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現象学女子〈31〉利休とニーチェ

 「もちろん礼節、礼儀、所作において利休は秀吉の前で完璧に振る舞ったと思うわ。でもその完璧さが逆に形式を隠れ蓑に心が抜けていることを秀吉も見抜いたと思うの。だから完璧であればあるほど秀吉はむかついたんだと思うわ。『俺を見下しやがって』ってね」みるくの演説が昼休みの図書室で始まった。私、みるく、ギャル松井、あざとい福田、の4人で居ることが多くなった。この時間の図書室はほとんど人がいなく、適度な音量で雑談をする分には怒られることはない。

 「それで、秀吉にいちゃもんつけられて切腹を命じられるんだけど、利休は利休で謝らなかったのよ。秀吉は利休をびびらせて命乞いをするところが見たかったんだろうけどね。利休があまりにも完璧すぎるから人間臭い部分をどうしても見たくなったんだと思うわ。逆に利休は自分が謝らないで切腹することで秀吉に最大の屈辱を与えられるチャンスだと思ったみたいよ。引くに引けなくなった秀吉は形だけでいいから謝罪せよって何度も利休に伝えてるんだけど。利休はそれに応じなかったの。ごめんなさいって言葉をただ自分の前で発するだけでいいからって、別に思ってなくていいからって、最後はどっちが謝ってるのかわからない状態だったみたいね。アルティメット意地の張り合いね」

 「意地の張り合いレベル99…男ってあれねえ」と松井さんはしみじみと感慨にふける。

 「やっぱ芸術家は気難しそうだから、あれかしらね」と福田さん。

 「確かに気難しいところはあったみたいだけど、利休の妻たちは概ね幸せだったみたいよ。利休自体がよく気配りのできる人だったからね。そこはおもてなしのプロよ。そうじゃないと茶道で歴史に名前を残すなんてできないもん」と好きな話ができているのでみるくの返答もどこかウキウキしている。

 「アルティメット気配り」と私。

 「それと審美眼ね。ここが一番謎よ。あの器とか道具とか、いいものにはバカみたいな値段がつくし、同じような器でもガラクタみたいな値段しかつかないものもあるし、利休の選ぶものは逸品ばかりらしいけど、あれは『利休が選ぶから』逸品になったとも言えて、あのおっさんの審美眼はレベチなのよ。でも美は本当、謎」美と謎の部分にみるくはやや力を籠める。

 「なんか、裸の王様、思い出しちゃった」と松井さん。

 「ニーチェが私たちが芸術を持つ理由は現実でダメにならないためだって言ってたわ」と私も関連しそうなことを言ってみた。

 「あんたニーチェ好きね」と松井さん。

 「そうでもないんだけどね、なんか出て来ちゃうのよ、会話の流れに乗ろうとすると」こんな感じで私たちは昼休みを過ごしている。

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