小此木さくらとがっくり暴凶子竜

シールベラ市の市教会は東欧で最も巨大な東方教会の支部であり、現在東方教会全区内で最大数の粛清騎士たちの駐屯地となっている。
ちなみに東欧ではもっとも巨大な教会を持つシールベラ市の市教会は星銃侍騎士団最強の三銃士の一人である銃士リグロ・イワイノフの待機地でもある。
リグロ・イワイノフは陰気な印象を与える男で、口数も少ない。
背は高く、ひょろりとしていてそのくせ肩の部分だけが異様に盛り上がっている。
それを隠すように背中まで髪を伸ばしているようにも思えるが、手入れのされていないぼさぼさの髪とのど元まで覆い隠す髭を見ていると、そういう意思はなさそうにも思える。
全身が黒で統一されていて、頭からかぶったフードマント式のジャケットとズボン、長い指を包む手袋、ガチャガチャと音を立てる拍車付きのブーツという異様な姿が、リグロ・イワイノフにはとてつもなくマッチしている。
奇妙な存在が、奇妙な衣装を着ている。
そんな印象がある。
死神リグロの名はその腕前以上にその衣装センスによって得られたものかもしれない。
長く伸びた影のようなひょろりとした姿から拳銃を使うよりも投げナイフいや死神の鎌でも使うのではないかと思わせるものがる。
切り裂くもの――リーパー・ジ・セグメント。
そう呼ばれることもある。
実際にそうであるという証言もあるが、それが本当かどうかをほとんどの騎士団員は知らない。
最強の三銃士の一人である彼は他の三銃士たちと同じく、単独行動を旨としているからだ。
「帰っていたのか?」
異様な風体で突っ立っているリグロに気軽に声をかけたのは、いかにも歴戦の戦士と言った風采の東方教会戦闘牧師にして聖銃侍教会上級牧師でもあるレイ・カリーニンだ。
「カリーニン隊長・・・」
リグロ・イワイノフは、レイ・カリーニンの呼びかけに閉じていた眼を細く開くとぼそりと声を出す。
磨き抜かれた鋭い刃のような声色はレイ・カリーニンの耳だけを叩く。
死神にふさわしい素質と言える。
リグロ・イワイノフの声とは聞かせたい者だけへと届くプレゼントだ。
良きにしろ悪しきにしろ、その声を受け取る相手は限られる。
鋭く心地よいとはいいがたい声だが、そこに他意がないことをレイ・カリーニンは知っている。
星銃侍騎士団三銃士リグロ・イワイノフはその姿と同じく、揺らぐ影のように静かな男なのだ。
「カリーニン上級牧師!」
レイ・カリーニンの姿を認めた星銃侍騎士団の銃士隊の一人が喜びの声を上げる。
そしてつい今しがたレイ・カリーニンが率いていた銃士隊20人がそれに唱和するように安堵のため息をつく。
「心配をかけたようだな」
レイ・カリーニンは右手を挙げて、歓声に応えるとそう声を発する。
大きくはないが腹の底に響く声には、隊を率いる長にふさわしい威厳があり、さらに深みのある人生が浮かんでいるようだ。
「いえ、無事であるとは信じていたのですが」
レイ・カリーニンの言葉に、銃士隊の騎士の一人がしどろもどろに答える。
その姿を見て、レイ・カリーニンは自分の顔を大きな右手で撫でて、苦笑いを漏らす。
右手が感じた自分の顔はこわばり、緊張していた。
(冷や汗をかいているな)
レイ・カリーニンは冷静に分析する。
銃士隊を撤退させたことは間違いではなかったと思う。
だが徹甲貫通弾を受けて吹き飛んだ存在のことを、そしてあの赤い衣をまとった再生者の少女のことを思い出すと撤退は早計であったようにも思えるのだ。
