「10」第3話

【幸せな一皿】

アジトに連れて行かれた日の夜。俺は広間に集められた人達に新しい仲間として紹介された。

「みんなよろしくな。じゃあ、解散」

「よろしく」
「わからない事あれば聞けよ」
「今日はゆっくり休めよ」

散り散りになりながらみんなが声をかけてくる。相槌を打ちながら、先ほどのトーカとの会話を思い出していた。


「お前のことは貧民街で野垂れ死にかけてるところを助けたってことにしとくからな」
「は?何でだよ」
「一部を除いて、ここにいる連中はヤドのことを知らない」
「そうなのか?」
「ああ。俺達のことはボランティア組織だと思ってる。生活できる力がつけばここを出て街で暮らす人もいるからな。迂闊にヤドのことを話して危険な目に遭うのは避けたい」
「でもここでの生活のことは話すだろう。怪しまれたり、アジトがバレたりはしないのか」
「表面上はボランティア組織と変わらないからな。ここへの出入りは道がわからないようにしてるし。今までバレたことはないよ」
「でもリスクはゼロじゃないだろ。みんなここに残ればいいのに」
「ここに残る人もいるが、全員残ってたらアジトがどんなに広くてもいつか足らなくなる。それに狭い世界で生きるよりは自分で選んだ場所で生きて欲しいしな」
「そんなものか」
「そ。だからヤドの話は一切禁止。プテノのことも大脱走劇を繰り広げたこともね。お前は倒れてるところをたまたま通りかかった俺に助けられた。オッケー?」
「もし話したらどうなるんだ?」
「それはその時考えるしかないね。まあこれくらいの秘密が隠せないなら俺の相棒なんてとても務まらないからなぁ。お前を誰にも会えない場所に移してそこまでだな」

ニヤニヤしながら言われる。上等だこの野郎。やってやろうじゃねぇか。


今思い出しても腹立つ。横でヘラヘラしてるトーカを睨んでいたら、2人の少年がこちらに歩いて来た。1人は背が高くて短髪。もう1人は俺より小さくて丸顔。
背が高い方の少年が話しかけてきた。

「なあ、お前いくつだ?」
「ん?ああ、15だ」
「お。じゃあ俺たちの1つ下だな。歳の近いやつが他にいないから仲間が増えて嬉しいぜ。しかも同じ貧民街育ち。俺はイッカ。よろしくな」
「僕はウノ。よろしくね」
「ヒスイだ。よろしく」
「今から晩飯だから一緒に食おうぜ。取ってくっから適当に座ってろよ」

言うが早いか2人はあっという間に走り去ってしまった。呆気に取られる俺の隣でトーカがクックッと笑いを堪えている。

「言いたいことがあるなら言えよ」
「いやいや。早速友達ができそうでお父さん安心したよ」
「誰がお父さんだ」
「俺はこのあと話合いがあるから、あいつらとゆっくり食事しといてくれ」

こちらも言うが早いかさっさと大人達の群れに消えていった。仕方ない。手近にある椅子に座って食事を待つ。
イッカとウノだっけ。貧民街育ちにしちゃ随分と馴れ馴れしいというか、あんな風に話しかけてくるヤツなんていなかったぞ。と言うか友達だっていたこと……

「お待たせ〜」

お盆を2つ抱えたイッカが元気よく戻ってきた。後ろではウノがニコニコと笑っている。

「今日はシチューだってよ。美味そうだろ。これお前の分な」

目の前に置かれたお盆を見て身体がかたまる。
……なんだこれ?
ドロッとした液体に色んなものが浮いている。しかも湯気出てるし。食うのか?これを?
戸惑っていると2人分の盛大な笑い声があがった。

「でた!やっぱりでた!貧民街あるある!」

訳が分からないという顔をしてるとイッカが涙を拭いながら説明してきた。

「ごめんごめん。貧民街では缶詰とか乾パンとかしか手に入らないもんな。料理できる環境もないし。だから俺らもここで初めて食事を出された時は何だこれって戸惑ってさ」
「だから君も同じかな〜って反応見たくなっちゃって。ごめんね。イジワルでしたんじゃないよ」
「それにこれスッゲェうまいから。感動するぜ。ほら食べてみろよ」

熱いから気をつけてなと差し出されたスプーンを受け取り、おそるおそるシチューとやらを掬って口に運ぶ。口の中に温かな旨みが広がった。

「………うまい」
「だろ〜。うんうん。その顔だよ」
「僕も初めてここのゴハン食べた時は感動したなぁ」

スプーンが止まらなくてガツガツ食ってたら「誰もとらねえよ」と笑われた。

「ごちそうさま」
「こちそーさん」
「ごちそうさまでした」

食器の片付け場に行き、説明されながら食器を置いていく。明日の朝は食事のもらいかたも説明してやるなとイッカに言われた。面倒見のいいヤツだ。
トーカがまだ戻ってこないので3人でテーブルに戻った

