[観察日記]specimen 下
僕は痛みを堪えながら、挟まれた指のもう片方の手で、スマホを抱えてクワガタに挟まれたときの対処法を調べた
すると、木に捕まらせる、とか離してくれるのを待つなどのことが書いてあった
その中で、水道の水をかけるという方法があった
もう躊躇は無かった
痛みが、僕を突き動かした
水をかけると、最初は力を入れているのだが、段々と弱まり、やがて解放された
しかし、皮膚に穴が空いていた
充血はしなかったが、とんでもない痛みだった
五分くらいは挟まれていた
そんな経験もあり、その日からクワガタに挟まれることを恐れるようになった
なるべく触るのは危険なので
餌の入れ替えだけして、蓋を閉めることもあった
その事件以降は一回も挟まれていない
クワガタの扱いにも慣れていった
このクワガタはワイルドだった
ワイルドとは、野外採集品のことらしく、野外で羽化してから年月が経ったりして、寿命が短くなってたりする場合があるらしい
場合によっては、すぐに死んでしまうこともあるという
なぜこんなことを言うのかというと
クワガタが、飼い始めてから二ヶ月程度ですぐに絶命してしまったからだ
ある日、籠の中を開けて
餌の入れ替えをしていると
クワガタが仰向けになっていた
転倒防止材として木なども入れていたのだが…
まるで、この状態がいいと言うように、仰向けになっていた
この時だけそうなのかな
そう思っていたのだが、それが三日も続いた
しまいには、転んで立たせても、すぐにまた転ぶというようなことを繰り返した
もう、次の日には、仰向けになって、動かなくなっていた
見つけたのは昼間だった
僕はもう一度、クワガタを立たせた
そのようにしても、すぐに木から離れてしまう
それでも、もう一度捕まらせた
すると、クワガタは大きく歯を動かした
元気が無かったはずなのに
しっかりと木に捕まっていた
それから歩いた
僕は、この時
命は美しいと思った
死という本質的な終わりが近づいていながら
それでも、尚、強く生きる命の素晴らしさに
十分くらい、木に捕まっていた後
クワガタは木から落ちた
そのあとは、まだ触覚は動いていたが
体の節々は、全く動かなくなっていた
その翌日は、触覚すらも動かなくなっていた
重さも、僕を挟んでいた頃に比べて
何倍も軽くなっていた
ただ、クワガタの命は終わっても
あの世で、生き続けていると思った
あれだけ、死の直前に
活発になったのだから
そんなことを思い出しながら
僕は今日も標本を作っている
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