銃士隊を待機させていればどちらかは倒せたのではないかと思う。
そして何より再生者の少女を追わず、帰還したというのは聖銃侍教会の戦闘牧師であり、東方教会の上級牧師でもある身としてはいかにもまずい。
再生者の逃亡を助けたと判断されれば、命はない。
あの場でレイ・カリーニンの戦闘嗅覚「絶対的な直観」は撤退するべきだと叫んでいた。
だが戦いの中での判断とは、その後に甲乙つけることはできない。
その判断が正しかったかどうかは戦いの決着がついた時点でさえ、判然とはしないからだ。
正しい判断をしても敗北を喫することはあり、間違った判断で勝利を得ることもある。
古今東西、優れた戦闘判断行動とは結果が分かったときにのみ、分析的に正しいと色づけられるに過ぎない。
今回のレイ・カリーニンの判断も戦いが終わってから、その色味を加えられることだろう。
そしてその旗色は楽観できるものではなさそうだとレイ・カリーニンは感じている。
レイ・カリーニンは自身を死を恐れる戦士であると確信している。
だが無駄死にするのはごめんであった。
そして今その岐路に立っているという意識が強い。
再生者を追わなかったと言う事は「信仰上の問題」なのだ。
だが、それを率いた銃士隊にまで告白し、懊悩を押し付ける必要はない。
レイ・カリーニンは銃士たちに休むように言ってから、シールベラ教会支部長の部屋へと歩を進める。

「カリーニン上級牧師か。入り給え」
レイ・カリーニンのノックに応えた声は若いとうより高い。
低い男性のものではなく、女性のそれだ。
「失礼します」
正真正銘の高級材木マガホニーの扉は音もなく、しかししっかりとした質感を感じさせた。
それは素材自体の力もあるがその扉の奥にいる教会支部長の存在も一役買っている。
シールベラ教会支部長はまだ30に届かないくらいの年だが、俊英という言葉では表しきれない胆力の持ち主だ。
再生者の存在をちらつかせてきた西方教会と共同歩調をとることを決定し、西方東方教会の両教主に聖銃侍教会の設立を持ち掛け、実現にこぎつけさせたのは、ただただ彼女の卓越した手腕と行動力によるものだ。
「報告を聞こう」
金色の髪を業務報告書の作成の邪魔にならないように結い上げ、後ろにまとめている女性が、羊皮紙の書類から顔を上げて、レイ・カリーニンに視線を向ける。
教会支部長のために設置されているマガホニーの作業机の上には通常の業務に使うパソコンに、補助のタブレット、高速通信のためのルーターと秘匿回線のためにケーブルが設置されている。
彼女の背後にかかっている巨大なblackボードが実はFPSゲーム用の専用モニターであることは公然の秘密だ。
教会の上級牧師の中には「私とチームを組んで世界のトップランカーを目指さないか」と誘われたものは少なくない。
教会支部長が「一人にしてくれ」と言ったときはその後、あの巨大モニターを使ってのランカー戦が行われるという噂もある。
もっともレイ・カリーニンはゲームについて詳しくないので、そういう噂にそれほど強い興味を持つことはない。
蓼食う虫も好き好き。
人の趣味に口出しをするほどレイ・カリーニンは野暮ではない。
度の入っていないメガネをくいっと上げた教会支部長に向かい、レイ・カリーニンは「デーモンを名乗るドラゴン」と「再生者と思しき少女」、そして彼らに対する対応とその結果について報告した。
無駄な接続詞の一つもない事務的な報告だった。
レイ・カリーニンの報告を聞いて、背の高い教会支部長は軽くうなずき、静かに立ち上がった。
