「10 -第ニ部-」 7話

【拒絶】

「ええ〜。またソラだけ中央に行くんすか」

カナリの不満気な声が事務室に響く。
祭りから1週間。ミリッサから連絡が入り、ソラは中央に呼び出された。

「カナリはこの町が好きなのに、なんでそんなに中央に行きたがるの?」

ヒワが不思議そうに問う。

「好きだから行きたいんすよ。中央に行って経験を積んで出世して戻ってくるんです。そしたらこの町を守るのにもっと貢献できるでしょ」
「そしたら隊長の座を奪われるかもしれないね〜」

トキが茶化すとカナリが「そんなつもりはないっすよ!」と慌てる。みんなが笑うなかでソラは素直に感心していた。

『俺はこの町にいて日々みんなを守ることしか考えてなかったなぁ。カナリさんは凄いなぁ』

しみじみするソラの首根っこを急に誰かが掴む。何事かと振り返るとリンドがいて、隊長にお伺いをたてていた。

「隊長、今からソラと射撃の訓練をしてもいいですか」
「ん?ああ。いいよ。鍛えてあげて」
「ありがとうございます」

そのままズルズルとソラを引きずり、リンドは射撃場まで向かって行った。


『なぜこんなことに………』

ソラはリンドが的を狙う後ろで立っている。

「まずは手本を見せるから。よく見てて」

バンッバンッバンッ

ハンドガンの重い音がして弾丸が発射される。全て的の真ん中に命中していた。

「凄い。リンドさんって銃撃つの上手だったんですね」

この町にいると銃を撃つどころか犯人を捕まえることすらないので、隊員の力量など知りようもなかったのだ。

「まあね。銃だけは得意なのよ」
「これだけの腕前があるのに、なぜうちの隊にいるんですか。中央に配属されそうなのに」
「試験ではわざと下手くそに撃ってたからね」
「え?なんでですか?」
「この町に配属されたかったから。まあ隊長にはバレたけど」

そんな理由でとか、軍の試験て意外と適当だなとか思いながら、でもリンドらしいなとソラは納得してしまった。

「私はこの町が好きなの。平和なこの町がね。銃の弾が飛ぶところなんて想像できないこの町を、銃の腕で守ろうとしている。矛盾してるかもしれないけど、これが私の気持ちよ」

語るリンドは迷いがなくてとてもかっこよかった。

「もちろんこの町を愛して一緒に守ってくれる仲間のことも大事よ。ソラ、あんたはどんくさいしのんびりしてて頼りないけど、でもこの隊には欠かせない人間よ」
「え?あ、ありがとうございます」

普段は辛辣なリンドからの優しい言葉にソラは嬉しくなる。

「中央で何するのかは聞かないけど、終わったら必ずアヤに帰ってきなさい。そのために今あんたに与えられるものは全て与えてから送り出すから」

そしてリンドは時間の許す限りソラに銃の特訓をして、中央へ送り出してくれた。


「久しぶりだな。ソラ君」

翌日。中央に着いたソラをミリッサが駅で出迎えた。

「お久しぶりです、少佐」

キリッと敬礼するソラに、相変わらず気持ちのいい敬礼だなとミリッサが朗らかに笑う。

『隊長と話してた時は迫力に圧倒されたけど、普通にしてるととても優しい人なんだよな』

ソラはどう捉えていいのかわからないミリッサの人柄に戸惑う。

「さて、わざわざ中央に来てもらった理由は、ノゼ・ルリが今こちらにいるからだ」

ルリの名前にソラが素早く反応する。

「あの、と言うことは……」
「ああ、彼から君に会ってもいいと承諾を得た。今から君を彼の所へ連れて行く」

ようやくルリに会える。ソラの心は踊った。

「車を待たせてあるから、そちらへ移動しよう」


「やあ、久しぶりだね」

ミリッサと共に車に乗り込むと、マイトが運転席に座っていた。

「お久しぶりです、軍曹」

車の中で敬礼をしようとして頭をぶつける。痛がるソラに笑いながらマイトが話しかけた。

「相変わらず全力だね。まさか本当にルリ君に辿り着けるとは」
「はい!嬉しいです!」

目を輝かすソラに複雑な顔をしてマイトは車を出発させた。
車に揺られながら、ミリッサは隣に座るソラに質問する。

「結局我々のことは何も聞いていないのだろう?」
「はい。民間の組織と手を組んでるということしか。それ以上は覚悟を決めてからでないと話さないと隊長に言われました」
「そうか。あの人らしいな」

ミリッサから優しい雰囲気が消える。

「だが、覚悟もなしに会っても何も得られないかもしれないぞ。君の関わっている世界はそういう所だ」

あの夜の、隊長と話をしてた時の顔だ。軍人である以上の何かを抱えた迫力がそこにはあった。

「それって……」
「着いた。ここだ」

車が小さな屋敷の前で停まった。


ソラはミリッサについて屋敷に入って行く。マイトは車で待機だ。
廊下を進み扉を開けた先に、ずっと待ち望んでいた人物がいた。

「………ルリ様………」

思い出と同じ髪色をして、子供の頃の面影を残した人物が部屋の中央で立っていた。
感極まって駆け寄りそうになるソラを、ルリの一言が止める。

「なぜ、ここに来た」
「え?」

冷たい目がソラを見る。子供の頃に向けてくれた、あの温かい眼差しはどこにもなかった。

「あの、俺、ルリ様が危ない目にあってるんじゃないかって。それで、助けたくて」
「危ない目になどあっていない。お前に心配されることなど何もない」
「でも、この人達と何かしてるんでしょう。俺も力になれたらって」
「………お前に何ができる。昔から何をしてもダメで、理解するのも行動するのも遅いくせに。お前にはせいぜい田舎の駐在員がお似合いだ。これ以上私に関わるな」

ルリから向けられるのは完全な拒絶だった。
でも拒絶されたことよりも、ルリが自分のことをダメな人間だと言ったことのほうがソラにはショックだった。

「話は終わりだ。私のことは忘れてとっとと町に帰れ」

ルリはそのまま反対の扉の向こうへ消えていってしまった。
呆然と立ち尽くすソラに、ミリッサが「駅まで送ろう」と声をかけた。

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