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鏡の中の音楽室 (14)

第一部 さくら と まゆ

第5章 合唱コンクール(完結編)

ステージから降りてきたさくらやまゆの様子に違和感を覚えた里香が勇に話しかけた。
 
「お義父さん。いい合唱だったと思うのですけど、さくらもまゆちゃんも様子が何かおかしくないでしょうか?」
 
「フフフ、里香さん。これは想定内ですよ。ふた組のパフォーマンスは、さほど悪いと感じなかったでしょう?」
 
そういわれて里香と進は首を縦に振る。
 
「これはね。会場に観客が入ると条件が変わってしまうんですよ。あの子たちは自分の思い通りに演奏できなかったんですよ。これは合唱だからピアノは伴奏でなければならない。演奏しようと意気込んでいた二人には自分たちがピアノをコントロールできなかったという悔しい思いが残っているはずなんですよ。その場の雰囲気で曲はいろんなものに変身するんです。そういう意味では大西圭君だったかな。彼にはセンスを感じましたよ」
 
「なるほど・・・さくらたちは自分のパフォーマンスを披露したかったのですね」
 
進がそういうと里香も「あーそうか」という表情に変わった。
 
「バンボン!録画してくれ」
 
するとスマホからデジタルな優しい声が返ってくる。
 
「わかりました。ではどうぞ!」
 
「まゆ。君は会場の雰囲気の盛り上がりにつられて自分の力の調整を忘れてしまった。しかし、結果としてクラスみんなの声が大きくなり、ピアノの音も大きくなった。だから、まゆの意志とは別にみんなの満足いく結果となった。最後も力尽きて音が小さくなった分、余韻が残って観客の皆さんの感情的にも幾分の冷却時間となり、うまく締められたように感じられた。
だからこそクラスメートに褒められたり感謝されたのではないか?そして、それが矛盾点となってつらいのだろう。この会場と戦うということは、今回合唱が主人公であってピアノは伴奏でなければいけない。これはさくらにもいえることだ。さくらはいつも聞いていたまゆの演奏と違った箇所に気が付いた。さらに、いつもと違う様子のまゆと5年1組のみんなの雰囲気が全く背反であることに気が付いた。その矛盾点がさくらの心の楔(くさび)となって演奏寸前まで迷ったんだろう?それで行き着いたのが楽譜通りに演奏することだった。違うか?けれどさくらはラッキーだった。大西圭君の音楽センスがかなり高くて、いや雰囲気を察知する能力というべきか、そのおかげでさくらやみんなを引っ張ってくれた。会場内の聴衆や歌っているクラスメートにとってはいいパフォーマンスになった。けれど、それ自体がさくらにとって「私は特別なことを何もできなかった」という悔しい思いだけしか残らなかったんだろう。何もしなくていいんだ二人とも、今日は合唱の伴奏だったのだから、同音異義語で「走ると書いて、伴走」という言葉がある。そうだ!ピアノを演奏する者は、合唱者たちの伴走者にならなければならないのだ。だから結果的に君たちは合唱曲を伴奏したようになった。二人の様子を見て推測すると、さくらもまゆも、どこかで何かを仕掛けようとしていたのかもしれないが、そんなことをしていれば、いつもと違った部分が周りのリズムを崩してしまって、大きなミスが産まれていたかもしれない。私が二人にしきりに楽譜通りの練習をさせていた理由が、ここではっきりと理解できたはずだ。これは二人にとって良い経験となったはずだ。二人が自分のやりたいことをやれなかったという後悔が残っているだけで、君たちの隣で笑顔になった人たちがいることに気づいてほしい。今回の合唱の経験は、今後の人生でも役に立つ教訓が含まれていた。いつでも自分ではなく、いつでも自分であること。すなわち、いつでも自分が主人公というわけではなく、自分が与えられた役割をしっかりこなすということだ。ものすごく長いメッセージになってスマン。このメッセージをしっかりと心に刻むんだ。いつか来るピアノのコンテストやコンクールは、君たち二人が主役で、戦う相手は会場の雰囲気であることを。合唱などの伴奏はピアノ演奏者が出しゃばってはいけない。そう私の師匠たちも私に教えてくれた。今日はいい勉強になったな。君たちにはまだまだ経験しなければならない物がこれからもたくさんあるということだ。私はこれで病院に戻るとする。二人の気持ちはどうあれ、いろんな意味でいい合唱だった。伴奏としては合格点だ。君たちの未来につながるいい経験となるだろう。そうそう、頑張った君たち二人へのご褒美だ。紹介したい人がいるから、明日の日曜日の午後にでも病院に来てくれ。きっと君たちに必要なものを教えてくれるだろう。以上」
 
