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「鰻に奈良漬」で…その弐

今日は、音別に住む父に電話をして昨日の母との「鰻に奈良漬が亀有話に」の話をした。
父は、直ぐに合点きたことがあったらしく受話器の向こうでニヤケているのがわかる。
「それは、『鰻の太鼓』がお母さんの頭に浮かんだんだよ……。」
と「鰻の太鼓」の概略を話してくれた。
浜松人の鰻への拘りとは関係ないらしい…。
「そして、一口漬物が亀有の惣菜屋さんを連想させたんだろうな…。そこで亀有話でお前達は小さかったから亀有の記憶が薄いもんで突っ込んで行ったから『芸能荘』に話は行ったんだよ…。」
「『芸能荘』に住まってたのはお祖母さんの姉夫婦で落語家の善馬さん…。
仕事のない芸人は大変な生活だよ…。
葬式には、お祖父ちゃんが止めるのにお祖母さんは出掛けて行った…借金背負わされたら大変だからというようなことがあったんだろう…こっちだって北海道から出てきたばかりで生活が大変だったから…その葬式は、名人方も駆け付けるものだったそうだけどね…。
売れない噺家だったけど噺は知っていて有名どころも稽古に来ていたとか…そういうタイプだったらしい…。
立川善馬さん夫婦は、3月10日に焼け出されて川北に頼ってきたんだよ…だけど、こっちは一応、海軍官舎住まいだから同居できないって困っていたら釧路放送局のタカダさんと言ったかな…その方が世話してくれて富士見町にちょっと居たんだけど内地に戻って行ったらしい…それが焼け出された芸人を住まわせるアパート『芸能荘』ね…。」
「お父さんが門前の小僧で落語を喋れてラジオの素人名人戦みたいなのに出るからってラジオの前で家族みんなで待っていたのを覚えているな…。」
「舞台袖のお囃子やってる叔母さんの脇で暇潰している子供だから覚えちやったんだな…。」
「賞品に日用品類を貰ってくるから有難くて『また応募しなよ』
って嗾けたりしてたとかお母さんが言っていた…。」

学校の先生やっているんだから、話が上手くなきゃだめだから『落語を聴け』『落語を覚えろ』だのと五月蝿かった父ですが
最近は、父の話も落語も楽しく聴けるようになりました。





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