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現象学女子〈27〉カラオケそれは宇宙 1

 廊下掃除が終わった。赤木君は野球部へ、みるくは美術部へ行った。そしたら金井君が
 「歌いたくね?」と言ったので私は
 「行くか」と言った。
 音楽が崩れつつある今、「歌」になら可能性が残っているのではないかと言う直感が、金井君の提案でピンときたのだ。さすが私。視点の変更である。
 私は金井君と2人だけだとあれなので、教室を見たら松井さんと福田さんがまだ残っていた。私は教室の扉から2人に向かってマイクを持ったジェスチャーをして、声を出さず口の動きだけで(カ・ラ・オ・ケ)と別に声に出してもいいのにそうしたら、松井さんは無言で当然といった感じでうなずき、福井さんはパッと笑顔になってうれしそうに何度もうなずいた。
 30分後の4時半に駅前のカラオケ店で待ち合わすことにしていったん解散になった。女子3人に男子1人だけだとなんか違うのでもう1人連れてこいと金井君に言ったのだが、帰るとき校庭を見たら、練習してるのが野球部とテニス部だったので嫌な予感がした。
 家に帰るまで10分、準備に10分、自転車で駅前に行くのに10分と言った感じでぎりぎり間に合うか。
 私は多少足早に帰り、ギターの準備をすることにした。まずチューニングをしっかり合わせてからギターをソフトケースに入れる。もしかしたら移動中にチューニングがずれるかもしれないので音叉もケースについてるジッパー付きのポケットに入れる。次いで、アンプとエフェクターからシールドを切り離しシールド2本をぐるぐる巻きにして先ほどのソフトケースのポケットに入れる。そして私は制服のまま、ギターケースを背負い、小型アンプとエフェクターを自転車のかごに入れて、駅前に向かった。バスケットケースと2000light years awayとgood riddanceくらいなら弾きながら歌えるかなと思ったのだ。
 カラオケ店の前につくと、松井さんと金井君とやっぱり圭ちゃんがいた。金井君ならそうするか。まあしょうがない。三つ編みおさげの制服にギターを背負う姿に、そこに触れたら負けという謎のルールでもあるかのように、触れられず軽く挨拶を交わし、圭ちゃんに至っては見たら負けというもう一段上のルールを課してるかのようだった。
 松井さんはこの前のデニムのホットパンツに今度は真っ赤なチューブトップを着て来て、もう場所が場所なら変なおっさんに値段交渉を持ち掛けられてもおかしくない格好である。だったらもう水着で来いよと言いそうになったが、言ったら本当に着て来そうなのでやめておいた。道行く人にどうだ!これで彼女はただカラオケに来ただけだぞ!という集団顕示的な視線で威嚇したところで、角から福田さんがやってきた。
 福田さんは水色の半袖ワンピースに白のカーディガンをふわっと羽織ってセミロングの髪をなびかせ、茶道のすり足のようにゆっくり歩きながら、私たちを見つけ笑顔で手を振ったが、一番最後に来たのに歩くスピードは変わらなかった。服装、来る順番、歩くスピードそのすべてに計算されつくしたものを感じたであろう松井さんは、まだ30m先にいる福田さんには聞こえない声の大きさで
 「あざといわ~(だまされるなよ、男子)」と言った。そしたら男子2人が
 「いや、かわいいじゃない(かわいいって、明言できるってことはわかってるから大丈夫だ)」
 というテレパシーのような応酬を一回したあと、私たちは店に入った。


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