠すように言った。
「新井会長が、えらく頑張って反論していました。反論というか、言いがかりにも聞こえましたが」雲井が発言した。
「東野さんの説明の中の【取締役の関与、認識状況】で、重要事項14項目のマトリックスに自分が、一つだけの関与と示されて、安心して、山本社長達のサポートに力が入ったのかもしれません」自分も関与は一つと表示されていた明神専務が、述べた。
「新井会長の関与は『証憑で確認が取れなかった』ことで一つとなりましたが、山本社長は、会長に黙って決断できる人ではありません。必ず会長に相談したり、報告したはずです。しかしながら、メールや会議等出席の証憑がないため関与・認識は一つとなりました」
「新井常務は会長の息子ですから、息子からも話を聞いたり、一緒に相談したりしているはずですよね。でも、その証憑もない。親子関係だから『関与・認識は泰と一緒と判断』としたいのですが、同居はしていませんし、証憑ありきの判断になりました」
「一番、感謝しているのは『ベトナム不正調査報告』を取締役だけでなく、関係者全員を出席させていただいたことです」雲井がお礼と共にいった。
「あれも『取締役以外の出席者は、事前に連絡は止めて当日でいいでしょう。主催者は、監査等委員会だから』と両角さんからのアドバイスでした」
「でも、東野さんは、出席者依頼メールで、嘘の依頼メールは出していません。宛名は、『関係者各位』になっていたし、メールの件名は『ベトナム会社不正調査報告会開催の件1』で取締役各位に送信し『……開催の件2』で、取締役以外の方々に送信していましたから」両角が解説した。
「それですか、2って、あの件名の1は、何を意味するのかなと思っていたんです」
「ただ、みんなの前で監査等委員会があれだけ証憑を提示しても、椎名を始め、事実を認めない奴らにがっかりです。『日帝工業に将来はない』って感じです。彼らが取締役を継続すれば」雲井が怒って言った。
「彼らは、今回の調査報告会でも『ヒアリングをしていない』『検証の時間が必要』『素人判断』『第三者調査委員会の調査結果待ち』等を理由に事実を認めず、時間稼ぎ作戦で攻めてきました。第三者調査委員会の調査結果後も、同様の作戦で攻め続けると考えます。第三者調査委員会の調査結果次第ですが」東野は、第三者調査委員会の調査結果報告後の対応を整理するように話した。
「第三者調査委員会の調査結果は、いつになりますかね」
「三月の初旬には、報告してもらいたいですね。本日の調査報告会資料を『監査等委員会として、刑事罰の対象と判断しています。法的対応を含めた早急の対応にご協力いただき度』という一文を添付して、さくら有限監査法人と第三者調査委員会に送付しました。あと、会社として第3四半期の決算も延期の発表もしました。これは、賄賂の支払いがあったと会計監査法人も認識した結果と考えられます。来週、何らかの動きはあると良いのですが」
「それにしても佐藤の対応は酷いですね。報告会の時も、新井会長らに忖度見え見えの時間稼ぎ作戦遂行に兵站的役割を見事に果たしていました」甲斐が悔しそうに話した。
「甲斐さん『兵站』とは、戦前の単語でしょう。今は『ロジスティクス』とでも言ってくださいよ」両角が冷やかすようにいうとみんな大声で笑った。東野も一緒に久しぶりに声を出して笑った。「十一月の取締役会以来、こんな些細な面白みもなかった。只管、本人が認めようとしない事実の確認作業の連続だった」と振り返り、苦いビールを飲んだ。
「報告会の役員関与のマトリックスは、明確で責任がハッキリして結論に相応しい纏めでした。何を証憑にしているのかも明記されていましたし誰もが納得する資料です。山本・新井会長・泰、椎名以外は」甲斐が称賛して言った。
「重要事項の関与とあのマトリックスを基に責任追及します。誠に申し訳ありませんが甲斐常務、明神専務も対象とします」
「当然です。遠慮せずやってください。我々は取締役として間違いを犯しました。その責任は取ります。監査等委員の立場として、山本や新井会長らだけ、責任追及はできません。理解しています。ねえ明神さん」
「甲斐さんのおっしゃるとおりです。逆にご迷惑をお掛けし、申し訳ありません」
「第三者調査委員会の調査結果で、会社対応は左右されますが、万が一、第三者調査委員会が『賄賂支払いの確認できず』という報告であっても、検察庁か警察には相談に行きたいと考えています。それか『監査等委員会で監査等委員会の調査結果と相違』の検証委員会を立ち上げるかどちらかです。これは第三者調査委員会の委員選任の背景を鑑みるような、忖度が明らかな報告書に、逆に、なっていた方がやり易いのですが」
「もし、第三者調査委員会が、刑事事件扱いしないだけでも充分な検証対象となると思いますよ」両角の意見である。
「だんだん、専門的な法的手続きになると調べるのに時間がかかり、自分で確証が取れません。佐藤が監査等委員会の決議の際に『専門家に見てもらったのか』とか『法的に責任取れる内容か』とか異議を申しやすい私の弱点となっています。被疑者である、山本社長らに情報が筒抜けになるであろう、林・吉田杉本法律事務所には相談したくないし、役に立つかどうかわからない」東野が不安を述べた。
「東野さん、提案があります。両角さんから法的な確認で、困っていると聞きしました。
何とか力になりたいのですが……」
「明神専務『何とか』とは、どのような提案でしょうか」
「東野監査等委員の専属の弁護士をご紹介します。東野さんがベトナム不正、内部通報関係で法的に確認したいことは、何でも相談されて構いません」
「それは非常に有難いですが、外部に個人的に会社のことを相談して良いのかな。それと費用はどうしたらよろしいでしょうか」
「機密保持契約をして、東野さん以外とは会社情報について漏らさない等の内容と東野さんの『会社のため、監査等委員の職責全うのため』という割り切りです。会社に損害を与えないための施策、監査等委員が、社内のコンプライアンス違反の追及するに際し、代表取締役ら執行サイドの妨害で法的支援を受けられない状態への対抗手段と割り切っていただければ問題ないと考えます。費用は名誉会長が持ちます。名誉会長は『これは、私の人選の誤りと親族の恥が原因だ。会社を再構築するため、東野監査等委員が、宣言された正義を貫いてほしい。正義を貫くサポートをすることが私の過ちを正すことにもなる』と言っております」
「ご説明いただいた機密保持契約ができれば助かります。逆に会社のリーガルアドバイザーを使うことが機密保持にならない状況ですから。費用を名誉会長が負担いただける名目はありますか」
「大株主が経営を委託している監査等委員に正しい職責を、全うしてもらうための支援です」こんなに嬉しい支援はないと東野は
「それは非常に助かります。例え、外に相談させていただいていたことが、白日の下にさらされても覚悟はあります。ぜひお願いしたいのですが」と申し出た。
「日本第一法律事務所の黒戸弁護士と欅坂弁護士です。一度、連絡して訪問ください」と明神専務は、名刺のコピーを東野に渡した。
「ありがとうございます。アポとって相談しに行きます」東野は、両角が、法律関連について「私に考えがあります」と言っていたことを思い出した。
「雲井さん『通報制度の調査報告』で雲井さんの通報がパワハラとは認定できませんでした。済みません」
「とんでもありません。理不尽な山本社長らへ一矢報いてくれたと感謝しています。通報内容については、厚生労働省のパワハラ防止指針に基づいて判断されたと聞いています。他の通報と同等に調査、分析された結果ですから受け入れています」
「でも報告書も工夫されて【第4:組織経営上の課題】で『パワハラとは認定しないが、組織上問題がある』と報告されています」両角がフォローした。
「泰が、雲井さんの件は『業務命令違反、指揮命令系統違反』と。嘆願書の件については『怪文書、怪文書』と強く連呼していましたね。それに怒った、甲斐さんの縦断爆撃的な取締役全員への大演説が凄かったです」
「残念なのは、あれだけ『自分の違法行為への関与の事実・黙認を認めよ』『自分の法令違反の事実認識しない者が、人の規程違反を裁くな』『監査等委員会の自浄作用が最後のチャンス』等知らしめても、正に、暖簾に腕押しです。腐っています。もう排除しかないかもしれません」甲斐が嘆いた。
「あそこまで、結論引き延ばし戦略を主張することは、第三者調査委員会の調査に何か期待できることがあるような気がします」雲井が不安そうに話した。
「刑事事件にかかわることは、流石に忖度はできないと思います。彼らも資格を持つ弁護士や、会計士ですから。さきほど話したように『賄賂支払い』を認めるか否かというとこが、KEYになると思います」
「私の友達の弁護士は、過去の刑事事件に『同様の賄賂支払いの刑事事件はある』と言っていました」
「両角さんが言うように、顧問の金沢弁護士も『四菱日輪パワーシステムズ』の賄賂支払いを事例として上げていましたし、泰と椎名の上辺情報だけでも『監査等委員に報告すべき』や『取締役会で会社としての対応を決議すること』と意見していましたからそこは大丈夫だと思います」雲井が付け加えた。慰労会という名目で会っても、今後の展開の話が主流の酒席になり、明神、甲斐、雲井、両角らの様々な意見や可能性、未だ不確実となっている事象等を聞くことができ、東野にとっては次のステージの戦略構想に非常に参考になったが、調査報告会での長時間の発表、いいかがかり的意見への対応等に疲れも多分にあり、飲みすぎてしまい、どれだけ記憶しているか自信がないまま帰路についた。

 翌週、24日月曜日の夕方四時ごろ、第三者調査委員会事務局からメールが届いた。
「取締役各位 第三者調査委員会は、下記のとおり、ベトナム不正に係わる調査の中間報告を行います。出席願います。
 日時:2020年2月28日午後1時~
 場所:日帝工業株式会社 社長室
 要請事項:リーガルアドバイザーの同席を要請します」
という内容であった。「第三者調査委員会が、監査等委員会のメッセージを受けて動いた」と東野は、確信した。先日、さくら有限監査法人の竹田公認会計士の情報だと、第三者調査委員会は「二月末までに纏めて三月初旬ころの報告予定」と情報を得ていたからである。その夜、両角から電話があった。
「東野さん、第三者調査委員会が報告会開きますね。早まって良かったです。我々の報告会が刺激になったのではないでしょうか」
「両角さん、色々ありがとうございます。そうだと思います。彼らも刑事罰事案と認識していると思いたいです」
「中間報告というのがわかりません。ただ、リーガルアドバイザーの同席を要請しているということは、自主申告を促すのではないでしょうか」
「両角さんと同感です。『中間報告』の意は私もわかりません。リーガルアドバイザー、当社で言えば林・吉田杉本法律事務所になりますよね。自主申告を促してくれれば良いのですが。第三者調査委員会の委員選任は、新井常務らが、林・吉田杉本法律事務所に依頼して選任したわけですから、林・吉田杉本法律事務所は第三者調査委員会の調査進捗も何らかの報告を受けていたはずです」
「ということは、少なくとも今週、28日前に山本社長らも何らかの報告を受ける可能性がありますね」
「我々としては、とにかく第三者調査委員会の調査報告内容を把握しないと動けません」
「では、何も準備しなくてよろしいですか」
「大丈夫です。私は明神専務からご紹介いただいた日本第一法律事務所に、ご挨拶と相談に行ってみます」
「よろしくお願いします。何かやることあれば、連絡お願いします」両角も少し弾んだ声の電話であった。二人とも結果はわからないが、一歩前進する気持ちである。
東野は、明神専務に貰った名刺に電話して、訪問の意を告げ、日程を調整し水曜日の午後四時、日本第一法律事務所を訪問した。事務所は日本橋にあり、王子神谷駅から南北線で飯田橋まで行き、東西線に乗り換えて日本橋に着いた。東西線日本橋駅からは、八重洲方面に向かって5分ほどあるいた四菱信託銀行の隣のビル7階に上がった。受付でアポの要件を伝え会議室に案内された。
「初めまして。黒戸です」40代の精悍な顔つきでの弁護士の感じであった。
「初めまして。欅坂です」こちらは、まだ、30代のギラギラした戦闘的な弁護士の感じを受け、これから相談できることを思えば頼もしく感じた。
「詳細は、明神氏から伺っております。今週末、第三者調査委員会の調査報告会があるようですね」黒戸弁護士が、口火を切ってくれた。
「よくここまで監査等委員会で追い込みましたね。調査内容も中々のものでした。しかしながら、一つ失敗は、第三者調査委員会の選任に参画できなかったことです。ここまで来て今更ですが」欅坂弁護士が、歯に衣着せぬ言い方で続けた。
「今週の報告会の開催メールを見ると、第三者調査委員会は最低限、コンプライアンス違反については法令に準じて、調査報告をすると予測しますが、どこまで個人の法令違反を明記した報告書になるかは疑問です」
「やはり、林・吉田杉本法律事務所とつながっていますか」
「勿論です。山本社長らにも最低限の情報を流していることでしょう」
「東野さんは、どうしたいのですか」黒戸が聞いてきた。
「私の使命は『上場会社の監査等委員としての職責を果たす』ことです。つまり有事発生に関わった取締役の善管注意義務違反および忠実義務違反を追求すべきと考えています」
「わかりました。そのためにも第三者調査委員会の調査報告書は重要な証拠となります」
「先生方のご意見を伺いたいのですが。第三者調査委員会の調査結果の予想として刑事事件の認定というのでしょうか『賄賂の支払い』は、事実認定するとお考えでしょうか」
「執行サイドからの選任された委員の方々ですが、流石に刑事罰対象の法令違反は、監査等委員会の結論と同様に認定すると考えます」黒戸弁護士が意見を述べた。
「第三者委員会がリーガルアドバイザーの同席を要請しているのは、自主申告すべきとの判断をしており、自主申告をリーガルアドバイザーからも勧めさせるためでしょう」欅坂氏が加えて説明した。
「自主申告で刑事罰として責任取るべきとしたら、山本社長、ベトナム会社田村社長、企画管理の竹腰部長のみでしょうか」
「というのは」
「椎名を自主申告対象の責任ある取締役とできないでしょうか」
「難しいですね。賄賂支払いに直接関与した二名と会社代表として、2017年の税関監査官への賄賂支払いの『教唆』としての山本社長の三人でしょう」
「賄賂支払い後の隠蔽工作の主犯格ですが」
「コンサルティング会社を介在させた隠蔽工作は、中途でストップさせて未遂ですから難しいと考えます」
「わかりました。第三者調査委員会の報告でコンプライアンス違反の事実認定があったとした場合、私としては、早急に情報開示すべきと考えています」
「公表に当たっては、会社側は、公表の原因となる調査報告書の公表版を準備後に公表するつもりと思います」
「公表版とは」
「取締役以外の固有名詞を伏せた形の報告書です。通常、報告書作成権利者の第三者調査委員会に作成してもらいます」
「公表版の作成にどれくらい時間がかかりますか」
「通常、2週間くらい見ます。個人情報等の配慮が必要となりますから。ただ、この第三者調査委員会の調査報告書の公表が、東野さんの目的を果たす大きな、一要因と活用できることも確かです」初めての顔合わせであったが日帝工業の内情を良く理解されており、東野は、自分がやるべき手順や参考法令等ご教授いただき、今後の目的達成のための戦略展開を整理することもできて、大変有意義な時間を過ごすことができた。東野は、第三者調査委員会の調査が、刑事罰事案の事実を認識する報告と結論づけて、今後の対応を考えることに集中した。逆にコンプライアンス違反に関与した取締役の抵抗も更に激しくなることを前提とすることも忘れなかった。

【第三者調査委員会調査結果報告会】


 2020年2月28日午後1時、日帝工業株式会社本社、社長室に於いて報告会は開催された。出席者は、取締役9名、第三者調査委員会委員、原田弁護士、松村弁護士、伊藤公認会計士の3名、リーガルアドバイザーとして、林・吉田杉本弁護士事務所から大木弁護士、林谷弁護士の2名が同席していた。山本社長が最初に司会として進行し始めた。
「第三者調査委員会の先生方、詳細に調査していただき誠にありがとうございました。調査結果の報告よろしくお願いします」
「委員長の原田です。調査の報告をする前に何故『中間報告』という形で本日行うことになった経緯の説明をさせていただきます。まず、なぜ『中間報告』かと申しますと、まだ、報告書は完成しておりません。完成していない部分は『再発防止策』です。本日、調査の経緯や結論を報告して、それに基づき御社が取り組むべき再発防止策を記載するわけですが、御社が取り組めない再発防止策を述べても意味がありませんので、委員会の再発防止策の内容を確認いただき御社としても取り組むべき課題であると認識していただいた上で、完成させたいと考えています。また、報告の時期について、本来のスケジュールでは執行サイドに伝えていた通り、三月中旬までに内容精査して、報告会を行う予定でしたが次の二つの事由で、調査結果をできるだけ早く通知することとしました。一つは、皆さんご承知のとおり、先週、監査等委員会の調査報告会が行われました。報告内容については、当調査委員会も資料を拝見し、調査経過・結果を証憑等共に確認させていただきました。社内の調査機関である監査等委員会から『ベトナム不正の調査結果から、会社が早期に対処すべき事象が確認された』との報告もありました。これは、御社の自浄作用が『まだ、機能している』と我々は認識し、監査等委員会の主旨を重んじた対応をとるべきと判断しました。二つ目は、今回の御社の不正行為は、刑事責任を負う内容が含まれており、調査委員会としても調査全体の完成度等ではなく、法令違反と認識したことを早急に伝える責務があるため、早めた次第です。本日の当委員会の報告を基に、御社として刑事責任についてどう対処すべきか、また、上場会社として、ステークホルダーにどう情報を開示すべきか、リーガルアドバイザーの先生方のサポートを受け、早急に対応いただきたいというのが当調査委員会が報告を早めた趣旨です」山本社長らの顔が引きつってきた。
東野は両角と顔を見合わせると、両角は一度頷いた。
「それでは報告に入ります。お手元に『調査報告書〔ドラフト版〕』を配布しておりますが、これは、記載のとおり〔ドラフト版〕ですので、報告会終了後、回収いたします。この調査報告書に基づいて報告・説明します」

【調査報告書〔ドラフト版〕】の概要は以下の通り
第1:第三者調査委員会
1・設置経緯……昨年の8月にベトナム会社で税務監査があり、その際に追徴額軽減のため、賄賂を払ったことに関し、同年11月20日の取締役会で、事実確認のため第三者調査委員会に調査を委託したことが述べられていた
2・委嘱事項:①ベトナム会社で税務監査官へ現金を交付した事実の調査②類似案件の有無の調査③原因分析及び再発防止策
3・調査委員会メンバー:委員である、原田・松村・伊藤の所属、肩書と各事務所別補助員の列記
4・調査期間:2019年12月6日~2020年2月28日までの期間
5・調査方法:
➀提出資料の確認
➁関係者からのヒアリング対象数:24名(本社:17名、関連会社:4名及び顧問弁護士、リーガルアドバイザー:2名)
➂ベトナム会社へでの現地調査
➃デジタルフォレンジック数:22名(対象本社16名、関連会社6名)
6・類似事案調査(網羅性)
1)拠点長等へのヒアリング及びアンケート:海外拠点4か所10名
2)デジタルフォレンジック:海外拠点4か所10名
以上が、〔第1:第三者調査委員会〕の記載内容の概要で、原田委員長は、淡々と読み上げるのみであった。注目すべき調査は〔関係者からヒアリング〕の実施状況で、まず、東野の前任者である乾元監査等委員にもヒアリングを行っていた。これは、2017年の税関監査官への賄賂の件のためと思われる。また、現取締役の中で新井会長とは、3回、山本社長、新井常務、椎名取締役とは、4回ヒアリングを行っていた。監査等委員会がヒアリング実施調査を依拠するのに充分すぎる回数と東野は確信した。
第2:日帝工業株式会社及びグループ会社
1・概要……①会社概要②沿革③体制(現在までの5年間の取締役構成)
2・内部統制システムとコンプライアンス徹底状況……上場会社としての内部統制システムの構築とコンプライアンス徹底と周知の現況を特に海外拠点及び取締役への牽制状態をあるべき姿と現状を比較して記述してされている。
原田委員長は「規程やコンプライアンス・マニュアル、内部通報制度、内部監査等、上場会社として、最低限の体制は整えているものの形骸化された組織で、見直し等は行わずリスク管理意識の低いガバナンス、経営体制」と指摘した。
第3:第三者調査委員会が認定した事実
1・ベトナム会社での税務監査官への現金交付(現地の対応)……ベトナム会社田村社長の証言1と同様の事実が、時系列的に記載されていた。
原田委員長は、ここで「重要な認定」と指摘を行っている。重要な認定とは〔賄賂の認定〕である。ベトナム会社の現金の支出は確認しており、一般的に社員の着服も考えられるが
➀税務監査官リーダーの申し出通りの追徴額の減額、優遇措置の記述された国税局の最終税務監査報告書の受理の事実(監査等委員会の認定判断と同様)
➁現金引渡しは田村社長は行わず、日本人駐在員と現地経理部長の複数人に実行させたこと
③田村社長は、税務監査官リーダーから賄賂の支払要求に対する回答を急遽早めたことを本社へ連絡して承認を求めている。自分たちの着服が目的であれば、必要のない行為と説明して要求された、30億ドンは賄賂として税務監査官リーダーに支払われた事実を認定した。
重要な指摘は、現地ベトナム会社の対応について第三者調査委員会は、税務局監査のスタートから常に、本社や会計コンサルタントに連絡、状況報告して、指示やアドバイスを仰いでいたことは、元々自ら情報を隠蔽し、賄賂を支払う意思があったとは考えられないと事実認定を説明した。
この指摘を東野は、逆に本社がコンプライアンスの意識を高く持ち情報も隠蔽することなく対応すれば、このような賄賂支払いは阻止できた。取締役として椎名が賄賂の要求があったと聞いた時点で「NO」と判断して通知していれば、この不正は防止できたと指摘された意識であった。
2・ベトナム会社での税務監査官への現金交付(本社の対応)……企画管理部竹腰部長の証言1と同様の事実が、時系列的に記載されていた。
第三者調査委員会は、本社の対応した重要事項として
➀賄賂を払った情報への対応
➁10月9日役員情報共有会の開催
➂顧問弁護士への相談
➃コンサルティング会社を介在させた隠蔽工作
➄11月11日に開催された取締役会
➅コンサルティング契約に関する偽りの内容の稟議書作成・承認
➆コンサルティング契約履行の停止
⑧11月20日取締役会で不正疑義に対する第三者調査委員会の設置を決議したこと
 を上げて状況を説明していた。
監査等委員会の調査では、入手できなかった情報が二つあった。一つは、②10月9日に開催された、役員情報共有会の音声録音である。監査等委員会は、山本を始め出席した取締役らに議事録等の提出を求めたが、記録はないという回答であったが、第三者調査委員会には提出され反訳の抜粋が記載されていたこと(結果的に出席者全員で不正の黙認を決めたことには変わりはなかった)二つ目は、➆コンサルティング契約の履行停止と⑧第三者委員会の設置に関して、契約履行停止及び委員会設置に至った過程は、自らの自浄作用ではなく、11月19日に新井常務が執行役員らの『社長降ろし』の動きを察知して、林・吉田杉本法律事務所を訪問して大木・林谷弁護士に、収束策を相談した。その際に、明神名誉会長や執行役員がベトナム不正について言及を始めたと状況と、その回避策としてコンサルティング会社を介在した契約で合法化の進捗中を説明したが、大木・林谷両弁護士から、コンサルティング会社を介在させても違法行為であることを強く指摘され、慌てて契約履行を停止させたこと。また、ベトナム不正に関して、監査等委員会が調査を始めた場合の対抗策として、第三者調査委員会の設置を勧められたためであった。
原田委員長は、第三者調査委員会が、最重要視した問題点は「10月9日の役員情報共有会での出席取締役の対応」と指摘している。「山本社長らは、賄賂の支払いが事実であれば『外国公務員に対する贈賄』の法令違反に該当する可能性があるにもかかわらず『会社のためにやったこと』であり、本来、直ちに事実関係の調査、原因究明、監査等委員への報告等、対応策の検討を行うべきであったにもかかわらず、出席している取締役全員が黙認すれば事なかれで済むような無知な判断を行った」と指摘している。また、事前に山本社長と椎名取締役が、常勤監査等委員を出席させなかったことは「役員情報共有会での結論を『黙認』に導くための工作とも捉えられる」と判断している。
3・ベトナム会社における2017年税関監査官への現金交付……企画管理部竹腰部長の証言2、 ベトナム会社田村社長の証言2と同様の 事実が、時系列的に記載されていた。
第三者調査委員会の重要指摘事項は、山本社長の事前承認と賄賂を当社から税関監査官に提案したことである。また、山本社長は会食時のお土産としての千ドルを渡すことにも賛同し、事前了承しており、コンプライアンス意識の低さでなく、意識がない事として指摘されている。また、山本社長の事前承認が前述の2019年の税務官リーダーからの賄賂要求に対する支払い判断、再度不正の発生に繋がったと説明した。
4・類似案件(網羅性)の調査
 当委員会は、日帝工業ベトナム会社だけでなく他の海外拠点においても同様の不正案件がないか①デジタルフォレンジック②拠点長及び幹部へのアンケート調査で以下の通り、抽出した。
1)深圳会社:税関職員への春節・中秋節の紅包(祝儀)。対象は5名@1万円相当/包、交際費で処理
2)ベトナム会社:税関職員へ緊急通関時対応謝礼金。対象2名@1万円相当/回、諸雑費で処理
3)タイ会社:税関職員の残業代負担。通関作業が時間外になった場合に輸入会社であるタイ会社が、残業代を負担。対象2名@5万円相当。輸入諸掛 (原価)で処理
4)インドネシア会社:労働局員への違法行為による責任者逮捕の回避のための賄賂:労働局からインドネシア国籍の社員の残業が、法令時間以上(3時間以上/日)の労働をさせていたことを指摘された。責任者の逮捕の回避のため要求された賄賂を支払った。対象1名、20万円相当で消耗品で処理
 以上のように全海外拠点で、不正行為が行われている。これは日帝工業株式会社全体が、コンプライアンス意識が低い表れである。目的は、スムーズな通関申請の許可をもらい、生産体制や取引先への影響等を回避する手段であるが『利潤ありき』の社風と捉えられても言い訳のしようがない。内部監査や本社への相談等の事実も確認できなかった。
残念ながら、不正のあった拠点長にヒアリングした際に必ず聞かれるのは「他社もやっているから……」という言い訳であった。
 海外拠点のコンプライアンス違反については、即刻、是正させることが必要である。

以上、原田委員長は、ベトナムの不正2件についての事実確認と、その他類似案件の不正発生状況を説明して松村委員に代わった。
「ここからは、松村から内容の説明をします」

第4:原因分析
1・ベトナム会社での税関監査官、税務監査官への賄賂を防止できなかった原因
1)動機:ベトナム会社の責任者は、税務監査、税関監査による追徴税額の軽減のためであり、本社の取締役ら責任者もまた、会社の利潤追求が、コンプライアンスよりも優先する、内部統制システムが形骸化した組織のため
2)機会:ベトナム会社の経理のレベルが、使途不明金を消耗品で処理できる企業会計原則を逸脱した環境であること、これは本社においても経理財務部長である取締役が、コンサルティング会社を介在させる賄賂支払いの隠蔽工作を指示するという前代未聞の杜撰な企業会計原則に反する決算体制であり、投資家の信頼を裏切る行為である。 
3)正当化:ベトナム会社、本社においても海外においては他の会社も税関局員や税務監査官に対して、同様の対応を行っており、中国や東南アジア諸国での必要悪との認識を持った行為である。
2・類似案件の未然防止ができなかった原因
1)動機:緊急通関や時間外通関を行わなければ生産体制並びに顧客要求納期に支障を及ぼすことを避ける目的の方を重要視したもの、中国の春節等の紅包は、長年、慣例として行ってきたもので、自分が責任者の立場で始めたことではないという認識
2)機会:交際費や輸入諸掛等、無理に関連付けた勘定科目での処理ができる環境
3)正当化:他の会社も同様のことを行っており、当社だけ止めて、税関局や税務局から特別扱い(通関遅延、監査の長期化や毎年監査対象となる等の嫌がらせ)を回避するため
3・賄賂支払いを認識した取締役が、危機管理規程に基づいた対応ができなかった原因
 当社の危機管理規程では、会社に対するリスク情報を認識した場合は、当該リスクの管轄部門が危機管理委員会を設置させ、速やかに事実確認の調査、会社の業績への影響、損害発生状況を把握するプロセスを設定している。また、直ちに代表取締役への通知と監査等委員にも通知をすることが定められている。にも拘わらず監査等委員を除く取締役らは、2019年の賄賂を支払った情報を得た際に、規程通りの対応をすることなく、コンサルタント会社を介在させる偽装の経理処理をしようとしていたことは「取締役としての職責」に反する行為である。このような無責任な事態を発生させた原因として以下の点が上げられる。
 1)無防備な海外展開
 当社の海外展開は、OEMで供給しているアルミサッシの主要取引先が、2000年以降、原価低減と都市開発の盛況な中国、アジア市場への参入を狙った海外展開に呼応しての進出であり、売上高の80%は海外に依存するまでになった。しかしながら海外の管理体制は、他社の見よう見まねの体制作りで、本社においても海外拠点を統治できる部門もないまま、国内とは異質の事業リスクを無視した体制であった。
2)会社の利潤主義の企業風土
「会社のため」であれば、コンプライアンスの徹底ではなく賄賂を支払った事実を黙認する風土が、取締役から海外会社まで蔓延している。10月9日の役員情報共有会でそれを明確に示している。
3)不正な経理処理を問題視しない環境
ベトナム会社は、2017年の税関監査官への賄賂支払いを消耗品で処理しており、2019年の税務監査官への30億ドン支払い処理も同様に消耗品で会計処理しようとしていたが、椎名取締役から「金額も大きく目立つため、一旦、消耗品費での処理は止めてください」と指示があり、コンサルティング費用での処理の提案があり、変更された。コンサルティング会社を介在させた会計処理を新井常務と椎名取締役は、金沢顧問弁護士の合法化アドバイスに基づいた処理と申告している。両名は、10月17日、顧問弁護士を訪問した際「裏の税務監査報告書」や田村社長が一時帰国して報告時に提出した「日帝ベトナム 通関及び税務監査費用取り纏め表」等の資料を恰も意図的に提示しないで、口頭のみで相談していた。また、金沢弁護士が、通知した「①支払った賄賂の返金要求②監査等委員への報告③自主申告の検討」の三つのアドバイスは、無視して「東南アジアの賄賂の支払い状況」として説明した、コンサルティング会社を介在させる手法を切り取り、山本社長らに、金沢弁護士からの「合法化」のアドバイスのように装い報告している。その後、その偽装工作を主導したのが前述のように経理財務部長を兼任している椎名取締役であり、山本社長、新井常務も承認して推し進めた。このような不正な会計処理を経理財務部長兼任の取締役や経営トップが、意図的に行うこと自体、危機管理の統制環境を崩壊させている。
4・取締役会が、取締役の監視・監督・牽制といったガバナンス機能を崩壊させた原因
 当社の取締役会は、ベトナム不正の発生に対し、合議制の決議数を上回る取締役が、関与または、黙認して本来のガバナンス機能を崩壊させている。
1)監査等委員への情報隠蔽
 山本社長、椎名取締役は、ベトナム会社で 賄賂を支払った事実を9月2日に情報を得た時から危機管理規程に基づいた、監査等委員への通知を怠り、10月9日の役員情報共有会にも意図的に招集を行わず、11月20日の取締役会まで隠蔽し続けた。椎名取締役と山本社長は、当該取締役会でも、報告した内容は「ベトナムで税務監査官に賄賂を支払ったらしい。まだ、ハッキリはわからない」とコンサルティング会社を介在させた隠蔽工作等のことは、一切通知していない。これは取締役会のガバナンス機能を崩壊させ、監査等委員会設置会社の監査等委員の取締役を監視・監督・牽制機能を蔑ろにするものである。なぜ、監査等委員に報告をしなかったのかと椎名取締役にヒアリングすると「監査等委員に報告すると会計監査法人にも通知され、大事になるから」と経理財務部長と取締役の職責を果たさず、自分の保身のための行為と判断する。当社の取締役会メンバーには、このような一取締役や経営トップの常識を逸脱した、かつ職責を無視するような行為を牽制する取締役は、監査等委員を除いて不在であり、当社の取締役会のガバナンスの崩壊を招いており、当社の信頼損失のリスクを増大させる状態でもある。
2)取締役会メンバー間の状況
 11月20日、執行役員の4/5(8名/10名)が、明神名誉会長を招いて非公式の会合を開催した。同会合には、明神専務、両角監査等委員も同席している。執行役員らの目的は、明神名誉会長による山本社長の更迭であった。日帝工業は、沿革にある通り、オーナー会社からスタートして、上場会社まで会社を成長させ、事業拡大させたのは、現新井会長の父、新井泰造氏と彼の意思を引継ぎ、後継者となった弟の明神名誉会長である。名誉会長は、大変、厳しい人であったが、自分を律することも徹底しており、温かいフォローと有言実行者であったため、社員のみでなくと顧客や取引先からも、今もなお厚い信頼を得ており、組織的なポジションは辞しても、彼の意見や人脈、アドバイスを求める幹部や社員は多い。役員人事も、最終的には株主総会議案決議ではあるが、約40%弱の株式保有を占める明神家・新井家の中で、選任される。山本社長は、創業家、取引先銀行以外で、初めての生え抜き社員から選任された社長であった。その社長が2年目に8名(2名は、山本社長出身の自社製品部門で統制下にある模様)の執行役員に否定された。当社における執行役員というポジションの経営への貢献は、取引先管理責任者であり、いわゆる現場監督としてビジネスの根幹を支えている役職者らである。その不満は12月2日に『嘆願書』という明確な形で明神名誉会長と新井会長の二人宛、大株主で、会社の組織変更に関与できる方々へ直訴されている。その内容の一部は、通報制度にハラスメント行為と報告され、通報制度の取り扱いについては監査等委員会が、規程通り、調査を行い、結果報告が適切に行われていた。執行役員が、溜めて不満を名誉会長に報告する会合を開催するトリガーとなった事象は、山本社長がベトナム会社賄賂不正を社員のみに責任転嫁して、当該社員の懲戒解雇で収めようとする疑義があり、その対応を正すことであった。山本社長は、
「社長降ろし」に対するため、非公式会合に出席した執行役員や「嘆願書」に署名し、提出した社員らを「指揮命令系統違反者」として会社の秩序を乱していることを新井会長、新井常務に訴え、新井会長、新井常務は事態を収拾するための施策を講じている。このように取締役会は、社員の不満を解消しようとする反社長派と現状の経営状態を保持しようとする社長派にメンバーが二分されており、混乱の境地にある。株主から委託された最高意思決定機関である取締役会で、会社法等に加えて当該コンプライアンス違反に関し、適切に対応するため、また取締役会の秩序の回復のための鍵が、監査等委員の職責遂行力にある。当社は監査等委員会設置会社であり、監査等委員の職責には、取締役の監視・監督がある。常勤監査等委員のヒアリングの際に「東野監査等委員は、明神派(反社長派)か。中立・公平な監査等委員とした行動ではないと複数の取締役から意見があった」と聞くと東野氏は
 「私は、どちらの派閥でもない。『社長降ろし』騒動への関与は通報制度の相談に関して『取締役のハラスメント行為』の有無について規程に基づいて調査している。ベトナム不正に関して、中立・公平な調査は行っているかの質問への回答は『NO』。自分の責任を認めず保身や責任転嫁している取締役には、徹底して自分の非を認めるべく責める。逆に自分の非や責任を認識した取締役には、会社としての是正方法を一緒に考える。但し、取締役としての法的責任追及の軽重は、これも中立・公平ではなく証憑等に基づいて判断する」と明確な回答があった。
 東野氏の回答内容が、有言実行であれば、当社には、まだ、自浄作用の源の存在が失われていない可能性がある。
その証憑は、監査等委員会が2月21日に報告会を開催した【日帝工業ベトナム会社税務監査調査報告書案】と【内部通報等に関する調査報告】の資料にあった。
 社内の有事の調査機関として監査等委員会は、ベトナム不正の事実確認、取締役の関与・黙認状況を取締役の職責とコンプライアンスの視点から事実確認を証憑等に基づき、忠実に行っていた。また、内部通報の報告書に関しても厚生労働省のハラスメント方針に則り、調査および認定を行っていた。その調査及び事実確認や、認定判断には、派閥や忖度、被疑者等らの保身のために主張する中立・公平性非難には値しない、ただ上場会社の監査等委員としての、ある意味「正義」を貫いたものである。しかしながら、この報告書も当該報告会の議事録を参照すると「第三者ではなく、素人の事実確認・認定判断等に過ぎない」と軽視、いや、監査等委員の侮辱とも思われる対応で、受け入れない取締役らの「取締役の職責」については、取締役としての「資格」の問題であり、また、第三者調査委員会としては対応し難い「取締役の品格」の問題であることを通知する。
3)明神名誉会長の経営介入状況
 明神名誉会長は、2015年6月に代表取締役会長を退任して名誉会長になった。名誉会長職は、本来、取締役としての権限も責任もなく、当社の経営に介入することはできない職である。しかし、新井会長は、自分の叔父にあたる名誉会長の意向を尊重し、明神名誉会長の経営介入を容認し続けてきた。具体的には、取締役(役職取締役も含む)と執行役員の人事と報酬および各取締役会の議案等のコーポレートガバナンスに係わる事項をその都度、名誉会長にお伺いをたてて、決めてきたという。いわゆる、名誉会長は、院政を敷いており、新井会長もそれを容認してきた。他の取締役も
「当社は、オーナー会社であるから重要事項は、創業家両家で決めてもらう」と暗黙の了解の下、改善を図ってこなかった。このことを明神名誉会長にヒアリングした。明神名誉会長は、
「名誉会長に退いた後、取締役会に出席したことは一度もない。ただ、山本が社長になってから、取締役会後に議案と決議を報告に来ていた。役員人事については確かに選任や意見を述べてきた。なぜなら、泰司(新井会長)から、次の総会での取締役選任については『今年の株主総会で息子の泰(新井常務)を常務取締役にしたい』という提案を除いて、いつも具体的な選任提案はなく、相談にきていたたためである。また、取締役の選任は、株主としての意見とも考えて伝えた」という回答があった。この回答を踏まえ、第三者という立場の東野監査等委員に名誉会長の経営介入状況について質問した際に、
「自分(東野)は、今年度の六月に就任したので、創業家一族の内情はよくわからないが、私は、名誉会長とお会いしたのは株主総会での選任決議後、新井会長から『挨拶にいくように』と命じられ、会いに行ったのが、初めてお会いした日でした。私の社外取締役監査等委員としての選任についてのプロセスを鑑みると明神名誉会長の関与はなかったと思う。六月以降の取締役会に名誉会長は、一度も出席したり、その場にいたこともなかった。就任後、後学のため、就任前の取締役会の議事録をチェックしたが、役員人事、工場への投資、工場の閉鎖以外で、重要な議案や問題は見当たらなかった。また、決議に関して、明神名誉会長の関与は記録にはなかった。憶測だが、院政か、忖度か、密室協議か実情はわからないが結果として、今回のベトナム会社不正行為を除いて、取締役会は機能していたと判断できる。ただ、現取締役選任案が明神名誉会長の案であるのであれば、ベトナム不正行為に関与・黙認・隠蔽工作をした取締役ら、コンプライアンス違反者を取締役として選任したことになり、選任案責任はあると考える。が、監査等委員として選任責任追及は、法的にできない」という回答であった。
「明神名誉会長はベトナム会社不正行為に対する山本社長らの危機対応を『社長降ろし』の攻撃材料にして、不満のある執行役員等と共に、山本社長の経営基盤を揺るがし、会社秩序を乱している」と新井会長ら「社長派」は主張している。第三者調査委員会は、明神名誉会長の経営介入について、二つの理由で問題視することを差し控えた。一つは、様々な訴えがヒアリング時にあったが、名誉会長の経営介入によるガバナンスの無効の事実が証憑等で確認できなかったこと。寧ろ明神名誉会長が「象徴」という存在で、ある意味ガバナンスは有効であったとも考えられる。
二つ目は、名誉会長の当該行為があったとしても、今回の調査目的で、当調査委員会がコンプライアンス違反と事実認定した、取締役らのベトナム不正行為への関与・黙認・隠蔽工作に起因するものではないと、判断したためである。
第5・調査の総括
委嘱された、ベトナム会社での不正行為の調査結果は、
1.2019年ベトナム会社での税務監査官リーダーへの賄賂30億ドンの支払いの事実はあったと認定した。この支払について取締役らは、事前承認は行っていない。しかし、椎名取締役は賄賂の要求があったことを認知しながら、支払い行為を止めさせる行為を取らなかったこと、情報を危機管理規程に基づいて、例え社長がタイ出張で不在とは言えども、メール等の手段もありながら他の取締役に開示や相談もしなかったことは取締役としての職責不履行である。また、経理財務部長兼任という会社の決算に係わる重責を負いながら、自ら企業会計原則を逸脱する行為であり
➀10月9日の役員情報共有会に監査等委員を出席させることを阻止したこと
➁10月9日の役員情報共有会で、ベトナム会社賄賂支払いの不正を黙認することに同意したこと
➂賄賂支払いの隠蔽のためのコンサルティング会社を介在させて偽の領収証取得手段を自ら、主導的に指示したこと
➃コンサルティング料支払いの契約は経営会議機関決定のため偽証された契約書、稟議書の作成の主導的な指示をしたこと
➄コンサルティング会社介在させる方法は、顧問弁護士のアドバイスと偽証し、責任転嫁したこと
➅第2四半期の決算に、当該不正行為の実在および自らも関与した隠蔽工作していることを知りながら、会計監査法人へ提出すべき「経営者確認書」に「不正はない」と山本社長と共に偽証の下、署名して提出したこと
➆11月20日の取締役会にて、ベトナム会社の賄賂支払いの通知の際に①②③④➄に記述のとおり、コンプライアンス違反について全て関与・認知しているにも関わらず監査等委員に対して、報告の際は「不正支払いの疑義があり、まだ事実はわからない」と偽証した説明を行い、監査等委員への情報通知を意図的に遅延させたこと。
 以上の行為は,当社のCFOのポジションである取締役の会社に対する、スークホルダーに対する犯罪行為に値する。また、新井常務の立場も総務部門を管掌し、IRや法務の担当にもかかわらず、前述椎名取締役のコンプライアンス違反行為➁➂➃➄を共に行っている。
 当社は「人・物・金」の管掌役員がコンプライアンス違反や内部統制システムを崩壊させる行為を行っている。このような対応を容認させている原因・責任は、山本社長にある。
2・当委員会は、2017年ベトナム会社での税関監査官への賄賂の支払いの事実もあったと認定した。この支払について、
➀この賄賂20億ドンの支払いは、税関監査官へ追徴金の軽減目的で当社からの提案であること
➁山本社長は事前承認を行っている。
➂その他、会食時にお土産として千ドルの賄賂も支払うことを事前承認している。
➃この事実を山本社長は、当時経理財務部長であった現椎名取締役(取締役:2019年6月就任)に情報共有の目的で報告させている。以上のコンプライアンス違反に関与して、内部統制システムの不備を是正することも無く隠蔽し続けていた。
「社長が、会社の利益のためならコンプライアンス違反も咎めない」との認識で、山本社長の事前承認は得ていないが2019年の賄賂支払い要求にも応じている。山本社長は、社員全員に配布している「コンプライアンス・マニュアル」に経営トップとして「コンプライアンスの徹底」をメッセージとして発信している。その当人が、コンプライアンス違反に関与・黙認・隠蔽工作等をしている事実が判明した会社の根本的是正は、今の体制では非常に困難な課題である。
第6・再発防止への提言
1・現状引き起こされたコンプライアンス違反への適切な対応
・リーガルアドバイザーとの連携を密にした対応
2・決算報告の修正
・二〇一九年度中の修正
3・関係者の適切な処分
・原因究明と関与者のコンプライアンス違反で発生した損害の算出
4・体制、組織の見直し
・海外拠点の危機管理対応と経理財務部門の強化
5・コンプライアンス教育の徹底
・経営トップの有言実行徹底
6・取締役会のガバナンス再構築
1)取締役会メンバー全員による信頼の再構築
2)資本と経営の分離
3)社外取締役のリーダーシップ
4)指名・報酬委員会の検討

