「10」第32話

【残党狩り】

「お久しぶりです。ミリッサ大尉」
「ああ。元気にしていたかね、ヒスイ君」

トリ家への潜入から半月。次の仕事の説明をするためにミリッサが隠れ家やってきた。俺とミリッサはソファで向かい合い、クキとトーカが後ろで話を聞いている。

「協力者のことは私も聞いている。軍の人間も必要だろうと、うちの大佐が名乗りをあげてね。今回君をテストすることになった」
「大佐?ミリッサ大尉が協力者ではないんですか?」
「私では地位が低いからな。大佐は君の組織にも協力しているし理解のある人だ。安心してテストに臨んでくれたらいいよ」
「はい。ミリッサ大尉がそう言うなら」

信頼してくれて嬉しいよとミリッサは微笑む。キリッとしていてカッコいい人だが、温かい雰囲気もあってとても話しやすい。

「さて、テストの内容だが。簡単に言うと残党狩りだ。この間君が取引の情報を掴んだ毒物についてだが、まだ生きている販売ルートがあるんだ。もう製造はできないからすでに作られた物を売っているだけだが、それでも被害者が出る可能性がある。そこで君には毒を売りさばいている売人を捕まえ、残りの毒を回収するのを手伝ってほしい」
「なるほど。でもわざわざ俺に頼まなくても、軍なら簡単に捕まえられるんじゃないですか?」
「これはあくまで君に協力するかのテストだからな。依頼に対してどう動くのかを見たいのだろう」
「改めて言われると緊張しますね」
「いつも通りの君でいれば大丈夫さ」

肩に手を置かれる。信頼を伝えてくるその手が元気をくれる。

「せっかくいただいた機会です。がんばります」
「うん。やはり君はそうでなくてはな」

歯を見せニカリと笑われる。妙に子供っぽいその表情に親近感が湧いた。

「そうそう。今回、うちの軍曹を案内役として同行させる。協力者のことや君達組織のことは知らないが、気のいい奴なので仲良くしてやってくれ」


ミリッサに連れられて来たのは貧民街と市民街の境目の町だった。市民の生活と貧民街の混沌が混在していて、所々に暗い穴のような場所のある町だ。

「彼はマイト軍曹。今回の案内役だ」
「マイトと申します!よろしくお願いします!」

ミリッサに紹介された青年は緊張しながら敬礼している。まだ20歳そこそこだろうという若さで、真面目そうな青年だ。

「どうも。トーカです。今回はよろしく」
「ヒスイです。よろしくお願いします」

こちらも挨拶すると、マイトは驚いた様子で俺を見た。

「大尉殿!こんな少年を現場に連れて行くのですか⁉︎」

ミリッサに暑苦しく迫りながらマイトが疑問を投げかける。ミリッサは少し距離を取りながら説明した。

「彼は我々の協力者でね。今回の取引の情報を掴んだ優秀な人材だよ。子供だからとなめてはいけない」
「はあ。そう言うことなら」

マイトの勢いが落ち着く。納得してくれたなら良かったと思ったら、今度はこっちに暑苦しく迫ってきた。

「だけど!君が子供であることに変わりはないからね!危なくなればすぐに私の後ろに隠れるんだよ!いいね!」
「はあ………わかりました」

いい人なんだろうけど………
マイトのやる気になんだか苦笑してしまった。


「あの工場が敵の住処です。おそらく残りの毒もあそこにあると思われます」

人気の無い工場地帯に敵の住処はあった。工場としてはもう稼働してないようだが、中に人の気配を感じる。

「敵の人数は13人。情報を聞き出したいのでできるだけ生きたまま捕まえるのが好ましいですが、難しい場合は殺しても構わないとのことです」

殺しても構わない………
軍の仕事なのだから覚悟はしていたが、言葉にされると重く響く。

「まあ13人くらいなら捕まえるのも可能でしょう。できるだけ情報は欲しいですしね」

俺の様子に気づいたのか、トーカが肩に手を置いてフォローしてくれた。そうだ。何を弱気になってるんだ。殺すのも仕方ないではなく、殺さずに済むように覚悟を決めるんだ。

「我々はあの入り口から侵入します。反対側に裏口がありますが、出た先は1本道なので万が一逃げられても軍の人間が待機しているので大丈夫です」
「私はここで待機して指揮をとる。何かあれば連絡してくれたまえ」
「では、悪者退治に行きますか」

