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見知らぬ男に「捕ったどぉおお!!」された話

十年以上前、私は深夜の歌舞伎町をひとりで足早に歩いていた。
そして、見知らぬ男にたれ耳系うさぎの耳付き帽子の両耳を掴まれて、

「うさぎ捕ったどおおおお!!」

と叫ばれていた。

○○

時間はしばらく遡る。
風俗街イメージが今でも強い歌舞伎町だが、当時は歌舞伎町浄化計画が始まっていたころで、ショーレストランやテーマレストランが全盛期。通る道さえ間違えなければ若い女性のひとり歩きも余裕であった。
当時は、大通り沿いに店内で手品やダンスなどのショーが見られたり、店内にピラミッドがあったり、川が流れていたりと異世界でごはんが食べられるようなレストランが多くあり(どうやら現在はほとんどが閉店)、そこに行きたさに私は何度も歌舞伎町を歩いていた。
そして、その日もいつもどおりたらふく飲み食いして、ご機嫌に駅を目指していた。
若いかお金がありそうな格好で女性が歌舞伎町を歩くと、ホストやキャッチに取り囲まれてなかなか前に進めないのが常だが(断れば通してくれるのでついていかなければ危険性はない)、高校時代から服装のおかしさで名を馳せていた私には、そのあたりの心配は無縁であった。

パニエでふくらんだひらひらのスカートと英字混じりのプリントが見え隠れするゴテゴテのレースがついたわざとボロボロに見せかけたデザインのゴスドレス。
頭にはレース付きのたれ耳がついたウサギさん帽子。

成人がする格好ではないが、幸か不幸かロボロフスキーハムスターに似ているとよく言われる私にはそこそこ似合っていた。ぬいぐるみっぽいという意味で。
そして、ゴスロリ系の服は、ホストやキャッチからすると未成年の可能性が残る上にどう見ても地雷に見え、パトロールの警察からすると本物の未成年はそんな格好で出歩かないと判断されるため、結果的にすべてから私を圏外へと押し出して安全を確保していた。
このときまでは。
お酒も入り、人出も多い道を油断しきって歩いていた私のうさ耳帽子がぐいと後ろから引っ張られた。そして、

「うさぎ捕ったどおぉおおお!!」

私の帽子を掴んだ知らない男が高らかと宣言した。
「??????!?」
ここで後ろから抱きつかれていたのなら、痴漢とみなして反撃していたし、声をかけられただけなら無視していた。
しかし、あきらかな酔っぱらいのこの青年は帽子の耳こそ握りしめていたが帽子以外のどこにも触れておらず、なんなら手を伸ばしてちゃんと私と自分の身体の間に距離を開けるようにしていた。あきらかに意図して身体に触れないよう気を使っていた。

気づかうべきはそこじゃない。

不審者は不審者なのだが、カテゴライズできないタイプの不審者である。
予想外の自体に私は脱げかけた帽子を押さえて、半分振り向いたまま(帽子を掴まれていて振り向ききれない)唖然として彼を見つめた。
後から考えると、酔った状態でここまで気を使えるなら本性も真面目な人の可能性が高いが(酒を飲むと判断力は著しく下がるが善悪の認識は影響がないというのが最近の定説らしい)、なぜ女性に触れるのはNGと判断がつくのに、知らない人の帽子を掴むのはOKだと彼の脳は判断してしまったのだろうか。
捕まったまま、この酔っぱらいの保護者はいないのかと私は人混みに目をやった。
目があった通行人は気まずそうに目をそらした。
意を決して助けに入るほどの緊急事態ではなく、しかしながら面倒くさそうと判断されたのだろう。