「野垂れ死にかけてたんだろ。大変だったな」
「ああ。金も食うもんも無くなってな」

この辺は適当に嘘をついてごまかす。

「俺は8歳の時に盗みに入って捕まってさ。軍に連れてかれそうになったのをトーカさんに助けてもらったんだよ」
「僕は両親死んじゃって人買いに捕まりそうになってたところをトーカさんに助けてもらったんだ」
「2人ともトーカに助けられたんだな」
「ここにいるヤツはほとんどそうなんじゃないか。凄い人だよあの人は。何考えてるかわからないけど」
「いい人だよ。何を考えてるかわからないけどね」
「何を考えてるかわからないの一文に全てが集約されてる気もするが」
「はっはっは。まあ恩人なことに変わりはないだろ。ほら、噂をすればトーカさんだ」

話題の人物がこっちに向かってゆ~ったり歩いてくる。

「なんだ。随分と盛り上がってたじゃないか」
「トーカさんは凄いって話をしてたんです」
「嬉しいね〜。でもそろそろ消灯時間だから部屋に戻ろうか。ヒスイはしばらく俺と同室な」
「トーカさんが同室って珍しっすね」
「なんだ〜?イッカも俺と同じ部屋がいいのか?」
「い、いやいや。遠慮しときます!じゃな、ヒスイ。俺とウノは同室だからいつでも遊びに来いよ!」

ウノを引っ掴んでイッカはあっという間に去っていった。ウノは「また明日ね〜」と呑気に手を振っていた。

「仲良くなったみたいで何よりだねぇ」
「お前の悪口で盛り上がったからな」
「おやおや、そんな照れなくてもいいじゃないか」
「照れてねぇよ。気持ち悪い」
「良い友達になれそうかな?」
「……知らねぇよ。友達なんていたことないし」
「……そうかい。なら初めての友達になれるといいね」

また頭を撫でられる。
手で払いのけてやろうかと思ったがやめた。あまりに色々ありすぎて今日は疲れた。早く寝たい。
重い足取りでトーカについて部屋に戻った。


翌朝。部屋を出るとイッカとウノが待っていた。

「朝飯もらいに行こうぜ。やり方教えるって言っただろ」

イッカが俺の腕をひいてキッチンのほうへ向かおうとする。チラッとトーカを見た。

「イッカ。朝飯が終わったらヒスイを学校に連れてってくれるか。あとの事はソアラに任せてある」
「了解!」

元気よく敬礼してイッカは俺を連れて走り出す。
人にぶつかるなよと注意するトーカの声が聞こえた。


朝食もとても美味しかった。幸せな気持ちで2人について歩くと子供達が集まっている場所に来た。
子供達はそれぞれに書き物をしたり、大人に何かを聞いたり、本を読んだり。本を机に用意していた青年がこちらに気づいてやってきた。

「君がヒスイ君だね。私はソアラ。ここの責任者だよ」

よろしくと差し出された手を握り返す。
責任者というわりには随分若い。穏やかな笑顔は子供達に好かれそうではあるが。

「ヒスイを連れてきてくれてありがとう。2人は自分の勉強をしに行っておいで」
「了解っす。じゃな、ヒスイ。お昼になったら迎えに来るから」
「がんばってね〜」

イッカとウノはそれぞれに目的の場所へ去っていった。

「さて、では始めようか」

ソアラに促され席につく。先ほど本を用意していた机だ。綴りの本、数の本、地図、様々な本が置かれている。

「まずここの説明をしようか。ここは学校と呼ばれていて、色々なことを学ぶ場所になっている。習っているのは子供だけというわけでもないけど、基本子供が多いかな。初めは読み書きや計算、地理、科学などの基本を幅広く習い、その後は得意な事ややりたい事にあわせて学ぶことを決める。だからみんなやってる事はバラバラだし、1人で黙々と研究してる人もいる」

確かに周りを見るとてんでバラバラのことをやっている。イッカを見ると何か道具を使って木を削っている。ウノはノートに向かって頭を抱えていた。

「楽しそうだろ?…とは言え基本を学ばないと何もできないからね。ヒスイ君にはまず簡単なテストをしてもらおうかな」

にこやか〜に何枚かの紙を渡される。

「まずは読み書きのチェックだ。この文字の中で読める文字を読んでみて」

なるほど。テストというのはそういうことか。
文字の読み書きはできる。紙に書かれた文字を読むのも、言われた文字を書くのも難なくクリアした。

「文字は大丈夫だね。じゃあ計算はどうかな?」

計算も簡単なものだったのでクリアできた。ただ他のものは知らない事も多かった。

「思ったよりできたね。文字や計算は誰かに習ったの?」
「母さんに」
「お母様は聡明な方だったんだね。他のことも?」
「母さんが教えてくれたり、どこかから借りてきた本を読んでくれたり」
「学ぶことの大切さをわかっている方だったんだね。よし、これで君の学習プランはたてられそうだ」
「ありがとうございます」

お礼を言うと、ニコッと笑顔を見せたソアラが顔を近づけてきた。
耳元で囁かれる。

「ちなみに私はヤドのことを知ってる側の人間だ。トーカがいなくて困った時は私の所においで」

驚きで耳を塞いでソアラから離れると、もう一度ニコッと笑われた。

「あ、ちょうど2人が来たよ。お昼に行っておいで」

こちらに手を振る2人が見えたので、慌ててそちらに駆け寄る。
変な顔してどうした?と心配されたが、何でもないと誤魔化して振り返る。

ソアラは変わらない笑顔で手を振っていた。

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