「再生者の発生率が増えているのか。それとも」
右手で結い上げた髪が乱れるのをおさえながら、教会支部長はつっと特大のゲーミングモニターを見上げる。
そして考えること数秒。
教会支部長はレイ・カリーニンの顔をまじまじと見つめ呟いた。
「今なんていったの? カリーニンおじさん」

ドラゴン族、それは果ての果ての世界に閉じ困られた七大竜王の内の一匹というか、銀の竜柱から生まれた一族だとされている――らしい。
わたしにはよくわからかったけど、違う世界の神を超える竜王がいろいろと面倒くさい状態になって閉じ込められて動けなくなったから、自分の鱗を人間として外の世界へと旅立たせたという話だ。
それならドラゴン族が団結して、本体の竜王を救出するみたいなことになりそうな感じだけど、そういう使命とか言い伝えとか縛りはないみたい。
あるかもしれないけど、わたしたちが知るところではないってことかもしれないし、今から教会に対抗するために竜王様を助けに行くぞーって言われても困るから・・・
ちなみにドラゴン族のみんなは「まあ、そういうこともあるかもね」という反応で、「自分はドラゴン族だ!」と胸を張ったり、大声で触れ回ったりするようなドラゴン族の人はいない。
あー、カオルくん以外は。
東方教会がメジャーになる今から二百年くらい前はいろいろあったらしいけど、今はドラゴン族狩りなんてことはなくとても平和で、教会側としても「ドラゴン族何それ、おいしいの」とまではいかないけど、「あー、聖書に載っている古代の聖人の敵キャラ」という感じらしい。
ちなみに東方教会の言うのドラゴン族はまんまマンガ竜で、毒の息を吐いたり、空を飛んだりするでっかいトカゲだ。
しかし「ドラゴン族のことが教会にバレて危ない!」とここに集まっている人たちは、すごく凶暴とか強いってことはなさそう。
テレビでみるすごくのんびりした田舎の外国の人ではなく、ドラマなどで見るスタイリッシュな若者とかでもなく、わたしたちみたいなフツーの一般人だ。
中には「休みを取るのが大変だった」とか言っている社会人もいたりする。
ドラゴン族は東方教会が思っている以上に、東欧社会に溶け込んでいる。
というか、昔のドラゴン族狩りとかも「ふつうに差別的な虐殺」の一種とされて教科書以外のところでいっぱいネタにされている。
そういうことなので、今、ここに集っている人たちは別に「ドラゴン族狩りがあるかもしれない」と来たわけではなくて、この場所がめったに解放されない封印地だから、物見遊山つまりはリゾートにやってきた人が多い感じだ。
ここは太古から伝わるという竜の避難所。
竜の巣と呼ばれるドラゴンパワーに満ちた聖地だったりする。
神聖な地だからというか、隠れ里なのでなかなか解放されることはなく、長老さんとかすごく偉い人が代々、その権利というかカギを持っていて、もったいぶるらしい。
竜の巣は超巨大地下都市がすっぽり収まる巨大洞窟で、電気もないのに輝く光源、ゆっくり浸かると傷が治る温泉、どうやって作ったのかは謎だが洞窟内の土か何かを固めて作られた巨大建造物のマンションみたいな建物から甘い水が湧き出る謎の井戸、ホコリ一つ落ちていない道路など、観光資源が目白押しだ。
ラノベマスター田中風に言えば「ザ・魔法都市」。
さすがに食料までは自給自足はできなさそうだけど、もしかしたらできるかもしれない。
とにかく封印されてめったに来られない文字通り、超穴場スポットなのだ!