 【再発防止への提言】については、報告書に記載されていたのは項目と内容の箇条書きだけで、松村弁護士から「こういう内容を記載したい。御社として取り組みは、どうか」と可能性の可否を問うていたが、取締役全員の視線は「第5・調査の総括」の内容で止まっていた。顔色の変わった取締役は、イライラした時に口先をムズムズさせる癖の出ている新井常務と俯き加減になったままの椎名取締役であった。【第6・再発防止への提言】については、詳細の討議もなく、第三者委員会の説明のあった項目に準じることとして纏めることとなった。説明会の最後に、委員であるDC新世界監査法人の伊藤公認会計士から、
「私からも調査に係わったものとして、一言申し上げさせていただきます。今回のコンプライアンス違反は、日帝工業株式会社の最大の危機であり、責任は取締役全員にあります。このことを踏まえ、もう一度、取締役全員が、一枚岩となって対処してください」という発言で終了した。引き継ぐように、林・吉田杉本法律事務所の林谷弁護士が、
「第三者調査委員会の委員のみなさま、大変ご苦労様でした。重要なポイントを明確に纏めていただいた報告書となっており、取締役のみなさんも理解いただけたと思います。委員の先生方が離席される前に、取締役の皆さんに決議してもらいたいことがあります」山本社長が何かを振り払うように
「それは何でしょう」
「第三者調査委員会の調査報告書の『公表版』の件です。本日、取締役の皆さんに配布された調査報告書は、再発防止策はこれから完成していただきますが、そのまま公表できません。それは、個人情報の関係や当社の不正のあった国が特定されてしまうことを避けねばなりません。一般的に内容や表現を変えずに開示を避ける情報を黒塗りしたものを『公表版』といいます。その作成をどうするかという決議です」山本が続けて質問した。
「自分達でもやって良いのでしょうか」
「構いませんが、さきほどの個人情報やまた、偏った黒塗りをすると関係者や投資家等から責められる場合があります」
「調査報告書の著作権は誰のものですか。という質問は、当社作成依頼したものですが、報告書の著作権も移管されるのでしょうか」両角が確認した。
「第三者調査委員会の調査報告書の著作権は、第三者調査委員会の三名の委員にあり、そのままです」原田が答えた。
「それだったら、この三名の委員の方々に引き続き『公表版』も作成していただくべきでしょう」東野が発言した。
「調査報告書の『公表版』には、どこまで名前がでるのでしょう」新井会長が息子や椎名に気遣ってか、質問した。
「取締役は全員出ます。いわゆる準公人という取り扱いです」椎名は未だ俯いたまま調査報告書を注視していた。
「山本社長、臨時取締役会の開催宣言をお願いします」新井常務が総務管掌役員の仕事をしている。

【取締役会:2020年2月28日(第三者調査委員会の調査報告会後)】


「それでは、みなさん、これから臨時取締役会を開催します。取締役9名、全員出席、その内、監査等委員3名全員出席しておりますので、この取締役会は、法的に成立しております。議案は一つ……」
「山本社長、口を挟み申し訳ありません。議案は二つとしてください。後報させていただきます」林谷弁護士が、介入した。
「それでは議案は二つです。一つ目の議案は、〔第三者調査委員会の調査報告書の公表版作成依頼の件〕です。引き続き、第三者調査委員会の委員のみなさんに『公表版』の作成を依頼することを付議します。賛成の方は挙手願います」山本が、決議するように取締役全員に聞いた。
「異議ありません」全員賛成し、承認された。
「それでは第三者委員会の先生方、引き続きよろしくお願いします」山本が依頼すると
「了解しました」原田が代表して受諾した。
その後、第三者調査委員会の三名の委員は、退席していった。
「取締役のみなさん、重い調査結果でお疲れとは思いますが法的にすぐ対応すべきことがありますので、取締役会の継続をお願いします。これは、インサイダーにもかかわりますので、もうしばらく会社のリスクに真剣に向き合ってください」林谷は、自分たちが第三者調査委員会の設置をアドバイスしたことに責任を感じているのか、主導権をもって半ば、強制的に取締役らを説得するように話し始めた。
「第三者調査委員会の調査報告書に記載されていたとおり、委員会は2017年6月の税関監査官への賄賂、および2019年8月の税務監査官への賄賂の支払いを事実と認定しました。先ほど決議していただいたとおり、委員会へ作成依頼した『公表版』が完成後、貴社は報告書を適時開示しなければなりません。貴社の違法行為が公表されます。具体的には『日帝工業株式会社は、不正競争防止法第18条第1項(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁に該当する行為を行ったという事実を認識した』ことになります。このことは公表だけでは済みません。刑事罰に該当する違法行為を認識したわけですから、法で裁いてもらうことになります」
「林谷弁護士、回りくどい言い方ですがストレートに何をすべきか、ハッキリ通告してください」甲斐常務が、痺れをきらしたように言った。
「申し訳ありません。刑事罰を自認したわけですから刑事罰関係省庁へ自主申告すべきと申し上げたい」
「要は、『自首』するべきということ」両角が確認した。
「そうです。法人なので『自主申告』という言い方をしましたが」
「誰が対象となるの」山本が不安そうに聞いた。
「日帝工業株式会社と代表取締役である山本社長、あなたです。後、実際、賄賂を渡したベトナム会社田村社長と本社側では、竹腰部長です」
「どういう罪になるの」山本が続けた。
「まず『自主申告』すると取り調べが行われます。そして、地検は。すいません、『自主申告』先は地検になります。起訴できるか否か、決めます。今までの判例等では起訴されると考えます。その後、裁判となり、会社が起訴された場合は罰金刑、代表者等の関与者は、実刑である懲役と罰金、執行猶予はつくと思いますが。自主申告するのは会社が起訴されないようにするためです」
「会社が起訴されようが、されまいが余り影響はないでしょう」
「いえいえ、山本社長、会社が起訴されなければ関与者の量刑も少し有利になる場合があります。だから、この場で『自主申告』するかしないか決議していただきたくお願いします」
「もし『自主申告』するとしたら、いつするのですか」
「上場会社ですから、市場への影響もありえます。すぐするのが良いのですが『自主申告』する場合、証拠の提示が必要です。調査報告書が必要ですから、本日の調査報告書の正式提出を受領してからか『公表版』を受領してからの方が、東証への開示と同時になり、よろしいかと考えます」
「第三者が法令違反を認定して、取締役らが認識したわけですから時間をかけるのは良くないですよね」東野は確認した。
「それは説明したとおりです」
「それなら、第三者調査委員会の調査報告書を待たずに『自主申告』しましょう」
「証憑等が必要と説明したはずですが」
「監査等委員会の調査報告書【日帝ベトナム会社、税務監査不正対応調査報告】を証憑としてください」
「監査等委員会の調査報告書をですか」林谷が確認した。
「ハイ、そうです。本日の第三者調査委員会の調査報告書の説明や、調査報告書に添付されてある証憑を確認しましたが、証憑は監査等委員会の調査報告の際に、使用、添付した資料と全く同じです。両角さん、何か違う証憑ありましたか」
「いいえ、コピーしたように同じでした」
「佐藤さん、我々の報告内容と、第三者調査委員会の調査報告の内容に相違がありましたか」
「見比べてみないと全くとは言えませんが、内容、証憑等は、同じでした」
「先週、21日に監査等委員会の報告会後、第三者調査委員会にも調査報告書を送付しましたから参考にしたかもしれません。林谷さんにも送付しましたよね」
「会社として正式な書類と決議していないし、第三者の調査報告ではないよ」新井会長が意見した。
「監査等委員会で、正式に決議しています。第三者の調査でない方が、逆に、自社の自浄作用が機能している監査等委員会設置会社という主張ができます」
「自分たちのことばかり、考えているんじゃないの」
「新井会長、監査等委員会の調査報告会の際に自分たちで事実の認定をしなかったわけですから、もうやめてください。第三者に指摘されて自主申告するなんて、恥ですよ。監査等委員会の調査報告は確かに正しかったでしょう。なぜ認めないのですか」甲斐常務が新井会長の口を塞いだ。
「加えて『自主申告』意味が、まだ、理解されていないようで。『会社は、捜査に全面的に協力する。できるだけ資料の提供をする。より早く対応する』ということが、会社の起訴を免れることもあると思います」
「わかりました。東野さん、我々も、もう一度、監査等委員会の調査報告書の内容を検証します。また、時期については東証に相談に行きませんか」林谷が提案した。
「それについては、大木弁護士、林谷弁護士に検証をお願いしましょう」山本社長が結論を流すように言った。
「山本社長、取締役会の議題の二つ目は〔自主申告の件〕です。それでは当社として『自主申告』をするか、しないかの決議をお願いします。それから大変おこがましいですが『自主申告』すると決議された場合に、その手続きを当法律事務所で良いかも決議お願いします。他の法律事務所のご提案があれば、それでも構いません」
「林谷弁護士、取締役会として決議する場合、山本社長は決議に参加してもよろしいのでしょうか。『自主申告』した場合、山本社長は、いわゆる『容疑者』となる訳ですよね。自分が『容疑者』となることに決議させることは、いかがなものでしょうか」両角が確認した。
「両角さんのご指摘のとおり『自主申告』すると山本社長は『容疑者』となります。どちらでも構いません。会社の記録的には決議から外れていただいた方が良いでしょう」
「……わかりました。私は、不本意ですが、決議から外れます。第二議案は、林・吉田法律事務所のご助言である『ベトナム会社の外国公務員に対する賄賂支払い』の違法行為に対して、当社として『自主申告』することに賛成の方、挙手願います」全員挙手した。
「全員賛成で『自主申告』することが決議されました。また、付随した議案として『自主申告』の法的手続きを、当社のリーガルアドバイザーである林・吉田杉山法律事務所に依頼したいと提議します。賛成の方、挙手願います」この議案にも全員が挙手し、決議された。
「決議ありがとうございます。これで臨時取締役会を閉会します」
「みなさん、お疲れのところありがとうございました。本日の第三者調査委員会の調査報告を受けて、本日中に法的に対応すべきことは完了しました。当法律事務所で『自主申告』を踏まえ、その手続きや日程等検討して、報告させていただきます」
「監査等委員会の資料についてもよろしくお願いします」
「わかりました」
「それから『自主申告』に関しての情報は、全て、取締役メンバー全員に通知ください」
「それは、どういう意図でしょうか」東野は続けた。
「本日の第三者調査委員会の調査報告に一部の取締役との打ち合わせで、第三者調査委員会の設置についてアドバイスされたこと、監査等委員として知らされておりません」
「その相談は、まだ、リーガルアドバイザー契約する前でした」
「相談の弁護士費用は、生じていないのでしょうか」
「経理に確認してみます」林谷は逃げた。
「リーガルアドバイザー契約は一部の取締役殿契約ではなく会社としての契約です。とにかく当社は、リスク管理がオープンでなく、都合の悪いことは隠蔽します。これが不正行為の要因の一つですから」東野は言い切った。
「わかりました。情報提供は、みなさんに共有できるよう通知します」
「もう一つ相談があります」
「東野さん、もう、みなさん疲れています。早く終わらせましょう」新井常務がクロージングを促した。
「自分たちのことばかり、考えないでください。課題は、現地対応と容疑者となる社員のことです。会社で同サポートできるか、考えねばなりません。取締役だけ弁護等の優遇できませんから」
「おっしゃる通り、現地対応も非常に重要です。これも当法律事務所で案や日程等を提議します。ご検討ください。東野さんにお伝えしたいのは『自主申告』をすると、その容疑者となる山本社長や竹腰部長、ベトナム会社田村社長の弁護は会社としてできませんのでご承知ください」
「申し上げたいのは『自主申告』のやり方です。取締役に有利な申告にならないようにお願いしたい。容疑者全員平等に関与事実に準じて対応すべきということです」
「わかりました」林谷は、淡々と回答した。
「それでは、これで解散とします」山本社長が、有無を言わさないように締めた。東野は両角と佐藤に声をかけて、共に、6階に降りていった。午後七時に近くなっていたが、二人を会議室に導き、話を始めた。

「両角さん、佐藤さん、長時間お疲れさまでした。お疲れのところ、引き留めて済みません。第三者調査委員会の調査報告書で、賄賂の事実認定と自主申告することが、決議されました。今後の監査等委員会の対応方針についてちょっとだけ相談させてください」
「東野さんこそ、お疲れ様でした。第三者調査委員会の調査報告の証憑は、監査等委員会の証憑と全く一緒でしたね。それに賄賂の事実認定についても一緒だし、東野さんの纏め方は正当と証明されました。佐藤さん、納得されましたか」両角が佐藤に振った。
「私も、監査等委員会の調査報告書は正しかったと認識しました」
「佐藤さん、やっと認めていただきありがとうございます。しかし、事実認識に『正しかった』という表現は不適切です。『事実』は一つしかありません。それを証する証憑や証言を数多く収集し、判断するだけです。監査等委員会の報告会の時に、不正に関与した取締役らは私が発表した『事実』について反論も承認もしていません。彼らが否定したのは、方法論です。『ヒアリングをやっていない』だの『検証が必要だ』など。佐藤さんも監査等委員会でも同様の発言をされて、調査報告書の決議については棄権されましたが」
「申し訳ありません」
「佐藤さん、第三者に言われないと『事実確認』を認めない。それも自分自身が行ったことですよ。恥を晒していますよ。新井会長や山本社長も第三者調査委員会に賄賂の事実認定された時、誰とも目が合わせられず、視線が宙を浮いていましたよ。みっともない」両角は状況を思い出しながら説明した。佐藤は、何も言えなかった。
「今日の第三者調査委員会の報告会でも関与した取締役らは賄賂の『事実認定』及び『不正行為への関与』を否定しませんでした。ということは、自他ともに認めるコンプライアンス違反の取締役らとなります。既に周知のとおり、ベトナム会社の賄賂支払いは『不正競争防止法第18条第1項(外国公務員等に対する、不正の利益の供与等の禁に該当する行為』で刑事罰対象、つまり逮捕される場合もあり得る訳です。監査等委員としては、当該職責の山本社長を始めてとして、刑事罰対象でなくても取締役らの責任を追及していかなければなりません。手段は、別途考えて相談させていただきます。そのところ良くご理解ください」
「本日、明確になったのは山本社長だけですよね」佐藤が念を押した。
「佐藤さん、山本社長は、刑事罰対象のコンプライアンス違反者です。ただ、コンサルティング会社との契約も同法『不正の利益の供与等』に抵触する可能性があり、関与した取締役らも刑事罰対象になるかもしれません」
「でも未遂ですよね。途中までで止めた」
「佐藤さん、何を今更、忖度するのですか。刑事罰抵触がコンプライアンス違反では、ありませんよ。彼らは、内部統制システムを崩壊させた容疑者です」両角が吠えた。
「済みません。想定質問と捉えてください」
「コンサルティング会社との契約は途中ですが、お金のやり取りは、2回行っています。実行犯となるかもしれません」
「忖度じゃありませんよ。想定質問させてください。『損害は発生していない』のに責任追及できますか」
「想定質問にお答えします。まず、両角さんのご意見のとおり、既に監査等委員を除く取締役はコンプライアンス違反者です。賄賂支払いに直接関与しなくても、賄賂支払いの隠蔽工作も、刑事罰の対象となるかもしれませんし、内部統制システムしかり、危機管理規程、リスク管理規程、企業会計原則等に違反しております。損害についてですが、既に発生しています。発生を現金支出の帳簿記帳とするならば、未だですが、第三者調査委員会の費用、会計監査法人の追加監査の費用、第3四半期決算の延期費用や、2年間の決算修正費用等は、この有事のために発生した、損害に当たります。佐藤さん、我々の責任追及すべき対象取締役は、監査等委員を除く全員です。もし、責任追及ができないのであれば、辞任してください。私は、同じ監査等委員の妨害で『監査等委員会としての職責を果たしていない』と株主や投資家に訴えられたくありません」東野がこれまで明確に佐藤に進言したことはなかった。
「私は辞任はしません」
「取締役の責任追及できますか」両角が確認の質問をした。
「事実が明確になれば責任追及します」
「佐藤さんの『事実が明確になる』とはどういう意味ですか」
「今回の第三者調査委員会の報告のような調査報告を経て判明した事実です」
「監査等委員会の調査結果だけでは『事実は明確にできない』ということでしょうか」
「監査等委員会はいつも2対1で決議されてしまいます。その決議が偏ったり、間違っていたりすることを恐れています」
「私は、逆に感じています。佐藤さんがいつも取締役が、被害を被りそうな議案や立場が不利になる議案に対して、反対をするか、時間稼ぎ的な決議の引き伸ばしを謀ります」
「佐藤さん、取締役会では、新井常務から意見を求められると『監査等委員会では反対したが決議された』とか『資料を確認するのに十分な時間はなかった』等、監査等委員会の非を訴えて、山本社長や新井常務サイドに合わせた決議をいつも行いますね」東野が両角の指摘に加えて追随した。
「東野さん、ストレートに言わせていただきます。貴方は、名誉会長派、明神派、社長降ろし派ですよね。中立な立場で、監査等委員を務めていないと思います」佐藤が思い切ったように「指摘返し」をしてきた。
「どこがですか」東野は「また、この話か」と半ばあきれていた。
「名誉会長に有利になるように監査等委員会を運営しています」
「佐藤さん、もっと具体的な事例で、私が『名誉会長のため』やその『社長降ろし派』に有利に動いたことがあれば、教えてください」
「例えば、ベトナム不正に関し『名誉会長の経営介入について』は、何も触れていません」
「私は、8か月位しか当社で社外取締役としての経験はありませんが、取締役会で名誉会長が現れたり、決議に影響するような行為に接したことはありません。佐藤さん、両角さん、過去に名誉会長のそのような行為があったのでしょうか。逆に質問して済みません」佐藤は沈黙していた。
「私も明神要氏が、名誉会長になられてから、そのような経験はありません」両角が代わりに回答した。
「両角さんが、経験がなければ佐藤さんも無いということで良いですよね。お二人、同じ取締役会に出席している訳ですから。佐藤さん、私が『社長降ろし』的行動をとったと判断された事例はありますか」
「11月20日の執行役員の非正式な会合を認めていますよね」
「私が『認めている根拠』は何でしょうか」
「非正式な会合で決めた、通報制度に訴える相談を受け付けています」
「あの通報制度の訴えは、非公式な会合で決めた行動だったんでしょうか。通報制度の相談内容は、監査等委員で情報共有しましたが、通報制度の相談内容で、会合で決めたことが、わかりましたか。また、仮に会合で決めたこととして、その場合、相談を受け付けてはいけなかったのでしょうか。私は、その相談に会合の結果を反映させた、ハラスメント認定を行いましたか。佐藤さん、大事なところですのでハッキリ回答ください」
「会合の結果を反映した認定は行っていませんでしたが『嘆願書署名者』に対する指揮命令系統違反の認定も行っていません」
「佐藤さん、山本社長から『嘆願書』に関して通報制度に相談はありませんでした」両角の回答に東野は吹き出しそうになった。
「佐藤さん、『嘆願書に署名して大株主に提出すること』は『指揮命令系統違反』なのでしょうか。業績に係わる生産ストや販売のボイコット等ありましたか。私は認識ありません。また、業績予想で、収益は、昨年と同様の数値が出る見込みと報告されています」東野は続けた。
「佐藤さん、逆ですよ。監査等委員として、ベトナム不正の事実確認や責任追及を行っている取締役らの対抗手段としていわゆる『派閥争い』を利用されているのではありませんか。私は、明神専務も甲斐常務も責任追及しますよ。ただ、その他の取締役と軽重は付け
ました。あの監査等委員の調査報告書の重要事項に関与した取締役のマトリックスを思い出してください。ちょっと待ってください。PCにありますから。えっとファイルはこれで。見てください。このマトリックスで判断しています。一つ〇は、新井会長もですよね。中立・公平な対応はしませんよ。事実を認めず、深く関与した者には、より厳しく証憑にもとづき責任追及します。第三者調査委員会も名言避けたように『例え、明神名誉会長の経営介入があったとしてもベトナム会社の賄賂支払いの要因にはならない』と報告されていましたね。もう一度、宣言します。私が監査等委員として職責を果たすのは、コンプライアンス違反で当社に損害を与えた取締役の責任追及です。佐藤さん、別に納得されなくても良いですから妨害は止めてください」
「妨害なんてしていません。意見を述べているだけですから……」
「佐藤さん、事実を良く認識して、他社との比較や事例を研究しましょう。それが社外取締役の職責の一つです。東野さんの当社の有事への対応案は一般常識を逸脱していません。むしろ山本社長、新井常務、椎名取締役の行為が取締役としての職責を逸脱しています」両角が纏めた。佐藤は、反論もなく帰路に着いた。時刻は既に、午後8時になりかかっていた。
「東野さん、もうひと頑張りお願いします」
「何でしょう」
「赤羽、忍屋で明神専務、甲斐常務が『お待ちしています』と連絡がありました。慰労会です。行きましょう」東野は週末だし、彼らに宣言することもあるので、参加することにして両角と共に、タクシーで赤羽に向かった。忍屋は、金曜日で混んでいたが、午後八時過ぎていたので、帰宅か一次会としての終了の顧客も多く受付での会計に列を作っていた。
「お持たせしました。佐藤と一戦、交えていました」両角の第一声である。
「お疲れさまでした。少し遅い時間ですが、今日の第三者調査委員会の調査報告を確認して、改めて、東野監査等委員の作成した監査等委員としての調査報告書の正確さを賞賛すべきと甲斐さんとまた、慰労会を開催してしまいました」明神専務が、生ビールで乾杯しながら話した。
「東野さん、両角さん、今回の第三者調査委員会の調査報告内容は、山本社長らにとって予想通りの内容だったんでしょうか。新井常務が自ら、自分の伝手で、監査等委員も選任に関与させなかった委員の報告として。報告会の雰囲気から自分たちでコントロールできなかった内容となってしまったような感じがしました」甲斐が推論を述べた。
「私も同様のことを感じました。椎名に対してのコメントには厳しいものがあってホットしましたし、名誉会長の経営介入についても差し控えていました。報告会後の『自主申告』の臨時取締役会開催する時、山本は何かメモを見ていました」
「両角さん、さすが、よく見ていますね。確かにメモを読み上げるような語調でしたね。甲斐さんのご指摘の第三者調査委員会の報告書に山本社長らの意図は、考慮されたかという点ですが、私は『意図は反映されていた』と思います」
「えっ、反映されていましたか。結構、あからさまに非難していたと感じましたが」明神専務が、既に赤い顔になっていたが乱れることなく発言した。
「みなさん、やはり優しいですね。私が捻くれているのでしょうか。私見として聞き流してください。さきほどの結論を言い直すと『意図は反映されたが、第三者調査委員会としてあの表現の記載までしか、できなかった』というのがわかり易いかもしれません」
「本当は、もっと厳しい内容だったということですか」明神が確認した。
「私はそう思います。何か事前に打ち合わせがあったと思いますよ。そのことを勝手に確信したのが、最後の伊藤公認会計士の結び詞です。彼は『責任は、取締役全員にあります。このことを踏まえ、もう一度、取締役全員が、一枚岩となって対処してください』と発言しました。なぜ取締役全員の責任でしょうか。少なくともベトナム会社の不正行為に関して、社外取締役監査等委員は、一切、関与していません。そのことは、原田、松村両氏の報告内容に監査等委員の関与に係わる指摘事項はありません。裏付けのない発言です。また、発覚後の対応に関して『取締役全員に責任がある』と解釈をしても無理があります。監査等委員会は、12月5日の取締役会で、中間報告した時から『コンプライアンス違反の事実の認定』を通告し続けて開示を求めていますし、第三者調査委員会が、報告会を早めたのも監査等委員会の調査報告があり、資料と共に『法令違反の事実認定判断』を第三者調査委員会に通知したからであり、第三者調査委員会の報告書の中でも監査等委員会の調査内容は認めていましたので、やはり裏付けのない発言でした」
「そのような裏付けのない意見をなぜ、発言したのでしょう」
「文書に記載できないから、口頭でなら、ある程度、意図を反映してもいいだろうと判断したと思います」
「報告会は、全部、音声録音しました」
「まあ、口頭であれば、また、あの程度であれば、何とでも理由付けはできると判断したのではないでしょうか。また、全体的に椎名取締役には真っ当な厳しさで法令違反等を指摘していますが、それと比較すると山本社長への指摘事項の内容が甘い感じがしました。あと、第6・再発防止への提言にも気遣った表現と思われる記載があります。
4・体制、組織の見直し
・海外拠点の危機管理対応と経理財務部門の強化……強化だけで、書き止めています。
6・取締役会のガバナンス再構築
1)取締役会メンバー全員による信頼の再構築……さきほど指摘した『取締役会メンバー全員』という表現には、容疑者となる山本社長やCFOとして職責を果たさなかった椎名も入っています。
2)資本と経営の分離……この表現は、両刃の剣になりますが、明神名誉会長の排除を思わせます。事実認定等では、法的な要素があり、忖度はし辛いですが、再発防止策は提言であり、通告等ではないので、意図を反映させたと思われます」
「なるほど、第三者調査委員会は、もっと厳しく書きたかったという意図であれば、表現に気を使っているところがありました」甲斐が納得するように言った。慰労会は、第三者調査委員会の事実認定のまともさや、監査等委員会の調査報告書をどこまでコピーしたか。山本や新井会長、新井常務、椎名の今後の対応の予測等についてで議論が盛り上がった。午後10時になり、そろそろお開きになる前に、東野は明神、甲斐両氏への依頼事項を話し始めた。
「監査等委員会の調査報告関係の纏めが、上手くできたのも明神専務、甲斐常務の改心後の幹部部下への資料提出や証言等の強いご協力の下、完成させることができました。誠にありがとうございます。ただ、今後についてお願い事項が二件あります。ご了解いただけましたら幸いです。まず一件目は、今後、このようなフランクなお付き合いは止めさせていただきます。理由は、監査等委員としてこれから、明神専務、甲斐常務お二人を含めた6名の取締役としての責任追及をします。山本らの監査等委員への対抗手段は、二つ考えられます。一つは、佐藤に依頼して、監査等委員会内での種々決議の延期や妨害、もう一つは、取締役会での多数決議による妨害です。そこには、明神専務と甲斐常務の特別扱いによる不公平さを訴えるケースもあり得ますのでそれを回避するためです。二件目のお願いは取締役会での強い主張をお願いします。執行サイドで自分たちの責任を認識していただいた取締役は、明神専務と甲斐常務お二人だけです。さきほども言いましたが、これから自己保身策を固め、構えて対抗してくるであろう、山本らの取締役会での佐藤も加えた、自分たちに有利な諸議案の多数決による強硬決議が考えられます。多数決による決議は残念ながら覆せませんが、対応すべき意見は、明確に伝えてください。取締役会としてのガバナンス崩壊是正のために少なくとも議事録に明確に残す手段です。よろしくお願いします」固い決意を語った。
「東野さん、両角さん、今後の当社の行く末は、監査等委員会の職責遂行にあります。我々も取締役としての職責を再認識して是正に取り組みます。表立っては、自分たちの是正に取り組む姿勢を明確に通告して、ベクトルが同じであれば連携も密にして来る日に向けて闘い続けます。こちらこそよろしくお願いします」甲斐が東野の依頼に応じた形で返答した。
「私も甲斐さん同意見です。よろしくお願いします。日帝工業株式会社の再生に力をお貸しください」明神も熱く返答した。
「ご理解ありがとうございます。業務上の連携は堂々とやりましょう。私的交流は避けさせていただきます」東野、両角は、良き理解者であり、協力者に申し訳ない気持ちでいっぱいであった。