トーカ、俺、マイトの順で工場に向かう。
俺は緊張でナイフをギュッと握りしめた。


入り口は警備してる人間もおらず簡単に入れた。警戒心が無さすぎじゃなかろうか。まさかここを軍に突き止められてるとは思いもしないのだろうか。
工場の中は入り組んだ2階建てになっている。薄暗く細い道を進むと人の話し声が聞こえた。少し先で2人の男が話をしている。

「ここは俺の出番だね」

トーカが静かに銃を構えると、音もなく2人の男に弾丸が撃ち込まれる。撃たれた男達はドサリとその場に倒れ込んだ。

「麻酔弾を撃ったからしばらく寝てると思うよ。どう?俺は強いでしょ?」

こないだのこと、まだ気にしてたのか。
鼻高々なトーカにはいはいと返事をしてると、反対側から人の足音が聞こえた。

「ここで待っててください」

マイトが静かに敵に近寄る。さすが軍人。音もなく相手に近寄り、あっという間に気絶させてしまった。

「さあ、先へ進みましょう」

ん?ちょっと待て。この布陣、俺活躍できないんじゃないか?
トーカとマイトに挟まれぬくぬくと守られた状態で、俺は頭を抱えながら先を目指した。


その心配は杞憂に終わった。
進んだ先の部屋には6人の男たちがいたのだが、先に倒した2人がなかなか戻ってこないのを気にして警戒していたため部屋に近づく俺たちの存在に気づいたのだ。

「仕方ない。ヒスイ、近づいてきたヤツは任せるぞ」

トーカは銃で遠くの3人を狙う。マイトも2人仕留めたが、残り1人が俺に向かってきた。

「クッ!」

伸ばしてきた手をかわしナイフで攻撃する。相手は余裕で避けたつもりになるが、見えない刃で顔に傷をつけた。驚いた隙をついて足を蹴って転ばせて馬乗りになる。そのまま相手を拘束していると、マイトが首を手刀で叩いて気絶させてくれた。

「ヒスイ君、大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございます」

差し出された手を取って立ち上がる。

「大尉が言っていた通り、さすがだね。でも怪我をするような危ないことはしないでよ」

ニコリと言われて笑ってしまう。
とても真面目な人だ。それに優しい。こんな人が治安を守ってくれたら、すごく安心するだろうな。

「さてさて、お二人さん。今ので敵さんも俺たちに気づいたかもしれないね。あと4人。急いで探そうか」

トーカの言葉に緩みかけた気持ちをキュッと引き締める。


あと4人は意外にもすぐ見つかった。
2人は裏口から出ようとしており、もう2人は上に逃げて行く所だった。

「俺は上の2人を追うから、ヒスイと軍曹は裏口を任せた」
「了解しました!」
「気をつけろよ!」

ニヤリと笑うトーカと別れて裏口へ向かう。2人のうち1人はすぐに追いつけてマイトが捕らえてくれた。その間に俺はもう1人を追う。
前を走る背中がだいぶ近づいてきた瞬間、相手の前に黒い影が落ちてきた。俺も追いかけていた相手も思わず立ち止まる。

「何だお前!」

叫ぶ男越しに人の姿が見える。
………何でお前がここにいるんだ。

「あれ?ヒスイくん?久しぶりだね」

男達が血溜まりの中に倒れる光景が、目の前に甦る。
震える視線の先ではニコニコと相変わらずの笑顔をはりつけてジンが立っていた。

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