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[短編]園世#4 カマに残る後悔

  腐った木に座ってカマを振り上げた。アリが行列をなしてやってくる。ハエが飛び交う。岩の下からムカデやダンゴムシが出てくる。森の奥底から鹿が出てくることさえある。

  カマキリの若松さんは、大きなカマで束になっている原稿を引きちぎって話し始めた。

「えぇ、どうも。若松です。手始めに聞きたいんですけど、“年の功”さんの話を聞いたことがありますか」

会場にいる誰もが手を上げた。

「はっはっは。ほとんど全員ですね。僕も年の功さんに追い付けるように若手として頑張りたいと思います。皆さんは、知ってる人は少ないと思いますけど、僕は同性愛者です」

「いやいや、詳しく言うと同性愛者だったんです。その顛末を話しましょう。僕がまだ若い頃の話でした。カマキリと言うこともあって見習いの頃は、頑張って生きないと殺されますね。その時は、柔らかいカマを振り回してアリや幼虫を食してました。事件が起きたのは、この後です。いつものようにカマを振り回していると木に刺さりました。抜いてみると、変な幼虫が取れたんです。クワガタの幼虫でした。正直、僕はそんなの食べれるはずがありません」

「情けではありません。情けではない別の感情が動いて、食べられないんです。とにかく、僕は、その子を育てることにしました。その子は、オスかメスかも分かりません。本当に疲れました。土を集めて持ってきたり、時には菌糸を集めて持ってきたり…と」

「大変なことばかりですよ。幼虫が三令になるとですね。その子が喋り出すんですよ。で、何を喋り出すかと思いきや、女の子のように“わたし”とか“だわ”とか使い始めるので女の子だなと思いました。その子の名前は、荒子さんであることが分かりました。そして、荒子さんは土の中に帰って蛹になりました」

「僕は、荒子さんが戻った土に、昼も夜も羽化するのを待ってました。どうしてこんなに待てたのかは今は分かりませんが、幼虫から育てたという証を自分のものにしたかったんだと思ってます。それから何月も経った夜に土の中が盛り上がりました。出てきたんです。立派な角が生えたオスが」

「僕は、驚きました。そして、荒子さんに聞きました。“オスではないか”と。荒子さんは、その似つかわしくない角を僕のカマに寄せて“偽っていた”と言うんです。僕は、悩みました。僕は、正直荒子さんのことが好きでした。羽化したら結婚しようと考えておりました。だけど、一瞬で全てを狂わされました。荒子さんは、もちろん僕と付き合いたいみたいで、生まれたての角を僕に寄せてきます。“どうしよう、どうしよう”と悩みました。終わることの無い葛藤が押し寄せてきます。僕は、このカマでいつか荒子さんを見つけた時のように突き刺しました。たしか、突き刺さったのは、翼の上羽でした。羽化したてだったのでそこが蝶のように柔らかかったんです。動揺した挙げ句、これしか出来なかったのです。荒子さんに突き刺さったカマは、容易に抜けませんでした。そこで僕は、カマを二つ動かして遠くに投げるように振り下ろしました。荒子さんは、何も言わないまま遠くに消えてしまいました」

会場は、静まり返っていた。

誰もが身動き一つできない状態である。

誰かが咳払いを二回ほど連続してすると、若松さんは、カマを見て話し始めた。

「僕は、その日から気になってならなかったんです。荒子さんがどうなったかを。途方に暮れたまま、二日が経ちました。僕は、相変わらず草原でハエを捕まえてました。でも、やっぱり心配で途方に暮れて、草に目を落としていると、アリの行列を見たんです。何を運ぼうとしてるのかは分かりませんが、とにかく行ってみることにしました。アリの行列を追うのは難しくて気付いたら二時間くらいずっと追ってました。行列は、追うごとに、どんどん太くなります。そこで大きい何かを運んでるのが分かりました。顔を近づけてみると、荒子さんの角と思われる尖った黒いものが二つ運ばれてました。僕は、ショックで仕方がありませんでした。僕のカマをその角で切り落として欲しかったくらいでした。僕は、涙と情けをこらえながら、アリをカマで追い払って角を二本持ちました。とても重いものでした。重さで角を落としてしまいました」

ここで若松さんは、間を空けて空を見ている。
カマがむなしく二つぶら下がっている。
役に立たないようなぶら下がり方である。

「僕は、今ならきっと男の荒子さんでも愛することが出来ると思います。その証拠に僕は今でも後悔してるのだから。誰もこの痛みは分からないでしょう。飯食うときも、歩いてるときも、朝起きるときも、四六時中このカマが目に入ってしまう悔しさを。忘れたい、忘れたいと思う度に思い出してしまう矛盾を。この話を皆に話して、痛みを和らげようとしてるバカな自分が一番近くにいることに」


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