【アンダー・サーフェイス 2】


2月27日午前9時:第三者調査委員会の調査報告会の一日前
「新井常務、今よろしいでしょうか」
「大木弁護士、何か急用でしょうか」
「ちょっと明日の件で相談したいことがあります。当事務所へお越しできますか」
「私一人でよろしいでしょうか」
「できましたら、山本社長とお二人で、但し、当事務所での待ち合わせでお願いします。できれば、なるべく早く」
「わかりました。山本に予定を確認後連絡入れます」新井常務は電話の後、すぐ8階社長室へ向かった。山本にも事情を話し、何とか時間を空けてもらい、林・吉田杉本法律事務所にある丸の内パークビルディングへ山本社長は社長車で、新井常務は、自分の車で別々に向かった。新井は、
「大木弁護士ですか、車2台で別々に貴事務所へ向かいます。多分、10時には到着できると思います。丸の内ビルディングの地下の駐車場は使えますか」
「法律事務所としての駐車エリアは確保しておりませんので申し訳ありませんが、一般で、ビル訪問者の駐車場をご使用ください」
山本が、林・吉田杉本法律事務所の受付に到着したのはちょうど十時であり、会社名を告げるとすぐ会議室に案内された。会議室には、新井と大木弁護士が待ち構えていた。
「山本社長、お呼びだてして申し訳ありません。明日の第三者調査委員会の調査報告について相談があります」
「というと何か悪いニュースでも」山本は不安そうに答えた。
「新井常務から第三者調査委員会の調査報告書のドラフトを入手してほしいと依頼があり、やっと昨日、ドラフト案の案を見せてもらうことができました。ただ、今も作業中で、内容が変わる可能性もあります」大木は、ひと呼吸於いて続けた。
「非常に厳しい、内容です。事実認定は、ほぼ監査等委員の調査結果と同様です」
「それなら内容は承知しており、大木弁護士に言われたとおり『検証が必要』で押し通しました」山本社長が驚くこともなく回答した。
「山本社長、大木先生は、第三者調査委員会の調査報告時には『検証が必要』」が使えないということを仰っています。……監査等委員の調査と同様ということは、法令違反と認定されたということですか」新井が確認した。
「そうです。山本社長は『不正競争防止法第18条第1項(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁に該当する行為を行った』とされ『被疑者』となります」
「えっ。私がですか」
「そうです。自主申告した場合、正確には『会社の代表取締役として』と言いたいですが、2017年は事前承認して、指示していますから『共謀共同正犯』に問われるかもしれません」
「自主申告しなかったら」
「罪が更に重くなります。自主申告すべきと考えます」
「自主申告しなくて、どうして司法当局にわかるのでしょうか」
「当社は、第三者調査委員会設置したことを開示通知しております。調査結果報告書も開示することになります」
「調査結果を開示しなければ……」
「山本社長、もうお止めください。明神家や監査等委員が黙っていませんよ」
「新井常務、君は会社の利益を考えてやったことで、自分が司法当局に逮捕されて『前科者』になることを受け入れられるの」山本の悲痛さと怒りの籠った発言に新井は答えられなかった。大木が話を纏めるためか
「済みません。最初に強烈な言い方をした私が悪かったです。申し訳ありません。その件については、また、別途相談させてください。まだ時間はあります。とり急いで対応すべきことは、明日の第三者調査委員会の調査報告の内容です。事実認定等については、変更依頼はできませんが、第三者調査委員会の主旨を変えない言い方、また意見については、今日の午前中まであれば相談できます。全部に目を通すことは無理ですので、私の判断で『第5原因分析』を抜粋しました。ここで、今、内容確認していただき度、来社いただいた次第です」大木は7ページの『第5原因分析』のコピーを二人に渡した。(もちろん、この『第5原因分析』は、当日、配布した資料とは違い、関与者の取締役としての責任等がもっと厳しく問われていた)
「それから『この文章をこういう表現に書き直してください』とは、申し出できません。
推敲行為的な権限はありませんし、第三者調査委員会も断るでしょう。委託者からの調査結果の改竄依頼を認めることになります。とにかく、まず一読ください」大木は委託者の立場の説明を加えた。二人は、大木から渡された『第5原因分析』を読み始めた。読み進むにつれ、山本、新井は、顔つきをしかめ始めた5分ほどして、二人は、同時に顔を上げて読み終えたことを大木に知らせた。
「大木先生を通して選任した意味がなかったですね。監査等委員会の結果と変わらない」山本は大木にクレームした。
「大木先生、これはやむを得ませんか」
「新井常務、委員の方々は、まだ、抑えた表現をしていると思います」山本のクレームは無視して、大木は答えた
「どのような表現で委員会に依頼ができますか。『こういう書き方にしてほしい』と具体的表現ができなければ……わかりません」新井が困ったように大木に聞いた。
「そうですよね。依頼し辛いですよね。私の方で、依頼表現を考えてみましたので参考にしていただければ幸いです」
「教えてください。お願いします」
「委員会の主旨を立てて、お願いするわけですから『経営責任としての取締役全体の責任の強調および不正に関与した取締役の更迭ではなく是正させる言い方』の意図を含めた表現を強調してもらう』表現で、お願いしてはいかがでしょうか」
「それ位ですか。依頼できるのは」
「焦点が、定まらない感じですが」新井と山本は大木の表現で、委員会メンバーに伝わるか不安な思いで聞いた。
「今より、文面が軟調になる可能性はあります。保証はできませんが」
「わかりました。山本社長もよろしいですね。寧ろ、事前に一部でも拝見させていただいて良かったです。大木先生ありがとうございました」山本は、不服そうであるが、新井が大木の好意に礼を述べた。
「もう一つ通知があります」大木が改まって話始めた。
「明日の第三者調査委員会の調査結果の報告会にリーガルアドバイザーとして、我々にも出席の要請がありました。これは、第三者調査委員会が2017年、2019年の賄賂支払いを事実と認定したため、刑事事件に該当するためです。先ほど少し触れましたが、我々は第三者委員会調査結果に基づき上場会社のリーガルアドバイザーとして『自主申告』することを提言します。貴社は、調査結果および我々の提言に基づいて、その場で臨時取締役会を開催して『自主申告』をするか否かの決議を行ってください」
「明日、決める必要がありますか」
「リーガルアドバイザーが、明日、契約先の貴社の刑事罰案件を認知するわけですから、その場でお願いします。その場で決議せず情報が漏れた場合、インサイダー情報になる場合もあります」
「わかりました。今となっては、事実認定は覆せないわけですから、ご提言とおり、行います」新井が返答した。
「進行案は、準備して明日、調査報告会前に山本社長にお渡しします」
「進行案が無くてもできそうな内容ですが」
「山本社長、大変失礼ですが、限られた人数の前ですが、社長が『被疑者』となります。今と違った感情を抑制できなくなるかもしれませんので、メモ程度はあった方が、良いと考えます。必要なければ、メモは見ずに進めてくださって結構です」
「わかりました。ありがとうございます」二人は来たときと同じように、丸の内パークビルディングから時間をずらして別々に帰社した。大木弁護士の事前対応で、第三者調査委員会が、考慮した調査結果報告書の内容については、大木弁護士、山本社長、新井常務の三人以外は、誰も知る由もなかった。

【取締役責任追及 1】


 第三者調査委員会の報告会後、東野は、今まで不正関与した取締役の事実認定問題の是非が社内で解決したことにより、監査等委員会としての今後の対応について検討して両角に相談した。
「両角さん、先日は遅くまでお疲れさまでした。あの時、話に出た、今後の展開について意見を纏めましたので相談させてください」
「ハイ、わかりました。取締役の責任追及の件ですね」両角が電話で答えてくれた。
「そうです。両角さんにお聞きしたいのは、第三者調査委員会の調査結果を受け、誰の責任追及を行うべきとお考えですか」
「まずは、山本と椎名の取締役の辞任でしょう。本当は泰も辞任させたいのですが、彼の刑事罰違反は、まだ明確にできていませんし、第三者調査委員会の指摘が有効に使え、他の取締役と差別化すべきは、山本と椎名でしょう」
「100%、同意見です。そのために監査等委員会を開催したいと思います。議題は『取締役責任追及の件 1』で行いたいと思います。資料等は私の方で作成しますので、ご意見・承認等よろしくお願いします」
「わかりました。我々の調査結果は、無視されましたので、第三者調査委員会の調査結果で攻めて、監査等委員としての職責である『取締役の監視・監督』に準じた善管注意義務違反の有無等を検討しましょう」
「それでは、監査等委員会の招集通知を第2案くらい候補日上げますので、検討よろしくお願いします」両角と考えていたことと同様だったので、詳細の説明や相談をする必要も無く電話は終わった。
 東野は、両角と佐藤へ監査等委員会開催通知を送付した。佐藤の時間が中々調整できず、3月19日開催となった。

【取締役会:2020年3月13日】午前10時開催


 この取締役会は、不正による決算修正を伴って決算を延長した第3四半期決算の発表のための取締役会であった。
「それでは、椎名取締役から、決算の修正作業内容と第3四半期決算概要の説明をお願いします」本議長が、指名した。
「まず、修正内容から説明し……。続いて2020年3月期決算の概要を……以上です」
「それでは、この内容で第3四半期の決算と過去の決算修正を発表したいと思います。賛成の方は、挙手願います」全員賛成した。
「それでは、これで取締役会を閉会します」
「ちょっと待って下さい。誰の名前で発表するのですか」両角が確認した。
「私と椎名取締役の名前で開示・提出します」
「第三者調査委員会の公表版はいつ開示するのでしょうか」
「まだ『公表版の完成版』は届いていません」
「第三者調査委員会の公表版をまだ、開示できないから今までの通りでいいんじゃないの」新井会長が申し出た。
「新井会長、結局、当社は自浄作用が働かない会社ということを外部発表するようなものですよ」東野が続けて非難した。
「審議して決めたら良いと思います」
「それでは、新井常務から付議提案がありましたので、第3四半期の決算発表は、山本と椎名取締役の名で発表することに賛成の方、挙手願います」山本、新井会長、新井常務、椎名、佐藤が賛成し、東野ら四人は反対したが、どうしようもできなかった。
「さくら有限監査法人へ提出する『経営者確認書』はどうなっているのでしょうか」東野が聞いた。山本、新井常務、椎名が顔を見合わせた。しばらく沈黙があり、
「さくら有限監査法人から『経営者確認書』には、執行役員全員の署名を求められています」山本が渋々と言った。
「そんな話は、聞いていませんよ」甲斐常務が怒って言った。明神専務も続けた。
「私も聞いていません。山本社長、なぜ重要なことを、まだ、隠蔽するのでしょうか」
「この『経営者確認書』の件は、取締役会決議事項ではありませんから……」
「山本社長、椎名取締役、あなた方の虚偽の申告で、さくら有限監査法人から信頼を失った訳でしょう。このことは、どう責任取るのでしょうか」
「両角さん、今、責任の件ではなく決算関連手続きの話です」新井常務が釘を刺した。
「第三者調査委員会の調査報告があった時点で、あなた方が責任を取っていれば、発生しなかった問題だ、と言っている訳です」
「もし我々が署名しない場合は」甲斐常務が確認した。
「さくら有限監査法人から監査報告が入手できません。上場会社として、会計監査法人の監査を受けた決算を開示できないことになります」
「上場廃止になるよ。それでも良いの」
「新井会長、脅しているのでしょうか。心外です」非難轟々の討議は続いたが、第3四半期決算は、今までの修正も行ったので、甲斐、明神専務も納得はできない様子であったが、共に署名することとなった。
「椎名取締役、不正による決算修正費用はどれくらいかかったのでしょうか」東野が最後に聞いた。
「……2千5百万円程です」山本、新井会長、新井常務、椎名らの顔の表情は引きつっていた。

【監査等委員会:2020年3月19日】午後1時


「それでは、これから監査等委員会開催いたします。本日の議案は、ベトナム賄賂支払いに関与した取締役の責任追及議案1です」
「あの途中で済みません。『責任追及議案1』とありますが、2というのもあるのでしょうか」佐藤が問うた。
「ハイ、本日は第一段で、今後も第三者調査委員会の調査報告後に監査等委員会として、取締役責任追及施策の可能性を検証中です」
「全体構想を固めてから、議案とするのはいかがでしょうか」
「佐藤さんも、ご承知のとおり、刑事罰に係わるコンプライアンス違反を第三者調査委員会で指摘され『自主申告』することも取締役会で決議しました。被疑者となった取締役の責任追及は早急に対応すべきです」
「佐藤さん、犯罪者が、社内に、また経営中枢にいることは、上場会社として信頼を損ないますし、社員が刑事罰の犯罪者からの業務命令をまともに受けられませんよ」
「わかりました。続けてください」
「それでは、続けます。取締役の責任追及の第一弾は、山本社長、椎名取締役への『取締役辞任勧告』です。それでは、この資料に基づいて説明します」東野は、山本社長、椎名取締役宛の『辞任勧告書案』を二人に配布して説明した。
                        2020年3月19日
代表取締役 山本金一殿
取締役   椎名史和殿
                            監査等委員会
              辞任勧告書
 第三者調査委員会の調査結果報告に基づいて、監査等委員会は、山本代表取締役並びに椎名取締役に対し、直ちに辞任することを求める。
【理由】
1・法令違反行為に取締役として関与したことの適切な処罰
企業において法令違反行為が認められた場合、これに直接関与した、取締役に対して、
その関与の程度、行為の悪質性、情状の有無等を総合的に検証して、適正かつ公正な処分等を行うことが、違法行為の発生した原因の排除と言える。また、株主から経営を委託された取締役は、例え「会社の利益のため」であっても違法行為に関与した事実が判明した場合は、自ら責任を取る行為が求められる。株主は、法治国家の下で違法行為をしてまで会社の利益を取締役らに経営を委託していない。法令違反という有事が発生した当社で、その処分について社員を始めとするステークホルダーは、注視しており、自浄作用を発揮した「けじめ」が、市場等から信頼を回復しうる対応である。以上、記した各事情を勘案して、刑事罰相当に値する法令違反した取締役への処分を求める。
2・山本代表取締役と椎名取締役の違法行為に関連する事実
【2019年ベトナム会社における税務監査官への賄賂支払い】
1〕2019年9月2日午前:椎名取締役は、竹腰部長、田中課長から、ベトナム会社税務監査官に対して、賄賂として、30億ドンを支払ったことにより、追徴税額が、減額された旨、報告を受けた。
2〕2019年9月2日午後:タイ出張中の山本社長は電話会議で、1〕の報告を受けた際、税務監査結果について社内回覧用の(表)の報告書と賄賂を支払った実態を記した報告書(裏)の二つの報告書を作成する指示をした。
3〕2019年9月17日:山本社長と椎名取締役は、ベトナム会社田村社長が作成した税務監査結果報告書(裏)を受領した。
4〕2019年10月22日:山本社長、新井常務、椎名取締役は、賄賂の会計処理をコンサルティング費用として処理する方針を決め、ベトナム会社田村社長らに指示した。
5〕椎名取締役は、田村社長が、税務監査官から紹介されたTOM―VIET社をコンサルティング会社として契約することを決め、賄賂の額に合わせた領収証の取得のための銀行を介在させた現金のやり取り方法やその手数料は約5百万円相当の条件等を田村に指図して交渉させた。
6〕2019年11月11日:椎名取締役は、取締役会後、コンサルティング会社を介在させて賄賂支払いを「合法化」できると監査等委員を除く取締役に取締役会後、虚偽の報告を行った。
7〕2019年11月11日:同日、椎名取締役はコンサルティング費用の支払いが経営会議決裁事項のため「コンサルティング費用支払いの件」という稟議書を作成させた。稟議書には、コンサルティング会社との秘密裏の現金のやり取りや領収証目的については、一切記載がなく、税務官とので追徴課税の減額目的の交渉窓口という偽証内容であった。
8〕2019年11月11日:同日、山本社長、椎名取締役は、2019年度第2四半期決算に係わる、さくら有限監査法人から要求された経営確認書に署名をして「不正に係わる事象は発生していない」と偽りの報告を行った。その内容は以下の通り
〔経営確認書における該当条項〕
第20項:次のものが関与する会社に影響を与える不正または、不正の疑義がある事項に関する情報はありません。
➀経営者
②内部統制に重要の役割を担っている社員
➂上記以外の者(四半期連結財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性がある場合)
第21項:社員、元社員、投資家、規制当局または、その他の者から入手した、四半期連結財務諸表に影響を及ぼす、不正の申し立て、または、不正の疑義がある事項に関する情報はありません。
第22項:四半期連結財務諸表を作成する場合に、その影響を考慮すべき違法行為、または違法行為の疑いに関して、認識している事実はありません
9〕山本社長、椎名取締役は、この時点で、既に、ベトナム会社の税務監査官への賄賂支払いの事実を認識していながら、経営者確認書に署名して提出した。さくら有限監査法人へ恣意的に不正の発生事実を隠蔽したと判断する。
10〕2019年11月20日:取締役会で椎名取締役は、監査等委員へベトナム会社における賄賂支払いの可能性の報告した際に進行中のコンサルティング会社を介在させた隠蔽工作については、一切、報告はしなかった。
11〕2020年2月21日:監査等委員会のベトナム不正調査報告会での調査報告で山本社長および椎名取締役は、監査等委員会が指摘する賄賂支払いに関与した事実認定を認めなかった。
12〕2020年2月28日:第三者調査委員会のベトナム不正調査報告会の賄賂支払いに関する事実認定は、監査等委員会の事実認定と同じ内容であった。
【2017年ベトナム会社における税関局員への賄賂支払い】
13〕2017年6月20日:山本社長は、ベトナム会社田村社長が、税関監査の追徴課税の交渉のため会食をアレンジした際の手土産として、税関監査官に1000USドル渡すことを事前承認した。
14〕2017年6月21日:山本社長は、1000万円を超えない範囲で賄賂の交渉を行うるよう竹腰部長経由で、ベトナム会社田村社長へ指示した。
15〕2017年6月26日:ベトナム会社は税関監査官へ賄賂の支払いを実行した。その情報取得後、山本社長は竹腰部長に乾常勤監査役(当時)と椎名経理財務部長に一連の情報を共有するよう指示した。山本社長と椎名取締役は、この賄賂支払いを内部統制上の不備として是正せず、2019年の税務監査官への賄賂支払いの不正に関連して発覚するまで隠蔽し続けていた。
3・山本代表取締役と椎名取締役の刑事法令違反行為
1〕ベトナム会社における2017年、税関監査官への現金交付
 山本代表取締役は、賄賂としての現金交付を自ら、事前承認していることから「外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止罪(不正競争防止法18条)」に該当する。また、ベトナム国における贈賄罪にも該当する。
2〕ベトナム会社における2019年、税務監査官への現金交付
山本代表取締役および椎名取締役は、不正なコンサルティング契約を締結させ、一部代金を支払わさせているから「外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止罪(不正競争防止法18条)」に該当する。また、ベトナム国における贈賄罪にも該当する。
4・山本代表取締役と椎名取締役の刑事法令違反以外のコンプライアンス違反行為等
1〕会計監査法人に対する虚偽の説明、隠蔽工作
 ベトナム会社における2019年の税務監査官に対する賄賂支払いに関してのコンサルティング契約は、企業会計原則に反した行為であり、会計監査法人に発覚しないようにするための隠蔽工作である。
2〕会計監査法人へ虚偽の経営者確認書を提出
(1)山本代表取締役は、2017年の税関監査官に賄賂を支払った事実に関与し「不正の疑いがある事項」を認識しながら「ない」と記した経営確認書に署名して会計監査法人に提出して騙した。
(2) 山本代表取締役と椎名取締役は、2019年の税務監査官に賄賂の支払い及び隠蔽工作としてのコンサルティング契約の締結を認識しながら「ない」と記した経営確認書に署名して監査法人に提出して、騙した。
(3)椎名取締役は、経理財務責任者でありながら隠蔽工作としての会計処理を主導して推し進め、不正については何も開示せず、山本社長と連名で経営確認書に署名して第2四半期の決算を発表するといった問題行動が認められる。
3〕監査等委員への報告遅延
 2019年11月20日の取締役会において、初めて監査等委員に対して、ベトナム会社における税務監査官への賄賂支払いの疑義が報告された。これに対して監査等委員を除く取締役6名には10月9日の役員情報共有会で報告している。この会議に監査等委員を招集しなかったのは、山本社長と椎名取締役が決めたことで、理由として、監査等委員が不正を認知すれば、会計監査法人にも情報が伝わり「大ごと」になる可能性を危惧したためである。これは、違法行為を監査等委員、会計監査法人に隠蔽するという意図的な企みである。監査等委員、会計監査法人による業務執行取締役の監視・監督・監査という会社法のガバナンスの根幹の無効化を狙った行為である。
4〕内部統制システムの無効化
 内部統制システムの限界として、経営者が不当な目的のために内部統制システムを無視ないし無効ならしめることがある。(財務報告に係る内部統制システムの評価及び監査基準/企業会計審議会)そのため内部統制システムを評価するにあたり、内部統制システム環境の要素として、経営者の誠実性及び倫理観、経営者の意向、姿勢、監査等委員会の有する機能があげられている。代表取締役と取締役兼経理財務部長が法令違反を犯し、会計監査法人への虚偽の説明、偽装工作、監査等委員、会計監査法人への隠蔽工作という行為は、内部統制システム環境を破壊する行為である。
5〕社員の信頼失墜
 山本代表取締役は、当社社員向けに自らのコンプライアンス指針を呼びかける、コンプライアンスマニュアルを作成して、社員に厳守を求めている。その山本代表取締役が、法令違反、監査法人への虚偽の説明、偽装工作を犯し、監査等委員へは報告を遅延させ、意図的に重要事実を報告していない。経理財務の最高責任者が、自ら内部統制システムを無視した行為を行った。このような人物が内部統制システムの遵守を社員に要求しても、社員の理解も協力も得られない。
5・他社事例
 第三者調査委員会の調査対象となった会社において、役員が取った責任内容を調査すると不正行為の指示、あるいは関与していた取締役は辞任している。当社は、一部上場会社という社会的に信頼され、正しい会社情報の公開を求められるい会社であり、株主、ステークホルダーおよび投資家等に対して大きな義務を背負っていること踏まえれば、直接の不正関与者である山本代表取締役と椎名取締役は辞任すべきである。
6・早急な辞任が必要な理由
1〕2020年3月本決算
 (1)このような代表取締役と取締役兼経理財務部長が作成・関与した決算情報・有価証券報告書・内部統制システム報告書を株主や投資家等は信用しない。
 (2)投資家から信用されない財務情報を開示・提出するのは、株主、投資家の軽視である。また、会計監査法人からの信頼を損い、適正意見を表明してもらえない恐れがある。
2)再発防止策の実質化
今回の不正の再発防止には、当社はグループ全体での取り組みが不可欠である。そのためには、グループ社員全員の理解と協力が必要である。山本代表取締役と椎名取締役が取締役を継続していては、社員の信頼・理解・協力は得られない。山本代表取締役と椎名取締役は、自己の犯した法令違反等の行為に対してそれに見合う責任を取ることが、社員の信頼・理解・協力を得るために最初にすべきことである。
 なお、本辞任勧告は、両名以外の取締役の責任を排除するものではない。
                               以上  
                                        
 東野の説明が終わった。
「この内容で、山本社長と椎名取締役に、辞任勧告を通告したいと思います。ご検討ください」しばらく両名とも資料を注視していた。
「良くまとまっています。要求、原因、環境と明確になっていると思います」両角が、評価してくれた。
「内容は、わかりましたが会社に与える影響が非常に大きいと思います」佐藤が意見を述べ始めた。
「➀時期の問題:時期株主総会をまで、あと3か月程度です。それまで待つべきです。
 ➁山本社長、椎名取締役は事業活動中枢を担っています。通常業務に支障が出ます。
 ➂両名の辞任勧告による社内的、社外的、特にステークホルダーに対する悪影響が予想できていない。
 ➃第三者調査委員会の調査報告書の内容を取締役会として検証する前に山本社長、椎名取締役のみ辞任勧告するのは公平性に欠ける手段である。
……以上の事由から辞任勧告は尚早と考えます」今までにない、明確な異義を申し出た。
「佐藤さん、何か、弁護士が作成した文みたいでしたね。そのノートパソコンにメモでもあるのでしょうか」両角が聞いた。
「弁護士に相談していません」
「佐藤さん、佐藤さんの➀~➃の事由について、②を除いて辞任勧告書に既に回答が記載されています。だから、両角さんは『辞任勧告書の内容を知る前に異議を考えてきた』または、誰かに異議の作成をお願いしたのかと勘繰った訳です」
「何度も言いますが弁護士等に相談していません」
「わかりました。それでは②のみの事由について回答すればよろしいですか。まあ、②以外は記載場所を示しますので確認ください。➀については【6・早急な辞任が必要な理由……1〕2020年3月本決算(1)】に記載、➂については【6・早急な辞任が必要な理由……1〕2020年3月本決算(2)】➃については【2)再発防止策の実質化】と加えて取締役会の6/9が、不正に関与している取締役会自体の立て直しが必要です。それでは②について本来であれば、執行サイドの責任で通常業務に支障がないように責任持って対応すべきと言い張れば監査等委員の職責としては、問題ありませんが、もちろん代替案は考えてあります。佐藤さん、当社には、代表取締役が二人降ります。山本代表取締役が辞任したとしても新井代表取締役が、責任もって執行すれば良いわけです。そもそも、ベトナムの不正が発覚したから、代表取締役の通常業務執行はほとんどやっておりませんので、誰がやっても問題ありません。山本社長より不正関与が軽い新井会長に不本意ですが、任期までやってもらっても構いません。一部でも浄化させたという姿勢が対外的にも必要です。経理財務業務関係については、さくら有限監査法人にお願いしたり、外部に依頼もできますし、もし早急に内部に経理財務部長が必要となれば取引先銀行に依頼しても構いませんし、私のかつての日輪製作所グループにお願いして経理財務部長格をヘッドハンティングしてきます。日輪製作所グループにはたくさんいますよ。ご存知のように経理財務業務は会社の社風や環境は必要ありません。商法、金商法、企業会計原則等に基づいて決算を上げれば良いので。これでよろしいでしょうか」
「➃の『山本社長、椎名取締役のみ辞任勧告するのは公平性に欠ける』ことについてはいかがでしょうか」
「佐藤さん、相変わらず時間稼ぎですか、忖度ですか。監査等委員としての職責を果たしてください」両角が怒った。
「そんなつもりはありません。説明いただいていませんので……」
「山本・椎名は犯罪者です。私が佐藤さんの質問に対して怒っているのは監査等委員会の調査報告書の中にある重要事項関与を示すマトリックスの表で、14項目中、山本は10項目、椎名は100%の14項目だったことを思い出してください。自分たちの調査報告書ですよ。第三者調査委員会の報告書でも二人に対しては法令違反関与を特に重く、厳しく指摘していましたよね。佐藤さんは、二人の弁護士ですか。自浄作用の妨害としか考えられません」
「両角さん、そんなつもりはありません。調査報告書の件申し訳ありません。失念しておりました。大変おこがましいですが、必ず山本社長と椎名取締役からクレームがあると思ったもので……」
「クレームがあるから見送るということでしょうか」佐藤はもう黙ってしまった。
「それでは決議してもよろしいですか」東野は2名の顔を確認した。異議もなくなっていた。
「それでは、山本代表取締役、椎名取締役に対する辞任勧告の決議をします。賛成の方」賛成は両角、東野のみであった。
「佐藤さんは、反対ですか、棄権ですか」
「反対です」
「それでは、賛成2名、反対1名で決議されました。引き続き、この辞任勧告の決議に関連して➀取締役会の・招集、議題は『辞任勧告に対する二人からの回答と審議』②両名が辞任しなかった場合『監査等委員会から同辞任勧告があり、両名が辞任しなかった事実』の適時開示を会社へ要請すること➂会社が適時開示に応じなかった場合、監査等委員会として東証に対して、適時開示させてもらうように直接要請することを付議します」決議結果は➀~➂共に賛成2反対1で決議された。決議の結果を受けて東野は『辞任勧告書』監査等委員会、常勤監査等委員として署名し、PDF化した。また、山本社長、椎名取締役に加えて、取締役メンバー全員のアドレス宛名の監査等委員会決議結果の辞任勧告通知メールを作成し『辞任勧告書』を添付して送付した。それと共に取締役会開催招集の通知も別メールで送信した。取締役責任追及の第一の矢を放った。
 山本社長から取締役会開催の招集が、くるまで、山本・椎名への辞任勧告に対する取締役らからは何の反応も無かった。

【取締役会:2020年3月27日】午後4時開催


「それでは取締役会を開催します。出席取締役9名、その内監査等委員3名、全員出席ですので、この取締役会は法的に成立しております」山本は、監査等委員会から辞任勧告を受けている素振りも感じさせることなく平然と取締役会の議長を務めている。
「本日の議案は、2件あり、報告事項が一つです。第一の議案は、第三者調査委員会調査報告書の公表版が完成して届きました。これに基づいて開示したいと思います。今、みなさんに配布しますので内容を確認していただき、承認をお願いします。なお、修正点は『取締役名以外の社員名他は●化、ベトナム不正以外の時期や金額等についても●化、海外の国名はアルファベット化のみで、内容の変更はない』とのことです」第三者調査委員会報告書の公表版が配布された。東野は内容、特に第三者調査委員会報告会で、山本、椎名に関する事実認定等の重要事項の箇所を再度チェックした。修正箇所は、山本からの第三者調査委員会の公表版の留意点の説明とおりであった。しばらくたって、山本社長が、
「この公表版でよろしいでしょうか?賛成の方、挙手願います」全員が賛成した。
「満場一致でこの公表版を適時開示します。
また、先日の取締役会で、決議された『自主申告』を地検に行います」
「山本社長、開示する際『不正に取締役が関与していた』ことを明確に適時開示文に記載ください」甲斐常務が確認するように言った。
「適時開示内容については東証と相談して開示していますので、ここで決められません」
「東証に相談するにしても、当社の開示すべき基本文に『取締役の関与の事実が判明しました』ということを明確に表示ください。山本社長、12月の第三者調査委員会の設置の説明の際はあなた自身が、関与していた自覚がありながら『海外グループ会社の社員……』のみでした。もうこれ以上、隠蔽しないようにしてください」
「善処します」
「山本社長『善処』ではなく必ずお願いします。それから、自主申告の際の必要提出書類は誰が作成するのでしょうか」今度は、両角が聞いた。
「林・吉田杉本法律事務所が準備しています」新井常務が答えた。
「取締役会で承認しなくていいんでしょうか。自主申告提出書類を」
「何の目的で、取締役会の承認が必要でしょうか」
「先日の林谷弁護士の話では『自主申告』で被疑者になるのは山本社長、竹腰部長、ベトナム会社の田村社長と聞いています。会社として『自主申告内容』が正しく作成されているか確認すべきと考えます。会社が起訴されないように」
「両角さん、被疑者になるか否かは林谷弁護士が決めることではなく、裁判所がきめることですから先日のメンバーと決めつけないでください。私は、自主申告するのに時間もないので、リーガルアドバイザーである林・吉田杉本法律事務所に一任して構わないと思います。みなさん、いかがでしょうか」山本は、両角の「確認」を排除しようとした。
「山本社長、決議して決めましょう」新井会長がサポート意見を出した。
「それでは決議します。『自主申告』内容については、林・吉田杉本法律事務所に一任することに賛成の方、挙手願います」山本、新井会長、新井常務、椎名、佐藤が挙手して賛成し、明神専務、甲斐、東野、両角は反対した。
「それでは賛成5反対4で、一任することに決議されました」
「山本社長『自主申告』に関する書類は監査等委員会にも開示するよう、林・吉田杉本法律事務所へ通知ください」東野が依頼した。
「わかりました。新井常務、連絡よろしくお願いします。
議案2は、第三者調査委員会報告書にもあった『再発防止策について』です。新井常務説明お願いします」
「ベトナム会社の不正に伴う第三者調査委員会から調査結果に基づき種々指摘された事項で当社として、早々に再発防止策に取り組み、信頼を回復しなければなりません。今後、調査報告書に記載されている『第6・再発防止への提言』に基づき再発防止策の進捗状況を皆さんと情報共有してまいります。ちょうど手元に公表版が、あると思いますので【第6・再発防止への提言】をご覧ください。第一項目の不正に対する適切な対応については『自主申告』を行い、対応します。第二項目の決算修正は、これも第3四半期の決算を延長して対応済です。本日、審議するのは、第三項目の関係者の適切な処分です。これについて処分案として以下の案を付議します」新井常務は、付議案の記載された書類を取締役全員に配布した。
当社取締役は、第三者調査委員会の不正に関する報告に基づき、取締役としての責任を果たすため、以下の通りの処分する
【取締役全員の報酬返上案】
1・山本社長・新井会長  :報酬の40%
2・新井常務・椎名取締役 :報酬の30%
3・明神専務・甲斐常務  :報酬の20%
4・監査等委員である取締役:報酬の10%
                               以上                                   
「それでは新井常務から付議された取締役の処分案について審議します」
「ちょっと待ってください。余りにも横暴ではありませんか」両角が発言した。
「これが処分案ですか。いい加減すぎます」甲斐も異議を唱えた。
「切り取りの対応は止めてください。第三者調査委員会も〔関係者の適切な処分:原因究明と関与者のコンプライアンス違反で発生した損害の算出〕と記載しています。原因究明として山本社長、椎名取締役は、法令違反を認めるわけですね」東野も異議を続けた。
「ここで原因究明を行っているわけではありません。処分案について討議ください」新井常務が淡々と進行させた。
「いえ、いえ、原因究明せず処分案は検討できません」東野が続けた。
「また、この処分案は何を持って判断されたものですか。裏付けを明示して下さい」
「第三者調査委員会の報告書をベースとして算出しました」
「第三者調査委員会の報告書との因果関係を明示下さい」
「それはありません」
「裏付けもない、報酬返上案は、横暴すぎます。例えば、監査等委員である取締役は何の因果関係もありません」
「第三者調査委員会の伊藤委員が最後の纏めで『取締役全員の責任』と述べられました」
「新井常務が処分案のベースとした調査報告書には何の報告もありません。ベースとできないと考えます」
「処分案の一つとして『報酬返上』を提示するのであれば、法令違反した当事者が自分たちの処分案を決めるのではなく、外部の弁護士等を含めた責任査定委員会等の設置を求めます」
「東野監査等委員、もう一度言います。第三者である調査委員会の委員が『取締役全員の責任』と断定していますよ」
「新井常務『取締役全員の責任』という重要な文章は第三者調査委員会の報告書には、一切記載がありません」
「DC新世界監査法人の伊藤委員が纏めで発言したことは、重要な纏めの一言です。供述と言ってもいい」
「東野君、君は責任は何も感じないのか」新井会長が絡んできた。
「何の責任がありますか。証憑を出してください。我々は寧ろ、被害者です」
「会社の経営を担う一人として責任を取るべきでしょう」
「新井会長、まず、法令違反した山本社長らに行ってください」
「山本社長は報酬返上に同意しているよ」
「これは、第三者調査委員会の報告書から総合的に判断した処分案の一つです。討議は良いですが非難は止めてもらいたいです」
「新井常務、処分案なら何でも良いという訳ではないと考えます。一般常識というのもあります。監査等委員会の辞任勧告も処分案の一つですが、どう取り扱うのでしょうか。先に報酬返上を決めて『もう処分案は決議した』と逃げないように検討ください」明神専務の先見性のある意見であった。
「監査等委員会の『辞任勧告』については、この後の報告事項としています」
「報告事項でなく処分案として検討しましょう」
「甲斐常務、監査等委員会の辞任勧告は取締役会の決議事項ではありません」
「処分案の一つですよ。新井常務。自分たちの処分案のみ討議・付議するのはお止めください」
「それでは討議しましょう。私の意見は特定の取締役のみ処分するのは、公平性に欠けます。関係者全員の処分案であるべきと考えます」
「佐藤さん、想定質問ですよ。回答お願いします」両角が佐藤に促した。
「緊急を要しますので……」小声で言った。
「何の緊急ですか、佐藤さん、私は、残りの任期は全うしますよ。責任取らないとは言っていない」佐藤は山本の回答で黙った。
「お二人への辞任勧告書にも『他の取締役の責任を除外する者ではない』と記載してある通り、責任追及の緊急度の順です」
「何の緊急度でしょうかと私は聞いているのですが。両角さん」
「山本社長も椎名取締役も『辞任勧告書』に緊急度の事由も全て記載しています。バックアップ資料のない『報酬返上』処分案とは違い、辞任勧告する根拠も明確しあります。熟読してお考え下さい」山本も両角の決めセリフに黙った。
「僕は、まず全員に対する処分案を審議すべきと考えるよ」新井会長が審議を再開させた。
「それでは審議に入ります。新井常務の提案された処分案に賛成の方、挙手してください」山本は多数決の原理による優位性を強引に推し進めた。
「ちょっと待って下さい。この処分案は、裏付け資料もなく思いつき案にすぎません」東野は決議を止めようとしたが
「議長判断で審議します。賛成の方」山本、新井会長、新井常務、椎名取締役、佐藤が賛成の挙手をした。東野達は、反対したが、このメンバーでは、いつまでも自浄機能を回復させる可能性はない、結果となった。
「また、報告事項と考えておりました監査等委員会の山本、椎名取締役への辞任勧告の件は、既に討議しましたので、報告事項対象外とします。よろしいでしょうか」
「山本社長、ご自身が対象となっている問題事項の取り扱いを議長として采配を振るうのは横暴です」
「それではまた、付議しますか」
「その前に第三者調査委員会の調査報告を受けて不正に関与した取締役のみなさんは、謝罪等はないのでしょうか。会社に多大な損害を与えている訳ですよ。質的にも量的にも」両角が詰問した。呼応したように
「この度は不正に関与して、会社に対して多大なる損害を与えてしまい大変申し訳ありません」と甲斐常務が立ち上がり、謝罪した。
「大変申し訳ありません」明神専務も同様に立ち上がり謝罪した。
「山本社長は、まだ認めませんか」両角が聞いた。
「何を認めるのですか」
「代表取締役でありながら、不正に一番深く関与し、その不正の隠蔽工作を謀り、監査等委員を始め、ステークホルダーへ虚偽の決算を報告し……」
「東野、いい加減にしろ。もういいだろう」
「新井会長、何を勘違いされておられるのでしょうか。被疑者の山本社長が『何を』と聞いたからでしょう」
「東野、お前に聞いたのではない。両角さんに聞いたんだから口を挟むな」
「山本社長『代表取締役でありながら、不正に一番深く関与し、その不正の隠蔽工作を謀り、監査等委員を始め、ステークホルダーへ虚偽の決算を報告したこと』その他辞任勧告書に記載の内容ですよ」両角が東野から引き継いで回答した。
「両角さん、いいですか。我々は一枚岩になって再発防止策に取り組んで、信頼の回復に努めなければならないんですよ。終わったことより前を向くべきでしょう」
「新井会長、何度も言いますが、原因究明を明確にしないと是正措置も正しく講じられません。取締役が、自分の間違ったことを認めて責任を取らない限りは更生できません。貴方は、監査等委員会の調査結果報告を随分否定されました。『専門家でない』や『素人』や『第三者でない』とか言いましたよね。他の取締役らも『検証しなければ……』や『ヒアリング受けてない』等否定がありました。第三者調査委員会の調査報告内容と違いがありましたか。ほぼ同様内容ですよ。認めますか。あの時のいい加減な意見を東野さんに謝ってください」
「調査結果内容を二つ見比べていないので、わからない」
「また『検証』ですか。先ほどの決議された『報酬返上』の処分案は、裏付けも検証することなく決議しましたが。自分たちの都合のよいことは検証せず、不利な事象については、検証理由に退けます。単なる時間稼ぎに過ぎない」東野が口を挟んだ。
「私は、職務任期を全うする。これが私の謝罪だ」山本が言い切った。
「全然、謝罪になっていません。甲斐常務や明神専務を見習われてはいかがですか。貴方の犯した法令違反を認めるわけですね」
「両角さん、自主申告中なので回答できません」
「わかりました。今後も我々は責任追及を継続します」
「椎名取締役、辞任勧告書に対する意見をお聞かせください」逃さないぞという東野であった。
「……私も職務を全うします」
「不正の事実は認めますね。責任はどう取られますか」
「事実の確認を検証中です。責任は先ほど決議したとおりの『報酬返上』案を受け入れます」
「椎名さん、あなたは自分が行った不正を部下に話せますか」
「両角さん、個々人に関する質問は止めてください」
「部下は大事なステークホルダーですよ」
「辞任勧告に関して、まだ続けるの。二人とも『責任を全うする』と言っているよ」
「お二人とも『責任を全うする立場を失った法令違反者』という認識がないですね。新井会長も認識に欠けているのは、山本社長と椎名取締役は、刑事罰の法令違反者ということですよ。明日、逮捕される可能性もあるってことです。常識がない会社です。それであれば辞任しない旨、監査等委員会の辞任勧告内容と共に適時開示を要請します」
「東証に相談します」山本が回答した。
「当事者が、相談するのはおかしいでしょう。それに何を相談するのでしょうか」
「適正開示の対象かどうかです」
「自分たちでは判断できない、常識のない会社ですね」日帝工業株式会社の取締役会は執行サイドの保身に係わる議案については、押し黙るか、多数決の原理で切り抜けるかという正義の崩壊した状態となってしまった。東野らは、合議になれば回避されるため深追いは止めた。取締役会の処分案は「報酬返上」での禊で幕を閉じさせられた。終了後、両角から「話がしたい」と持ち掛けられたので六階の会議室に二人で入った。
「東野さん、今後の件で相談しましょう」
「ハイ、よろしくお願いします」東野はまだ、この後のことを明確に決めていなかったが〔二人で話すことで方針も固まるのでは〕と期待した。
「決議された『報酬返上』処分案は私は受け入れできません」
「私もです。支払う根拠がわかりません。取締役会決定事項ですので、取締役会にクレームレターを出そうと思います」
「本来であれば、裁判所に取締役会の決議事項の差し止め請求でもしたいのですが。時間がかかります。異議申し立てに賛成します。連名でクレームレター出させてもらいますか」
「ハイ、一緒に出しましょう」
「山本らの社内での責任追及は無理ですね。何とか法的責任追及を行わなければなりません」
「そうですね。第三者調査委員会と同様の取締役責任追及委員会を考えましょう」
「訴訟を前提ということですか」
「ハイ、刑事罰の対象となり『自主申告』するわけですから民事対応も考えなければなりません」
「ということは『取締役らの任務懈怠責任違反・善管注意義務違反による損害賠償請求』で追及する」
「おっしゃる通りです。第三者調査委員会の調査結果報告書と我々の調査結果報告書で法令違反の事実は明確であり、取締役の法令違反が明確になれば『取締役らの善管注意義務違反』であり、損害が発生していれば、損害賠償請求を行わねばなりません」
「既に損害は発生していると」
「2017年の賄賂、1千万円相当及び1000USドル、2019年の賄賂1千5百万円相当、第三調査者委員会の費用、これは、まだ把握していません。5年間の決算修正費用、約2千5百万円、さくら有限監査法人の不正のための追加監査費用、それから一連の林・吉田杉本法律事務所への相談、ベトナム会社対処費用等これらはまだ、費用の調査はしていませんが既に3億円以上は、支出していると予測しています」
「これは、大変な金額になりますね。監査等委員として損害賠償しなければ、株主から訴訟を起こされかねません。どのようにやっていきましょうか。考えを聞かせてください」
「仮の名ですが、まず取締役責任追及委員会を立ち上げます。委員のメンバーは、外部の弁護士事務所に依頼します。問題ないと思いますが損害賠償できるとの調査結果がでれば、損害賠償請求の訴訟を起こします」
「もし、万が一『損害賠償できない』となればどうなりますか」
「株主からの訴訟はないと考えます。だから株主のためにも必ず第三者に調査してもらったという事実が必要です。しかし、執行サイドの取締役らがリベンジではありませんが『不必要な費用を支出させた』と逆に我々に損害賠償請求することを覚悟しなければなりません」
「取締役責任追及委員会の費用はどれくらいかかるかわかりますか」
「私はわかりません。委員の候補を決めた際に見積を取ろうかと考えています」
「東野さんは採算はどのように考えていますか」
「採算はわかりません。しかし、腐った取締役らの責任追及は、監査等委員としての職責であり、使命です。我々の『正義』を貫くために」東野は自分にも言い聞かせるように力強く答えた。
「わかりました。やりましょう。取締役会も不正の責任追及には、機能しない状態です。法令違反を行った上場会社の取締役の責任の重さを知らしめてやりたいです」
「ありがとうございます。改めてよろしくお願いします。今後増々、抵抗は強くなるでしょう。また、佐藤も妨害します。しかしながら、両角さんと一緒なら最後まで『正義』を貫けると確信しています」
「こちらこそ、よろしくお願いします。東野さんと一緒でなければ、闘えません。ただ、東野さんを当社に招いて、半年で有事に巻き込んでしまい大変申し訳なく思っています。今の新井会長や泰、山本の振る舞いは大会長だった新井泰造氏が生存していたら……新井会長の父親ですが……絶対許さなかったと思います。ぶん殴っていたでしょう。名誉会長も『山本を社長にしたのは自分の責任』と嘆いています」
「もう理解されていると思いますが、私は明神専務も甲斐常務も、コンプライアンス違反に関与した取締役として他の取締役らと同様に取締役としての責任追及をします。最終的な結論は裁判所に委ねます。起訴できようが、損害賠償が認められるか否かの結果は、判決のみと考えています。そこまでの道のりは、大変長くなるでしょう」
「そうですね。簡単には行きませんね。でも東野さんのようにブレずについていきますのでがんばりましょう」
「両角さんがいなければ、会社対応できません。『ついていく』なんてとんでもない。スクラム組んで闘いましょう」
「わかりました。早速ですが、取締役責任追及委員会の委員はどのように選任しましょうか」
「私の知り合いの弁護士に相談してみます」
「わかりました。よろしくお願いします。もう終業時間もとっくに過ぎましたね。晩飯でも食べにいきませんか」
「よろこんで。喉も乾きました」東野と両角は、揃って事務所を出て、東十条の駅前の飲食街に向かった。東野は6階フロアから玄関へ降りる時に、椎名の経理財務部長の席を確認したが椎名は依然として、戻っていなかった。
ホームページへの第三者調査委員会の調査報告書の開示は、二七日には行われず、二七日付で翌週の月曜日三〇日に再発防止策及び処分案と共に開示された。
                       2020年3月27日
各位              
               会社名:日帝工業株式会社
               代表者:代表取締役社長  山本金一
               問い合わせ先:常務取締役 新井 泰
   「第三者調査委員会の調査報告書の公表のお知しらせ」
 当社は、2019年12月6日付「当社海外子会社おける不正行為について」で通知しました通り、当社海外グループ会社において認識されました不正な現金交付の疑義に関し、第三者調査委員会の調査報告書の公表版(部分的非開示措置を施しております)を3月27日受領いたしましたので下記の通り、お知らせいたします。また、調査報告書の報告内容を真摯に受け止め、取締役の処分案を決議しました。併せてお知らせします。
                 記
1.調査報告書(公表版)の開示
調査報告に関しましては、添付、調査報告書(公表版)をご覧ください。なお、公表版につきましては、個人情報基準や公的捜査等への影響を及ぼすものについては、非開示とさせていただいております。ご了承ください。
2.連結業績への影響
業績及び決算修正に関しましては、第3四半期決算時の修正説明を参照ください。
ステークホルダーの皆様には、多大なるご迷惑とご心配をお掛けし、誠に申し訳ありません。今後は、全社一丸となって、皆様の信頼回復に邁進する所存でございます。
【取締役全員の報酬返上案】
1・山本社長・新井会長:報酬の40%
2・新井常務・椎名取締役:報酬の30%
3・明神専務・甲斐常務:報酬の20%
4・監査等委員である取締役:報酬の10%
                                以上