そんな場所にある一番高い塔の上にわたしたちは立っている。
「こうしてみるとやっぱりすごいねぇ。さくらちゃん」
ラブやんが洞窟の一番高い場所からおっきな丸メガネの上に手をかざして、周囲を見回す。
「惑い進む車たちがまるでアリのようじゃないか。直哉くん――」
「危ないから塔の端に行くのはやめてよ。カオルくん」
ずんずか塔の一番端っこまで歩いて、両腕を広げて笑い出しそうなカオルくんのベルトをつかんで直哉が下を見ないように顔を背けている。
「さくら姉ちゃん、ほんと、ここすごい、かっこいい!!」
わたしのジャージの裾をつかんでいたヒスクリフがすごくうれしそうにはしゃいでいる。
気持ちはわかる。
わたしも最初にここに来たときは思わず、近くの石を天井に向かって投げちゃったくらいだから、この広さと遺跡っぽい感じ、そして何となく挑戦したくなるかっこよさはわかる。
そう例えるなら、G1ファイター・量橋布市を前にしたら、ドロップキックをかましてみたくなるような気持ち。
「さくらちゃん、また変なこと考えてるでしょ」
ドロップキックをかわされてから、人間ロケットに移行しようとしていたわたしの妄想にラブやんがストップをかける。
むふぅ、いいところだったのに!
「し、しかし、ここへのテレポートは異常に疲れるな。人数の関係だろうか?」
わちゃわちゃと騒いでいるわたしたちの足元で、マーガスさんが地に伏していた。
この前は距離の問題とか言ってなかったっけ?
まあ、いいや。
「とにかく、ヒースのパパのところに行きましょ。長老さんには後で報告してもいいでしょ」
わたしはそう断ってから、ヒスクリフを担ぎ上げて、
「あっ、さくらちゃん。あたしも」
ラブやんもひっつかんで、
十階建てくらいと塔から、地面へとダイブした。
「ぎゃあああああああああ」
ヒスクリフの悲鳴と、
「すごぉああああああああああああ」
ラブやんの嬌声が洞窟内に響き渡ったかもしれない。
塔のてっぺんでは、カオルくんが直哉に同じことをさせようとして必死で抵抗されていた。
わたしは心地よい風を感じ、スペースマジックワールドのフリーフォールもこんな感じだったなぁと思う。
そして、エンターテインメントとしてちょっと負けてる自覚も芽生えてくる。
このまま、地面に着地でいいのだろうか?
ついさっき、量橋布市とのバトルをイメージしていたわたしには、そうは思えなかった。
そうエンターテインメントとは驚き、感動、マイクパフォーマンス!
わたしは考える前に、塔の三階部分のベランダを蹴っていた。
「うぎゃあああああああああああああ・・・・、あっ」
「わふうううううううう!」
それから向かい来る壁を縦横無尽に飛び渡り、わたしはまるであのロゼッタ・イージスのような超軌道で宙を舞い、そのままちょっと迷いながらヒスクリフの家になっている建物を目指し、飛ぶ。
飛ぶ飛ぶ飛翔する、そうわたしはステルス戦闘機!
前後左右上下回転急上昇。
人間ステルス戦闘機・ロギング・飛田も真っ青の空中殺法!
わたしはしばらく飛び回り、満足してヒスクリフのパパん家の前に着地する。
「俺がエンターテインメントだ!」
ヒスクリフをつかんだ右手を高々と上げて、決め台詞。
わたしの左手にはぼさぼさになったおさげ髪を気にもせず、「すごい、すごい」と拍手をしながらケタケタと笑うラブやん。
突き上げられたヒスクリフは感動のあまり声もない!
完全に静かになってぐったりとしている。
そして私が着地するのと同時にバンッとかポンとか音を立ててはじける周囲の建物。
「上から岩が落ちて」とか、「車のボンネットが」とかいう声がしているが気にしない!
エンターテインメントには破壊はつきものだから!
「壊すことができるのは壊す覚悟のある者だけ! それだけだ!」
「さくらちゃん、ノリノリだねぇ」
ラブやんがにこにやしながら、親指を立てる。
悪役レスラーの笑い方がすごくひっかかるけどラブやんだから楽しんでくれてるに違いない。
わたしはてれてれと頭を掻きながら、ラブやんに向かってピースをした。

「ひ、ひすくりふ。よ、よく帰ってきたね」
そういってヒスクリフを歓迎したヒースパパは柱の陰に隠れて震えていた。ヒースママの方は布団をかぶって、ガタガタと――って、どういう状況!?
