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[短編]園世#3 七日の命


 セミの周太郎は心から浮き足立っていた。

「明日になれば、大人になれるんだ」

成人式も済んだし、着々と大人になるということが現実味を増していた。

「おい、周太郎!」

話してきたのは、同じく明日大人を迎える陽二郎だった。

「どうしたんだ!そんな慌てて。お前あれだろ、羽化の心配だろ」

羽化はセミ学校の義務教育の最終問題であった。

基本的に座学で、羽化のしかたを学ぶ。

「いや、それならギリギリ通ってるさ。実は、俺ら後一週間で死ぬかもしれないんだ」

周太郎は嘲笑った。

「そんなわけないだろ!そんなの義務教育の最初の段階で習うだろ。セミの寿命は5ヶ月間。幼虫の時が五年間だから、覚えやすいねって話だっただろ!」

大人になる前の最後のテストの問題だった。

周太郎は勿論、この話を信じなかった。

「いや、周太郎。それは嘘らしいんだ。僕らは嘘を教わっているんだよ!」

陽二郎の顔は深刻そうだった。

周太郎は、友人の背中を叩いた。

「まぁ、そんな心配するなよ。死なんて必ずあるんだから」

周太郎は陽二郎と別れると、すぐに寝床へと向かった。

ただ、眠れない夜だった。

周太郎には好きなセミがいた。

それは、ヒグラシのメスの祐子ちゃんだ。

彼女と出会ったのは、四年目の春。

バイトで、土堀りをやっている時に出会った。

周太郎は一目みて、可愛いなと感じていた。

ただ、土掘りは決して楽なバイトでもなかった。

土を掘っている途中にモグラにおつまみにされたやつもいる。

また、ミミズに首を絞められたやつもいる。

間違えて、外に出てしまい、行方知らずになったやつもいる。

周太郎は、一回だけ冬眠中の蛙の巣に当たってしまったことがあった。

祐子ちゃんはその時、ちょうど一緒にいた。

蛙は、大きな目を開けて僕ら二人をみた。

蛙は舌を伸ばし、祐子ちゃんを襲おうとした。

周太郎はとっさの判断で、蛙の舌を、鋭利な前足でグサッと刺した。

蛙はとっさに舌を丸めた。

祐子ちゃんは涙ながらに、逃げた。

周太郎と一緒に

その一件があってからは、祐子ちゃんと周太郎はお互いを意識するようになった。

五年生になってからは違うクラスだったので一回もあっていない。

ただ、祐子ちゃんも明日の早朝、羽化してしまうのか。

僕らは、地下とはまた違った生活になっていくのか。

周太郎は自分が唯一育んだ愛に思いを馳せていた。

先程、聞いた「セミは一週間で死ぬという話」

あれは、本当なのだろうか。

周太郎は、翌朝、義務教育で何度も習ったように羽化をして、羽を乾かしていた。

地上には希望があると、聞かされてきた。

今、目の前に広がっている青い空には

その言葉の通りのものだと感じていた。

ただ、周太郎の生活は思ったようには行かなかった。

「おお!お前は周太郎か。立派になったな」
「お前こそ!」

陽二郎と再開した。周太郎と陽二郎は青空を羽ばたきながら、地上の素晴らしさを体感していた。

「陽二郎、俺、地上に来て良かったよ。寿命のことなんて、ブッ飛ぶくらい楽しいよ」

冗談交じりに言うと、陽二郎は寂しく笑った。

周太郎は陽二郎と別れ、色んなところを飛び回った。

海の見える町並み、世界一美しいといわれる樹液など多くの観光スポットにも行った。

四日間費やしてのことだった。

周太郎は観光スポットに行く時、あるセミを探していた。

そう祐子ちゃんだ。

周太郎にとって、祐子ちゃんはこの世で最も大切なものだった。

祐子ちゃんを呼ぶために鳴いたこともあった。

「おい!ここで鳴くな。ここには橋本っていうヤバイやつが来るから」

セミに優しいで有名なナマケモノのニートンさんが現れた。

「七日の命なんだから大事に使え」

周太郎は顔が青ざめた。

「え?七日だって?」

ニートンさんも目を丸くしていた。

「七日と言ったら、僕の命は三日しかないじゃないか」

周太郎は涙声で言った。

嘘だと言ってほしかった。

「まぁ、しょうがない。それがお前に与えられた宿命ってことだ。ところで、お前結婚しないのか」

周太郎はそんな時間もない、と言おうとしたがなにもする宛も無かった。

「願望はありますけど、あのセミじゃないといけないってセミがいるんです」

「そうなのか。セミ界も色々大変だな」

「ニートンさん、僕はこれからどうすれば良いでしょうか」

周太郎は過去を振り返って少し後悔していた。

「そんなの決まっているだろ?一番会いたい誰かに会え。どうせあと少しで終わる命なんだ。そのくらいの勇気は振り絞っていけ!」

ニートンさんは、「ほんな、また」とすぐに森の奥へ消えてしまった。

「一番会いたい誰かに会うか…」

周太郎は自分が間違ってはいなかったことを悟った。

次の日、周太郎は祐子ちゃんに会うために張り紙を貼ったり、他のセミたちにも協力を依頼するなどして、祐子ちゃんを探すことを試みた。

特に、ハシビロコウの橋本さんに頼む時には緊張した。

昔、音の出るセミを見つけては食すという行為を繰り返していたと聞いたからだ。

ただ、橋本さんは噂に聞くほど残酷な生き物ではなく、優しく話を聞いてくれた。

ただ、周太郎の元に何も報告がないまま周太郎にとっての七日目を迎える。

周太郎は自分の体が一部すでに動かなくなっているのを感じていた。

「もう、誰かに食べられただろうな」

そんな風に思って、周太郎は土のなかにいた過去を妄想していた。

あの時、なんで一緒に会う約束をしなかったんだろうな。

今日は、雨だった。どんなセミも鳴いていない。

と、言うか晴れでも、七日目のセミは鳴かないだろうと思う。

自分がそうなのだから。

その時、耳元に「起きろ!」

と聞き馴染みのある声がした

目をうっすらと開けると、そこにはニートンさんがいた。

周太郎は目をうっすらと開けて返答した。

ただ、ニートンさんが持ってるものを見て、驚いた。

祐子ちゃんであったからだ。

周太郎はほとんど力尽きた体であったが、全身の血の巡りを感じた。

俺ら、いい大人になっていたんだな。

この時初めて気が付いた。


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