 予測はしていたが、取締役の関与については、一切記載しない内容の適時開示文であった。その日の午後、東野は、日本第一法律事務所を訪問していた。黒戸、欅坂両弁護士に先月からの経緯、監査等委員会の調査報告内容、第三者調査委員会の報告書内容、自主申告決議、山本・椎名への辞任勧告書や辞任勧告の適時開示要求、取締役会の決議、特に処分案『報酬返上』等を説明した。
「日帝工業の取締役会は『多数決の原理で何でもできる』っていう出鱈目な会社ですね。東野さんも責任取らされていますね」
「山本社長とか開き直りですね。社員が可哀想です」黒戸と欅坂が率直な感想を述べた。
「ポジション的に『人・物・金』を握っています。監査等委員として介入できない領域です。自分らの処分は『報酬返上』で、禊は終わったことにしています」
「東野さん達は『報酬返上』決議に対して、どう対応されるのですか」
「正確な言い方は、わかりませんが『取締役決議についての意見書』で無効を訴えようかと考えています」
「東野さんと両角さんは法令違反していませんから、何らかの主張をしておいた方が良いと考えます」欅坂からアドバイスをいただいた。
「第三者調査委員会の報告書も拝見しましたよ。監査等委員会の調査報告内容を、採用した部分もありましたね」
「適時開示文も、取締役関与については何も説明責任を果たさないままです。『調査報告書を見れば』という、ステークホルダーに対して乱暴な表現です」
「品格のない取締役らですから。もう社内ではやりたい放題ですので、外部の力を活用させていただき、正義の鉄拳を振りかざす相談で来ましした」
「取締役責任追及委員会の設置の件でしょ」黒戸弁護士が、東野の心を読んだように言い当てた。
「どうして、わかったのですか」
「社内での対応の無力化から『社外の力を借りなければならない状況になった』東野さん達の気持ちを汲んだつもりです。それに東野さん達は、監査等委員の職責の基本に忠実に対処していますから」
「ありがとうございます。方針としても間違っていませんか」
「先ほど言いましたが基本遵守です。間違っていません。委員選任の相談でよろしいですね」黒戸は確信したように事を進めてくれる。
「ハイ、どこか、力強い法律事務所をご紹介いただければ助かります」
「東野さん、スミス・羽柴・小野寺法律事務所をご存知ですか」
「四大法律事務所の一つですよね」
「表向き、会社のリーガルアドバイザーとしての林・吉田杉本法律事務所に対抗するために、スミス・羽柴・小野寺法律事務所を推薦します」
「我々の人脈では、望めない推薦案ですが引き受けていただけるでしょうか」
「今週中に、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の弁護士の長谷川信也氏、松本省吾氏、白川武彦氏を訪ねてください。概要は話しています」
「えっ、もう委員の弁護士の方にもお話をしていただいているのでしょうか。ありがとうございます」黒戸や欅坂の動きの速さに感銘した。
「取締役責任追及委員会の件はよろしいでしょうか」      
「ハイ、早速アポいれて、自己紹介と事情相談に行ってきます」
「我々から要望があります。今後、当社の取締役会が頻繁に開催されると考えます。彼らの拠り所は、取締役会決議だけですから。その動きや内容について連絡いただければ、東野さんらが、次にやるべきことをアドバイスできると思います。少数派の正義は先手必勝です」
「わかりました。大変助かります。よろしくお願いします」
 東野は、黒戸、欅坂弁護士から紹介された
スミス・羽柴・小野寺法律事務所の弁護士の長谷川信也氏に連絡をいれた。生憎、今週中は無理であったが、四月七日午後三時に訪問することとなった。
 翌日、期末日に東野は、処分案『報酬返上案』に関する取締役会決議無効意見書を作成し、両角の了解を得て取締役会メンバーに送付した。

                        2020年3月31日
新井会長殿、山本社長殿、新井常務殿
椎名取締役殿、佐藤監査等委員殿
                      常勤監査等委員 東野要郎
                        監査等委員 両角正義
          3月27日取締役会決議の件
 同日ベトナム会社法令違反に関する取締役の処分案を貴殿ら5名の賛成で他の4名の反対を押し切り可決し、適時開示した。取締役会の席上で、処分案を提示されその場で決議するのは、議論が不充分であり、取締役会の運営として問題である。
1.『報酬返上』を処分案の一つとした場合の外部の弁護士等の参画による責任査定委員会の設置提案も拒絶し、強硬採決した。
2.各取締役の処分の内容は事柄の性質上、多数決で決議する者ではない。協議を尽くし、第三者の意見も取り入れた上で、社内外が納得し信頼に値する内容にするべきである。
3.法律上も問題がある。各取締役個人の処分であり、当該処分を受けるものは特別利害関係人(362条2項)に当たり、議決には加わることができない。従って同日の決議は無効である。
 監査等委員2名が反対しているのにも拘わらず、監査等委員による業務執行取締役に対するガバナンスを無視したものである。
                               以上

 山本から「取締役会議長として回答します。貴殿らも参加した決議後の無効意見は、合議制への無謀な挑戦です。よって、決議内容は、覆りません」との返答メールのみであった。
 4月7日、大手町は、春ともなると地下街より、地上の方が人の行き来が多く、新しいスーツ姿のフレッシュパーソンが闊歩していた。東野は自分の新入社員のころ、一九八一年のことを思い出しながら「なぜ、足が重く感じるのか。胸が夢と希望とに満ち溢れていないのか」を考えて歩いていると可笑しくなり、微かに笑ってしまった。「今、できることをやっている自分がいる。責任追及委員会の委員候補に会いにいくことで、目的、職責を果たす大事な一歩」と考え直し、胸を張って事務所のある大手町パークビルディングまで、弾む気持ちで向かった。23階フロアの受付でアポを伝えると受付嬢が、会議室まで案内してくれた。
「初めまして。長谷川です」長谷川氏を始め松本氏、白川氏と名刺交換と共に挨拶した。長谷川氏らは、既に第三者調査委員会の報告書を熟読しており、日帝工業株式会社の会社情報、財務情報等にも熟知していた。
「東野さん、監査等委員会の最終目標をお話いただけますか」
「監査等委員会の調査でも事実認定しましたが、取締役らの法令違反行為及び関与を、取締役の善管注意義務違反と判断し、損害賠償請求を目標としています」
「損害賠償請求は、具体的な金額を把握されていますか」
「第三者調査委員会の費用はまだ概算ですが、3億以上と認識しています」
「わかりました。監査等委員会内でも争いがあるようですが、監査等委員会で取締役責任追及委員会の決議は可能ですか」
「貴法律事務所で、委員会を引き受けていただけるのでしょうか」
「お力になりたいと考えています」
「ありがとうございます。何卒よろしくお願いします。監査等委員会の決議は、手順通り行えます」
「東野さんの意思をもう一度確認させてください。取締役会の抵抗が増々強くなり、長い闘いとなります。それも社内ですから、東野さんは針の筵の上で業務を行うようなものです。大丈夫でしょうか」
「長谷川さん、松本さん、白川さん、私は有事に対して、上場会社の監査等委員としての職責を貫く覚悟でいます。取締役責任追及委員会の設置は、そのプロセスの一環として間違っていますか」
「正しいプロセスで、間違っていません」
「ありがとうございます。ぜひ、監査等委員に貴法律事務所の皆さんを委員選任候補として付議させていただきます」その後、スミス・羽柴・小野寺法律事務所として正式に受諾する社内手続き完了後、正式な回答と共に、概算費用や三名の弁護士の方々の略歴等の資料を東野に送付することを約束して事務所を退室した。2週間ほど時間がほしいとのことであった。東野は監査等委員会での決議の手順について考えた。スミス・羽柴・小野寺法律事務所からの正式な受託の返事が2週間後なので、それを考慮して4月21日に開催しようと思いを馳せながら帰路についた。
 4月13日、山が動いた。明神名誉会長が、課長以上の社員宛に、二つのレターを添付したメールを発信した。

〔第一レター〕
 社員の皆様へ                      明神 要
社員の皆さんに日帝工業株式会社として、大変つらい、また、誇りを汚す思いをさせ、心から謝罪します。創業者の一人として、上場会社である当社の監査等委員を除く取締役が、法令違反に関与し、職責を果たさず、自分の保身ばかりに走っていることが、第三者調査委員会の報告書及び、監査等委員会の調査報告書で指摘され、大変悲しく残念な思いでいっぱいです。加えて、取締役自身が法令違反を認識しながら、不正な会計処理で隠蔽工作を主導していたという腐った状態とは、思いもしませんでした。また、その不正の起こった背景として、恰も正当化するように、経営陣が、社長派・反社長派を作り、社員のみなさんを巻き込むことなどあってはならないことです。
問題を起こした取締役と創業家である明神家・新井家の取締役を退任させることが、私がやらねばならない最後の仕事です。
今回の事件を乗り越え、社員みなさんが一つになって、日帝工業を立ち直らせて下さい。
それが私の願いです。みなさん、日帝工業をよろしくお願いします。

〔第二レター〕
 山本社長、椎名取締役へ
あなた方は、法令違反を犯しました。直ちに、責任をとって取締役を辞任してください。
 新井会長、明神専務、新井常務へ
創業家は、みんな取締役をすぐに辞任して下さい。日帝工業を社員のみなさんに託し、創業家は、経営から離れ、株主として日帝工業を応援していくべきです。私もあなた達と一緒に名誉会長を辞め、今後一切、経営に関与しません。創業家の社会的責任を果たしてください。
                              明神 要                               
 強烈な内容であった。自分の責任や恥を社員にあからさまにして、心から詫びていた。調査報告書の内容で、よほど腹に据えかねたのか、創業者の一人としての最終意見と責任を簡潔、明瞭に述べていた。何かしら社員の思いに届いたことであろう。この行動に対して、新井会長の取った行動は人格も否定したくなるような行動であった。

 4月14日、東野は、両角、佐藤に、監査等委員会開催の通知メールを出した。
➀開催日:2020年4月21日午後3時
➁議案:取締役責任追及について〔取締役責任追及委員会設置の件〕とした。両角からすぐ電話があった。
「東野さん、ご苦労様です。いよいよですね。どこか法律事務所、目途がつきましたか」
「まだ、最終返事はいただいていませんが、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の弁護士の方々が前向きに考えていただいており、監査等委員会で推挙しようと考えています」
「四大法律事務所の一つじゃないですか。凄いですね。ところで今回の開催招集が、開催日より一週間前といつもより、早かったですね」
「ハイ、まだ時間がありますから、両角さんも委員の選任候補案として、どこか法律事務所に当たっていただければ幸いです」
「わかりました。私の方も友人の弁護士に当たってみます。ところで、明神名誉会長、静かに動きましたね。心を打つ内容のレターでした」
「そうですね。『自分が、今の立場でやらねばならないこと』を明確にしていました」
「新井会長はどうしますかね」
「彼にとっての最後のチャンスですけどね。名誉会長の力を借りて、真面な創業家に戻れる……でも無理でしょう。山本社長という腐りきったミカンが身近にいますし、泰をコントロールできないでしょうから」
「期待できませんね。逆に反発し、攻撃してくるでしょう。腐りきったミカンですから」
「あり得ます」
 東野は、監査等委員会の開催日をスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士に連絡した。
4月15日、山本社長から取締役会の招集通知が届いた。開催日は4月20日午前10時から。議題は「再発防止策の取組」であった。東野は明神名誉会長の件と予測した。
 4月17日、午前中に山本社長から、取締役全員にメールが送信された。
〔取締役のみなさんに情報共有する目的で通知申し上げます。当社の大株主であるトラスト・インベストメント社から、次期社外取締役監査等委員として、湊 優一氏を派遣したいと株主提案がありましたことを、通知申し上げます〕
 監査等委員の任期は2年のため、次期株主総会においては、監査等委員は役員改選対象ではない。ということは「増員要請なのか」東野はそう考えた。今の監査等委員会は、3名で違法行為に関与して保身に走っている山本を始めとする取締役らにとって、マイナスの存在である。3名の内、佐藤は、昔のよしみで、ある意味純粋に新井家に忖度して、監査等委員会で役割を果たしているが、監査等委員会の決議は両角と東野の意見が通っている。というか取締役会とは、反対に合議制で、両角と東野の監査等委員として行うべき職責を通している。これは3名体制のままでは、両角、東野が退任しない限り、次期まで変えられない。今からの体制を変革させるには1名増員させることにより、少なくとも合議は、成り立たせられなくなる。監査等委員の定員上限は4名である。東野は、日本第一法律事務所の黒戸に相談したい旨、連絡してアポを取った。緊急ということで、その日の午後六時以降となったが、早く相談したかっので五時に事務所を出て日本橋へ向かった。
「突然で済みません。ぜひ、相談したいことがありまして押しかけてしまいました。それからスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士の紹介ありがとうございました。先生方が事前にお話をしていただいたおかげで、スムーズに委員会の依頼ができました。御礼申し上げます。二一日の監査等委員会で取締役責任追及委員会の設置、委員の選任を付議する予定です」
「佐藤対策は大丈夫でしょうか」欅坂が尋ねた。
「ハイ、既に監査等委員会招集も一週間前に通知してあります」
「本日の緊急動議は何ですか」黒戸が聞いてきたので、東野は持ち株比率12%のトラスト・インベストメントから監査等委員派遣の株主提案があったこと。監査等委員会の決議状況、佐藤の執行役サイドに立った妨害、監査等委員の定員、今後の懸念事項を一気に説明した。黒戸、欅坂は、東野の説明が一通り、終わるまで、口を挟まず聞いてくれていた。
「事情をお聞きすると、確かに緊急事態ですね」欅坂が頷きながら答えた。
「東野さんの懸念通りでしょう。今後の監査等委員会の彼らにとっての『独立した暴走』を食い止めるための重要な施策と考えて間違いありません。ご存知のように会社の選任する監査等委員は監査等委員会の承認がなければ監査等委員候補にできませんが、株主からの提案には、監査等委員会の承認は必要ありません。東野さんの懸念通り、トラスト・インベストメントと新井家は大株主の利益のために連携していると考えるのが妥当でしょう。もし、株主提案通り行きますと、監査等委員会の正しい決議が困難になります。今後の取締役責任追及委員会の調査結果によっては、司法へのアプローチもありますから非常事態ですね。東野さんは何か対応お考えですか」黒戸は、東野の懸念事項を詳細に渡り、認識した説明と共に尋ねた。
「今から、可能かどうかわかりませんが、監査等委員候補を選任したいと考えました」
「選任というと」欅坂が確認した。
「監査等委員会で、1名増員する。自ら監査等委員を選任して株主提案候補に対抗させる。もちろん株主総会での決議結果となりますが」東野は不安そうに相談した。
「なるほど、可能な戦略ですよ。東野さん。りっぱな戦略ができていて、何を私たちに相談されにいらっしゃったのでしょう」東野は「試されている」という感じはあったものの必死に食らいついた。
「私のお話した戦略には大きな欠点があります。それは、私の人脈ではこの短い期間に選任候補を見つけられないという命とりの欠点です。何とか先生方の人脈で選任候補者の当てがないか、藁をも縋る思いで来ました」東野は悩みを吐露した。
「わかりました。我々に『誰か、日帝工業株式会社の次期監査等委員候補1名を探せ』ということですね」欅坂が冷やかし質問した。
「いや『探せ』とは。どなたか紹介いただきたいとお願い申し上げております」
「何か条件はありますか」
「急なお願いで、お手数もおかけしながら、条件なんて付けられませんが、2つほどあります。厚かましくてすみません」
「ここまで充分な要求ですが、何でしょう」
「一つは、弁護士の方で検察側の弁護士、二つ目は、まともな方です」
「検察側の弁護士って、どういう意味でしょうか」
「弁護士の方は、依頼人の利益を第一に考えて、犯罪者の弁護士の場合、黒でも白や、グレーにする努力をします。しかしながら監査等委員となると企業弁護士ですから、法令違反は法令違反と判断する方、言い換えれば『罪を憎んで経営者も憎む』方をお願いしたいです。説明不要と思いますが『まとも』とは、株主の色がついていない方の意です」黒戸と欅坂は顔を見合わせていた。しばらくして
「わかりました。紹介できるかどうか保証できませんが当たってみましょう」
「えっ、本当ですか。ありがとうございます。助かります。心情的に困って、困っておりました。あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何でしょうか」
「私が、勝手に考えた戦略で、つき通してそう相談させてもらいましたが他の方法が何かありますか。対抗策が」
「いえ、我々も東野さんと同様の対応策を考えていました。他の対応策は中々難しいと思います。ところで、東野さん会社法344条の2は、ご存知ですよね」
「ハイ、今回の対抗策は【344条の2:監査等委員会は、取締役に対し、監査等委員である取締役の選任に関する議案を株主総会に提出することを請求することができる】に頼った案ですから」
「大変失礼しました。この法令を活用することが、どういうことかご存知ですか」
「黒戸先生が、何を意図してお聞きしているのかわかりません」黒戸と欅坂は笑って顔を見合わせていた。
「笑ってすみません。東野さんは、非常に画期的なことをやろうとしているんです。この344条の2の法令を活用した事例は、今までに一度もない。東野さんら日帝工業株式会社の監査等委員会が初めての事例だということです」欅坂が興奮気味に答えた。
「初めての事例ですか。そうですか。でも、嬉しい気は全然ありませんというか、重要性がわからないというか。需要に迫られての対抗策ですから……」
「需要に迫られてというのは」
「上場会社の監査等委員として『正義』を貫くためです」
「その『正義』が貫けるようお手伝いします」と二人に励まされた感じで事務所を後にした。

【取締役会:2020年4月20日】


「それでは、これから取締役会を始めます」議長である山本の発言で始まった。取締役は全員出席していた。
「本日の議案は、再発防止策の進捗状況についてです。新井常務説明願います」山本の指名を受けて新井泰が再発防止策の進捗状況について、組織の強化策、外部教育機関に委託したコンプライアンス教育や、役員のためのリスク管理教育等の説明が一通りあった。
「再発防止策を進めることに反対はしませんが、一部のそれも取締役層のコンプライアンス違反行為の是正措置が会社全体に及んでいる現状を認識してください。網羅性を考えれば、当然ですが社内、コンプライアンスマニュアル等をまじめに受け止めていた社員らにとっては寝耳に水の話です。各工場では毎日の朝礼の際に、コンプライアンスマニュアル及び安全マニュアルを全員で、1ページごと、朗読しているのは山本社長も良くご存知でしょう。社員に何も説明しないまま再発防止策を徹底させることはできません」東野は力説した。
「山本社長は社員に謝罪しないのですか」甲斐常務が「明神名誉会長は社員に謝罪したけど」ともでも言いたげに聞いた。
「私は『報酬返上』をして意思を示しています」新井泰が議論の流れを変えようと
「4月13日に皆さんも既にご周知の通り、明神名誉会長から、指揮命令系統に反する、経営介入がありました。第三者調査委員会の報告書にも名誉会長の経営介入も調査の対象となっており、再発防止策を推し進める執行取締役に対する妨害です」
「新井会長も同様にお考えですか」両角が聞いた。
「どういう意味ですか。新井常務の説明通り、経営介入でしょう。『嘆願書』と言い、執行の妨害ですよ」
「明神名誉会長は『嘆願書』は提出していません」明神専務が父親を庇うように言った。
「出したとは言っていない。出させたんじゃないの。自分の子飼いの執行役員に」新井会長の反論は嫉妬に聞こえた。
「ここまで、執行の妨害があると日帝工業全体の指揮命令系統体制が崩壊しますので、明神名誉会長の解任動議を提出します」新井泰は、親族関係の修復可能性を最早、完全に喪失させる行為を取った。東野、両角は、思わず新井会長を見たが、俯き加減で目が泳いでいるように思えた。
「あのレターに記載がありましたが、創業者の一人として、株主としての今の思いと社員への謝罪が『指揮命令系統違反』または『経営介入』となるのでしょうか」甲斐常務が確認するように発言した。
「社員が動揺しますし、現執行体制の信頼回復策に横やりを入れております」
「それは、賄賂の不正行為に関与した後、執行サイドとして謝罪も説明も社員に行っていないからでしょう。再発防止策にステークホルダー……ステークホルダーとしたのは社員が重要であるためですが……からの信頼回復策を何も行っていないんですよ。なぜかというと東野さんが言っているように『原因究明』が山本社長の言われる『報酬返上』で終わらせたからです。名誉会長の指摘はもっともだと思いますよ。また名誉会長は社員に「ああしろ、こうしろ」と何も命令していません。それを『指揮命令系統違反』とか『経営介入』と決めつけているのは、山本社長と新井家のみなさんですよ。彼は『自分のやるべきこと』を社員に伝えたまでです。違いますか。新井会長」
「ああいう、レターを社員にばらまいたことが『経営介入』行為であり、社員が動揺している」
「新井会長、社員はどのように動揺しているでしょうか。社員は何か会長に訴えてきたのでしょうか」甲斐が続けた。新井会長は、あるわけがない訴えに、言葉を詰まらせていた。
「社員が『不安がる行動を戒めなければならない』ということです」山本がヘルプした。
「山本社長、名誉会長のレターは内容から判断すると、社員への『謝罪レター』ですよ。それが『不安がる行動』ですか。逆に、あんな不正があって『第三者調査委員会を設置せねばならない状況』また、監査等委員会が『社内の浄化機能を発揮しても社員に伝えない』、第三者調査委員会の報告書で『法令違反があったこと』『法令違反に取締役の関与事実認定』加えて『刑事罰違反のため自主申告した事実』このような状況を踏まえても山本社長、あなたは、社員に向けた説明は何も行っていません。その何もしない『行為』が逆に社員を動揺させています」
「甲斐常務の言う、社員の動揺のエビデンスはあるのでしょうか。新井会長には『訴えて』の内容を確認していますが」新井泰が反撃するように質問した。
「述べ12名の部長以上から、主に『取締役は何も説明しないのか』という内容のメールが来ています」新井泰は沈黙した。
「甲斐常務『取締役は……』ってことは私だけの責任ではない。取締役全員に対する説明要求ですよね」
「山本社長、それでは、私が名誉会長と同様に、社員に発信してもよろしいですね。また社外にもよろしいでしょうか。あなたは我々が、何度も適時開示に『取締役関与の事実』を早く公表求めてもやりませんでしたよね」
「間違った公表で、かえって、社内外の関係者をミスリードすると困るので公表窓口を一つに集約しています」新井泰が山本の取りこぼし発言をカバーするように介入した。
「名誉会長の『経営介入』有無については、第三者調査委員会の調査対象となりましたが『事実の確認はできなかった』という判断でした。また法令違反行為にも『関与の事実は確認できていない』との判断です。謝罪レターを社員に送付することを『経営介入』と決めつけるのはおかしい」
「両角さん、内容ですよ。現執行取締役を非難している。これは明らかに『指揮命令系統違反』であり、『経営介入』でしょう」
「そういう反論を名誉会長の宛名と同じアドレスに送付したらいかがですか。社員の判断に任せれば良い。明神名誉会長が強制して取締役と辞めさせようとしているのか、取締役は責任取って辞めるべきかを」
「社員を動揺させる気ですか」
「新井常務が、明神名誉会長の解任動議を提示しましたが、現執行取締役の『法令違反関与』や『隠蔽工作』の自主的処分が『報酬返上』であれば名誉会長の行為は『法令違反』でもなく『隠蔽工作』でもありませんから、もし、百歩譲って、処分対象になるとしても『報酬返上』以下であるべきでしょう」東野が意見した。しばらく沈黙が続いたが、
「審議も充分行いました。審議に入ります。明神名誉会長の名誉会長解任動議に賛成の方、挙手ください」山本、新井会長、新井泰、椎名、佐藤が賛成した。両角、東野、甲斐、明神専務は反対した。
「賛成多数で、動議は決議されました。明神名誉会長には本日付で、名誉会長解任通知を通告します。これで取締役会を閉会します」
 取締役会後、席に戻るとスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川氏から以下の内容のメール通知があった。
1・スミス・羽柴・小野寺法律事務所は、日帝工業株式会社監査等委員会からの依頼「ベトナム不正に関与した取締役らの責任追及委員会の委員」に対してして、正式に受諾することを通知します。
2・取締役(対象6名)責任追及委員会の費用は概算3千万円
なお、以上の効力は、日帝工業株式会社監査等委員会で当法律事務所へ決議された場合とする。
東野は、明日の監査等委員会に付議できるよう配慮いただいた長谷川氏に感謝した。