どうしよう……

悲鳴を上げて殴りつけるほどではなく、しかし終電が刻一刻と迫ってきているのでなるべく穏便に離してほしい。
その時、このカオスな空間に新メンバーが現れた。
これまた見知らぬ青年が青ざめた顔で近くの居酒屋から飛び出してきたのだ。
私がその存在を認識するとほぼ同時に、登場したばかりの青年はうさ耳を掴んでいるほうの青年に飛びかかると、指をもぎ取るようにして素早く彼を私から引きはがした。
「すみません! ほんとすみません! 違うんです、こいつもう知り合いと看板の見分けもつかない状態で……すみません、違うんですよ!!」
まさかの保護者であった。
多分大学のサークル飲みかなにかをしていたはずが、飲みすぎた酔っぱらいが行方不明になってあわてて探していたのだろう。探し人が見知らぬ通行人を捕獲しているのを発見したときの彼の心情はいかばかりか。
「いえ……大丈夫です……大丈夫ですか?」
反射的に返事をしたが、酔っぱらいと混乱中と混乱中で大丈夫なひとなど一人たりともいるわけがない。
酔っぱらいは「俺はまだ酔ってないぞー」と酔っぱらいの見本のような戯言を叫んでいたが、あとから来た青年に頭をスパンと叩かれていた。
その表情は少年のように無邪気で、痴漢やナンパ目的の行動ではなく、頭だけがお酒で極楽に逝ってしまった残念なひとであることはあきらかだった。
私はずれた帽子を被り直した。
なんやかんやで実害はなかったので、私は酔っぱらいのリリースを決めた。カエサルのものはカエサルへ。償うほどの罪がない以上、サークルの酔っぱらいはサークルのもとへ帰ってもらうのが吉であろう。
「なんか大丈夫なんでそのひと持って帰ってください」
「すみませんでした!」
青年に引きずられながらも酔っぱらいが「うさぎちゃんいたんだって!」と叫んでいるのが聞こえたので、彼の脳内では私は二足歩行のうさぎになっていたのかもしれない。不思議の国にでも迷い込むつもりだったのであろうか。

○○○

その後も懲りずに私は飲み屋街に繰り出し、数々の酔っぱらいを見てきたが、いい意味でも悪い意味でと記憶に残る酔っぱらいは少ない。

これまた歌舞伎町で本気で終電に遅れそうになって疾走中に突然進行方向に立ちふさがり『さあ、僕の胸に飛び込んでおいで』とばかりに両手を広げた男性。
たいそう邪魔だったので直角に避けたが、後に同じようなのに会ったという話を複数人から聞いたことがあるので多分そういう妖怪なのであろう。

コンビニの袋を頭から被った状態で仰向けに道に落ちていた人は、複数人がそれを見下ろしながら煙草を吸っていたので事件を疑ったが、数年後それが後に入社した会社の先輩とその友人であったという残念な事実が発覚した。曰く、その友人は酔うと光を嫌って頭から鞄や上着を被るのだが、その日はどちらもなかったためコンビニの袋を自ら被りそのまま路上で眠り込んでしまったらしい。もはや怪異である。
眠り込んだ友人(男)を放置するわけにといかず、しかし先輩(女)と別の友人(男女一人ずつ)では体格の良いそのひとを長い距離運ぶことはできず、タクシーは入ってこれないエリアなので車に押し込むこともできず、仕方なく煙草を吸いながら最低限の距離を歩けるようになるまでの回復を待っていたのだという。つまり、コンビニ袋男を囲んでいた男女のひとりが後の会社の先輩だったのだ。
その人は色々な意味で大丈夫な人なのかと訪ねたところ、先輩はあいまいな笑みを返した。

典型的なオネエに居酒屋で絡まれたこともある。
※昔ながらのロの字のカウンターのみの店で、客同士でも喋りながら飲む下町スタイルの店での話。
なぜか初対面のオネエに肌荒れを指摘されたうえ、「基本のスキンケアをおろそかにして出たアラを厚塗りで隠そうとするから悪化するの。石垣作らずにお城は建てられないのよ」
とぐうの音も出ない指摘を受けた上、ボディケアの手抜きも見抜かれて「若いからニベアでいいわ。ニベア青缶塗りたくりなさい」といわれその通りにしたら肌荒れが改善したのだが何者だったのであろう。その店では二度と会わなかったので、多分観光客だったのだろう。
口調が完全にオネエなのに服装は普通にビジネスマンだったので、話しかけられたとき男女どちらの扱いをすべきか一瞬悩んだが、まあ有名な酒場にいる時点でただの呑兵衛扱いでよかろうと他の酔っぱらいと同じ態度を貫いたのが良かったのか、なぜか細々とスキンケア講座をしてくれたのだ。ただし、酔っぱらいと酔っぱらいのやることなので翌朝にはあまり覚えていなかったのが心残りである。

なお、面白さもなにもない酔っぱらいの話として、カラオケで一回、居酒屋で一回、廊下で倒れて動かなくなっている見知らぬ酔っぱらいを見つけて店員を呼びに走る羽目になったことがある。
本人はいと健やかにお眠りあそばしていて命に別状なかったのだが、ひとが倒れているという光景は中々に肝が冷えるので、酔っぱらいのみなさんは飲むのは良いが最低限自分の足で家に買えることができる程度の酔でお願いしたい。
ちなみに姉は朝家から出たらマンション廊下に隣人が酔っぱらって倒れていて、なぜあと3メートルを耐えられなかったのかと思いつつ管理人に連絡したことがあるという。
家に帰るときはちゃんと自分の家のベッドまで帰ってください。まじで。

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