「10 -第ニ部-」 8話

【全て教えてください!】

ルリとの衝撃の再会のあと、ソラはずっと腑抜けたままになっていた。

「ソラ……ソラ……ソラ!」
「あ、はい!すみません!」

川に落ちそうになっていたところを、一緒にパトロールを回っていたクレナが止めてくれた。

「どうしたんだい。最近ずっと様子がおかしいじゃないか」

少し休憩しようと2人で道の脇に座る。
いかにも軍人らしい体格のクレナを見て、ソラは羨ましくなる。

『俺もクレナさんみたいだったらルリ様も頼ってくれたのかな。クレナさんは優秀だし、奥さんもお子さんもとても大事にされてて優しいし。人望もあるし。俺なんて背だけ高くてヒョロヒョロだし。どんくさいし周りに助けてもらってばかりだし』

どんより落ち込むソラにクレナが慌てる。

「本当にどうしたんだい。いつも元気なソラらしくないじゃないか」
「いえ、ちょっと、友達だと思っていた人に思いっきり拒絶されたもので」
「なんだい。ケンカでもしたのかい?うちの子も同じようなこと言ってたな」

クレナが苦笑する。ケンカとは少し違うんだけどなと思いながら、ソラは鬱々した気持ちを吐き出してしまう。

「ダメなヤツだと言われたんです。お前など役に立たないと」
「え!それは酷いね!ソラはこんなに頑張り屋なのに!」

なぜかクレナが怒る。自分のために怒ってくれるクレナに少し元気をもらい、ソラは自分の気持ちを素直に話しだした。

「本当はそんなこと言う人ではないんですよ。いつも俺を応援してくれて。だから余計にその言葉がショックで」

再びズドーンと落ち込んだソラの背中をクレナがポンポンとたたく。

「何か理由があったんじゃないかな。ソラに知られたくないことがあったとか」
「知られたくないこと………」

ミリッサに言われた「覚悟がなくては何も掴めない」という言葉を思いだす。

『もしかして……』

「あら?クレナさんとソラじゃない。パトロール中?」

声をかけられてソラの思考が止まる。ヒワが夫と子供と一緒に歩いてきた。

「ああ。ヒワ。今日は家族でおでかけかい?」
「ええ。この子がどうしてもこの先の公園に行きたいって聞かなくて」
「アイビー、おっきな滑り台すべるの!」
「まだ危ないから滑り台のことは内緒にしてたんですけど、お友達に聞いちゃったらしくて」

困りましたよとヒワの夫が頭をかく。

「うちの子も隠したい事ほど目ざとく見つけてきますよ。親はヒヤヒヤものです」
「ほんとにそうですね。親の心子知らずと言いますか。でもきっと僕たちが構えすぎてるだけで、この子は思ってるよりずっとずっと早く成長してるんでしょうね」
「たしかに。子供に成長させてもらってるのは実は親のほうかもしれませんね」

微笑むクレナがアイビーに「気をつけて滑るんだよ」と言うと、「わかった!」と可愛く敬礼される。
そのまま3人家族はさよならを言って公園に向かって歩きだした。

「おや?なんだか元気が出たみたいだね」

クレナの横でいつもの元気を取り戻したソラがグッと拳を握りしめていた。

「はい!自分のやるべきことが見えてきました!」
「それは良かった。じゃあとりあえずはパトロールの続きをしようか」
「はい!」

すっかりやる気のみなぎったソラは意気揚々とクレナのあとについて歩いた。


「隊長!聞きたいことがあるので今夜お時間ください!」

パトロールから戻るなり、ソラはトキに詰め寄った。

「……また随分と元気になって。仕事終わりに時間をとりますから、とりあえず少し下がってくれるかな」

中央から帰るなり「すみません。ダメでした」とだけ報告してソラはずっと塞ぎ込んでいた。急激な態度の変化にトキは驚く。

「はい!よろしくお願いします!」

他の隊員が「何事だ?」と訝しむのも気にせず、ソラは笑顔で自分の席に戻った。


「それで、いったい何を聞きたいのかな?」

隊員達が帰宅したあと、トキは約束通りソラとの話し合いの時間を作った。

「全てです。この間の事件について。組織について。隊長が知ってること全て教えてください」
「………それはまた随分と意見が変わったね。どうしたんだい?」
「自分が甘かったことに気づいたんです。助けたいと言いながら肝心なことは何も聞く勇気がないなんて、そりゃルリ様に帰れと言われますよ。俺はもう手を引かれる子供じゃないんです。対等の立場になりたいなら、覚悟を決めて全てを知らないと」