【監査等委員会:2020年4月21日】


「それでは、これから監査等委員会を開催します。議案とその内容記載の資料です」
議案:取締役責任追及委員会の設置の件
第1:必要性:第三者調査委員会の報告書においてベトナム会社の公務員への賄賂支払いの違法行為に取締役が関与していたことが、判明した。その監査等委員でない取締役らの業務執行に任務懈怠違反があったか否か、また当社として、監査等委員でない取締役に対して法的責任追及をすべきか否かについて法律専門家の中立・公正な立場から、調査及び検討を取締役責任追及委員会に委託するものである。
第2:次のとおり、取締役責任追及委員会を設置して同委員会へ調査業務を委託する。
1・取締役責任追及委員会の構成
委員(いずれもスミス・羽柴・小野寺法律事務所所属)
  委員長:長谷川信也(弁護士)
  委員 :松本省吾(弁護士)
  委員 :白川武彦(弁護士)
2・委託費用:監査等委員の職務執行に必要な費用であるから、会社法399条の2第4項に基づき当社に負担を求める。
1〕業務報酬は、時間制報酬
 時間単位に取締役追及委員及び補助者が実際に従事した時間を乗じた額。時間単価は1名1時間当たり、5万4千円を上限とし、各人の単価は委任契約で定める。
2〕交通費等実費
3・その他
前述記載の趣旨に反しない範囲で、取締役責任追及委員会との契約内容は常勤監査等委員に一任する。
以上の議案が決議された場合、
第3:監査等委員会が、第三者調査委員会の調査結果報告を受けて、取締役責任追及委員会の設置を決議したことを適時開示することを要請する
「以上が、議案内容です。審議ください」
「ちょっと待ってください。私は、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の先生方に会っていません」佐藤がクレームした。
「私も会っていません。それが、何か問題でしょうか。四大法律事務所の弁護士の先生方で問題はないと考えます」
「これは東野さんが一人で決めたということでしょうか」
「佐藤さん、私に決める権限はございません。取締役責任追及委員会の委員として推挙しているだけです」
「誰からの紹介でしょうか」
「私の知り合いの弁護士からの紹介です」
「どなたですか」
「佐藤さんに知らせなければならない義務はございません」
「中立・公正なルートかどうかの確認です」
「佐藤さんが中立・公正な立場と判断できる『立場』なのでしょうか。第三者調査委員会の委員選任の時は、新井常務の知り合い弁護士からの紹介でした」
「会社が選任してきた弁護士だったじゃないですか」
「佐藤さん『法令違反』に関与した取締役の選任してきた候補でした。私は法令違反しておりません」
「他の委員との比較も必要だと考えます」
「佐藤さん、他の委員候補を推挙ください」
「今、推挙できません。本日、委員を選任するとは言っていなかったじゃないですか」
「議題を1週間前に通知しました。「取締役責任追及委員会の設置」と」
「東野さん議案は『設置』だけで委員を決めると書いていません」
「佐藤さん議案が『設置』で委員を決めては、法律違反になりますか。なぜ『委員は決めないですよね』等確認されなかったのでしょう」
「誰もが『設置』は委員まで決めないことという常識ですよ」
「佐藤さん、私は事前に聞きましたよ。東野さんは『候補者がいれば推挙して欲しい』と言いました。知り合いの法律事務所にも当たりましたが引き受けてもらえず、東野さんが、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の弁護士というからそれで良いと考えました」
「両角さんは、事前に知っていたのですか」
「両角さんから電話があり『誰か候補は見つかったか』と聞かれたので答えました」
「どうして私には、教えてくれなかったのですか」
「両角さんのように佐藤さんからは、電話もなく議案に対する質問も無かったからです。どうして、わからない、または、明確にしたいとか、知りたければ事前に質問すれば良いじゃないですか」佐藤は詰まった。
「いつもと違って、監査等委員会開催の招集を1週間前に通知したのは、委員選任候補を探すのに1週間くらいかかるだろう考え、長めにしました。私もスミス・羽柴・小野寺法律事務所に接触できるまで5日ほどかかりましたから」
「だまし討ちみたいですね」
「失礼なこと言わないでください。第三者調査委員会の調査報告会の後にも取締役の責任追及を行うことは明確にお伝えしたはずです。また、この委員の方々の選任は何の問題があるのでしょうか。『公正ではない疑義がある』とでもおっしゃるのでしょうか」
「中立ではない可能性があります」
「佐藤さん『中立』って何と何の間の中立性の疑義を心配しているのでしょか」
「それは……『社長派』と『反社長派』の間です」
「佐藤さん、『社長派』と『反社長派』の派閥があるとして、今回の取締役らの違法行為の原因となっているのでしょうか」
「わかりません」
「もう『わからない』とか言って逃げないでください。監査等委員会の調査報告や第三者調査委員会の報告書に『社長派』と『反社長派』の派閥が原因はしてありませんでした。違いますか」佐藤は返答しなかった。
「佐藤さんは、どちらの派閥が調査委員会が、中立でないと困るとお考えですか」
「どちらでもありません。公正に判断するのであれば良いのですが」
「それでは、佐藤さん、もし佐藤さんが委員を選任してきたとします。その委員候補の方の中立性または公正さは、どう説明しますか。今までの佐藤さんの行動から、佐藤さんの区分である派閥を使えば、佐藤さんは『社長派であり、違法行為に関与度が、より深い山本社長らに便宜を図っているのでは』と疑われた時にどのように説明されますか。監査等委員会の調査報告会の時の新井会長、山本社長、新井常務、椎名取締役の事実を認めない対応を思い出してください。あれは公正な態度でしょうか」両角が重く聞いた。
「それは『報酬返上の処分案』で責任を取ったと考えます」
「裏付けのない勝手な自己処分案で『禊』は終わりません。会社法的な、民事法的な、また刑事罰の観点からの責任はまだ取っていません。いや確定もしていない」
「だから取締役責任追及委員会で明確にしようとしている訳です。『任務懈怠責任はない』という結論もあり得ます」両角が続いた。
「佐藤さん、株主から今回の取締役の違法行為に対する提訴請求が来た場合の対応はご存知ですか」
「わかりません」
「60日以内に提訴するか否か決める義務があります。その時はやはり第三者機関に委託せざるを得ません。間違ったら株主訴訟を起こされる場合もありますから。社内のことばかりだけでなく、上場会社として常識的に信頼を回復させる対応を真剣に考えてください。執行側から何か頼まれているのでしょうか。我々が、もう一度言いますよ。違法行為、よろしいですか、違法行為ですよ。『社長派』と『反社長派』の派閥が原因ではないベトナム会社で賄賂を払った違法行為に関与した取締役らの任務懈怠違反、善管注意義務違反があったか否かを第三者に調査を委託する議案です。佐藤さん、決議してもよろしいでしょうか」
「わかりました」
「それでは、取締役責任追及委員会の設置および委員会をスミス・羽柴・小野寺法律事務所の弁護士三名、長谷川氏、松本氏、白川氏に委託する案について賛成の方」両角が
「賛成します」
「佐藤さんは『反対』でよろしいですか」
「決議は棄権します」
「それでは、議案は賛成2棄権1で決議されました。この決議結果を監査等委員でない、取締役のみなさんに通知して調査を開始します。それでは、これで監査等委員会を閉会します」佐藤はそそくさと会議室を後にした。両角が残って、
「東野さん、お疲れさまでした。お見事でしたね。佐藤の反論を淘汰しました。1週間前の通知の意味がやっとわかりました」
「いやいや、両角さんがファインプレーですよ。私は1週間の意味合いは、両角さんにも事前にお話しするのは止めようと決めていました。フェアではないので。そこに両角さんが電話してくれたので、両角さんに設置や選任候補探しの依頼ができました。読みが深いです。佐藤の『だまし討ち』発言は頭にきました。もう丁寧な説明はしたくなかったのでやりませんでしたが、取締役追及委員会の結果で任務懈怠と判定されても最終判断は、裁判所になるし、それまで取締役らも抗弁の場はいくらでもあるのに何で。何でしょうって感じです」
「東野さん、それは山本らは、裁判になったら負けると確信しているからですよ。自分たちの行いに対して……。だから訴訟になる前に全力で潰そうと考えていると思います」
「そうか。一応、自分たちの範囲内での白、範囲外では黒、と認識はあるんだ。佐藤も役割を果たそうとしている訳だ」
「これから抵抗勢力の対応はもっと厳しさを増してきます。責任追及調査にも応じるかどうかわかりません」
「応じなければ、第三者調査委員会や監査等委員会の調査結果等、手元の資料等をベースとして、判断されるからかえって不利になると思います。しかし、両角さんの指摘を鑑みると調査の引き延ばし戦略はあるでしょう」
「ありえますね。色々な可能性を有利不利にかかわらず、予見して頑張っていきましょう」
「ハイ、頑張りましょう。よろしくお願いします」両角の退室後、東野はスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士に監査等委員会で、取締役責任追及委員会の設置と調査委託する委員として、長谷川氏ら三名に委託ことが決議されたことを連絡した。また、その日の内に、取締役メンバーに対して「監査等委員でない取締役に対しての取締役責任追及委員会設置の通知及び調査協力要請の件」としたメールで、追及委員会のメンバーの略歴と共に通知した。山本らが監査等委員会の決議に対応したのは、5月連休後の取締役会開催招集であった。東野は、それまでスミス・羽柴・小野寺法律事務所の要求してきた資料、取締役会議事録、監査等委員会議事録、第三者踏査委員会に提出した資料等への対応を行っていた。また、要求資料には、対象者とのインタビューの調整も含まれていた。東野は次の取締役会で、日程の回答を得るべく、事前に長谷川弁護士らの要望してきた日程を取締役責任追及委員会の通知第2弾として、対象取締役にメール通知した。

【取締役会:2020年5月13日】午後1時開催


「それでは、これから取締役会を開催します。出席取締役九名内、三名は監査等委員全員出席しており、この取締役は、法的に成立しております。本日の議題は、4月23日付で東野さんからメールされてきた『監査等委員でない取締役に対しての取締役責任追及委員会設置の通知及び調査協力要請の件』についてです。東野さん、内容について説明してください」
「議長、『東野さんからのメールされてきた……』と言われましたが、監査等委員会の通知と受け取ってください。私、個人の通知ではありません。また、取締役責任追及委員会の設置についてはメールで説明したとおりです」
「山本社長は、メールで一方的に通知する内容ではないと言っている。説明しなさい」新井会長が言った。東野はしぶしぶ始めた。
「第三者調査委員会で監査等委員以外の取締役全員が、2019年ベトナム会社の公務員への賄賂支払いという法令違反に関与または、黙認した事実が判明しました。山本社長は、2017年の同社における公務員への賄賂支払いにも深く関与していると指摘されており、その報告書は先日適時開示されております。また、当該法令違反への関与等は、監査等委員会でも先んじて報告会で通知しております。法令違反に関与・黙認した取締役の行為は、会社法第423条(役員等の株式会社に対する賠償責任)の任務懈怠責任に該当するか否かを調査するものです。我々監査等委員会が、任務懈怠責任違反、善管注意義務違反と通告しても『素人が。中立でない。検証が必要だ。調査のプロセスが不充分等』新井会長を始め皆さんは、監査等委員会設置会社にも関わらず無視されるので、第三者の取締役責任追及委員会を設置しました。これでよろしいですか、新井会長」
「監査等委員の皆さんも対象となって、先日の取締役会で適切な処分案は決議しました。それなのにまだ、責任追及、責任追及と騒ぎ立てるのでしょうか」
「山本社長、『騒ぎ立てる』とは失礼な言い方はやめてください。貴方が、正直に法令違反やった事実を認めればこのようなことも必要なかったのですが。先日の取締役会での『適切な処分案』は適切な処分案ではありません。東野さんが『報酬返上案』の裏付けを確認しても、さも思い付きのように『裏付けは何もない』と法令違反に関与した取締役が作成して合議制で認めただけです。反対者もいました」
「決議は、決議です」
「取締役責任追及委員会の設置も監査等委員会設置会社の監査等委員会の決議事項です」
「責任を取らないと言っている訳ではない。責任追及したければ追及すればよいけれど、会社の危機に、会社の再発防止に皆で取り組まなければならない時になぜ、今、行うのかということだよ。『取締役全員の責任だ』とか『取締役全員一枚岩になって対処すること』と第三者調査委員会の委員も行っていたでしょう。東野さん、あなたのやっていることでは、一枚岩になれませんよ」
「全て、違法行為に関与した取締役の責任ですよ。謝罪も無く、責任も自分たちの都合の良いように決めて、上場会社としての取締役の品格がないことを露わにして『一枚岩になれ』はないと思います。監査等委員会として違法行為に関与した取締役に一般常識の責任の取り方をご教授しますので、勉強して下さい」
「東野監査等委員、第三者踏査委員会の報告書で提案された再発防止策に集中すべきと考えます」新井常務が発言した。
「山本社長、椎名取締役への辞任勧告の時から言っていることですが、再発防止策の前に原因究明、ここでは、違法行為に関与した取締役は、自分の犯した違法行為の経緯を文章にして提出する。つまり、社員が、ミスを犯したときに社員に書かせている顛末書または、始末経緯書というのでしょうか、それを作成して、次に処分案を待つ。これが違法行為に関与した取締役の取るべき態度です。それをスキップして再発防止策を行う権利は、違法行為に関与した取締役にはありません」
「君は、何様のおつもりですか」新井会長が怒っていった。
「取締役の業務的、会計的執行を監視・監督する監査等委員の立場で申しております」
「まあ、会長、東野さんも役割を全うとしている訳ですから。東野さん、我々もああいう有事があった。株主や投資家に対して信頼を損ねた。その損ねた信頼をいち早く回復しなければならない。そのためには、皆さんの協力のもとに再発防止策を早期に全うしようと。これから年度決算もありますし、当社にとって最大のイベントでもある株主総会も控えています。失敗は許されません。その職責を全うして、そして私は責任を取ると言っている訳です」
「違法行為対応が再優先でしょう。取締役の中に法令違反者がいる。第三者からも指摘され、自主申告も行った。会社として、今、対処すべきことをやらないと山本社長らが、ベトナム会社の不正の黙認行為と同様になりますから」両角が優先度の高さを説明した。
「会社が運営できなくなるよ。上場廃止の危険も出てくる」
「もし、そのような状態になった場合、責任は執行取締役にあります」
「だからですよ。だから、今、取締役責任なんやらで、時間を費やすとやるべきことができなくなり、会社に損失を与えるから、六月以降でどうでしょう。と提案している訳ですよ、両角さん」
「責任追及委員会の費用も掛かるでしょう」椎名が発言した。
「取締役責任追及委員会の費用は、どれくらい見込んでいるのでしょう。何か資料に【2・委託費用:監査等委員の職務執行に必要な費用であるから、会社法399条の2第4項に基づき当社に負担を求める】」とありましたが」
「見積では、3千万円ほどです」
「えっ、3千万円かけてやることですか。東野さん、私は、社内的に収束させようという時にかける費用とは思いませんよ。佐藤さん、この費用は、了解されているのでしょうか」新井常務の常套手段で佐藤に振った。
「私も、時期の問題、6月の総会前にバタバタするようなテーマではないこと。スミス・羽柴・小野寺法律事務所、四大法律事務所ですから費用も高額になることを懸念しました」
「佐藤さん、いつも取締役会では執行サイドに立ったご意見を言いますが、監査等委員としての職責を踏まえての発言と捉えてよろしいですね」両角が確認した。
「私は、取締役責任追及委員会より、再発防止策に早急に取り組むという執行サイドの対応に同意しております。関係者処分案も決議されています」
「そうです。社内で関係者処分案を決議しました。もし取締役責任追及委員会で何らかの処分があった場合、重複した処分案になります」椎名が強調して言った。
「東野さん、重複した場合、貴方が責任とっていただけるのですか」山本社長が詰問した。
「山本社長、何の前触れもなく、何の根拠も無く関係者の処分案として『報酬返上案』を付議したのは新井常務です。山本社長、新井会長、椎名取締役、佐藤監査等委員、貴方たちが賛成して決議されました。両角監査等委員、明神専務、甲斐常務そして私は、反対しました。もし重複と判断されるのであれば、賛成された方々で罪の擦り付けを行ってください。監査等委員会の決議した取締役責任追及委員会の目的は、株主会社取締役の法的責任追及の手段です。重複ではありません。ベトナムの不正のように人に責任転嫁しないでください。費用について、椎名取締役、第三者調査委員会の費用は、取締役責任追及委員会の概算費用より支出していると思いますが、それは誰の責任でしょうか。決算修正の費用は、2千5百万円の支出は、誰の責任でしょうか。さくら有限監査法人の追加監査の費用は、まだ把握していませんが、誰の責任でしょうか。山本社長の承認した2017年の税関監査官への賄賂の支払い額1千万円は、違法行為ですが、会社のためということで、会社の費用として承認されるのですか。椎名取締役。承認するのであれば、決算修正等は行いませんよね。全て、他にもありますが、違法行為に関与した取締役である貴方の責任で支出した費用です。佐藤さん、責任追及委員会の費用はそれでも高額と考えますか。繰り返しますが、関係者の処分は『報酬返上で禊は終わった』という判断でしょうが、監査等委員会は、法的処分は未決と判断しています。『職務全うのことを考えると時期が悪い。株主総会も控えている』という批判がありますが、監査等委員会は『株主総会前に結論だすべきこと』という判断です。また、株主から『提訴請求』があった場合、60日以内に提訴するか否か株主に回答しなければなりません。第三者調査委員会の報告書公表版を真剣に読む株主がれば、内容的に『提訴請求』されるリスク大ありですよ。貴方が一番良く分かっていると思いますが。その際に『社内で、報酬返上で、処分しましから提訴しません』という回答は通じません。山本社長、自信があれば、真摯に調査に対応されてはいかがでしょうか。責任追及委員会の調査結果で、もし『任務懈怠責任違反は無い』となれば、それこそ禊は終了です。新井会長、第三者調査委員会設置のように『第三者調査委員会の調査には嘘・偽りなく、全面協力をすること』と同様の宣言をしてもらえませんか」しばらく全員黙っていたが、考えが纏まったのか
「東野監査等委員様の大演説は、終了でよろしいでしょうか」新井会長がからかうようにいった。
「ご意見はよくわかりましたが、現実、例えば、万が一、取締役全員が今、辞めたら会社はつぶれますよ。その辺を理解していない無茶苦茶な発言だよ。君の意見は」
「新井会長、訂正してください。『取締役全員が』ではなく『監査等委員を除く取締役全員が』に訂正お願いします。それから、これも付け加えてほしいのですが。『今、違法行為に関与した責任を取って辞めたら』と。会社はつぶれません。なぜなら2019年9月2日以降、不正の隠蔽工作や『社長派』と『反社長派』との派閥抗争、加えて指揮命令系統徹底の社内粛清行動やら、みなさん、会社の業績に係わる業務は何も行っていないじゃないですか。それでも会社は成り立っています。組織体制の基本であるピラミッドの頂点が欠けても基盤がしっかりしていれば、つぶれることはありません。もちろん上場会社ですから官公庁関係やステークホルダー対応で煩雑なことはあると思いますが、山本社長や新井会長が実務をやる訳でありませんし、会計監査法人やリーガルアドバイザー等に相談してできますよ」
「我々が何もやっていないというのは失礼じゃないか」山本社長も怒ってクレームした。
「言い方が失礼であれば誤りますが、山本社長、この不正への対応期間中に何か、業績拡大につながる実績があるのであれば教えていただきたい。もしあったら『何もやっていない』は謝罪と共に撤回します」山本は特に回答しなかった。
「議長、審議もし果てたと思いますので決議に移ったらいかがですか」
「新井常務、決議というのは何の決議ですか。取締役責任追及設置の決議は取締役会では、できません」
「付議するのは、今、予定されている日程での取締役責任追及委員会の調査開始についての取締役会としての『意見表明』です」
「新井常務から付議されたとおり、監査等委員会の設置した取締役責任追及委員会の調査のヒアリングの要請が5月18日からと通知されていますが、取締役会としては、本決算や株主総会準備等あるので、株主総会以降にしてもらいたいという案に賛成の方挙手願います」山本・新井会長・新井常務・椎名・佐藤が挙手した。明神専務、甲斐、両角、東野は、反対した。
「議案に賛成多数ですので、取締役会の意思表明することを決議します」
「取締役の皆様に一言、そういうことはないと思いますが、万が一、ヒアリング等拒絶された場合、第三者調査委員会や監査等委員会の調査結果に基づく当該委員会の判断となりますのでご留意ください。また、監査等委員会が、第三者調査委員会の結果報告を受けて、取締役責任追及委員会の設置を決議したことを適時開示することを要請します」東野は念を押した。山本は、
「適時開示については、東証と相談します」と開示回避の回答とも言える返事をした。
「第三者調査委員会設置と同様にステークホルダーに対する重要事項の情報です」
「取締役会が意思表明したように、我々の対応が困難な時期であり、不安定な情報は、かえってミスリードします」新井泰が加えた。
「新井常務、ステークホルダーを馬鹿にしてはいけません。会社は事実を適時開示すれば、ステークホルダーは、それぞれの立場で判断します。今まで通り、情報のコントロールをしながら『再発防止策』に集中等の発言は語るに忍びないという惨状ですよ」甲斐が意見した。山本が
「甲斐さん、東証と相談します」
「相談の結果また、開示せずですか」甲斐が、皮肉を言ったが山本は無視であった。
その後、取締役会は閉会された。いつもの通り、両角が東野に同行して、二人は六階の会議室でショートミーティングを行った。
「東野さん、いつもながらお疲れさまでした」
「両角さんこそ、いつもながらタイムリーな発言ありがとうございます」
「今日の決議は何でしょうね。『取締役責任追及委員会に対する取締役会の意思表明』なんて。再発防止策の妨害と言いたいんでしょうか」
「確かに、山本らが加速させたいのは『原因究明』に触れさせないで『再発防止策』を前面に出した更生さを主張したいのかもしれません」
「そのためには、監査等委員を『目の上のたんこぶ』扱いですよね。新井会長が、毎度お怒りモードで東野さんを敵視しています」
「ここからは、取締役責任追及委員会の調査に任せたいと思います。日程調整等は厳しく取締役らに催促等行ってサポートします」
「東野さんはどの程度、責任追及できると考えていますか」
「100%法的責任追及できると確信しています。『①取締役が違法行為に関与した。➁関与を隠蔽しようとした➂会社に対して損害が発生している』というように内容が教科書通りですから。また、両角さん、自主申告も行っています。それに、第三者調査委員会も報告会を早めたじゃないですか。スミス・羽柴・小野寺法律事務所もある程度、確信があって請け負ったと思います」
「わかりました。責任追及は先生方に任せましょう。話は飛びますが、驚いたのは先日の山本からの通知にあった、トラスト・インベストメントの監査等委員の株主提案です」
「両角さんと打ち合わせしたかったのは、その件も含めた次期取締役候補についてです」
「トラスト・インベストメントは、絶対、新井家と繋がっています。自分たちの都合の良いときにTOBとか考えていると思います。だから、監査等委員として1名追加させ、今の自分たちにマイナスとなる合議を何とか食い止めようとするのでしょう。何とか阻止したいのですが、東野さん、アイデアありますか」東野は両角に先日、日本第一法律事務所に相談に行った話をした。
「さすが、動きが速いですね」
「自分でできない範囲は味方が必要です。まして、専門分野は、専門分野の方にお願いするべきと考えました」
「餅は餅屋ですね。反応はどうでした」
「非常勤とは言っても所属法律事務所の了解や何やらあると思いますので、ぎりぎりまで待ちます」
「株主提案以上の人格者が見つかると良いですね。既に25%以上の持ち株比率になります」
「選任候補が見つかっても株主比率で、株主総会での決議は難しいかもしれません」
「東野さんの『次期候補者について』の相談とは何でしょう」
「そろそろ監査等委員を除く役員改選案が出ると思います。今までの選任は、どうしていたか、両角さんにお聞きしようと思って。絶対、今の取締役の再任案を出すと思います。それを阻止したいと思っています」
「確かに大きな問題ですね。今までは、明神名誉会長と新井会長と明神専務とで決めていました。今年は、取締役に新井泰がなったので、通常であれば4人で決めたでしょうが、今、派閥争いしており、明神家と新井家で相談することはないと思います。多分次期取締役案は、新井会長と新井泰と山本社長で決めて取締役会に付議するでしょう」
「取締役会に付議されると」
「多数決の原理ですから議案通り、決議されますね」
「そうですよね。決まりますよね。そこで監査等委員として、最後のあがきの案を相談したかったんです」
「それは、何ですか」
「両角さん、会社法342条2第4項をご存知ですよね」
「ハイ、取締役候補に対する監査等委員会の意見陳述ですよね。毎年、決議していました」
「その意見陳述権で、少しでも対抗できないかと考えています」東野は説明した。
「というと反対するということですか」
「そうです。取締役会で決議された次期取締役候補者に『候補者として不適切』と意見陳述したいのですが、どう思われますか」
「それは有りですね。毎年、候補者が選任された後『候補者に対しての意見陳述はない』と決議していましたから。『候補者に対しての意見陳述はある』も有りでしょう。彼らの選任する候補者を全員否定するのでしょうか」
「さすがにそれは乱暴過ぎます。本当はそうしたいですよ。『責任を取らない違法行為に関与した取締役の選任者なんて』と否定したいのですが、否定するわけですから、それなりの誰もが納得する事由が必要と考えます」
「そうですね。慎重にやらねばなりません」
「もう一つの闘いは、時間です。第三者調査委員会の設置と同様に『時間がない』ことで、攻めてくる可能性もあります」
「それでは、色々なパターンを予測して、事前に事由を明確にしなければなりませんね」
「両角さんのご意見を伺いたい。今の取締役全員を選任はしないと考えています。山本社長、新井会長、明神専務、甲斐常務、新井常務、椎名取締役の内、再任候補としそうな人は誰ですか」
「まず、明神専務、甲斐常務は責任取って辞めるといっていますし、彼らも選任しないでしょう。反対派閥派は。新井会長もこの騒ぎですから嫌になっていると思います。元々信念はありませんから。問題は山本です。彼は、辞任勧告した時に『任期全うしたら責任を取る』と発言していましたが執念深いです。でも明神専務や甲斐常務を選任しないわけですから、取締役会のマジョリティは保てますので、残すのは新井泰と椎名、それに山本の出身のハウスウェア営業本部から、腹心の部下の執行役員から選別して候補者とするかでしょうか」
「私が考えたいのは、山本は、明神名誉会長に社長にしてもらった。それを辞めさせられるとわかって、新井会長にサポートをお願いした。新井会長は、自分の父親も認めた明神名誉会長から自分も会長に、息子も常務にしてもらった。伯父貴を裏切って山本を助けるメリット、つまり山本からの条件はなんだったのか、です」
「わかりました。山本は『泰を社長にする』を条件に新井会長に、自分を排除しようとした名誉会長を裏切らせたのではないでしょうか」
「その憶測は筋が通ります。もう一つ、山本は『若い社長のサポート』を理由に会長に残るということはありませんか」
「そこまで厚かましいでしょうか。可能性は無きにしも非ずですが。誰かが表立って責任を取らないと、新井泰、椎名の目も逆に引きずられて危うくなると考えませんか」
「なるほど、それも筋が通りますね。では、選任候補に対象については、新井泰、椎名についての意見陳述を考えますか」
「その線で準備しましょう」両角は、長年監査役、監査等委員を務めているので取締役、特に創業家のメンバーの事情には詳しく、創業家のメンバーの性格や人となりを彼なりに分析しており、重要な知識・情報源である。両角とのショートミーティング後、東野は会社法342条2第4項の条文について、再度勉強し直した。
 翌日14日、事件が起きた。新聞記事掲載事件である。全国紙である、新日本経済新聞、朝毎新聞、読買新聞等に一斉に掲載された。
『ベトナム公務員に現金提供:2500万円 東証一部 日帝工業株式会社 現地子会社
税務・税関監査追徴減額の代償として。地検に自主申告。報告は、社外取締役監査等委員は除外。……』
第三者調査委員会の報告書開示の●化されていた情報の解明にしても、少し遅い。「多分、地検で自主申告が受理されたのであろう」と東野は思った。「刑事事件として起訴まで行けばよいが」と願った。その夜、ベトナム会社田村社長から電話がかかってきた。田村社長は刑事罰関係者のため四月に、帰国させており、ベトナム会社は、リモート対応で従事している。
「監査等委員今、よろしいでしょうか」
「大丈夫ですよ。現地のTOM―VIET社の動きは収まっていますか」
「はい、林・吉田杉本法律事務所の弁護士が対応していただいております。本日の新聞記事で、現地が大変なことになっていると連絡がありました」
「どのような大事になっているのでしょう」
「監査等委員は海外駐在の経験もあると思いますが、ベトナムも日本企業の進出が多く、日本人会やコミッティがあり『ベトナムジャパン新聞』まで発行されています。そのベトナムジャパン新聞にも当社の記事が出ており、日本の新聞内容に加えて『当局も内容を鑑み、捜査が始まる』コメントがあり、社員が恐れています」
「わかりました。本社も記事対応で、総務部等はバタバタしています。田村社長にできることは今の実情を山本社長、新井会長宛、c.c.全取締役としてメールで通知してください。最後に現地での弁護士対応の強化と進捗報告を依頼してください。誠に申し訳ありませんが、日本で『自主申告』すれば、何れ現地にも知れ渡りますし、現地当局との情報共有等の連携は避けられません。唯一、会社として現地での『自主申告』は差し止めました。刑事罰の捜査については弁護士等の専門家に頼るしかありません。ごめんなさい」
「監査等委員が謝ることではありません。自業自得ですから。わかりました。私ができることをやります。日本での捜査も始まりますよね」
「始まります。田村社長にも検察からの事情聴取があると思います」
「わかりました。事情聴取がある時は、真摯に対応します。また、何かありましたら連絡させてください」
「いつでも構いません。遠慮なく連絡ください」

 5月15日、山本社長名で監査等委員増員の件という題名のメールが、監査等委員会のメンバー宛に届いた。c.c.取締役会メンバーになっている。内容概略は以下の通り。
山本社長メール
1・要請事項:監査等委員の1名増員
2・目的:第三者調査委員会の報告を真摯に受け止め【第6・再発防止策の提言】に記載されていた、〔6・取締役会のガバナンス再構築……3)社外取締役のリーダーシップ
社外取締役の監視・監督体制を増強すること。コンプライアンスの強化、ガバナンスの再構築を求められる当社にとって、社外取締役を半数以上にすることは検討に値する(第三者調査委員会報告書引用)〕の実現のため、取締役会の社外取締役の選任数を4名増員する予定です。内訳は、監査等委員でない取締役3名、監査等委員である取締役1名です。つきましては監査等委員としての選任対象の弁護士を推挙しますので、監査等委員会で検討、承認ください。
              記
  社外取締役監査等委員候補者:真鍋貴司(昭和49年9月6日生) 
             所属:昴総合法律事務所 パートナー
             経歴:平成10年弁護士登録……
                ………………………………
期日:監査等委員会の承認決議は、次期取締役選任者纏め手続きの都合上、2020年5月20日までに承認決議いただき、取締役会へ通知願います。
なお、次回、取締役会は5月22日(金)午前10時から開催します。
 議題:第70回定時株主総会招集通知の件

新聞記事については、何の連絡もない内容であった。東野は、来るべきものが来たと感じた。理由付けも一応、筋は通っている。しかし、監査等委員対象は、トラスト・インベストメントからの株主提案者の湊 優一だった。何らかの状況が変わっている。トラスト・インベストメントが株主提案を取り下げたのか。
それとも株主提案について、また、情報を隠しているのか。執行サイド取締役の動きが読めない。読めないときは確認することとした。
山本社長殿
1・社外取締役監査等委員増員の件、監査等委員会で検討します。しかしながら、推挙された真鍋氏とは、別にトラスト・インベストメント社からの株主提案として、湊氏の選任提案がありました。監査等委員の定員上限は、規程で4名となっております。真鍋氏と湊氏の両名を選任候補として承認できませんので通知申し上げます。
2・取締役責任追及委員会設置の適時開示の件:5月13日の取締役会で、監査等委員会の決議に伴う取締役責任追及委員会の設置について適時開示を要請しましたが、未だ、開示されておりません。直ちに開示することを強く再要請します。
                      常勤監査等委員 東野要郎
このメールを、山本社長宛にc.c.取締役メンバー全員として、送信した。両角からも電話があり、同様の動揺を伝えてきた。翌日、返事があった。
東野監査等委員殿
1・監査等委員増員の件、トラスト・インベストメント社からの株主提案の湊氏は、諸事情により、非業務執行取締役候補となっております。真鍋氏の承認決議をお願いします。
2・取締役責任追及委員会の件:先日の取締役会で、取締役会の意思表明の決議したように、取締役会としては、今は、当該調査の時期に不相応と判断しております。従って適時開示するのもその時期でないと判断しております。
                      代表取締役社長 山本金一
という回答であり、やはりトラスト・インベストメント社の株主提案は生きており、執行サイドで取り込んだようだ。東野は、一連の状況変化を日本第一法律事務所の黒戸弁護士に連絡した。黒戸からは「今、最終調整中である。監査等委員会は5月20日に開催する準備をしておくこと」との指示があった。東野は、黒戸の「最終調整」の言葉を前向きに捉え、両角、佐藤に五月二〇日開催の監査等委員会招集通知をメールした。

【監査等委員会:2020年5月20日】午後1時開催


「それでは、監査等委員会を開催します。本日の議題は『次期監査等委員の選任候補について』です。配布した資料に基づいて説明します」
〔議案〕
2020年5月15日、代表取締役からガバナンス、コンプライアンスの体制強化のため監査等委員の増員要請がありました。また、選任候補者として真鍋貴司氏を紹介があった。真鍋氏の経歴等に問題はないが、
1、今回の不正の重要な問題は違法行為に取締役が関与したことであり、取締役の監視、監督をより強化する目的もある。その目的のための監査等委員候補が、法令違反に関与した代表取締役からの紹介による候補者は、避けるべきである。
2・監査等委員が選任する茅野氏は、10年間の検察官の経験を有し、海外贈賄刑事事件の弁護の経験を有する数少ない候補者であり、ベトナム贈収賄事件の捜査も開始される等、当社の置かれている現況に適切な専門家である。
以上の事由により、監査等委員が選任する候補者を社外取締役監査等委員として、付議するものである。なお、第三者調査委員会の再発防止策の検討事項の社外取締役の強化に充分、値する対象である。
                記
    社外取締役監査等委員候補者:茅野 洋(昭和38年10月2日生)
               所属:日比谷第一法律事務所 パートナー
               経歴:平成7年検察官任官……
                  ………………………………
「以上が付議内容の説明です。審議ください」
「真鍋氏の承認ではないんですか」佐藤が驚いたように発言した。
「議案に書いてある通りで、追加説明必要でしょうか」
「真鍋氏を選任しないことを山本社長に説明されたのでしょうか」
「いえ、未だしておりません。この議案が決議されたら通知します」
「彼らの次期取締役候補選任に影響はないのでしょうか」
「わかりません」
「佐藤さん、影響が出たら何か問題でしょうか。そもそも次期取締役の選任を誰が行っているか私は知りません。佐藤さんはご存知ですか」両角が聞いた。
「執行サイドの取締役が行っているのではないでしょうか」
「閉鎖的に行われておりますね。その一つが、トラスト・インベストメント社の湊氏の件です。いつの間にか、非執行業務取締役候補に変わっています」
「監査等委員として、真鍋氏自身を否定している訳ではありません。推挙者の問題と真鍋氏以上の経歴者が見つかったということです」
「私は茅野氏にあったことがありません。決議前にお会いしたいのですが」
「わかりました。ウェブ会議で繋ぎましょう」東野はPCを準備して、茅野弁護士とウェブ会議を始めた。佐藤は経験や東野との関係等ありきたりの質問をして、面接は終わった。
「それでは『茅野氏を次期監査等委員候補と選任すること』また、『取締役会に〔監査等委員である取締役の選任に関する請求書〕を提出すること』を審議します。賛成の方挙手願います」両角だけでなく佐藤も挙手した。
「全一致で可決されました。ありがとうございました。これで、監査等委員会を閉会します」東野は決議にホットした。佐藤が六階の会議室から退室後、残っていた両角が
「東野さん、お疲れさまでした。佐藤が賛成するとは思いませんでしたね」
「確かに。茅野氏の経歴でしょうか」
「東野さんの資料で真鍋氏を否定せず、法令違反者である山本推薦の回避の説明が効を奏したのではないでしょうか」
「そうでしょうか。準備ができて何よりでした」
「それにしても茅野弁護士、良く承諾していただけましたね」
「日本第一法律事務所の黒戸弁護士の人脈のお陰です」
「東野さんがぎりぎりまで、頑張った成果ですよ。23日の取締役会の次期取締役候補選任案に影響するんじゃありませんか。見物ですね」両角は東野の頑張りを労い、称賛と共に激励して退社した。東野は、監査等委員会の監査等委員候補の選任決議結果と株主総会での選任請求を山本代表取締役及び取締役会宛にメールで通知した。帰宅途中、日本第一法律事務所の黒戸弁護士へ電話して、茅野氏を次期監査等委員候補に選任できたことを御礼と共に伝えた。

【監査等委員会の前日】


 午前九時、日本第一法律事務所、黒戸弁護士から連絡があった。
「東野さん、お待たせしました。監査等委員候補引き受けてくれる弁護士の方が見つかりました。急ですが本日の午後、彼の事務所を訪問できますか」東野は黒戸の要求に応じるべく、ここ数日は予定を空けていた。
「黒戸先生、ありがとうございます。何時でも大丈夫です。どこに行けばよろしいでしょうか」
「今から、メールで選任候補者を受託していただいた茅野弁護士の経歴と連絡先、および事務所の住所を送付します。茅野氏に連絡して時間調整等お願いします。概要はお話しており、了承いただいております」
「何から何まで、ありがとうございます。情報いただきましたら直ぐ連絡して、挨拶に伺い詳細説明いたします」
「後は、よろしくお願いします」東野は、一連の不正に係わる関連資料と共に茅野と調整した時間に彼の事務所のある日比谷パークフロントビルで、挨拶と詳細説明を行った。また、20日の監査等委員会の流れと佐藤の想定質問でのウェブ会議の準備まで、下打ち合わせを行っていた。その夜、両角に概要説明し、20日の監査等委員会の開催にこぎ着けることができたのである。
 21日、山本から取締役会の日程変更の知らせが届いた。22日(金)の予定が25日(月)それも午後3時からとなった。両角が言い残した通り、監査等委員会が真鍋氏を選任せず、新たな候補者である茅野氏を選任したことが影響したようである。東野は、両角と佐藤に監査等委員会の招集通知を以下の内容でメールした。
 ①開催日:5月25日(月)
 ➁開催時間:取締役会終了後
 ➂議題:監査等委員でない取締役選任案に対する意見陳述について

【取締役会:2020年5月25日】午後3時


「それでは取締役会を始めます……」山本が恒例の開会宣言から始めた。
決議事項は以下のとおり。
1・第一号議案は〔第71期連結決算書類、および事業報告等の件〕で、椎名が事業報告並びに付属明細書、連結計算書類および付属明細書について説明があった。いわゆる決算公表書類である。これらについて会計監査法人併せて、監査等委員会から監査報告書を受領していることも報告された。審議の結果、全員一致で承認された。第2号議案以降は、次期株主総会に関する議案の審議であり、審議の前に、山本から第70期株主総会は、2020年6月29日月曜日、午前10時から、王子の北とぴあで開催することが通知された。
2・第二号議案は〔第70期剰余金利益処分案件〕である。配当金は例年通り、配当性向3%に基づいて、期末配当45円、中間配当と合わせて90円を議案とする旨、通知され承認された。
「第三号議案は『次期取締役候補選任の件』です。お手元に次期取締役候補の資料をお渡ししますので、しばらくお待ちください」
取締役会資料
次期取締役候補者
1・監査等委員でない取締役
 1〕新井 泰:(現)常務取締役
 2〕椎名史和:(現)取締役
 3〕斎藤正明:執行役員自社製品本部長
 4〕山名繁男:執行役員自社製品部長
 5〕湊 優一:トラスト・インベストメント社CEO(非業務執行取締役)
 6〕今宮寿人:今宮会計・税理士事務所(社外取締役)
 7〕真鍋貴司:昴総合法律事務所(社外取締役)
2・監査等委員である取締役
 8〕茅野 洋:日比谷第一法律事務所(社外取締役監査等委員)

