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[短編]仏の顔

  僕の旧友に秀哉(仮名)がいた。この男と仲良くなったのは小学生の時だ。僕の友達が彼を紹介した。
秀哉は別の学校だったので何をやっているのかがまるで分からなかったが仲良しだった。

  秀哉と僕は習い事の書道で仲良くなった。習い事に一緒に行ったり帰ったりしているうちに懇意になった。
秀哉を紹介してくれた友達とは遊ばずに僕と秀哉だけで遊ぶ日も多かった。

  遊ぶときは、大体僕の家だった。
外で遊ぼうと言うと、家がいいと言われた。
彼の家に行きたいと申し出ると大体が濁されるか、家が汚いからと適当な理由を付けて断るのが常だった。
しかもこちらに遊びに来ても菓子を一つも持ってこないので家族からは嫌われていた。
…とここまで聞けばただの親友。もしくは家で遊ぶだけのニートっぽい人と評価が決まるかもしれないが問題はこの後だった。

  秀哉は、お菓子の代わりに変な箱を持ってくるのだ。
  一般的なだるまの大きさのような箱で開ける時は貯金箱のように下にマンホールみたいなのが着いていてそれを取ると出てくる仕組みだった。

  持ってきたのは最初に家に遊びに来たときだった。
お邪魔しますと言って僕の部屋に二人っきりになると気持ち悪く変形したポケットからそれが出てきた。色は薄い木の色。
お金でもくれるのかなと言うのが最初の僕の品評だった。
中からは、変な石が五、六個出てきた。石と言うより飴の破片のような小さいものだった。
「秀哉、何これ」
「そんな軽々しく触るなよ。それ大事な値打ちものなんだぞ」
「値打ちものって言うなら早く教えろよ」
「まぁ、待てって。それには長い話があるんだよ」
「ねぇだろ。こんなガラクタごときに」
「待てって言ってるだろ。それは今年の夏に父ちゃんと旅行に行ったんだよ。その旅行の目的と言うのがその値打ちもののためって言うわけだ。森に入って立ち入り禁止エリアを抜けてそこにたどり着いたんだ。大変だったよ。蚊も蜂も多くてね。でもそこまでしなければ手に入らない。何故ならそれはそこにしか無いから。僕はその聖地を知ってるんだけど。まぁ、教えない。知ってるのは僕と日本を数えたら十名いるかいないくらいかな。それは琥珀だ」

僕はちゃんと聞いていた。一言一句、丁寧だ。でも話をちゃんと聞いているからこそ思う。何処かにしっかりと嘘が隠れているって。
この点において、僕は秀哉を軽蔑していた。

置いてある琥珀を見た。しっかりと黄色味がかっていて、その時の僕は琥珀と言うものを丁寧に知らなかったものであるから当然騙された。
結局、それを四百円で買い取ることになった。

「それはネットで売ると高いよ」と言うのが僕の耳に響いた衝動もあった。しかし、実際はネットで売る方法なんて知らない。そんな僕にとっては単なる天国話のようにあればいいなくらいに思って、この琥珀をとにかく自慢することを決意した。
  母親に見せると、良かったじゃないとかこれが?とか真剣に聞いているので買ったかいがあった。しかし、最後まで四百円を使ったとは言えず、琥珀を何処かのケースに閉まってそのままにしておいた。

  何日かして、また持ってきたのは、観音様が刻まれている金色の小さな円状のものだった。平べったく厚みがない。金色のそれが僕の目を刺激した。
「これね、とっても神聖なものなんだって」
「なんで」
「良く見てみろ。こんな小さい観音様の横にもっと小さいお地蔵様が立ってるんだぞ。こんなレアなことはない」
「これを何処で手に入れたの」
「実は、とある海外の会社でね。お父さんが出張に行ったんだけど、その時丁度これの製造が行われてたんだよ。で、本当は観音様だけなんだけどたまたまミスっちゃったわけ。でも、しっかりとお地蔵様がいる所がいいと言うので価値が高騰してここへ持ってきたわけさ」
「へー海外ねー」
「海外と言ってもあれだよ。タイとか中国とか仏教の国だよ」
「なんでミスしたものが価値が上がるんだい?」
「例えで言うならギザ十みたいなものだよ」
「ギザ十?」
「十円の淵がギザギザしているやつね。そのお金はマニアが高く買うんだ」
そして、僕はまた考えた。この観音様を何処がで見たことがあるからだ。
「今なら千円で売るよ」
千円と聞いて驚いた。小学生に対しては高すぎる値段だからだ。そして、僕は思いきって聞いてみた。
「秀哉?」
「どうしたんだい」
「お前さ、嘘付いてないかい」
「嘘なんか付いてないよ。閻魔大王に舌抜かれても嘘は付いてないって言われるよ」
「それは君に有利な閻魔大王が心の中にいるからだろ」
「本当だってば、嘘なんて付いてない」
「証明できないじゃないか」
「じゃあこれは買わなくていい」
「そんなの、学校のバザーにでも売ればいいんだ」
「なんだと」
秀哉の顔が赤くなってきた。しかし、前回、四百円を払った以上、こちらも客としてのポジションがある。この勝負には負けたくないと思った時、僕に有利な情報が頭の中に降りてきた
「そう言えば、その観音様について聞きたいんだけど」
「もう、君にはやらないからな」
「それを何処で拾ったんだい」
「拾ってない。父さんがもらってきたんだ」
「そう言えば、習い事の書道教室の落とし物ボックスに同じようなものがあったな」
「あれは…」
秀哉は、お前も気付いていたのかと言う表情を浮かべていた。気付かれるはずがないと思ったのだろう。
「あれはもとから、二つあったんだ。たぶん誰かが兄弟揃って忘れんだろう」
「いや、僕が見た時には一つしかなかった。じゃあ、その一つは誰が持っているんだよ」
「僕だよ」
そう言って机の引き出しから観音様を出した。横にはしっかりとお地蔵さんがいる。
「僕が渡すから千円を払ってくれないか」
僕はからかうように言うと、秀哉は涙声で返答した。
「それは渡さなくていい。僕が千円を渡す」
「この前も詐欺なのか」
「人はいつか必ず詐欺をしないと儲からないことに気づく。君に会う前に僕は毎回みんなに奢らされて嫌な思いをしたんだ。だから今回、その金を返そうとした。最悪な僕の行動をどうか許してくれ。もう僕と絶交してもいい」
そう言って千円を出した。僕は、それを受け取った。それは、一生損な得だった。
縁は切れてしまったのだから。


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