わたしが驚いているとさっきまで青い顔をして白目をむいていたヒスクリフがやれやれと言った感じで肩をすくめ、顎を突き出してため息をついた。
何か大物感があるなぁ。
子供のくせに。
「いてっ」
わたしは思わず、ヒスクリフの頭をぐーで殴っていた。
「さくら姉ちゃん、何で」
大物感を消して、頭を押さえて涙目になるヒスクリフに
「ん~何となくだけどパパ、ママがあんなでもあんたまで巻き込まれることはないんじゃないかとか。何かイラっとしたっていうか。わたしがぐーで殴ったのは、たぶんそんなことを伝えたかったんじゃないかなぁ」
わたしはそんな説明をしながら首をかしげる。
ヒスクリフは横暴だのなんだの七歳児にして難しい言葉で非難をしてきた。
「あたしはさくらちゃんが正しいと思うよ。こういうのはよくないと思う」
ラブやんがぷくーっと頬を膨らませることもせずに、前に出る。
かわいさアピールを忘れないラブやんが本気の怒りモードに入っている証拠だ。
わたし以上にラブやんはイラっとしてるみたい。
「どうしよっか? 一発ずつぐーで殴っとく?」
「そだね」
わたしの問いかけに応えたラブやんは、ヒスクリフのパパとママの頭に拳骨を落とす。
ラブやんの一撃によってヒスクリフのパパとママは静かになった。
ヒスクリフはとんでも子供だけど、両親の方はふつうのドラゴン族で、社会人。
人としては頑丈っぽいけど、すごく頑丈ってわけでもないから、再生者としてのパワーを持つラブやんのお仕置きを受けて涙目になる程度ではすまなかったみたいだ。
何だかんだ言ってラブやんも、めちゃくちゃパワーアップしてるからなぁ。
「ヒスくん、行こう」
白目をむいた二人には目もむけず、ラブやんはヒスクリフの手を取った。
わたしは振り上げようとしていた自分の拳をしばらく見つめてから、それに続こうとした。
何かもやもやするなぁ。
ラブやんに先を越されたわたしは何となく、そのイライラをヒスクリフの家にぶつけた。
叩きつけた拳に反応して、ぼこんとか、どがんとかいう音を立てて大きく震えたヒスクリフの家がミシミシときしんでいる。
わたしは「あっ」と思ったんだけど、先を行くラブやんはちょっとこっちを見ただけだ。
ヒスクリフの方はラブやんをキラキラした目で見ているからまったく気にしていない。
「ま、そんなに簡単に崩れたりもしないよね」
わたしがちょっと殴っただけで家が全壊とかありえない。
ありえないだけど
「ラブやん! 手伝って!!」
気づくとわたしは家の出入り口を支えていた。
そんなわたしの横をラブやんが走る。
「ヒスくんっ!」
ヒスクリフの名を呼びながらラブやんは家の中にいた人たちをぽんぽんと家の外へと投げだしていく。
「ラブねえちゃん!」
うなだれていたヒスクリフがラブやんの声にこたえて、投げ出された人たちを受け止めていく。
さすがは驚異の七歳児、その身体能力で自分の何倍もある大人たちを軽々と受け止めて、ぽいぽいと転がしていく。
「ラブや~ん」
「もうちょっとだから!」
ヒスクリフの親がいた家は三階建てで、階ごとに別家族が住んでいる。
それくらいでマンションみたいな集合住宅じゃなかったのが救いだったかもしれない。
ラブやんが無理やり建物の住人を窓に当たる部分ではなく、叩き壊した壁から外へと逃がすのと、建物が崩れるのがほとんど同時だった。
ラブやんが「とー」っと外に飛び出し着地するのを見たわたしは、気合の声を上げて、崩れかけていた出入り口を上へと押し上げている。
わたしのパワーでぼかんとか、ぼががっとかいかないように手加減は必須だ。