「以上、8名が次期取締役候補として選任したいと思います。審議お願いします」
「審議の前に監査等委員に質問があります。山本社長から、監査等委員増員案として、真鍋氏の推薦があったのをなぜ拒否されたか説明いただきたい。また、茅野氏の紹介ルートについても説明いただきたい」
「新井常務、ご質問の回答は、監査等委員会から選任案と共に送付した『株主総会における監査等委員選任議案請求の件』の選任事由に記載のとおりです」東野が回答した。
「もう一度聞きます。何をもって真鍋氏を拒否されたのか、これは社外取締役として迎えることになる予定の真鍋氏に明確に説明する必要がありますので」
「佐藤さん、説明お願いします」
「私は、真鍋氏を拒否しておりません」
「佐藤さん、『私は』ではなく、『我々は』でしょう」両角が訂正した。
「もう一度言います。『選任請求書の選任事由』に記載のとおり、真鍋氏の経歴等について問題扱いしておりませんし、拒否しておりません。山本社長の推薦であること。茅野氏の経歴の方が今の当社の置かれているリスク対応により適切であると判断しました」
「それは東野さんのご意見ですか」
「監査等委員会の決議です」
「佐藤監査等委員はそうなんですか」
「……議案に賛成しました」
「どなたの紹介なんでしょうか」
「東野さんのルートです」
「東野監査等委員の紹介ルートとは」
「紹介ルートに何か、ご説明する必要ありますか」
「監査等委員会は、山本社長の推薦を一つの拒否理由としております。山本社長の紹介は拒否して、東野監査等委員の紹介ルートはO.K.の意味がわかりません」
「これも、もう一度説明します。山本社長は、違法行為、ベトナム会社の賄賂支払いという刑事罰事件に深く関与しています。その被疑者からの紹介について異議がありました。私は違法行為は、犯していません」
「再発防止策を推進させている私は犯罪者でしょうか」山本が怒って発言した。
「被疑者です。しかし、自主申告しましたので『自称』犯罪者ですね」
「山本社長は会社の代表取締役として『自主申告』の被疑者となっている。いいですか、代表取締役だからだよ。まだ、起訴されるか、起訴されても有罪になるか否かわからないじゃないか」新井会長も加わってきた。
「東野さんの言う、失礼な言い方では、『自称犯罪者』の」私が再発防止策を推進させて、なぜ拒否されねばならないのか説明しなさい」
「再発防止策で検討を要請されているのは、①原因究明➁ガバナンス、コンプライアンスのための体制強化です。前にも指摘しましたが①を飛ばして『再発防止策を推進させる』ことはできません。と申し上げています。山本社長らは、内部統制システムを崩壊させた経営を行った。是正しなければならない。何を是正するのかの『何を』を明確にせずに是正はできません。自分が違法行為を行ったことを認めない代表取締役として信頼はありえない。だから辞任勧告決議もしました」
「佐藤さんは、茅野さんと会ったことはあるの」新井会長が確認した。
「直接はありませんが、監査等委員会の時にウェブで挨拶しました」
「挨拶だけ」新井会長がしつこく聞いた。
「新井会長、佐藤さんは、監査等委員会の選任決議に賛成されています」両角が念を押すように回答した。
「新井常務、監査等委員の選任方法に何か問題ありますか。法的にも認められています。紹介ルート等まで捜査するような質問をしておりますが、何が目的でしょうか」甲斐常務が詰問した。
「好ましくないルートの紹介であれば、否定しなければなりません」
「好ましくないルートとは、どのようなルートですか」
「例えば、『反社長派』の関連している弁護士の紹介とか」
「万が一、『反社長派』に関連した紹介ルートの場合、何が好ましくないのでしょう」
「指揮命令系統に反し、会社の秩序を乱す恐れがあります」
「新井会長、貴方の息子さんの教育をもっとちゃんとして下さい。自分のことを棚に上げて、人の誹謗中傷ばかりしている。株主としての驕りもあるのではありませんか。何でも自分の思い通りにできるという。新井常務、『指揮命令系統に反し、会社の秩序を乱す』ことを行ったのは、監査等委員でなく、我々、執行サイドの取締役ですよ。これは私も含めてですが、法令違反と知りながら黙認して、内部統制システムに則った報告を行わなかった。新井常務、何か勘違いしていませんか。『指揮命令系統』というのは、下が、上に服従することではなく、規則や規程に従った報告ルートを遵守することですよ。貴方は、総務部管掌、つまり、会社法等、法令順守の要の部門を管掌しながら、賄賂支払いという、法令違反を認知しながら、危機管理規程に基づいた報告を監査等委員への報告を行わなかった。それこそ『指揮命令系統違反』です。顧問弁護士に相談して、自分の都合の良い、解釈で山本社長、椎名取締役と隠蔽工作を行って、監査等委員、会計監査法人に偽りの決算を報告した。これも『指揮命令系統違反』です。コンサルティング会社との契約も偽造し、経営会議決裁稟議書の内容も偽造して監査等委員の承認印を得た。これも『指揮命令系統違反』です。こんなことやってきた貴方が、監査等委員の選任に疑義を申し立てられますか。新井会長、こういう振る舞いを社会で許されるか否か、ちゃんと教育して下さい」甲斐常務が腹に据えかねて発言をした。
「新井常務が、直接、偽造したわけではない」と新井会長は弁明したが他の取締役らは、あきれ顔であった。新井常務は無言を貫いていた。甲斐は続けて、
「山本社長、監査等委員の選任ルートに疑義があって、山本社長らが選任された社外の方々は疑義はないのは、なぜですか。『社長派』の選任は、自分たちの都合通りで問題ないと。あれだけ違法行為に関与したのであれば、選任も第三者に委託すべきでした。東野さんが、メールで問い合わせていましたが、トラスト・インベストメント社の湊氏は、当初、社外監査等委員の選任候補としての株主提案でしたが、なぜ変わったのでしょうか」
「トラスト・インベストメント社に監査等委員ではない取締役候補の打診をした際、トラスト・インベストメント社が株主提案を取り下げた次第です」
「なぜ、取締役の打診をしたのですか。監査等委員候補が見つかったからですか。山本社長、選任プロセスが不明瞭です。それに第三者調査委員会の報告書で明らかに、法令違反に関与したと指摘されている新井常務と椎名取締役を選任候補とするのは、極めて常識外れです」
「継続性を重視しました。新井常務も椎名取締役も再発防止策に真摯に取り組んでおり、新井会長、私、明神専務、甲斐常務を選任候補とせず、新たな体制にするにしても、新たな取締役の皆さんでは対応も困難なため継続性を持った取り組みをお願いするためです」
「何か『違法行為も継続しそう』な風な聞こえかたになります」両角が感想を述べた。
「甲斐常務のご意見通り、第三者調査委員会の調査報告書で『違法行為に関与した』と指摘された取締役は除外すべきです」
「私は、山本社長のご意見通り、この問題を継続して取り組む体制が必要であると考えます。それから考えると、新井常務と椎名取締役は再発防止策の推進実務の中心的存在であり、実務面からいうと取締役候補としない選択肢はありません。昨年は、取締役としての初めての年でしたが、その経験と反省を活かしてもらいたいと考えます」
「佐藤さん、再発防止策推進の中止的存在とおっしゃいますが新井常務と椎名取締役は、法令違反の隠蔽策実務の中心人物でもあります。原因究明で明確にせずに何が『経験と反省』ですか。二人から『間違ったことをしてしまった』とか『隠蔽工作を指示したのは私です』という事実認定や謝罪もない」
「種々、ご意見はあるとは思いますが、我々の再発防止策に取り組む姿勢が反省の意思と捉えてほしいです」新井常務から聞く、初めての『反省』という言葉であったが、誰も謝罪とは受け取れなかった。
「第三者調査委員会の報告にしか、耳を傾けない行為、社内の自浄作用に見向きもしない対応は取締役の品格の無い証明です」両角が指摘した。
「取締役責任追及委員会の調査で『任務懈怠責任』や『善管注意義務違反』があったか否かの調査も行っています。その対象者の取締役を選任候補とするのはおかしい」
「まだ、結果が出たわけじゃないでしょ。新しい人たちばかりの組織では経営は成り立たない。継続者がいるべきだ」
「取締役責任追及委員会の『調査結果が出ていないから継続してもいい』は無いでしよう。自浄作用、今も機能しない組織の証明ですよ。山本社長、新しい人たちばかりでできる人を選任していないからです。自分たちが選任した人たちを否定しています」両角が山本の意見の弱点をついた、意見を述べた。
「新井常務も椎名取締役も役員一年目で、若輩もので事故に巻き込まれた。再起のチャンスを与えるのは当然だ」まだ、強気の山本であった。
「山本社長の意見は自己都合の意見です。株主の立場ではない」
「大株主の新井会長が、再起を認めていますよ」山本が東野に反論した。
「私は責任を取りもせず、お茶を濁したような『報酬返上』の処分案を禊として、再起を認めたりしません」明神専務も株主として発言した。
「明神専務のご意見のとおり、役員の取るべき責任も取らず再任候補はあり得ません。本来であれば辞任勧告通り、椎名取締役は経理財務責任者として、役員の責任を全うすべきです。山本社長は『一年目の役員』やら『若輩者』とかいいますが、椎名取締役は、経理業務については熟練者です。いわゆるエキスパートです。そのエキスパートが、賄賂支払いの隠蔽工作を主導的に行ったことは、どう評価されるのか。法令違反を犯した、エキスパートに継続性の体制を託さねばならないという選任案にステークホルダーが賛同しますか。新井常務にしても同様です。管掌している総務部は企業法務の任にありながら、自ら法令反、また隠蔽工作に関与した。上司の法令違反を知ってコンプライアンスの徹底を進言した総務部長を『指揮命令系統違反』の名の下に解職してしまう。自分は責任も取らず『再発防止策推進の中心』として継続して取締役に留まり、再任候補となる。このような選任案にステークホルダーが納得しますか。投資家ではなくステークホルダーと使っている意味がわかりますか。社員の不信感も募らせる選任案です。取引先からも『普通の常識のある会社ではない』とレッテルを貼られますよ。その責任は誰がとるのでしょうか」
「東野さん、新井常務も椎名取締役も新人取締役ですから、顧問弁護士のアドバイスに従っただけです」山本がフォローした。
「Shame on you!」東野は言い捨てた。
「何、なんでしょうか。英語で言われても意味がわかりません。他にご意見はありませんか」
「山本社長、自社製品事業から二人、斎藤と山名を選任していますが、OEM事業からも選任すべきです」明神専務が意見した。
「OEM事業本部に適切な候補者は居ません」
「OEM事業本部の富岡本部長やタイ会社内藤社長は、候補者として適切です。売上高の8割はOEM事業本部の業績です。自分の出身部隊の自社製品部門に偏った選任案となっています。斎藤と山名は、海外経験ありませんよ」
「他にご意見はありませんか。審議に入ってもよろしいですか」山本は明神専務の指摘にも答えようとせず、決議の準備に入ろうとしていた。
「審議しようじゃないの。もう」痺れを切らしたように新井会長が言った。新井常務、椎名、佐藤が審議することに賛成した。
「それでは、監査等委員でない取締役選任候補7名の決議に入ります。賛成の方、挙手してください」
「議長、個別に決議でやってください」
「東野さんから個別決議の意見がありましたが、纏めて7名の審議をしたいと思います。賛成の方、挙手願います」いつものように山本、新井会長、新井常務、椎名、佐藤が賛成した。
「それでは、選任案7名を承認いただけるかた挙手願います」山本、新井会長、新井常務、椎名、佐藤が挙手した。明神、甲斐、東野、両角は、反対した。
「賛成多数で新井泰氏、椎名不史和氏、斎藤正明氏、山名繁男氏、湊優一氏、今宮寿人氏、真鍋貴司氏を次期取締役選任候補と決議されました。なお、監査等委員である取締役の選任案につきましては、監査等委員会から提出されました『監査等委員である取締役選任案』に記載の茅野洋氏を選任議案として株主総会の議案とします。また、招集通知については、お手元に配布したものが原稿です。内容の確認をお願いします」取締役全員で内容をチェックした。しばらくして
「みなさん、招集通知のチェックはお済でしょうか、それでは承認の決議に入ります」
「議長、監査等委員会はこの後、会社法342条2の第4項の選任議案に対する意見陳述について監査等委員会を開催しますので、その結果を踏まえ、招集通知等への追加記載を要請します」
「申し訳ありませんが、既に招集通知の印刷・発送手続きの期限が過ぎておりますので、それはできません」
「新井常務、意見陳述するか、するとしたらどのような内容で記載するか、本日中に決議しますのでお待ちください。どこの印刷会社を使うのでしょうか。教えてください。私が直接交渉しても構いません」両角が反論した。
「既に、校了の段階ですので、ご遠慮ください」
「それでは、監査等委員会の意見陳述をする場合、追稿扱いでも良いです。拒否する権限は貴方にはない」新井常務は仕方なさそうに
「三〇分しかありません」と言い捨てるように言った。
「それでは、監査等委員会の意見は追稿するか、別途検討します」
「この招集通知を承認される方、挙手願います」いつもの5人が承認し、いつもの4人が反対した。
「賛成多数で、招集通知は承認されました。なお、印刷、発送等に余り猶予がありませんので、決議された内容に関する軽微な修正については、議長である私に一任いただきますが、よろしいでしょうか」山本を除く4人が承諾した。
「以上で取締役会を閉会します」

東野と両角は、佐藤を六階会議室へ素早く連行同様に連れて行った。

【監査等委員会:同日取締役会後】午後五時


「それでは、これから監査等委員会を開催します。決議事項は、一つで『次期取締役候補者への監査等委員会の意見陳述(会社法342条2の第4項) 』についてです。配布する資料をご覧ください」東野は予め準備していた『付議内容案B』を配布した。

 【会社法342条の2第4項の意見】案
新井泰氏、椎名史和氏についての株主総会参考書類に記載する意見の概要は、次の通りとする。
1・新井泰氏:当社の喫緊の課題は、法令違反事象の発生に際し、再発防止のための法令遵守の徹底、内部統制システムの再構築による社内外からの信頼回復である。同課題の実現に向け、次の理由により同氏は問題があり、取締役候補として不適切である。
・2019年にベトナム会社での海外公務員への賄賂支払いの事実を知った後、法務IR担当常務取締役にも拘わらず、賄賂支払いの隠蔽工作に関与した。具体的には、コンサルティング会社を介在させて賄賂支払いと同額の領収証の取得のため、コンサルティング会社との虚偽内容の契約を締結した。また、契約締結承認のための経営会議認可事項稟議書においても虚偽内容の稟議書を作成させ、認可を取得させていた。重大な意思決定の職責を担う取締役が「無知であった」という説明では済まされない。当該行為は、当社の企業価値を大きく棄損させ、取締役の経営責任は、悪意があったと言わざるを得ない重大な問題行為である。
2・椎名史和氏:当社の喫緊の課題は、法令違反事象の発生に際し、再発防止のための法令遵守の徹底、内部統制システムの再構築による社内外からの信頼回復である。同課題の実現に向け、次の理由により同氏は問題があり、取締役候補として不適切である。
1〕2017年、同氏は、経理財務部長の職に在していた。ベトナム会社にて海外公務員に賄賂を支払った事実を認識していながら、その事実を隠蔽した決算を報告したため2020年3月期に、2017年3月期以降の有価証券報告書、内部統制システム報告書等を遡って訂正せざるを得なくなった。
2〕同氏は、経理財務管掌取締役にも拘わらず、海外公務員に対する賄賂支払いの会計処理を隠蔽するため虚偽の経理処理を主導して推し進め、何事も無かったように、さくら有限監査法人へ経営者確認書を提出して第2四半期の決算を発表した。
3〕同氏は、ベトナム会社における海外公務員への賄賂支払いが、監査等委員に伝わると大きな問題になるため、恣意的に報告しなかった。
4〕同氏は、内部統制システム運営の根幹の経理財務部長の職責を兼任しながら、自ら内部統制システムを崩壊させ、無効化させて放置していた。
 以上のように、両名は、法令違反に関与した事実、自ら、法令違反を隠蔽した事実があり、次期取締役選任候補としては不適切である。           
                            監査等委員会

「この内容で意見陳述したいと思います。その他の意見は、取締役会で議論した内容と同じです。稟議ください」
「東野さん、取締役会でも説明しましたが、課題への継続的対応に不可欠な二人であることについては言及していませんが」
「佐藤さん、次期取締役候補への意見陳述をするということは、非常に重要なことです。誰もが、納得する事由でないと、返って、意見陳述対象者にもある意味『失礼』に当たります。いや名誉棄損くらいにもなると考えます。佐藤さんが『今後の経営に不可欠な二人』ということは『二人が取締役にならないと経営が成り立たない』という意味でよろしいですか」東野が確認した。
「そうです。山本社長を始め新井会長も退くのに、新井常務と椎名取締役が再任されないと継続性を持った再発防止策が推進できません」
「佐藤さん、貴方の意見を総じて対応するとなれば他の5名の取締役選任候補に否定の意見陳述をしなければならないことになりますが、その意図でしょうか」両角が聞いた。
「佐藤さん達は『個別では、職責が果たせない次期取締役候補だ』と知って、または、判断して、全員纏めて決議したのでしょうか。それは大問題です。どう意見陳述しますか」東野が追っかけ質問した。
「東野さんが、最初に意見陳述のいわゆる提議を話されましたが、他の5名の方々をそれに応じた情報が、私にはありません。佐藤さん、判断した情報をご教授ください」
「他の5名の方々を否定している訳ではありません。チームとして適切だと判断したわけです」
「佐藤さん、もう一度確認しますが『7名の次期取締役候補はチームでないと職責を果たせない』ということですか」
「佐藤さんのチーム選任案では、取締役の相互の監視・監督や牽制等の機能が働かない取締役会になります」佐藤は沈黙した。自分の意見で墓穴を掘った状況になった。他の5名を否定するわけにはいかないし、否定できる情報も十分にない。
「付議内容を変えますか」東野が確認した。
「いえ、他の5名の方々を否定する事由を私はもっていません」
「それでは、私の付議内容の【会社法342条の2第4項の意見】案を監査等委員会の意見陳述として、取締役会に提出して招集通知への記載を要求します。賛成の方は、挙手ください」両角と東野が挙手した。
「佐藤さんは棄権ですか、反対ですか」
「反対です」
「それでは、私が付議した議案は、賛成2反対1で決議されました。これで監査等委員会は閉会します」東野は時間を見た。取締役会終了後、20分経過していた。監査等委員会の後、取締役会メンバーに「次期取締役選任候補の件」という題名で【会社法342条の2第4項の意見】(監査等委員会決議2020年5月25日)の意見陳述記載要請内容資料と共にメールの送信を終えた。かかった時間は8分、新井泰の30分限度はクリアさせることができた。所要時間は議事録にも明記することとした。東野は会議室に戻った。
「東野さん、お疲れさまでした。【会社法342条の2第4項の意見】案、準備いただいてありがとうございました」メール発信まで会議室で待機してくれていた両角が言った。
モバイルPCで、送信を確認してくれたようだ。
「意見陳述書のパターンは、いくつ準備されていたのですか」
「3パターンです。A案は、山本・新井泰・椎名の3名が候補の場合、B案は、今回使用した、新井泰・椎名の2名の場合、C案は①と②があり、新井泰1名、椎名1名が選任候補となった場合……このC案は、可能性は低いと思っていましたが」
「佐藤の『自爆的継続性のための二人』終わりの方は口ごもごもで、意見が言えない状況でした」
「山本社長らもなぜ7名纏めて決議したのでしょうか。理解に苦しみます。7名纏めての決議を求められたため、監査等委員でない取締役選任候補全員に反対することになりました」
「今までは、取締役選任議案に反対する者がいませんでしたから」両角が経験から説明してくれた。
「あと、考えられるのは、多数決に持ち込めば必ず決議できると踏んでいたんでしょう」
「そうですね。最近、審議中、不利になったりすると、よく新井会長が決議を促しますからね。本当は、トラスト・インベストメント社の湊の選任にも反対の意見陳述をしたかったです。何故なら、取締役会に入って、新井家と大株主連合を組んで、自分たちに利潤を生む経営施策を中心にやっていくと思います。例えば、自己株式の買取等は限界までやらせて、自分たちの持ち株比率を上昇させるとか」
「確かにそうですね。トラスト・インベストメント社は、投資会社ですから自分たちの投資分で予定回収利潤に達したら、手放すでしょうし。一部の株主のみの利潤追求の経営を推し進めるでしょうし、邪魔な存在は、排除していくでしょう。でも今のあからさまな内容で意見陳述は難しいですね。証拠もありません」
「甲斐さんが質問していましたが、トラスト・インベストメント社は株主提案で社外取締役監査等委員としての提案だったのに、なぜ、株主提案を取り下げさせ、非業務執行取締役として会社の選任対象としたのでしょうか」
「憶測ですが、多分、監査等委員の増員対象が先に真鍋氏で進んでいたんでしょう。それと株主提案の湊氏とぶつけて、取締役会のマジョリティの1名を失うより、非執行役でも取締役として合計2名という体制に変えたのではないでしょうか」
「なるほど。あと、山本らは、新井泰、椎名の2名について、取締役承認は固いと踏んでいたのでしょうか」
「確実性を高めるための手段が、トラスト・インベストメント社への忖度だったと思います」
「我々の意見陳述については、どこまで予測していたでしょうか」
「わかりません。今日の取締役会で、私が『取締役会後に監査等委員会を開催する』通知したときの新井泰の慌てぶり。何としても、印刷会社の原稿締め切り云々等を持ち出して、妨害しようとした振る舞いから、予測はしていなかった感じがします。両角さんが『印刷会社に直接交渉するから』という発言にグウの音もでませんでした」
「あの慌てようはなかったですね。ところで、我々の選任候補への反対陳述意見はどれくらい効果があるでしょうか」
「私なりに、調査したのですが、反対の意見陳述した事例が見当たりません。今まで、反対することが無かったようです」
「取締役会での次期取締役選任案に対して、監査等委員会や監査役が、反対の意見陳述をするなんて、よほどの事情がない限りしませんよね。まして、役員クラスの内紛を示唆するようなことにもなります。我々のように監査等委員会等が確固たる証拠を持って反対したら、常識的に取締役会で選任案を再審議しますよ。うちの山本、新井は、ゴリ押ししてそれで良しとしている。改心の兆しもない」
「両角さん、また、山本社長は我々の『会社法342条2の第4項の反対意見陳述』を適時開示しないかもしれません」
「取締役責任追及委員会の設置も開示しませんからあり得ますね。そうなると招集通知だけですか。次期取締役候補については、招集通知の前に適時開示しますよね。ということは、本日の取締役会の決議の開示は、次期取締役候補のみの開示でしょうか」
「自分たちに不利な情報は開示しませんから。投資家や株主にとっての『適時開示』の重要性を完全に無視しています。株式の価値及び売買時期の判断は、投資家や投資家の判断であり、経営業務委託されている取締役の判断ではないということを無視しています。加えて公平さにかけているのは、一部の大株主だけ、新井家、トラスト・インベストメント社だけに情報を提供しているという偏った体制です。彼らにとっても342条2の第4項での反対の意見陳述は初めてのことですから、『どう取り扱っていいか、わからなかった』とかで逃げそうな感じです」
「もし、適時開示から省かれたらどうしましょうか」
「招集通知だけの情報にはしたくないですね。といって東証に相談しても、会社個体の問題と片づけられます。今は、いい知恵がありません」
「東野さん、私も友達の弁護士に状況を話して聞いてみます」
「よろしくお願いします。まあ、期待できませんが明日の適時開示内容を確認しましょう」両角は、その日は約束があると言って会食もせず、帰宅した。東野も次の手段の相談を、日本第一法律事務所の黒戸へするため、本日の取締役会からの状況を纏めた。纏め終わった時は午後八時を過ぎていた。
帰宅して、黒戸宛に本日の報告のメールを送信後、両角から電話があった。
「東野さん、夜分遅く済みません。本日の件、友人の弁護士に相談しました。友人からのアドバイスが二つありました。一つは『東証の記者クラブに通知する』これを『投げ込み』というそうです。椎名が決算発表後、決算情報をいつも新聞等へのIR目的で、投げ込みをやっている手法です。二つ目は『記者会見を開く』です。どうでしょうか」
「なるほど『投げ込み』は聞いたことがあります。各企業、決算情報は、取材等を受ける手間を省くために、おっしゃる通り『記者クラブで投げ込んで開示している』ようですね。『記者会見』ですか。どちらにしても記者の方々が記事として扱ってくれますかね」
「東野さん、それが友人の弁護士が言うには、絶対取り扱うというんですよ」
「なぜですか」
「会社法342条2の第4項を行使した『初めての監査等委員』だからそうです」
「私も調べて事例がなかったことは、両角さんにもお伝えした通りです。いくら『初めての行使』であっても、そんなに話題性があるのでしょうか。逆に『行使せざるを得ない』状況を恥ずかしいことと考えています」
「監査等委員や監査役の『独立性』を示した象徴的行使だというんです」
「確かに、監査等委員、監査役の『独立性』は会社法でも確保されている等、話題になりますが、必要に応じて行ったまでのことですけどね。あまりピンときませんが、専門家がいうのであれば両角さん、大変なことをしでかしちゃいましたね」
「そうなんです。東野さんのせいで……。冗談ですが。どうします」
「両角さん、私たちは会社法に則って、権利の行使したまでです。友人の弁護士の方の重要なアドバイスありがとうございます。参考にして、私の方も明日の開示内容を確認して、専門家に相談してみます」東野は電話のあと、再度、メールで黒戸に相談したい旨、アポをいれた。
 翌日、午前中に黒戸からアポの返事が届いた。本日であれば、午後六時以降であれば時間が取れるとのことだったので、その指定時間に打ち合わせのお願いをした。
 午後、次期取締役選任候補の情報は開示されたが、予測した通り、監査等委員会の意見陳述については一言も触れていなかった。もう一つ驚かされたのは、山本は「今回の不祥事の責任を取って、任期満了時に辞任する」と選任候補情報の前に付け加えられていた。
 取締役責任追及委員会の長谷川弁護士から連絡が入っていた。「明神専務と甲斐常務は、ヒアリング完了したが他の4人からは、日程の回答がないのでフォローしてほしい」との内容であった。東野は山本ら4名に「ヒアリング日程の催促」を但し書き付きで送付した。但し書きには「ヒアリングに応じなければ、第三者調査委員会及び監査等委員会の調査報告書に基づき判断して、調査報告書とする。また、ヒアリングにも応じなかったことを記載する」という内容である。あと、長谷川氏からメールには、都合の良いときに電話が欲しいとのことだったので電話した。
「東野さん、色々大変かと思いますが、一応報告しておきます。先週の金曜日、佐藤監査等委員からスミス・羽柴・小野寺法律事務所の代表電話で、私宛に電話がありました。内容は『スミス・羽柴・小野寺法律事務所と自分の外資系損害保険会社のグループ会社で顧問契約がある。日帝工業株式会社の取締役責任追及委員会の委員長を引き受けていただいているが、対象取締役は、
 ①不正に巻き込まれたこと
 ②会社の利益のために試行錯誤していたこと
 ③今後の経営の中枢を担う取締役であること
以上の理由を考慮して、よしなにお願いしたい』という内容でした」
「えっ、長谷川先生を脅したのですか。佐藤は大したものですね」
「脅されたわけではありませんが、現執行側に忖度を要求したような内容でした」
「大変、失礼な電話の内容で申し訳ありません」
「東野さんが、謝ることではありません。我々のスタンスは変わりません。スコープ通りの責任追及を行います。適時開示拝見しました。大変な組織ですね。監査等委員会として、どうされるんですか」東野は会社法342条の2第4項での対応を説明した。
「東野さん、凄い事ですよ。監査等委員の独立性を自ら証明したような会社法に携わる研究者の憧れの的となりますよ」
「長谷川先生、冷やかさないでください。やるべきことをやっているだけですから」
「でも『やれば、できるんだ』という元気をもらう人たちが沢山いると思います。頑張ってください。ヒアリングのフォローアップメールありがとうございました」
「長谷川先生、こちらこそフォローが遅くなり申し訳ありません。ちょっと株主総会まで、立て込みますが引き続きよろしくお願いします。佐藤の件は時期が来るまで、伏せておきます」
「それで構いません。調査には影響ございませんから」スミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川との電話後、東野は長谷川の電話内容を議事録的に纏め、今後、佐藤のあからさまな執行サイドへの忖度した時の防御策の一つとして格納した。
 午後六時、日本橋にある日本第一法律事務所を訪問した。
「黒戸先生、茅野弁護士の件、本当にありがとうございました。先生方の人脈のお陰です。茅野氏も良く理解していただいており、これも黒戸先生方の手腕の賜物です。あんな的確な経歴の方は中々おらず、執行側も真鍋氏の取り下げを異議なく承認しました。異議は、一つ『紹介ルートは、反社長派ルートではないのか』がありました。社長派ルートは正規軍との自己判断で推し進めております」
「お役に立てて良かったです。同業者間で種々、ネットワークもありますから。それにしても執拗に山本は開示しませんね。今日の開示も東野さんらの懸念とおりでした」
「その件で、黒戸先生に教えいただきたいことがあります」東野は、意見陳述を開示されなかった場合の対応について相談した。両角の友人のアドバイスも含めて
「東野さん、両角さんの友人の方のアドバイスは有効だと思います。東証の記者クラブへの投げ込みやりますか」
「効果ありますでしょうか」
「東野さん、会社法342条の2第4項は、会社法研究者の間では『抜かずの宝刀』とも言われておりました。東野さんと両角さんが歴史上、第一号になります。日本で初めてのことです。おめでとうございます」
「黒戸さんも冷やかすのは止めてください。私と両角さんとは、会社の恥を晒している気分なんです」
「いや、本当は意見陳述したくとも、柵に流されたり、独立性が保てず、断念された監査役や監査等委員も沢山いたはずです。ですから、業界誌や業界新聞は非常に興味を持つと思います」
「私は、とにかく会社の直面している事実、経営委託されている、取締役らの愚行も含めて株主や投資家に伝えるチャンスがあれば、できる限り対応したいと考えています」
「東野さんの意向は正しいと思います。ぜひ協力させてください。東証の記者クラブへの上げ込み方法は、この後、欅坂が説明します。ただ、『投げ込み』の資料も監査等委員会で決議してください。情報提供は、東野さんや両角さんという監査等委員ではなく、会社の機関決定の一つである『監査等委員会』での発表の方が投資家や記者たちも重く受け止めます」
「わかりました。監査等委員会での決議にします。佐藤は反対すると思いますが。一つネガティブ要素があります」
「何でしょう」
「佐藤から、新井泰を通じて、執行サイドに『投げ込み』の情報が必ずリークされると思います」
「リークされるリスクより、機関決定の方が重要です。それに物理的に東野さんの行動を止めることはできません」
「わかりました。物理的に止めさせることは犯罪になりますね」
「次、よろしいですか。あと、両角さんの友人の方のアドバイスにもあった取材も良い手段と考えますが、直接、投資家説明会を行ったらいかがでしょうか」
「そんなことができますか、この私に」
「東野さんが言ったじゃないですか『株主や投資家に伝えるチャンスがあれば』と。伝えたいという人がいれば『いったい、日帝工業株式会社で何が起こっているのか。ぜひ知りたい』と思っている投資家や株主はたくさんいますよ。逆に会社側は、取締役の職を保身するため、自分たちに不利益な事実は開示していませんから」
「どうやったらよろしいでしょうか」
「作戦が必要ですので、ちょっとお待ちください。時期だけお伝えします。招集通知が発送されて株主や投資家に届いた直後位が、ベストでしょう」
「わかりました。また、教えてください。あの記者クラブへの投げ込みに関して要望があります」
「何でしょうか」
「会社法に係わる意見陳述の件だけでなく、取締役責任追及委員会の設置』についてもお知らせしたいのですがいいでしょうか」
「それは、良い考えです。ぜひ加えましょう。ただ、一つ覚悟してもらいたいことがあります」
「何でしょうか」東野は不安げに聞いた。
「会社、執行サイドの対応、山本や新井泰の対応は、増々、厳しくなります。記者クラブへの投げ込みで、彼らは表立って東野さんらを誹謗中傷の的にしてマスコミ等に情報を流します。あらぬことない事、粗探しして東野さんらを悪者にします。覚悟はありますか」
「前にもご説明しましたが、私は、上場会社の監査等委員としての職責を『正義』として法令違反した、取締役らと戦っています。ここで引き下がるといままで日輪産業時代に一緒に働いてきた後輩や先輩の方々に、もう会えなくなります。日輪産業時代も色々問題が発生し、今と変わらぬ思いで会社にとっての『正義』を主張して実行してきました。『日輪産業の外では、尻尾を捲くのか』と思われたくありません。逆です。『日輪産業時代の先輩、後輩と一緒に悩んできたから、この難関も対応できているんだ』と。結果はわかりませんがそう言って、また一緒に美味しい酒が飲みたいんです」
「東野さん、我々も東野さんのパッションに動かされて応援しています。がんばりましょう。正義を貫く人には、今は、見えないだけで味方は沢山います」その後、欅坂から、記者クラブへの『投げ込み』のアプローチ、資料の作成規程や準備資料の部数やらを教わって法律事務所を後にした。後は、資料の作成と監査等委員会の開催であった。東野は早々に監査等委員会の招集を行った。
 翌日、山本から、招集通知最終版が、取締役全員にメールで配布された。
「先日の取締役会で承認を得た招集通知に監査等委員会の意見陳述と、それに対する取締役会の意見を追記しました。この内容で最終版とすることを紙面上の決議をお願いします」との内容メールであった。招集通知の内容を確認すると監査等委員会の意見陳述は、提出内容通りに記載されていたがその監査等委員会の「反対の意見陳述」に対して「取締役会の意見」として、以下の内容が追稿されていた。

〔監査等委員会の取締役候補者に対する意見陳述に対する取締役会の意見〕
 当該意見は、監査等委員会からの意見書を掲載したものですが取締役会として、当該意見は、以下の通り、不適切であると考えております。
1・監査等委員会の当該意見の決議に関する運営は公正性に疑義があり不適切であること
 当社の監査等委員会は3名で運営されており、当該意見は佐藤監査等委員を除く、東野監査等委員、両角監査等委員の意見決議であります。佐藤氏からの情報によると決議は10分で行われ、重要な審議は充分に行われなかったとのことです。佐藤氏は、反対意見として「不祥事後の株主様や投資家等の信頼回復のための経営課題を成就するためには、第三者調査委員会の報告書にもある再発防止策実行の中枢をになう新井泰氏と椎名史和氏は、経営の継続性を保つため重要な候補社であると反論いたしました。しかしながら、監査等委員会では前述のようにわずか10分足らずで、充分な審議も行わず決議を強行されました。このような行為は、第三者調査委員会でも厳しく指摘されております、取締役間の相互不信を増長させる行為であり、承服できない決議でありました」と述べており、監査等委員会の運営に疑義があると言わざるを得ません。
2・取締役会としては、監査等委員会の当該
内容に一部の事実の切り取った意見であり、到底、承服しかねる内容であること 監査等委員会の当該意見陳述では、新井泰氏と椎名史和氏がコンサルティング契約を締結はしたものの、リーガルアドバイザーに金銭給付と共に法令違反に抵触する可能性があることを指摘された以降、コンサルティング契約を停止し、事実解明のための第三者調査委員会の設置を推進したこと等、また、同委員会の調査報告後、再発防止策を主導的に策定するなど株主・投資家等からの信頼回復に務めていること等を除外しており、公正性が欠如しており、受け入れ難い内容となっております。株主・投資家等のみな様には、この点も留意
いただき、公正な判断を、お願いする次第です。
                               以上                           

 この取締役会の追稿に関して、新井会長ら4人は直ちに承認のメールを送付し、紙面決議された。東野は、取締役会が監査等委員会の意見陳述に対して「意見決議」できるのかわからないが、後は、株主・投資家等へこのような状況を含めた、監査等委員としての情報開示の必要性を改めて感じた。

【監査等委員会:2020年6月1日】午前10時


「それでは、監査等委員会を開催します」佐藤は、ウェブ会議での出席であった。
「本日の議案は二つで『招集通知取締役選任候補者への監査等委員会の意見』と『取締役責任追及委員会の設置』の東京証券取引所兜町記者クラブへの投函による株主等への情報提供の件です。資料をご覧ください。

