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うずまき

 うずまき。だれもが知っている、あのぐるぐるである。

 うずまきと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。台風、竜巻、シナモンロール、コロネ、ひまわり、まつぼっくり。やどかり、うずしお、ソフトクリーム、アンモナイト、カタツムリ……。食べ物、自然現象、植物、動物……ぐるぐるのものは私たちの周りにたくさんある。
 例えば、お風呂の栓を抜いたとき、そこには渦が生まれる。また、水に手をすっと入れると、やはりそこには渦ができる。幼いころにお風呂で渦を起こして遊んでいた人は、私以外にもいるのではないだろうか。幼いながらも、いや幼いからだろうか、私はそうやって渦を起こして遊ぶのが好きだった。
 と、これまで渦の例を挙げてきたが、これらの渦はどうやって生まれるのだろうか?その向きはどうやって決まるのだろうか?

 まず、一番私が気になっていた渦、お風呂の渦について考えていこう。これまた昔の話だが、お風呂で遊んでいたときに、「オーストラリアでは渦の向きが逆なんだよ」と親に言われたような気がする。10年以上前のかすかな記憶を頼りに「渦巻き 向き 半球」でネット検索をしてみた。お、出てきた。どうやら「コリオリ力」というそれらしきものがある。
 ここでコリオリ力について考えてみよう。地球は自転している。大気や海洋などの地球規模の動きはまっすぐに流れるのではなく、この自転によって、北半球では右回りに南半球では左回りに曲げられてしまう。これは自転によって生じるものであるが、見かけ上は別の力が働いたようにも見える。この見かけ上の自転による力が「コリオリ力」と名づけられたというのである。コリオリ力は赤道上では0であるが、高緯度になるにつれて大きくなる。この力によって北半球では高気圧は時計周り、低気圧は反時計回りとなるのである。
ん、おいていかれた。私はどうもこういうのに弱い。ぐるぐるまわる渦の向きを考えるうちに私の目が回ってしまいそうである。しまいには私は頭を抱えてしまった。コリオリ力で北半球では右に曲がってしまうところまでは理解できたのだが、どうもこの低気圧の反時計回りがわからない。うーん、そもそもいままで地球惑星科学に関する話を聞き流して生きてきたから、低気圧、高気圧がそれぞれどのあたりでどう生じるのかについてもほとんど知識がない。もう少し考えてみる必要がありそうだ。要再検討。
 数日後…もう一度ぐるぐるまわる地球とぐるぐる回る低気圧に対して戦闘を挑んだ。(もっとも地球や低気圧に勝てるわけもないのだがそれくらいの意欲で立ち向かった。)低気圧には空気が寄ってくる。四方八方から押し寄せてくる空気もコリオリ力によって右に曲げられる。そこで、曲げられた同士がぶつかって反時計まわりの渦ができるのである。なるほどそういうことか。一気に結果に持っていくとこんがらがってしまったが、段階を追って考えていけば理解できる。急がば回れといったところだろうか。うれしい。
 それではお風呂の渦の話に戻ろう。これで親の言ったことがわかるのではないか、と私の心はどこか弾んでいた。しかし、なんと驚いたことか、お風呂の渦はコリオリ力の影響を受けないという。お風呂の大きさにしてみたら、自転のスケールの影響力なんてたいしたことではないのだ。たしかに言われてみれば、お風呂では右回りの渦も左回りの渦も作ることができたではないか。私は親の戯言にいままで真剣に付き合っていたのである。なんだ、コリオリ力の話を保育園児にしたくせに、違うじゃないか。我が親よ。大阪の血の影響だろうか舌がよく回るのはいいことだが、うそを教えてもらっちゃ困る。

ところで、冒頭で挙げたひまわりとまつぼっくりの渦だが、ここにはフィボナッチ数が絡んでくるという。みなさまご存じだろうか。ひまわりやまつぼっくりは、上から見ると渦を巻いているように見える。右巻きも、左巻きも見出すことができる。ここで重要なのが右巻きを数えた数と、左巻きを数えた数が、フィボナッチ数列における連続する数であるということだ。そんな美しいことがあるだろうか。フィボナッチ数列とは1,1,2,3,5,8,13,21,34,55…というように、漸化式
F1​=F2​=1, Fn​=Fn−1​+Fn−2​(n≥3)
であらわされる数列である。例えば右回りと左回りの数の組み合わせは21と34だったり、34と55だったりするのだ。さらに、このフィボナッチ数はオウムガイの巻き方や植物の葉の付き方にも見出すことができる。なんとここでは数学が生きているのだ。本筋の物理から逸れてきてしまったが、渦の見方として、数学的な視点も存在することがおわかりいただけただろうか。生物は生存戦略としてこのフィボナッチ数を利用しているのだろう。この数の利用で、効率よく生き残れるという話もある。

 さて、こんな風に世の中にはまっすぐに流れられなくて渦を巻いてしまうものや、生存戦略として渦巻いているものが存在するのだ。いろんなうずまきについてここまで見てきたが、あなたが一番好きなうずまきはなんだろうか。どうしてうずを巻いているのか、考えてみると面白いかもしれない。私は保育園児だったころからシナモンロールが好きだが、このようなぐるぐるしている食べ物の発祥を考えるのも楽しめそうだ。
しかし私が一番好きなのはやはりお風呂の渦である。私はこれからも湯船で渦を起こして遊ぶだろうし、将来子供と渦を起こして遊ぶかもしれない。親は確かに私に真実を伝えていなかった。でも、あのときの親の言葉がなかったら、コリオリ力について知ることもなかったし、こうやって渦について考えることもなかっただろう。真実はいつか伝えればいい。だからそのときには、幼い我が子にきっといってあげよう。「オーストラリアでは渦の向きが逆なんだよ」と。

参考文献
井田喜明『地球の教科書』岩波書店2014
筆保弘徳『台風についてわかっていることいないこと』ベレ出版2018
円城寺守『世界でいちばん素敵な地球の教室』三才ブックス2017
白鳥敬『乱流と渦』技術評論社2010
H.M.エンツェンスベルガー『数の悪魔』晶文社1998

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