一瞬、「うおりゃー」とか言って崩れる建物の破片とかを爆発させる感じでかっこよくとか思ったけど、それで被害が大きくなったら目も当てられない。
わたしは控えめに入口の屋根部分を押し上げると、ひょいっと崩れる建物の落下物がありそうな範囲から飛び出す。
ラブやんにぶん投げられた人たちは文句を言うことも忘れて、茫然としている。
ヒスクリフにガタガタ怯えていた親たちもぽかーんとしている。
いきなり外に投げ出されたせいか、ドラゴン族の回復力か、ちょっと前までラブやんにぶん殴られて白目をむいていたのに。
「今のうちに」
そうわたしにささやいたのはラブやん。
判断がマッハ。
頼りになる。
出入り口から飛び出したわたしはふてくされているのか、ぼんやりしているのか、突っ立っていたヒスクリフの手を引いて、ラブやんの背中を追って走り出す。
「どこに行くの?」
「とりあえずは長老さんの家かなぁ。マーガスさんはここに帰ってくるとヘロヘロになるからあたしたちの方が先につくと思うから、いろいろとびっくりしておこうよ。すごい音聞こえちゃったーって」
「ほほう、知らぬ存ぜぬ、家屋倒壊見てないよって、お主もワルよのう戦略家よのう」
「そうそう、バレたらそのとき考える打法だよ」
わたしたちはにやりとワルい顔をかわして、ハイタッチした。
「ぁおぶあっあいっああああああああああ」
わたしたちがハイタッチしたすぐあとにヒスクリフの声が遠ざかっていく。
「わぁああ、ヒースぅううう」
「ちょ、さくらちゃん、何で手を離しちゃうの。あーヒスくんが後ろに転がってぇ」
ころころと言うには激しすぎる砂煙を上げながら、後ろへ転がっていくヒスクリフを見て、わたしたちは大慌てに慌てて、頭を抱える。
油断したというか、過信したというか、とにかくドラゴン族の危険暴凶子竜人だからって安心しちゃってた。
ヒスクリフはパパとママにあんな風にされて、めちゃくちゃ落ち込んでたのに平気で走ってくれるって思っちゃってた。
あー、わたしのバカ、馬鹿、ばか。
これじゃ、あのバカ親と同じじゃない。
わたしは急停止して、逆走。
ころころ転がっているヒスクリフに追いつくとがっと受け止めて、優しく抱き上げて、声をかけてあげる。
まあ、白目をむいたヒスクリフが返事をしてくれるはずもなかったりするんだけど。
打ち所が悪かったのかなぁ・・・
ともあれ、わたしは流れ落ちる冷たい汗を感じながら、ラブやんの名前を呼んだ。
急いでこっちへ来てくれたラブやんとわたしは顔を見合わせた。
『どうしよう』
あの頑丈極まりないヒスクリフがあっさり白目をむいて・・・・、えーっと家に来るまでの間に白目むいたことはあったけど、こう物理的なダメージで白目をむくなんてことはなかったヒスクリフがこんな風になるなんて。
というか、泡吹いて・・・
『誰か助けを呼ばないと!』
『・・・・・・』
「二人とも何やってるの?」
わたしたちがユニゾン困りをしているとカオルくんを背負った直哉が声をかけてくる。
直哉の制服はぼろぼろで、カオルくんがさわやかに血塗れなことはこの際は無視していいほど些細なことだ。
わたしたちは突然現れた救世主に事の顛末を話して、こう言った。
『そんなわけなんでよろしく!』
直哉はそんなわたしたちの様子にがっくりとため息をつき、ポケットに手を突っ込んだ。
「え~っと、確か司馬くんから預かった袋がどこかに」
直哉のその言葉にわたしたちは心から感謝した。
『クラスの大軍師司馬くん、ほんとありがとう』と・・・・





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