〔2020年6月1日 監査等委員会資料〕
1・2020年5月26日に「次期取締役選任候補に関するお知らせ」が適時開示されたが、そこには、次期取締役選任候補についての監査等委員会の意見陳述が記載されていなかった。株主が偏った情報により誤った判断をしないように、株主保護の観点から、直ちに監査等委員会の意見陳述の内容を株主に伝えなければならないため「招集通知取締役候補者への監査等委員会意見」(別紙1)を東京証券取引所兜町記者クラブへ投函し、株主へ開示をしたい。
(別紙1)
株主各位                    2020年6月1日
                  日帝工業株式会社 監査等委員会
                   常勤監査等委員 東野要郎
              お知らせ
 当社次期取締役選任候補者に対して、監査等委員会の意見陳述の内容の概要(会社法342条2の第4項)を次の通り、お伝えします。
1・新井泰氏
当社の喫緊の課題は、法令違反事象の発生に際し、再発防止のための法令遵守の徹底、内部統制システムの再構築による社内外からの信頼回復である。同課題の実現に向け、次の理由により、同氏は問題があり、取締役候補として不適切である。
・2019年にベトナム会社での海外公務員への賄賂支払いの事実を知った後、法務IR担当常務取締役にも拘わらず……
2・椎名史和氏 
当社の喫緊の課題は、法令違反事象の発生に際し、再発防止のための法令遵守の徹底、内部統制システムの再構築による社内外からの信頼回復である。同課題の実現に向け、次の理由により、同氏は問題があり、取締役候補として不適切である。
1〕2017年、同氏は、経理財務部長の職に在していた。……

 なお、以上の監査等委員会の意見陳述に関して、取締役会は、次のような意見を招集通知上に掲示しておりますことを併せてお知らせいたします。
〔監査等委員会の取締役候補者に対する意見陳述に対する取締役会の意見〕
……
(別紙2)
取締役責任追及委員会の設置のお知らせ
 当社は、2020年3月30日付「第三者調査委員会の調報告書の公表のお知らせ」のとおり、当社海外グループ会社における外国公務員への賄賂支払いの問題(以下「賄賂支払い問題」と言います)に関し、第三者調査委員会の報告書(公表版)を開示しました。また、調査報告書により、賄賂支払い問題に、監査等委員でない取締役(以下「対象取締役」と言います)が関与した法令違反等が判明しました。そこで当社監査等委員会は、対象取締役のコンプライス違反、内部統制システムの無効化等、職務執行に関する不正行為・法令違反行為が対象取締役の『任務懈怠責任』があったか否か、及び当社として対象取締役の責任追及をすべきか否か等について、法的な観点から、当社として適切かつ公正に判断するため独立性を確保した利害関係のない中立・公正な立場にある社外弁護士からなる「取締役責任追及委員会」を2020年4月21日に設置しました。取締役責任追及委員会の概要につきましては、次の通りです。……

 以上が、東京証券取引所兜町記者クラブへの情報提供する事由と内容です。審議願います」
「執行サイドはなぜ監査等委員会の意見陳述を開示しなかったのでしょう」佐藤が質問した。
「わかりません。佐藤さんはご存知でありませんか。いつも開示要求しても『東証に相談する』とか『情報がミスリードする』とか『開示の時期ではない』等賜っていますが」
「確認してからの方がよろしいんじゃないでしょうか」
「佐藤さん、また引き延ばしですか。招集通知も発送されます。より多くの株主や投資家に認識してもらわなければならない重要な意見陳述ですから、早々に情報提供すべきです」
「招集通知に記載されているだけでは不充分でしょうか。株主全員に送付されます」
「その質問は、山本社長らに、なぜ招集通知で株主に伝わるのに『次期取締役選任候補に関するお知らせ』を適時開示したのかをお聞きください」両角が適切な反論をした。
「取締役会で『取締役責任追及委員会設置については調査時期が、時期尚早のため開示しない』と決議されましたが」
「佐藤さん、東野さんが、責任追及委員会の件で通知したメール等よく確認してください。明神専務、甲斐常務は、調査の一環であるヒアリングを行っております。調査は開始されています。時期尚早は、責任の繰り延べ戦略です。今後、淡々と調査は進みます。万が一、他の取締役がヒアリングに応じなければ、メールに記載通り、手元の資料のみで調査結果を纏めますよ。追及委員会は」
「他にご意見ありませんか」佐藤はもう何も言わなかった。
「それでは、第一議案『招集通知取締役選任候補者への監査等委員会の意見』を東京証券取引所兜町記者クラブへの投函による株主等への情報提供に賛成の方、挙手願います」両角と東野が挙手した。
「佐藤さんは棄権ですか、反対ですか」
「反対です」
「賛成2反対1で、第1議案は決議されました。続きまして第2議案の『取締役責任追及委員会の設置』を東京証券取引所兜町記者クラブへの投函による株主等への情報提供の件に賛成の方、挙手願います」両角と東野が挙手した。
「佐藤さんは棄権ですか、反対ですか」
「反対です」
「賛成2反対1で、第2議案は決議されました。以上で監査等委員会を閉会します」
 東野は、東京証券取引所兜町記者クラブの投函の予約を午後一時に取っていた。投げ込みの資料、全部で44部準備して、王子神谷駅から、飯田橋まで行き、東西線に乗り換え、茅場町で降車した。東野にとって、38年ぶりの東証であった。東野は、就職活動の時期に就職希望先として訪問した時以来である。東野は、日輪産業か東京証券取引所の両方で、10月1日に訪問すれば、内定がもらえる予定であり、そのころ半官半民の東京証券取引所か中堅商社としての日輪産業か迷っていた。結果として、日輪産業を選択したわけであるが、感慨深いものがあった。当時の建物とは比較にならないほど現代的であった。東京証券取引所の南玄関の受付で記者クラブの予約を伝え、場所を教わった。記者クラブは地下にあり、地下にも記者クラブの受付があり、投げ込み予約を伝えると、欅坂弁護士から要領は、聞いていたが、受付の方が丁寧に手順を伝授してくれた。最初に白板に月日と会社名、要件(書類名)は、赤マジックで記載することであった。午前に投げ込んだ会社もあり、記載例となって、それに習った。投げ込みボックスは18社あり、一番要求部数の多い会社は、経済雑誌の「アジア経済誌」で四部投入した。全部投入し終わって、今度は、北玄関から出て帰路についた。この時、東野はこの記者クラブの投げ込みが、どのような効果や影響があるのか、予測もつかなかった。
 二日後、東野が記者クラブへ投げ込みをしたことに最初に反応したのは、勿論、会社執行側だった。佐藤は監査等委員会後、新井常務に決議内容と記者クラブへの投げ込みについて報告をした。ただ、会社執行側としては、記者クラブへの投げ込みが、どれだけの影響があるのか測りきれず、静観していたが記者クラブ所属数社から、取材の申し込みがあり、対応せざるを得えなくなって、適時開示した。

各位                      2020年6月3日 
             日帝工業株式会社  代表取締役 山本金一
     【当社監査等委員会に関する一部報道について】
 当社取締役会は、次期株主総会に上程する取締役候補に対する監査等委員会の意見陳述及び同委員会が決議した、取締役責任追及委員会の設置についての報道に接しましたので、本件報道に関する取締役会の見解をお知らせします。
 当社株主のみなさまには、株主総会を目前に控えお騒がせをし、誠に申し訳ございません。何卒、冷静に情報を見極め、対処いただきますようお願い申し上げます。
                記
 当社取締役会は監査等委員会の法的権限につきましては、当然尊重されるべきものであり、今後も真摯に対応してまいります。
 しかしながら当社取締役会は、誠に遺憾でありますが、本件報道にある当社監査等委員会の権限行使については、以下の1から5の事由により、同委員会に求められる中立・公正な職務遂行に疑念を禁じを得ない状況にありますことを報告いたします。
〔前提となる背景について〕
既にご周知の通り、当社取締役会は、当社海外グループ会社において認識された外国公務員に対する不正な金銭交付に対して第三者調査委員会を設置し、調査を行い、3月30日に調査結果の報告書を開示しました。当取締役会は、調査結果を真摯に受け止め、再発防止策および取締役の処分いついて検討・協議を重ねてまいりました。
1・取締役全員の処分案へ従わない
 3月27日付で適時開示いたしましたが、同日取締役会で取締役全員の処分として、「報酬返上」を可決しました。しかしながら、東野監査等委員と両角監査等委員は、決議に不服申し立てをして、未だ「報酬返上」義務を果たしておりません。この行動は、民主主義の「合議制」を無視したもので、取締役会の決議を蔑ろにするものです。
2・明神元名誉会長の解任決議案への反対
 第三者調査委員会の調査報告では、事実認定まではできませんでしたが、明神元名誉会長の明らかな不当な経営介入の容認により、取締役会のガバナンス機能が失われ、取締役間の相互理解も阻害されてきました。委員会の調査後も明神名誉会長は、4月13日付、社員向けの通知書で、監査等委員を除く取締役の辞任すべき意見書と現執行側取締役への辞任要求を明示しました。当社取締役会は、これをコーポレートガバナンスの根幹にかかわる取締役の人事への介入行為と認識して、すでに看過できる状態を逸しておりますので、4月20日取締役会で明神名誉会長の名誉会長職の解任を決議しました。その決議につきましても、東野監査等委員と両角監査等委員は、反対の意を表して混乱の収束の妨害を行っています。
3・会社法342条の2第4項の意見陳述の監査等委員会の決議について
 佐藤監査等委員の報告によれば、今回の次期取締役候補2名への意見陳述の内容について、監査等委員会ではほとんど審議することなく決議されたそうで、同氏としても事の重大さに基づき、種々意見を述べるべく試みましたがその機会も与えられず、約10分強で、両氏に強行決議されたそうです。このような不充分な審議による決議方法について当社取締役会は断固として反対し、再度中立・公正性に基づいた審議を求める次第です。
4・次期監査等委員である取締役選任要求について
 この度、監査等委員会から独自の選任による監査等委員である取締役の選任要求がありました。法令に基づいた要求でありますので、当社取締役会としては要求通り、株主総会の議案として提議しますが、当初、取締役会から監査等委員増員の依頼と共に候補者を通知いたしましたが、その検討も行わず、どのような紹介ルートか説明も明確にない独自の候補を選任したことも中立・公平さに欠けた行為であり、監査等委員会決議への不信感を感じざるを得ない状況です。
5・取締役責任追及委員会設置の件
 当社取締役会は不正発生の事象を踏まえ、監査等委員会が、中立・公正性をもって当委員会の設置するのであれば、その権限等を否定するものではございません。しかしながら、当委員会の委員の選任の仕方や調査対象、調査範囲、調査時期の課題等について、明確な説明もなく設置されたため明確になるまで情報の開示を差し控えておりました。このような状況下において、監査等委員会が勝手に本件報道の情報を流出させたことに関して、誠に残念で遺憾であると考えております。
                              以上                                                       

 招集通知と共に痛烈な個人攻撃が始まった。黒戸弁護士からの今後の展開として、アドバイスがあり、覚悟はしていたが会社として、取締役会の決議人数を確保した組織VS個人の闘いの劣勢を東野は感じていた。しかしながら会社が反論開示の影響で、メディア等が興味を持ち始め「投げ込み効果」以上の広範囲な情報提供ができることには、予想だにしない出来事となった。適時開示の翌日には各新聞が扱った。
〔新日本経済新聞〕
監査等委員会、次期取締役候補へ異例の反対意見陳述……上場会社 日帝工業株式会社
〔朝毎新聞〕
会社法342条2の第4項が法令施行後、初めて発動された。……日帝工業株式会社
〔読買新聞〕
上場会社日帝工業株式会社、不正への対応で、取締役会と監査等委員会が対立した。創業家の覇権争いか。                   等々
新聞等だけでなく、弁護士やジャーナリストも興味を持ったブログ等の発信があったことは、監査等委員会の意見の間接的拡大開示に繋がった。
「東野さん、黒戸です。今、お話できますか」
「ハイ、大丈夫ですが」
「東野さんの『投げ込み』成功おめでとうございます。本日の新聞記事読みました。ある程度、目的は果たせたのではないでしょうか。ビジネス法務業界でも話題になっていますよ。『法制度施行以来、初めて伝家の宝刀を抜いた監査等委員』と東野さんは、一躍有名人です」
「色々、ありがとうございます。有名人ではありません。やるべくしてやったことです。社内の立場や環境は、増々悪くなっております。黒戸先生のおっしゃる通り、社内外での個人攻撃が始まりました」
「株主総会までは、がんばってください。倒れそうになりましたら当法律事務所にお出でください。カンフル剤くらいは注入します」
「ありがとうございます。駆け込み事務所として登録しておきます」
「情報開示について、ちょっと相談があります」
「何でしょうか」
「実は、私の知り合いのジャーナリストの方が、東野さんに『取材をしたい』と申し出があります」
「彼女、ジャーナリストは、山東明穂さんと言いますが、昨日、あるビジネス法務の会合で司会が、枕として、日帝工業株式会社の監査等委員の活躍の話をした際に、会合のメンバーでもある山東氏が『会社に東野監査等委員へ取材の申し出をしても断れ続け、代表電話に『東野監査等委員お願いします』と電話かけると身分や会社名やら用件を聞かれ、挙句の果て、断ち切られる』といった会社の妨害状況を報告していましたので会合の後に東野氏との連絡は取れる旨、伝えると『是非、取材をお願いしたい』と申しておりました。いかがでしょうか」
「会社もあれだけ好き勝手なことで『中立・公平性のない監査等委員』とレッテルを貼られておりますので、何らかの対応は取りたいのですが『子供の喧嘩』的にならないようにしなければとは考えています。どんな方ですか」
「信頼できるジャーナリストです。監査役や監査等委員の独立性に関心を持って長年取り組んできており、その筋の弁護士も沢山、知り合いがおります。私もその一人ですが。あと、これからの戦いでジャーナリストの味方も必要になってくるかもしれません」
「わかりました。話を聞いてみましょう」黒戸弁護士の紹介の山東氏から連絡があったのはその夜のことであった。
「東野さん、初めまして。ジャーナリストの山東と申します。この度は取材に応じていただきありがとうございます」
「初めまして。東野です。山東さん、取材に関してお願いがあります」
「何でしょうか」
「取材に当たって質問事項の一覧を事前に知りたいのですが、よろしいでしょうか」
「わかりました。この電話の後に送付します」
「これは、プロの方に大変失礼なことですが、掲載記事内容を掲載前に拝読したいのですがよろしいでしょうか」
「構いません。修正があれば申し出てください。今回の記事は、デジタル版『ビジネス法務通信』に掲載される予定です」山東は東野の二つの要求を快諾し、取材は明日の午後7時にウェブ会議でやることになった。

〔ビジネス法務通信〕              2020年6月12日
        【監査等委員が異例の強権発動】
上場会社である日帝工業株式会社の経営体制が、揺れている。会社の最高決議機関である株主総会を前に取締役会と監査等委員会が、真っ向うから対立姿勢が鮮明となっている。
〔背景〕ことの発端は、2019年8月31日に発生したベトナム子会社での外国公務員への不正な金銭交付事件だ。執行取締役らは、恣意的に11月まで監査等委員には報告せず、隠蔽工作を行っていた。その後、弁護士のアドバイスにより第三者調査委員会を設置した。3月30日公表された、同委員会の調査結果の報告書には、取締役の法令違反への関与も指摘され、刑事罰にも抵触することから当社は、司法当局へ自主申告まで行った。法令違反に関与・黙認していた取締役は、取締役9名の内、監査等委員を除く6名の取締役で、特に、代表取締役、法務担当常務取締役、経理財務責任者である取締役らが不正に深く関与、および会計処理の隠蔽工作を主導的に指示していたと報告されている。そのような経営腐敗の状況の下、5月25日に次期取締役選任候補が適時開示され、前述した、当該、法務担当常務取締役と経理財務責任者である取締役が次期取締役の再任候補として決議され提示された。通常、考えられない選任の決議をした取締役会に異議を申し立てたのが、監査等委員会である。監査等委員会は、会社の開示すべき重要情報も会社が隠蔽して株主や投資家に伝わらないことに懸念して、記者クラブへの投げ込みを行うなど何とか事実の開示をしたいと今回、常勤監査等委員である東野要郎氏が、取材に応じた。
……時系列的に質問したい。ベトナム会社での不正は、本当に11月まで知らなかったのか。
「2019年11月20日の取締役会まで全容は知らなかった。正確に言えば最初に聞いたのは、18日の夜、元総務部長からの電話で『海外子会社で不正が発生した』と報告があったが、詳細は、彼も知らなかった。また、19日の朝、明神元名誉会長に部屋に呼ばれて『不正が起きた。社員を助けてくれ』と相談があったが、翌日の取締役会まで詳細情報を待った」
……11月20日の取締役会では、既に第三者調査委員会の設置を決議した。監査等委員会は、調査を第三者調査委員会に任せたのか。
「20日の取締役会は、経理財務責任者である取締役から『海外子会社で賄賂に相当する不正があったらしい』という報告から始まった。発生時期を確認すると『8月末』との回答。その報告で何かおかしいと感じた。金銭に関わる不正を経理財務責任者が三か月も経過した時点で、『まだ、賄賂とも断定できない』や『詳細は分からない』との説明は不自然であり、何か隠していると確信した。すると法務担当である常務が『詳細』を解明するため第三者調査委員会を設置する議案が付議した。誰と誰が連携して、監査等委員を蚊帳の外に置いているのか、その時はわからなかった。ただ、取締役らが何か関与している感じはしたので『最初は、監査等委員会で調査し、それでも解明できない場合、第三者調査委員会を設置したらどうか』という提案をしたが『時間がない』や『責任とれるのか』と否定された。しかし監査等委員会での調査は平行して行うことは宣言した」
……監査等委員会の調査結果は、どうしたのか。
「2020年2月21日に取締役だけでなく関係者を集めて監査等委員会の調査報告会を開催した」
……調査報告書は、事前に拝見した。調査結果は第三者調査委員会と同様の結果だった。
「我々の調査は、法令違反の黙認が3名、黙認および隠蔽工作が1名、法令違反に関与、黙認及び隠蔽工作は2名という結論を報告した」
……報告した時の取締役の対応は。
「無視された。理由は『素人の調査』や『調査の方法に問題がある』等で結論は、第三者調査委員会の調査結果を待つとなった」
……繰り返しになるが、第三者調査委員会の調査結果と証憑も同じであるが。
「我々は、調査報告の後、第三者調査委員会と会計監査法人に報告書と証憑等を送付した。また、我々の報告は、第三者調査委員会の報告2月28日より前に行った」
……第三者調査委員会との調査の連携はあったのか。
「全く無い。我々も被疑者扱いであった。第三者調査委員会が監査等委員会の報告内容を参考にしたとは思う。また、第三者調査委員会の報告書で取締役らが否定した、我々の調査結果の正当性が証明された」
……取締役会は、監査等委員会の調査結果も公表すべきではないか。
「取締役会は無視している。監査等委員会が調査等、一所懸命に行ったのは当社にまだ、自浄機能があることを示すためである」
……刑事罰の疑いもあるので、自主申告したが、監査等委員会は調査結果後、何かアクションをおこしたのか。
「山本社長と椎名取締役の辞任勧告決議を行って、取締役会に通知した」
……両名の対応は。監査等委員会の辞任勧告についても開示されていない。
「両名とも『残りの職務期間を全うする』取締役会は『調査不充分』や『混乱を招く』その他『取締役全員の責任なのになぜ、二人だけなのか』等の理由で否定した。適時開示も要請したが無視された」
……3月27日の適時開示で、第三者調査委員会の報告書〔公表版〕と関係者の処分案「報酬返上案」を開示した。その後、会社側は「東野氏と両角氏は、取締役決議事項に従わない」と発表している。
「取締役会で決議された処分案である『報酬返上案』は、何の裏付けもない報酬返上案であること、また、原因究明をして、責任を明確に行ってないため法令違反に関与していない監査等委員も処分の対象となっていることに反対した」
……東野氏の言う、責任を明確にするということは、どういうことを言っているのか。
「法令違反に関与した取締役は、ステークホルダーに謝罪も責任を取ることもせず『報酬返上』で禊を終わらせようとしている。社内でも今回の取締役らの不祥事について、社員に今を持って何の説明もしていない。自分たちの過ちや責任を認めなく、処分案のみは、残念ながら取締役としての職責を果たしていない」
……問題はあると思うが、取締役会の『決議』は決議では。
「その通りです。しかし、法令違反に関与した取締役の提案で自分たちの責任は明確にせず、法令違反に関与していない我々にも『責任を取れ』というのは、不合理な決議案である。また、我々は、第三者の処分査定を行うべきと提案したが否定された。決議には、不服申し立てをした。加えて、取締役会は、元総務部長が新井常務の不正の関与を知って、是正を進言すると『指揮命令系統違反』として総務部長の職を解職した。また、明神元名誉会長を『社員に手紙を送り、経営介入した』との理由で名誉会長の職を解職した。しかしながら、監査等委員会が、第三者調査委員会にも法令違反に深く関与したと厳しく指摘された、山本社長、椎名取締役へ辞任勧告したことは不問とした。自分たちで、裏付けのない『報酬返上』で禊を終わらせようとしている。人には非常に厳しく、自分たちに甘いと思うし、自分を律することができない取締役らが、役職員を解職させること自体、取締役間の相互牽制機能もないし、彼らが役職員には求める中立・公正性に欠けている」
……そういう状況の下、次期取締役選任候補に新井泰氏と椎名史和氏が再任候補として名を連ねている。
「監査等委員会としては、両名の選任候補決議に対して反対の意見陳述を行った」
……会社法342条2の4項の発動は、2014年監査等委員会設置会社施行以来、初めてのことだ。
「自分としては特別なことをしたとは考えていない。なぜならば、選任候補について『意見陳述するか、しないか』は監査等委員会で、昨年は『意見陳述しない』と決議していた。今年は『意見陳述する』と決議しただけである」
……取締役会は『充分に審議されなかったと内部意見がある(審議時間は10分強)』や『事業の継続性を無視した意見』と反論している。
「反論は自由であるが、虚偽の内容の反論は、
逸脱行為だ。審議時間は20分であった。その前の取締役会で両名の選任の問題については、随分論議した。山本議長が『充分に審議された』ということで決議に入り、承認されてしまった。その後の監査等委員会では、①意見陳述するか否か➁意見陳述する場合の事由を審議するだけであった。➁については『法令違反に関与した人物』と『会社に損害を与えた人物』は、取締役に適切でないと明確な事由に纏めた。継続性は両名がいなくても確保できる。逆に両名が再任されると『法令違反や会社に損害を与えても取締役として、再任できる会社だ』ということで社内外でまた、信頼を損う」
……加えて自分たちで監査等委員候補選任した。これも344条2の第2項に基づく法令を初めて発動した。
「会社側から『監査等委員の増員要請』があった。紹介された真鍋氏は、経歴等何も問題なかったが自分たちの人脈で、候補者を探して、日帝工業の抱える課題に真鍋氏より強力な経歴を持った人物が見つかっただけである。この件は監査等委員全員一致で可決した」
……取締役責任追及委員会を設置した。
「不正の発生、監査等委員会の調査報告も同様だったが、第三者調査委員会の報告で、取締役の法令違反に関与したことが判明。取締役の監視・監督は、監査等委員の職責であり、任務懈怠の有無、法的責任の有無を検証するため、取締役責任追及委員会を設置する。以上は、企業の不正発生時に通常取るべき一連の対応策である」
……取締役会は①時期の問題➁委員の選任ルートの問題➂それに創業家の分裂に絡んだ、監査等委員会運営の中立・公正性の欠如の疑義を訴えている。
「まず➀時期の問題:今は、もう無理だが、株主や投資家にとって、株主総会前に調査を終わらせて結果を報告することがベストと考えていた。そうすると新井泰氏、椎名史和氏の選任の良し悪しの判断材料も明確になる。取締役会は、これが都合悪く引き伸ばしたかったのであろう➁委員の選任ルート:取締役会で決議多数派のメンバーは、山本社長、新井会長、新井常務、椎名取締役、佐藤監査等委員である。佐藤氏を除いて、他の取締役は、法令違反に関与した取締役であり、山本社長は、2017年の外国公務員への贈収賄事件で税関職員への賄賂を教唆した主犯格、2019年は賄賂支払の隠蔽工作を、新井泰氏と椎名氏と共に主導しており、新井会長は周知しながら黙認続けた。このメンバーが、議案を付議したり、次期取締役候補を選任するルートの方が、自分たちの保身に有利になる議案や候補者当の疑義が生じることが自然である。これは➂の中立・公正性にも繋がることだが、自分たちの保身を考えれば、監査等委員の活動は自分たちに不利であり、攻撃と受け止められる。彼らの行動で、監査等委員の要求した➀海外子会社の不正には取締役が関与していた事実➁監査等委員会の調査結果➂山本・椎名両名への辞任勧告➃会社法342条2の第4項に基づく反対の意見陳述➄取締役責任追及委員会の設置の開示を一切行わなかったことが、自分たちが要求する中立・公正性ではなく保身に偏った取締役会の決議や運営である。監査等委員会は、法令違反者で責任を認めない取締役に対しては、中立・公正性は排除して、厳しく責任を追及する」
……あと、取締役会は、東野氏と両角氏を「両氏は『反社長派」であり、中立・公正ではない」と言い続けている。創業家、明神家と新井家の争いとすると明神家派と。
「まず、有事時の監査等委員会は『会計監査、業務遂行監査を通じて、取締役の監視・監督を行い、善管注意義務違反の有無の検証』を目的として職責を果たすべく業務遂行している。言い換えれば、会社に対する取締役の行為の善悪を監査して株主・投資家等に報告する義務である。この職責に『社長派』や『反社長派』は関係しない。創業家の争いも関係しない。6名の取締役の監査・監視・監督・責任追及を行っているだけである。自分では、派閥対応していないが『山本社長への辞任勧告』を行ったから結果として『反社長派』と言われている。新井会長・新井常務とは、取締役会で、ほぼ反対決議側なので『明神家より』と言われるのであろう。中立かと言われれば、中立ではない。なぜならば『自分の法令違反を認めた取締役』と未だ『自分の法令違反を認めない取締役』とは、区別して対応している。但し、法的責任追及に区別はない。前述した『6名の取締役』の中には、明神専務・甲斐常務も含めて法的責任を追及している。両名は、取締役責任追及委員会の調査対象でもある。逆に社外の第三者として山東氏に聞きたい。取締役会の決議は、中立・公正性に立った決議か否か。また、取締役会は、監査等委員会が、開示すべきという情報を適時開示しなかったため自ら情報を開示したことに対して『社内情報の漏洩』であり、『守秘義務違反』と非難している。監査等委員会が今回『情報の漏洩』と非難された情報は、株主や投資家等に不必要な情報であったか。また、必要な情報であれば、取締役会は、それらの情報を『隠蔽』していたことになるが、その行為は『善管注意義務違反』とならないか」
……私のジャーナリスト経験から、また、専門家の弁護士に確認したが、他社事例では、法令違反、刑事罰に抵触した取締役は辞任・するケースが多いです。適時開示に関しては、取締役会は監査等委員会の要請された情報は、株主・投資家等に開示すべき重要な情報と判断すべき。それから言うと取締役会は、開示すべき情報を『隠蔽』していたことになります。東野氏の言う取締役の行為が『善管注意義務違反』の有無となるかは『株主が判断するべき』と専門家の弁護士の意見です。
「山東さんのご意見および弁護士の方の意見が、一般的だと考える。我々も特別なことをやっている訳ではない。山本・椎名に辞任勧告した際に、調査したデータで、不正が発生し、第三者調査委員会を設置した23社の内、18社は関与した取締役は辞任または、解任となっていた。このデータも提示したが無視された。日帝工業の社内、いや、取締役会では、この『世間の常識』が通用しない」
 以上が、インタビューの概要である。筆者がこの監査等委員会の情報開示に接することができたのは、監査等委員会が異例の記者クラブへの『投げ込み』を行ったためである。今を持って、日帝工業株式会社のホームページには、会社 (取締役会) 側の監査等委員への誹謗・中傷的非難意見のみである。株式会社の最高決議機関である株主総会を目前にして、当監査等委員会の行動は、株主・投資家等に対して当該会社で起きている事実の認識及びその情報の『正しい』発信はどのようにあるべきかを、また、取締役会が、コンプライアンス違反に際して、機能崩壊した場合のあるべき是正対応を問うている。監査等委員会は、出来得る限りの手段を用い『正しい情報』および真実を株主・投資家等に通知したいという一心で行動した。定時株主総会の招集通知は、既に株主・投資家等のお手元に届いている。日帝工業株式会社の株主・投資家等は、経営を委託する取締役にどのような『取締役の正義』を判断するのだろうか。
                     ジャーナリスト 山東明穂

【株主総会:2020年6月29日】


 日帝工業株式会社の定時株主総会の会場は今年も王子駅の北口改札からすぐのところにある『北とぴあ』で開催される。取締役は、9時集合で、東野は10分前に到着した。『北とぴあ』は、北区の複合文化施設であり、正面玄関入口の前には、長崎市の平和公園にある「平和記念像」のレプリカがある。東野は、子供のころ父親の仕事の関係で長崎の住んでいたことがあり、とても懐かしく神々しく眺めた。東野は高校1年まで長崎で育った。中学時代の教師には、原爆2世の先生もおり、2年に1度、全身の血液交換を行わなければならない先生や、中学卒業後、部活の先生が、原爆症で亡くなったということも経験していた。平和記念像を制作した彫刻家の北村西望氏は、滝野川に住んでいたことがあり、北区初の名誉区民だそうだ。何か馴染み深いものを見て、平常心を保ちながら会場に入っていった。他の取締役らは既に控室に居た。
「茅野さん、本日は、出席ありがとうございます」東野は控室で両角と話している、茅野を見つけ挨拶した。
「本日のことは、お聞きですよね」
「ハイ、指定の席に議案が承認されるまで座っております。議案が決議されましたら、議長の指示に従い挨拶します」
「完璧です。よろしくお願いします。株主総会後、取締役会が開催されます。承認されましたらご一緒しましょう」本年度の株主総会後の取締役会は、東野が社外取締役として、取締役選任候補者全員に招集通知を出していた。監査等委員である取締役、東野、両角、佐藤は任期が2年のため、今年は、改選対象ではない。山本、新井会長、明神専務、甲斐常務は退任する。湊、椎名、斎藤、山名、湊、今宮、真鍋は、選任されたとしても新任であり、日帝工業の取締役会の運営については何も知らない。本来であれば、新井泰が、総務関連の管掌であり、選任結果に関わらず、株主総会後の連絡を職責として、やるべきところ、監査等委員会の意見陳述後、山本と銀行を始めとする取引先の株主等を訪問し、議決権集めのために必死になっており、何の案内等も行っていない。東野は常勤でもあり取締役の一人として、総会後の取締役会開催通知を出さざるを得なかった。
10時開催であり、5分前にさくらホールのステージ上の席に着いた。ステージの上には、取締役だけでなく、事務局が4名、その内の一人は、林・吉田杉本法律事務所の林谷弁護士がいた。茅野は事務局員に導かれ、昨年の株主総会の時に、東野が座った最前列の左端の席についた。
もう既に株主の議決権行使の結果集計は、完了している。一番の課題は、新井家の次男の持ち株会社、新井興業(持ち株比率11%)の動向だ。新井会長側につけば、新井泰と椎名の選任議案は承認される可能性が高くなる。逆に明神家の方につけば否認される可能性が高い。東野はそのような株主構造に関係なく、監査等委員として、全株主・全投資家等へできる限りの職責を果たした。ホールには70人ほどの株主が出席している。知っている顔は社員株主の10名ほどと、明神元名誉会長の顔も確認できた。
「定刻になりましたので、日帝工業株式会社第71回定時株主総会を開催します。当社定款14条に基づき代表取締役社長である山本が議長を務めさせていただきます。初めに事務局より、議決権株式数の報告をお願いします」事務局は総務が担当しており、総務課長が、会議成立を報告した。
「この度は海外子会社における不祥事があり、ステークホルダーのみな様に、ご心配、ご迷惑をお掛けし誠に申し訳ありません。第三者調査委員会の調査結果を真摯に受け止め、社員一丸となりまして、再発防止策に取り組んで参ります。私は代表取締役であるため責任を取り、この総会をもちまして辞任いたします」山本は、唐突に不正に関する謝罪をした。山本が謝罪をしたのは、社内外で、初めてのことである。
「それでは、本日の会議の目的事項につきましてはお手元の招集ご通知に記載のとおりでございます。なお、議事の秩序を保つため、議事の進行につきましては議長の私の指示に従っていただきますようお願いいたします。また、株主様のご質問、ご発言につきましては監査等委員会の監査報告、事業報告、財務諸表の報告、決議事項の議案の説明が終了後に伺わさせていただきます。ご了承ください。それでは、常勤監査等委員の東野氏から監査報告をお願いします」山本から東野が指名された。監査等委員の年度の最終職務である『監査報告書』を作成するにあたり、監査結果をどのように記載するか、さくら有限監査法人と議論があった。さくら監査法人の監査意見は「無限定意見」で報告するという結論を出した。法令違反等の不正会計処理は発覚したが、最終的に第3四半期決算の報告を延期させて、過去の決算まで修正したことを重視した。監査等委員会としては「内部統制システムの軽視・無効化」の点について、どのように記載するかが課題であった。「有効である」とは決して記載できない。試行錯誤した上、次のように記載することした。

               監査報告書
 当該監査等委員会は第70期事業年度(2019年4月1日~2020年3月31日)における取締役の職務執行について監査いたしました。その方法および結果について、次のとおり報告いたします。
1・監査の方法およびその内容
……(省略)
2・監査の結果
〔1〕事業報告等の監査結果
➀事業報告およびその附属明細書等は、法令および定款に従い、会社の正しく記載していると認めます。
➁取締役の職務の遂行については、海外グループ会社における違法行為に取締役等の関与が判明したため、第三者調査委員会を設置して調査を実施し、同委員会から原因究明・再発防止策の提言を受けました。また、当該違法行為に起因した会計処理について過年度決算の修正を行いました。監査等委員会としては、取締役等の法的責任について、引き続き監視・検証を進めている状況です。
➂内部統制システムに関する取締役会の決議の内容は相当であると認めます。しかし➁に記載のとおり、取締役等による違法行為への関与が判明し、過年度決算の修正を行わざるを得なくなる内部統制上の問題が認められました。従って、当事業年度の当社グループの財務報告に係わる内部統制は、適正であると認められません。
〔2〕計算書類及びその附属明細書監査結果
当社会計監査人、さくら有限監査法人の監査の方法及び結果は相当であると認めます。
〔3〕連結計算書類の監査結果
当社会計監査人、さくら有限監査法人の監査の方法及び結果は相当であると認めます。
2020年5月25日
                 日帝工業株式会社
                      常勤監査等委員 東野要郎
                      監査等委員   両角正義
                      監査等委員   佐藤純雄