真っ直ぐに見つめてくるソラに、トキも覚悟を決めた。

「そこまでの覚悟を決めたなら話さないわけにはいかないね。ただ、これだけは言っておくよ。聞けばもう戻れない。今から話すことは世界の一番奥にある真実だ」
「はい。覚悟はできてます」
「よろしい。では、話そう」

トキは話した。この世界の上にはもう一つ世界があること。自分たちが使っているエネルギーが災害を引き起こしていること。世界を災害から守るためにヤドという生贄が必要なこと。ソラが会ったヒスイという少年はヤドの庇護を受ける者だということ。ヒスイのいる組織はヤドを生んでしまった後悔から世界への奉仕を続けていること。


「一気に聞いて疲れただろう。少し休憩しようか」

トキがお茶を淹れて持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

ソラはお茶を一気に流し込む。パンクしそうな頭をなんとか働かせようとする。

「なんというか。いや何も言えません」
「そうだろうね。世界がひっくり返るような内容ばかりだもの」
「隊長はなんでそんなこと知ってるんですか?」
「ああ。私は組織の元協力者だからね」
「え⁉︎」

更に驚きの事実が知らされる。

「なんで、え、しかも元って」
「理由かい?そうだね。協力者になったのは組織の理念に賛同したから。協力者をやめたのは、その理念に疲れたから」
「疲れたから?」
「……君が会った少年はヤドの庇護を受ける者だと言っただろう。私は少年の先代と仲が良かったんだよ」
「先代……がいたんですか?」
「ああ。先代で、初代だ。なぜか私と彼は馬があってね。ただ彼も色々抱えていて、常に何かに追われているようだった」

ソラにはよくわからないが、トキの表情でその先代の背負う物の重さは感じた。

「世界を良くしたい。その想いで救っても救ってもイタチごっこのように悪意は湧いてくる。ヤドはまた捧げられる。それでも彼が役目から解放されるならと思っていたけれど、後任を連れてきた。それも15歳の少年だ。更に犠牲者を増やすのかと心が折れてしまったんだ」

トキは微笑む。いつものんびりしている彼がそんな過去を抱えていたなんて、ソラはある意味で今日一番の驚きを覚えた。

「そんな悲しい顔をしなくていいよ。中央勤めも辞めてこの町に来て、私は君たちに救われたんだから」

急に自分たちに話がおよび、ソラは反応できなかった。

「君たちは素晴らしいね。この町を愛して、この町を守ることに一生懸命だ。その姿は組織の協力者になった時の気持ちを思い出させてくれたよ」
「そ……ですか。嬉しいです」
「うん。ありがとう。君が組織のことを知りたがった時、本当は全てを話しても良かったんだ。でも覚悟も決まらないうちに話して私のようになってほしくなかった。だから待った。君なら必ず覚悟を決めて自分から言ってくるだろうと。私の自慢の部下だからね」

穏やかに笑うのはいつもの顔なのに、ソラにはトキがとても嬉しそうに見えた。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。さて、これで君は幼馴染君と対等だ。今度はこっちから仕掛けてやろうじゃないか」
「え?でもどうやって」
「ふっふっふ。私もそろそろ古い友人にケンカくらいふっかけてやらないと気が済まないからね。まあ、私に任せなさい」

イタズラに笑うトキは本当に楽しそうだ。こんな顔をされたら任せないわけにはいかないと、ソラはそれ以上聞かないことにした。


「そういえばシキさんも組織の協力者なんですか?」
「いや、彼女は組織のことは知ってるが協力者じゃないよ。何事にも中立な人間は必要だろって、どっちつかずで動いてくれてる」
「なんだかシキさんらしいですね」
「そうだね。だから今回は彼女の立場を使わせてもらおうかな」

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