勇は間をおいて
 
「バンボン。ありがとう。録画を止めてくれ。私は病院に戻るよ」
 
そういうと、BangBongはすぐに答えた。
 
「録画を終了しました。けれど、勇さん、6年生の演奏がまだ終わっていませんが、見ていかれないのですか?採点も参加しなくていいのですか?」
 
すると勇はスマホを里香に渡しながら
 
「プログラムを見ると、6年生は最近テレビで流れてくる曲目を選べているようだな。きっと観衆が加点するのはそっちになるし、この年になって一つの音符に二音や三音の日本語が含まれると聞きづらくていかん。この採点システムだと、5年生は3クラスとも6年生には勝てん。特に1年生は6年生に世話になっているだろうし、若い親世代には加点するにはいい曲ばかりに見えるわ!子どもにせがまれると保護者や親は6年生に得点を加算する。ただし、項目別で採点するなら私も参加してやってもいいがな、フフフ。あとは里香さんに任せる。バンボン!ご主人チェンジするぞ」
 
そういうとスマホを里香に手渡し、進に向かって
 
「すまん、進。お前も6年生の合唱が気になるか?結果も気になるか?」
 
「いいえ。わたしはさくらとまゆちゃんのパフォーマンスが見られたので満足です。病院へ帰りましょう。結果はきっと、父さんの言うとおりになると僕も思いますよ」
 
といいながら進はすみれと一緒に勇の車いすを押して会場を後にしていく。しかし、里香は勇からいきなり渡されたスマホのBangBongアプリが起動された状態になっていてあたふたしていると、
 
「安達さん。大丈夫?スマホの操作手伝いましょうか?」
 
後ろから声をかけてきたのは、まゆの母である藤田好美だった。
 
「まゆがどうしてもBangBongアプリを起動させてほしいっていうから、最近どんなものなのか使ってるの。よかったら操作しますよ」
 
「いえ、このアプリを終わらせたいだけなんだけど・・・」
 
それを聞いていたBangBongが答える。
 
「里香さん。BangBongアプリを終了したいのですね。わかりました。BangBongが自分で終了します。ありがとうございました。また何かあれば起動してください。さようなら。」
 
そういうと起動していたBangBongアプリを自ら終了させた。見ていただけの里香は好美に向かって
 
「これで終了したの?藤田さん?これ終了したの?」
 
と何かとてつもない手品かマジックを目の前で見せられた観客のように驚いて尋ねた。
 
「それ終了してますよ。バンボンって声をかけても立ち上がらないはずよ。多分さくらちゃんと勇先生の声だけに反応するんじゃない?起動したければBangBongアプリのアイコンをタップすれば立ち上がるはずよ」
 
これを聞いても、自称機械音痴の里香は内容も聞かず間髪入れず答える。
 
「わかったわ。もう触らないからこのままにしておくわ。簡単すぎて逆に変なことしないように置いとくわ。下手にいじってさくらに怒られるといけないから」
 
里香はすぐさま画面をオフにして、さくらのスマホを自分のバッグの中に入れた。
それから6年生の合唱が始まった。結果は勇が予想した通り最近のTVで流れる曲を選曲できる6年生が1位から3位を独占した。5年生も悔しがっていたがみんなの知っているポップスだけに納得する部分が大きかった。さくらとまゆにとっては満足いくイベントにはならなかったが、流行病後の新しいシステムを使った学校のイベントとしては大成功であった。二人にとって今後を左右する成長の場になったことは確かであった。

第五章 合唱コンクール(完結編) 完
第一部 さくら と まゆ 完

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