 東野は、この監査報告書に基づき株主に監査報告を行った。事業報告及び財務諸表類の説明は、プロのナレーターに頼んだ音源とパワーポイントでの招集通知と同様の内容のモニターディスプレイ表示で進行させ、放送が終了して、山本が「当社の対処すべき課題について」を読み上げた。その後、議案の説明に入り、
第1号議案:剰余金の処分の件
第2号議案:取締役(監査等委員を除く)7名選任の件
   1〕新井 泰:再任
   2〕椎名史和:再任
   3〕斎藤正明:新任
   4〕山名繁男:新任
   5〕湊 優一:新任(非業務執行)
   6〕今宮寿人:新任(社外)
   7〕真鍋貴司:新任(社外)
第3号議案:監査等委員である取締役1名の選任の件
 以上を、第2号議案についても「取締役選任に関する監査等委員会の意見陳述、その意見陳述に対する取締役会の意見については、招集通知に記載のとおりです」と淡々と説明して、余計なことも言わず説明は終わった。
「それでは、これから報告事項ならびに決議事項について株主の皆様からの質問・意見・動議を含めた審議に関する一切の発言をお受けいたします。なお、ご発言に当たりましては挙手をしていただき、私が指名しましたら、最寄りのマイクをご使用の上、ご自分の株主出席表番号とお名前をおっしゃっていただいただき、ご要点を簡潔にご発言されますようお願いいたします。それではご意見。ご質問等のある株主の方、挙手をどうぞ」四名が手を上げた。
「ハイ、中央にお座りの方、どうぞ」
「株主出席番号13、吉川光秋と言います。議長に質問があります。議長は、事務局の株主数、議決権個数等の報告の後に『この度は、海外子会社における不祥事があり、ステークホルダーのみな様にご心配、ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありません』と謝罪がありましたが、具体的に何について謝罪したのか、また、その後『代表取締役であるため責任を取り、辞任いたします』と発言がありましたが何の責任を取るのか説明してください」
会場がざわついた。隣の両角が、東野にメモを差し出した。メモには「社友会のOBで、元取締役」とあった。
「謝罪につきましては、海外子会社で不祥事が起きましたことを謝罪いたしました。辞任につきましては、当該不祥事が起こり、株主の皆様に、ご迷惑、ご心配をお掛けしましたことの責任を取って辞任する次第です」
「議長『海外子会社で起きた不祥事』と言いましたが、山本社長、貴方が起こした不祥事ですよね。そのことについては何の謝罪や説明は無いのでしょうか」吉川の質問に山本は、事務局の方のリーガルアドバイザーに助けを求めるように顔を向けた。林・吉田杉本法律事務所の林谷がメモを渡した。山本は、そのメモを見ながら
「誠に申し訳ありませんが、今、当該不祥事に関しましては司法当局へ自主申告しておりますので、お答えできません」
「山本社長、おかしいですよ。私は株主として貴方の謝罪の意味を聞いている。説明できないということは、謝罪しないということでしょうか」他の株主も「そうだ、そうだ」吉川の質問を応援した。
「説明できない理由もおかしい。『自主申告』していながら、まだ保身を考えているのですか。『自主申告』したのであれば、洗い浚い誠心誠意自分の過ちを悔い改め、法の下の裁きを待つべきでしょう。一つ忠告しておきますが『自主申告』したからには、日帝工業株式会社自体、起訴されないようにお願いしますよ。そうしないと『自主申告』した意味がない。もし会社も起訴され、罰金等の刑罰の判決が出たとしたら、株主社友会で山本社長、貴方に損害賠償請求するかもしれませんよ。自分の犯した罪と社会的責任を考えて対応ください。『責任をとって辞任』について、まだ、回答を伺ってません。お答えください。一般的にはこれだけの不祥事を犯し、法令違反に代表取締役が深く関与していたのであれば、任期途中で辞任します。山本社長は任期満了まで厚かましく務めたじゃありませんか。『責任をとって』の意味は何ですか」
「前任の社長から引き継ぎ三年、代表取締役を務めました。一般的には、4年がひと区切りですが『3年で代表取締役を退く』という責任の取り方です」開き直ったように回答した。
「万が一、山本さんが次期取締役選任候補となったとしても、株主は誰も承認しませんよ」吉川は、言い放って後、他の株主から「選任されることがおかしい」や「厚かましいぞ」等のヤジが飛んだ。吉川が席に戻った後、吉川の席の前列の3人が挙手した。
「それでは右側の方、どうぞ」
「株主番号17番高梨誠です。監査等委員会に質問があります」東野は驚き緊張した。山本は矛先が、自分から監査等委員に移ったので、ホットして
「監査等委員会のみなさん、お願いします」
「初めに東野常勤監査等委員、貴方に二つの質問があります」東野はマイクを取って
「ハイ、どうぞよろしくお願いします」
「東野氏は東証の記者クラブに監査等委員会の意見陳述を情報開示したり、デジタル版『ビジネス法務通信』の取材を受けたりして、会社が適時開示しない内容を株主や投資家に向けて発信されていました。あの内容は事実であると株主・投資家に対して宣誓できますか」会場がどよめいた。東野がマイクを取ると静まり、東野の回答を待っていた。
「開示した内容は『事実である』と宣誓します」東野の力強い回答に会場から、万来の拍手が起こった。
「ご回答ありがとうございます。二つめは、取締役責任追及委員会を設置されておりますが調査は進んでいますか。進捗状況を株主に報告いただけますか」
「一部、滞っています。対象者のヒアリングが6名の内、まだ2名しかヒアリングに対応していただいておりません」
「対応いただいた取締役は、どなたですか」
「甲斐常務と明神専務です」
「山本社長、なぜ委員会のヒアリングを受けないのでしょうか」
「取締役会として、同委員会に対しての意見を開示しております通り、調査時期の問題がありました」
「早々に対応してください。株主として提訴請求も考えています」
「両角監査等委員に伺います」東野は両角にマイクを渡した。
「両角監査等委員、東野氏と同じ質問です。東野氏と共に何とか株主・投資家等に会社の開示しない情報を開示しようと努力されました。東野氏の『ビジネス法務通信』のインタビュー内容も含めて『事実である』と株主に宣誓できますか」
「監査等委員会として開示を試みた内容、および東野氏の『ビジネス法務通信』のインタビューの内容は『事実である』と宣誓します」東野の時と同じように万来の拍手が起きた。
「佐藤監査等委員に伺います」両角がホットした表情でマイクを佐藤に渡した。受け取る佐藤の手は震えていた。
「佐藤監査等委員は、いつも執行側に立って取締役会の決議でも監査等委員会の情報開示や自浄作用を妨害しているように株主としては見えます。例えば、会社法342条の2第4項の意見陳述についても『充分な審議をさせてもらわなかった』という類の表明をしていますが、そこまでの意見を株主に開示しているのであれば、当該監査等委員会の議事録には承認印等押すことができませんが。議事録は承認していないのでしょうね」
「……議事録に承認印は押しております」
「なぜ、承認されたのですか」
「事務的な手続きです」
「株主・投資家に大変重要な招集通知に取締役会の意見として記載されている佐藤さんの監査等委員会の決議の疑義について、もし、東野氏や両角氏が「佐藤氏の疑義は虚偽だ」と訴訟を起こしたら、佐藤監査等委員は勝てますか」
「……」佐藤は手が震えており回答もしなかった。両角からまた、メモが差し出された。「みんな社友会のメンバーで、高梨氏は、山本の前の社長。四井勧業銀行出身」
日帝工業株式会社の社友会とは、新井会長の父親、新井泰造氏時代に、執行役員以上のOBの会として結成された親睦会的な組織である。“大会長”は「➀日帝工業が今あるのは先輩方の努力の賜物である➁社内で、経営者になっても奢らないように先輩たちの忌憚のない意見を聞く機会をもつ」という目的で、毎年、季刊誌やカレンダー等を郵送しており、西暦偶数年、2年に1度、決算後に社友会総会を開いて、現役の執行役員以上が、ホストになってランチミーティングをおこなっていた。大会長亡き後、明神名誉会長が、引き続き運営している会である。現会員数は、60名ほどで、高梨は社友会の会長を務めている。東野は社友会総会の経験がなく、高梨らのOBの方々にも面識が無かった。本来であれば、今年が総会の年であるが、こんな状態なので「総会は、取りやめになったのであろう」と東野は予測した。
「続いて、甲斐常務に伺いたく」高梨が続けた。林谷弁護士が、山本にメモを渡した。
「株主番号17番の高梨様、他の質問者もいらっしゃいますので、ここで終了してください」すると先ほど質問の挙手をしていた3名が「17番の方、続けてください「17番の方と同じ内容の質問です」という声が上がった。
「他の質問者の同意を得ましたので、続けます。先に質問の目的と対象を説明します。株主としては、当社の取締役会は株主の知るべき情報を隠蔽していましたので、ここで株主が知りたい情報を得たいと思います。取締役全員に質問します」会場が再びざわついた。
「甲斐常務、第三者調査委員会の報告書によると、貴方は、2019年10月9日の監査等委員を招集しなかった役員情報共有会で賄賂支払いを知った際、黙認することに同意したそうですが、真実ですか」
「真実です」
「その後の、コンサルティング会社を介入させた隠蔽工作等には関与されていますか」
「2019年11月20日まで、賄賂支払いの事実を監査等員等に隠蔽しておりましたが、コンサルティング会社を利用した隠蔽工作には一切関与していません」
「ありがとうございます。次に明神専務に甲斐常務と同じ質問をさせていただきます」甲斐常務からマイクを受取った明神専務が回答した。
「甲斐常務の回答と同じです。監査等委員には、11月20日まで不祥事の情報を隠蔽していました。コンサルティング会社を介入させた隠蔽工作には一切関与しておりません」
「続きまして、椎名取締役に質問します」林谷が、山本に再びメモを渡した。
「株主番号17番の高梨様、議案の決議もあり、時間が押していますので、ここで、質問の中止を通告します」
「議長、私の株主としての質問は、第2議案の次期取締役選任候補の審議に大変重要な意味を持ちます。質問を継続させてください」
会場からも「継続・継続……」のシュプレヒコールが沸き上がった。
「椎名取締役と新井常務は、再任候補となっています。また、監査等委員会から『当該違法行為に関与した』と意見陳述されています。株主として本日は、正しい情報を得るために本人に確認させる唯一の場です」
「株主様には、必要な情報は既に開示しております」
「何を言っているのですか。監査等委員会が、会社は充分な情報開示を行っていないと自ら開示したりしてくれているじゃないですか。監査等委員会が、取締役会の開示しない情報を開示した情報は株主・投資家等にとって大変重要な情報ですよ。取締役会は、情報を隠蔽して、結果として、一部の大株主のみに通知する偏った開示となっている」
「監査等委員会の開示した情報は、不確かな情報だったので、取締役会として開示は控えました」
「山本社長、監査等委員会の東野氏と両角氏は、自分たちの開示した事実に関して、株主に宣誓してくれました。佐藤氏は、取締役会に忖度して、山本社長らは、それを利用して、自主申告中なんやらで、保身ばかり考えて、明らかにしないことが多く、隠し事ばかりじゃないですか」
「そんなことはありません。お伝えすべきことはお伝えしております。不確かな情報で株主様をミスリードすることを避けました」
「逆ですよ。事実を全部さらけ出してください。山本社長をはじめ監査等委員を除く取締役は全員、10月9日の役員情報共有会から11月20日の取締役会まで、不祥事の発生を監査等委員に隠蔽していた前科があります。それも刑事罰の法令違反ですよ。山本社長、貴方や取締役会に適時開示すべきか否かの選択する権利はありません。逆に株主には、ガバナンスコードの基本原則にあるように、上場株式会社には〔1・株主の権利、平等性の確保の権利〕及び〔3・適切な情報開示と透明性の確保〕の義務がある。貴方は、代表取締役および議長の職責でその義務を果たしていなかったので今、〔5・株主との対話〕の義務を果たすべきである」会場からは「そうだ、株主に対話の機会を与えるべきである」や「今日が、対話をすべき日である」という意見が発せられ、議長の山本を黙らせた。高梨は、
「続けます。椎名取締役に質問します。貴方は経理財務部長も兼任しており、コンサルティング会社を介在させた賄賂の支払いを正当化する偽装会計処理を主導しましたか」椎名は震えていたが、やっとの思いで、
「……その件につきましては『自主申告』に関りがありますので、回答を差し控えさせていただきます」と林谷の渡したメモを小さな声で読み上げた。
「回答をしないということは、第三者調査委員会の指摘通りの事実と受け止めます。今回の不祥事に掛かった費用はどれくらいですか」
「……把握しておりません」再び、林谷のメモをやはり、小さな声で呼んだ。
「東野監査等委員、お解りになりますか」高梨は何か気づいたように、東野に聞いた。
「損害費用として、抽出の途中ですが、賄賂として支払った金額が、日本円相当で約2千5百万円、第三者調査委員会の調査費用が約2億5千万円、過年度決算修正費用で2千2百万円、今までのところ約3億円強と把握しております」
「東野監査等委員ありがとうございます。椎名取締役、本日の決算説明にこの説明がありませんでした。これは、異例の特別な費用ですので、説明責任があるのでは。この分配当も減りますよね。これも隠蔽されたのでしょうか」椎名は、もう何も言えなかった。高梨も株主総会という場の議事進行は認識してか、言葉に詰まった取締役は突き詰めず、
「新井常務に質問します。貴方は2019年12月9日、総務部長であった雲井氏を、雲井氏が、法令違反の隠蔽工作を進めていた新井常務に直訴して辞めさせようとしたことに対して、11月20日の執行役員の私的会合に出席したことを理由に総務部長職を解職しましたね」
「社内人事のことにつきましては、社内秘ですのでお答えできません」
「部長職の人事は、新聞発表していますが。雲井氏は部長職でした」
「解職理由については公表できません」
「また、新井常務は、2020年4月20日、取締役会で明神名誉会長の名誉会長職を『経営介入による指揮命令系統違反』により、解任する動議を提議し決議されました」
「それは適時開示のとおりです」
「同年3月19日、監査等委員会が椎名取締役に対して、刑事罰に係わる法令違反関与者という理由で辞任勧告しました。同年同月27日の取締役会で、貴方は、辞任勧告に対して、反対の意を表示ました。法務IR担当常務取締役として、雲井氏、明神元名誉会長の解職理由と監査等委員会の山本社長と椎名取締役の法令違反関与による辞任勧告とどちらのコンプライアンス違反が重罪でしょうか」新井泰は、言葉を選びながら
「監査等委員会の両名への辞任勧告の内容には、不確実な要素が多かったため反対しました」
「ちょっとおかしくありませんか。同年3月27日の取締役会で、第三者調査委員会の報告書の調査結果を真摯に受け止め、関係者の処分案として『報酬返上』案を提議しています。監査等委員会の辞任勧告の事由は、全て第三者調査委員会の報告書からの抜粋で記述されております。どこが、どう違うのか説明ください。自分の責任もよく考えて」新井泰は沈黙したままであった。
「あなた言う、指揮命令系統違反により会社秩序を乱した雲井氏や明神元名誉会長より、刑事罰の法令違反に関与した山本社長、椎名取締役の責任の方が常識的には重罪ですよ。加えて両名の行為、これは両名だけでなく新井常務も他の監査等委員でない取締役の行為で、会社に多大なる損害と社内外の信頼を失墜させたのですから」新井泰は沈黙続けた。「新井会長に質問です。今まで質問してきた内容や回答を鑑み、山本社長はもっと早く辞任すべきだったのではありませんか。なぜ、執行役員の『嘆願書』を『怪文書』としか扱わず、工場長や総務課長にパワハラ的な見せしめのヒアリングを行ったのですか。貴方の父親である新井泰造氏、大会長がご存命でしたら、どうされたでしょうか。多分、明神元名誉会長と同様に執行役員の声に耳を傾け、山本社長を叱りつけ、即、更迭したと思いますよ。また、自分の息子を大株主の子であり、大株主でもあることの優位性で、常務という重責につけた場合、責任もちゃんと取らせるのが、親の責任ではありませんか。大会長に説明できますか。息子だけでなく、今回の不祥事に対してのあなた自身の代表取締役として、決断や監査等委員を怒鳴ったりした内容を大会長に報告できますか。例えば、監査等委員会の不正調査結果内容に対して『素人の判断』や『調査の方法が偏っている』等で無視されました。同委員会の調査結果と第三者調査委員会の調査結果との差異がありましたか。事実を事実と受け止めない代表取締役会長である貴方に、大会長がご存命でしたら何と言ったでしょう。『それが、2世経営者の判断か』とでも嘆いたかもしれません」高梨が「大会長」のフレーズを発した途端、会場は静まり返った。檀上の取締役らも俯き始めた。新井会長は全身を震わせている。何も言わない、正確には何も言えない状態である。
「最後に山本社長、もう一度聞きます。各取締役への質問や回答を踏まえてお答えください。貴方は、何の責任を取って任期満了の辞任をするのですか」山本は回答できなかった。高梨は最初から、山本が回答できないことを予測していたようにしばらく待った後に、席に戻った。
 林谷弁護士が高梨が席に戻ったことを確認して、山本にメモを渡した。山本がメモを見て、気を取り直したように
「他の株主様、ご意見等ございませんか」と今までにない、小さな声で問うた。中央の右列にいた株主が挙手した。明神元名誉会長である。山本は指名せざるを得なかった。
「株主出席番号3番の明神要です。取締役全員の申したいことがある。『資本と経営の分離を明確にすること。そうしないと経営はおかしくなる』以上」静まり返った会場に明神元榮譽会長の声が響き渡り『不祥事発生の総括』を行った瞬間、大勢の株主の「異議なし」の声と大拍手が会場を埋め尽くした。しばらく鳴りやまない拍手がまばらになった頃、
「他の株主様、ご意見等ございませんか」山本が早く終わらせたい気持ち一杯の吐露のように繰り返した。社員株主らが「質問ありません」と役割を務めるように回答した。
「それでは議案の決議に入ります。なお、第2号議案:監査等委員を除く取締役7名選任の件につきましては、議決数集計次第、後ほど結果を報告いたします。『第1号議案:剰余分処分案の件』賛成の方、拍手をお願いします」会場出席の株主、ほぼ全員が拍手した。
「ありがとうございます。第1号議案は、承認されました。よって、剰余金処分案の配当金につきましては、収集通知に記載の議案説明の通り、本日、権利のある株主様にお支払い申し上げます。続きまして、第3号議案:監査等委員である取締役1名の選任の件、招集通知記載の茅野洋氏を監査等委員である取締役の就任を承認される方、拍手をお願いします」この議案についても会場出席の株主が拍手した。
「ありがとうございます。第3号議案も承認されました。それではここで、茅野氏を紹介いたします。茅野さん、お立ち下さい」
 茅野が最前列の左端の席で立ち上がり、客席の方に振り返り、
「茅野洋です。よろしくお願いします」と挨拶した。茅野の決議と紹介の間、事務局が第2号議案の集計結果を林谷弁護士に渡しており、林谷が内容を確認して山本に手渡した。
「それでは、第2号議案:監査等委員を除く取締役7名選任の件の議議決権集計結果を報告します。承認された取締役は、
 1〕斎藤正明氏:新任
 2〕山名繁男氏:新任
 3〕湊 優一氏:新任(非業務執行)
 4〕今宮寿人氏:新任(社外)
 5〕真鍋貴司氏:新任(社外)
以上5名が、本年度の監査等委員でない取締役として、株主の皆様に承認されましたことを報告いたします。
 以上を持ちまして、本日の目的事項を全て終了いたしましたので本総会は、閉会といたします。本日はご多忙の中、日帝工業株式会社第70期株主総会にご臨席を賜りまして、誠にありがとうございました」壇上の取締役が、山本の御礼のお辞儀に合わせて起立してお辞儀した。会場は、5名のみの取締役の承認報告で大いにざわつき、山本の挨拶はほとんど聞き取れない状況であった。東野は、両角の後に続き、順に檀上を後にして控室に戻った。控室では、誰も一言も発しなかった。東野は両角と共に、本社事務所での取締役会のため、移動を開始した。控室を出た後、東野の後に続いていた両角が
「東野さん、お疲れさまでした。茅野さんを誘って本社へ戻りましょう」と言って二人で事務局に茅野の居所を確認した。茅野は、ホールのソファーに座り、二人の出現を待っていた。株主総会の会場であった、北とぴあは、その場所を出ない限りは、株主総会の感想を言い合うことができないような重苦しい雰囲気に包まれていた。既に12時近くなっていた。
「東野さん、東野さんの通知では取締役会は、午後3時からでしたね」両角が尋ねた。
「そうです。総会の時間延長も考えて、また、社外の方で初めて本社に来られる方もいるかもしれませんので、余裕を持って午後三時としました」
「ランチでも食べていきませんか」両角が二人を誘った。
「ぜひ、そうしましょう。少々疲れました」
「ご一緒させてください」茅野も同意した。
北とぴあの反対側に渡り、少し静かそうなイタリアンのお店を見つけ入った。店内は女性客が多く、東野たちは隅っこのコーナー席を選んだ。東野と両角は、ランチメニューの中から「1番人気」とあった「チリカルボナーラ」を、茅野は、辛いのが苦手と言い「ナス入りミートソース自家製ボロネーゼ」を注文した。アイス水のピッチャーとコップはテーブルにあり、セルフで両角が、コップを二人に回し、東野がアイス水を注いだ。両角が、コップを掲げ
「東野さん、茅野さん改めて、お疲れさまでした」と乾杯の仕草をした。
「お疲れ様」東野と茅野が呼応した。一口、アイス水を飲み両角が、ため息と共に
「いやあ、意見陳述が効を奏しましたね。新井泰と椎名は否認されました。当然の結果です。株主を舐めた選任だったんです」
「それにしても“北とぴあ”の雰囲気が、執行サイドの落胆と怨念的が広まり、重苦しくなりました」茅野が感じるくらいだから、社員株主や事務局は「これからどうなるだろう」と不安と動揺に駆られていたにちがいない。茅野が興奮したように続けた。
「あの17番の株主の方が質問始めて、株主総会が、恰も『株主裁判』のようになりました」確かに高梨は検事のように被告である、監査等委員でない取締役らの行為について突き詰めていた。
「茅野さんがご指導されたのですか。高梨氏を。検事経験者として」両角が冷やかした。
「とんでもない。初めてお会いする方ですし、このような株主総会も初めてではないでしょうか。東野さんや両角さんは、17番の方と関係があったのですか」高梨らの詰問は、余りにも監査等委員会側に立った意見や社内事情を知らないとできない内容であったため、疑って聞いてきた。
「それこそ『とんでもない』ですよ。一切知りません」東野は答えた。両角が、引き継いで東野にメモを渡した内容等を説明した。
「会場に徒党を組んだようにいた4人は、みな日帝工業のOBの方々です。17番の高梨氏は、山本の前の社長で取引銀行の四井勧業銀行から招きました。その前に質問した株主出席番号13番は、元取締役の吉川氏その他、元常務の大森氏、やはり元常務の渡辺氏が控えていました。山本は勿論、良く知っており、日帝工業社友会のメンバーです」
「だからですか、態度も堂々としていました。
役員だった方々の上位職の方々だったんですね。でも、あの内容は準備周到した内容と流れでした。監査等委員から、質問を始めて不祥事対応の不正を事実であることを再認識させた。監査等委員しか、東野さんと両角さんしか宣誓できないですよね。いや、明神氏と甲斐氏も認めたか……でも高梨検事の証人として活用できるのは、東野さんと両角さんのお二人です」茅野が株主裁判を解説した。
「確かに用意周到でした。あれは『社友会』か、そのメンバーで事前に打ち合わせを行ったのではないかと思います。佐藤も手が震えていました。もっと驚いたのは、新井元会長への質問内容です。父親である新井泰造氏“大会長”の経営スタイルを引き合いに挙げて、新井元会長の誤りを正す。『息子』の誤った行為を正して、新井元会長の『父親』としての責任を問う。新井元会長は顔が紅潮し、硬直していました。新井元会長に意見できるのは、明神元名誉会長以外に居ないと思っていましたが、高梨氏は、適任でした。日帝工業諸事情を良くご存知ですし、大会長とも取引先銀行時代から親交が深かったですから」両角も負けずと解説してくれた。
「これからの取締役会、どうしますか」茅野が尋ねた。
「気が重いです」東野の思惑通り、新井泰と椎名を取締役候補から排除できて、株主や投資家に感謝して喜ばしいことであったが、今は、新メンバーによる取締役会のことで、頭がいっぱいであった。
「気が重いのは、代表取締役の選任です。もちろん、社長になるべく工作していた新井泰や椎名を取締役再任させず、否認してもらったのは、嬉しいですが、社外取締役以外で斎藤と山名しかいません。資質不足です」
「その通りですね。しかし、この半年で、山本の継続を、新井泰の野望を防いだのですから、監査等委員としてやるべきことは、成就しました。社内、社外から新取締役になった方々が、山本や泰の方針を踏襲せず、いわゆる一般常識人であってほしい事を願うだけです。万が一、同様の偏った経営等のリスクがあったとしても、また、監査等委員の職責を全うするだけです」
「両角さんのおっしゃる通りですね。次の課題はこの新たな一年で、茅野さんのお力もお借りして取り組んで行きましょう。今後ともよろしくお願いします」
「また、がんばりましょう」両角が言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」茅野も答えた。三人はランチ後、本社へ向かった。
 同時刻、赤羽の銀座アスターの一室に明神元名誉会長、高梨、大森、吉川、渡辺の五名が円形のテーブルを囲み、ランチミーティングを行っていた。明神元名誉会長は、立ち上がり、
「本日の株主総会では、皆様に多大なるご負担をお掛けし申し訳ありませんでした。しかしながら、皆様のお力で、山本や泰司に伝えるべき罪の大きさを勧告することができ、大変嬉しく存じます。誠にありがとうございました」と御礼と共に頭を下げた。
「名誉会長、頭をお上げください。我々は正義の鉄杭を振りかざしただけです」
「高梨さんの言う通りです。山本と新井泰司があんな暴挙に走るとは、我々も思ってもいませんでした。『名誉会長を解任する』という開示が出たのが、4月20日だったでしょか。我々はあの開示を見て、ビックリして連絡をとり合い、何が起こっているのか確認したかったのですが、わからないため、直接、名誉会長にお聞きしたわけです」
「名誉会長から『招集通知が届いてから、全てお話しします』とおっしゃるので、招集通知を待っていると監査等委員会の株主や投資家への訴えがメディアに出て、概要がわかってきました。四人で、第三者調査委員会の報告書も読み合わせしました。監査等委員にヒアリングしたい旨、会社に連絡したのですが、新井泰の差し金か、取り次いでもくれません」大森が説明した。
「招集通知からは、取締役会自体が機能していないことが判明して、あの時ですよね。確か、監査等委員の方の『ビジネス法務通信』
が出た6月12日の次の日でした」名誉会長にお話しをお聞きしたのは」渡辺が確認するように明神要に聞いた。
「そうです。みなさんが心配してくれて、話が聞きたいと再度連絡をいただきました。私としては、自分の恥、身内の恥ですが、日帝工業はみなさんの努力とご苦労の上に、成り立っている会社です。今、会社で起こっていることを全て報告させていただきました」明神要が済まなそうに語った。
「吉川さんが『社友会』で決議して、山本や新井泰司に引導を渡そうかという案もあったのですが、『社友会』は親睦団体だし、株も手放して株主でもない方々もいます。それに時間もあまり無かったので、我々だけでせめて株主総会で、山本が言う『責任を取って任期満了で辞任』という体裁の良い形は、取らせないという目的と新井泰司の名誉会長への反旗を翻したことへの後悔の一つでも味あわせてやろうという思いでした」
「大会長、名誉会長や我々が、苦労して上場まで実現させた誇りある会社を、日和見主義者の新井泰司や山本らが法令違反を犯し、保身のために日帝工業株式会社そのものを汚し、社内外の信頼を損ねました。馬鹿な経営者の下、社員が一番可哀そうです。我々もステークホルダーとして株主総会を普通の株主総会ではなく、彼らを裁く『株主裁判』にしようという高梨さんのコンセプトで纏めて、実行した次第です」
高梨、大森、吉川、渡辺は、計画の成就に興奮が冷めやまない様子で語り合った。明神元名誉会長は、この計画は知らせられていなかった。彼らOB有志には、感謝の際である。
本日だけは、溜飲が下がる思いであった。現役の経営者らは、自分を裏切り、恰も、法令違反に関与したのは、自分の経営介入に起因するような責任転嫁する保身策で、名誉も実績もズタズタにされた。山本も親父が、同僚の役員で「息子が就職先で上手く行かず辞めた。何とかしてもらえないか」と頼んできたので、拾ってやった。泰司は、身内に厳しく対応していた大会長から「息子は、社長の器ではない」と言い含められていたが、対面も考え、年齢相応の時期に会長職には就かせた。
 この年になって、身内の裏切りを被るとは、思いもよらなかった。「名誉会長解任」が開示された時は、心配する声は、OBだけではなく、古くから懇親にしていただいている取引先の古株の経営者からも問い合わせが多数あった。説明や回答することも自分の恥を晒すようで辛く、心配かけたことに心を痛めた。今日だけは明神要の心には、久しぶりに喜びが芽生えた。とりあえず、社員にレターで宣言したように、山本らは、任期満了だが辞任し、新井泰、椎名は、株主が否認してくれ、取締役会からは、法令違反に関与した取締役を一掃できた。「日帝工業の社内外には、まだ『正義』を貫く社員や取引先の方々がいる。精一杯、闘ってくれている。今後も何か応援したい」と言う気持ちに駆られた。明神要は、2019年11月19日午前8時、雲井から相談すべきと促された、東野監査等委員に「社員を助けてほしい」と相談した際に、東野が「私は、上場会社の監査等委員として法令に則って職責を果たします。それが社員のため、日帝工業のためになるよう努力します」と宣言した言葉を思い出していた。
「彼も、宣言された通り、闘ってくれている。監査等委員としての『正義』を貫いている」と彼にも感謝した。

【取締役会:2020年6月29日】


 午後3時、社長室に新体制の取締役会メンバーが集まった。東野が発した。
「それでは、これから日帝工業株式会社、2020年度新体制による取締役会を開催します。昨年度からの執行取締役が一新されましたので常勤監査等委員社外取締役である東野が、定款第22条による代表取締役を選出するまで、議長を務めさせていただきます。承認いただける方は挙手願います」出席者全員が挙手した。
「皆様に承認いただきましたので東野が議長となり、取締役会を運営します。出席者は、第70期株主総会で、承認された新取締役5名と新監査等委員取締役1名及び従来の監査等委員3名、合計9名全員出席しており、この取締役会は法的に成立しております。それでは、議案に入ります。代表取締役社長選任の件、監査等委員を除く取締役の中から代表取締役を選任いたします」すると斎藤が
「議長、私、斎藤正明は、代表取締役社長として立候補いたします」と突然、立候補を宣言した。東野はやむを得なく、
「斎藤正明氏が、代表取締役社長に立候補いたしました。他に立候補される方、いらっしゃいますか」誰も挙手もせず、意思表明もなかった。
「それでは、斎藤正明氏を代表取締役社長として承認することに賛成の方、挙手願います」新取締役4名、新監査等委員の茅野、両角が挙手をした。
「賛成多数で、斎藤正明氏が、代表取締役社長に選出されました」真鍋氏が
「済みません。東野さんは挙手されていませんが、反対でしょうか」
「いえ、棄権とさせていただきます。それでは、これからの議長は斎藤正明氏にお願いします」棄権は、東野の反抗の表明であった。消去法では、斎藤しかいないのはわかっている。が、認めたくない、意思表示をした。「それでは、私か、代表取締役社長として取締役会の議長を務めます。皆さんにお願いがあります。本来であれば、今後の経営新体制等を皆さんと検討すべきところですが、本日のこのような状況について、私は何も準備ができておりませんので、できましたら明後日、7月1日午後1時から、もう一度取締役会を開催させていただき、新体制、人事等の審議をお願いしたいと考えております。いかがでしょうか」新取締役4名及び佐藤が、事前に相談されて、事情を熟知していたのか
「異議ありません」と呼応して返事した。
「茅野さん、両角さん、東野さん、ご都合いかがでしょうか」斎藤が念を押すように確認した。
「本社ですよね。午後1時は、ちょっと差支えです。2時以降であれば大丈夫です」と茅野が法曹界言葉で、時間変更を申し出た。
「それでは、7月1日午後2時からということでよろしいでしょうか」茅野を始め、全員了解した。
「これで取締役会を閉会いたします。みなさん、今後ともよろしくお願いします」と斎藤が挨拶して終了した。
「新執行取締役のみなさんは、残っていただけますか。ちょっと連絡事項があります」斎藤が監査等委員を追い出すかのように、通知した。佐藤は、そのまま退社したが、両角と茅野は東野の顔を伺い、東野の後を追いて六階に降りてきた。いつもの小会議室で
「やはり、できレース的でしたね。新執行取締役は事前に知らされていたようです」両角が、確認するように言った。
「何か、別ルートで繋がっているのでしょうか」茅野が不信そうに尋ねた。
「わかりません。真鍋氏など、真面な弁護士の感じがするのですが。斎藤は、執行取締役を残して、今までと同じような山本や新井家支援グループ決起集会でも行っているかもしれません」
「トラスト・インベストメントの湊は新井家と結託していますね。大株主同志、どうやって株式を高く売り抜くか等のためには連携が一番ですから」
「問題は、新体制人事です。斎藤は椎名や新井泰をどうやって残すかの算段を、検討しているかもしれません」
「あり得ますね。斎藤には全社的な組織のことはわかりませんし、人を知りません。人脈も無いし、山本や新井泰、椎名に新組織造りの指示を仰いでいることでしょう」
「株主に否認された、元取締役を執行役員として再登用しますか。それに取締役責任追及委員会の調査対象でしょう。あり得ないですよ。普通は」茅野が否定した。
「茅野さん、残念ながら当社は普通じゃありませんから。法令違反に関与した新井泰、椎名を取締役再任候補にする会社ですから。あり得ます。どうします。東野さん」
「新体制や人事案を監査等委員が提案できませんが、提案してきた人事案や新体制に意見や反論はできます。今できることはそれくらいでしょうか。後は、否定した時の代替案を提供できる準備をしましょう」
「そうですね。それくらいですね」両角と茅野は納得はしていないが、承服して退社していった。東野も、メールの整理や書類の回付等が一段落すると、終業時間までまだ、時間があったが、事務所を出て、日本橋に向かった。日本第一法律事務所の黒戸、欅坂に報告するためである。
「東野さん、お疲れ様でした。まずは、おめでとうございます。監査等委員の職責を果たすことができましたね」黒戸が称賛した。
「ありがとうございます。でもまだ、一部です。本来の責任追及が残っていますから」
「でも、茅野氏も就任されて力貸してくれると思いますよ」欅坂も、今後のエールを送ってくれた。東野は総会後の取締役会の状況を報告した。
「その悪い予感は、あたりです。何らかの形で残すための手段を提示します」
「また、その人事案は合議制で、決議されます」
「また、偏った『取締役会の機能』の継続ですか」東野は辟易したように確認した。
「東野さん、日帝工業は社内からの改革はできません。何せ、法令違反の大株主派が、人・物・金を握っています。いくら監査等委員会が独立していると言っても、合議制には立ち向かえません。法令違反の疑義のある決議であれば別ですが。外部の力、既に、東野さんらのご尽力で、取締役責任追及委員会も設置できています。長谷川先生らのお力添えで、法的責任追及に集中しましょう」
「わかりました。取締役責任追及を粛々と進めます」
「それにしても、東野さんは監査等委員として歴史的1ページを飾る奮闘でした。株主総会の話題がある間は、ある意味『時の人』ですよ」
「冷やかさないでください。職責を果たしたまでです」黒戸に続いて欅坂も
「いや、ここまで、行動できる監査等委員は、東野さんの他にはいません。東野さんの実行力の賜物です。だからOBの方々も動いた」
「えっ、OB」欅坂は何も回答しない
「傷も沢山負いました」
「そりゃそうでしょうけど、命に別状はございません。保証します」三人で大笑いした。日本第一法律事務所を離れる際に黒戸が
「明日の新聞が楽しみです」欅坂も
「結構、紙面を割くと思います」と確信するように別れの挨拶としていた。
 その夜、電話があった。
「東野さん、ご無沙汰しております。明神です」久しぶりの明神要からであった。
「こちらこそご無沙汰して、大変失礼いたしました。名誉会長に関する取締役会議決では、何もできなくて申し訳ありませんでした」
「とんでもありません。東野さんには、よくやっていただきました。明神専務から東野さんのご努力は、よく聞いております。本日の株主総会でもご活躍されて、大変ありがたく思っております」
「いえいえ、職責を全うしているだけです。株主総会でも、名誉会長のお姿をステージから拝見しておりました。発言された経営者に対する通告も重く受け止めております。総会では、OBの方々のご活躍に凄まじい会社愛を感じました。上場会社を私物化している山本、新井家をバッサリ、一刀両断して裁いていただきました」
「昔の仲間も、心配して助けてくれました。彼らが育てあげた会社ですから、山本、新井泰司に怒り心頭してくれております。本日、私には、まだ沢山の仲間がいて、助けてくれていることを実感しました。感謝しかありません。東野さんも約束してくれた通り、監査等委員としての『正義』と『職責』を貫いてくださいました。おかげで、社員に宣言した『旧取締役らの一掃』ができました。日帝工業はリボーン(再生)しなくてはなりません。クラッシュ&ビルト(破壊と創造)が必要です。今後とも日帝工業を、社員のみんなをよろしくお願いします」
「とんでもありません。私のやれることは、職責を果たすことだけです。結果として、名誉会長が望んでいらっしゃるリボーンに繋がればという思いです」
「その信念を再度お聞きして安心しました。ありがとうございます。本日は、大変お疲れさまでした。失礼いたします」
 翌日、2020年6月30日の朝刊等には、集中日に開催された各社株主総会の状況が、掲載されていたが、必ずと言っていいほど各新聞社、メディアには、日帝工業の株主総会の状況が記載されていた。
〔新日本経済新聞〕
・監査等委員会の意見陳述で、取締役候補が、否認される。下された株主の正当な判断(東証一部 日帝工業株式会社の株主総会)
〔読買新聞〕
・監査等委員会の職責を株主が評価・取締役会の機能不能を監査等委員会が
 正す
・人・物・金を握った取締役会へ、OBの鉄拳制裁、異例の株主裁判
〔朝毎新聞〕
・株主の知る権利への監査等委員会の奮闘努力が実を結ぶ。
・「抜いた宝刀」で、疑惑の取締役候補を否認に追い込む。
・会社を育て上げたOBの株主から法令違反に関与しながら、職責を果たさ
 ず、保身に走った取締役らに厳しい、怒りの公開裁判開催される
〔週刊新月〕
・株主総会が『株主裁判』へ。原告:監査等委員会、被告:取締役会、検事役のOBが 陪審員役の株主へ、被告の有罪を訴えた。日帝工業株主総会

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